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時代に置いて行かれた魔王

「今回の騒動を引き起こした下手人は、おそらく森羅の悪魔と零氷の悪魔だろうね」


 ダンタリアの口から、今回の騒動を引き起こした悪魔の所属が語られる。


「悪魔? 魔王じゃなくて?」


 そんな情報を聞かされた翔の頭には、何よりも早く疑問の感情が生まれた。


 たった今ダンタリアは、それぞれの代表を魔王ではなく悪魔と言い切った。


 知識の魔王である彼女が真正面からの嘘を吐くとは考えづらい。ということは、悪魔と言い切るだけの確信があるはずなのだ。


「そう。魔王ではなく悪魔だ。ふふっ、なぜって顔を浮かべているね」


「当たり前だろ。喧嘩売ってんのか?」


 翔にとってはどんな悪魔だろうと、初めての相手であり未知の相手になるのだ。写真一枚だけで相手を割り出すことなど不可能に等しい。


「ふふふ、悪かったよ」


「悪気があるならさっさと教えろっての。どうせ、魔王の魔法とは全然違う魔法だから~とかなんだろ?」


「いいや。これだけでは流石の私でも、魔王でないとは言いきれないさ」


「はぁ? じゃあ、今回顕現した奴らの特徴を知ってたから?」


「それも違う。そもそも今回の下手人の所属は森羅の国と零氷の国。それぞれが()()を司る国の悪魔だ。この写真の内容だったら、ほとんどの国民が実行できやしないかい?」


「ぐっ......」


 ダンタリアの言う通りだ。透明な水晶、おそらく氷に閉じ込められた人間の写真と、樹々が乱立し、その中を獣達が縦横無尽に歩き回る写真。これらの写真の下手人がダンタリアの言う通りの所属であれば、ほとんどの国民が再現可能な風景に見える。


「行き詰ったかい? それじゃあ少し早い気もするが、答えを言ってしまおうか。正解は()()さ」


 言葉に詰まった翔を見かねたのか、ダンタリアが答えを出した。


「国風?」


「森羅の国と零氷の国。この二国には共通点があってね。どちらも中位国家から下位国家に落ちた、いわば落ち目の国であり、どちらも侵攻戦ではなく防衛戦に特化した国なんだ」


「落ち目の、国。でも落ち目なら、それこそ魔王が一発逆転を狙って顕現するのが普通じゃないのか?」


 魔界とは過酷な世界だ。攻めて攻められ、裏切っては裏切られ、国同士の戦争なども日常茶飯事の世界。そんな世界では勝って隆盛を極める国があるように、負けて落ちぶれる国も当然存在するだろう。


 だからこそ決定的な滅びを迎えぬよう、魔王が人魔大戦で一発逆転を望むのが普通であるはずだ。今のダンタリアの説明では、翔の頭は余計に混乱するばかりだった。


「うん。少年も悪魔らしさというものが分かってきたようだね。悪魔にとって一番避けるべきは滅び。国家の滅亡などもってのほかだ。落ち目国家が全てを賭けて、人魔大戦に魔王を送り込むのは何も不自然じゃない」


「ならっ!」


「けれどここで問題になるのが、この二つの国家が得意とするのが、侵攻戦ではなく防衛戦という点なんだ」


 電話越しにパチンと指を鳴らす音が響く。同時にスマートフォンに展開されていた画像が切り替わり、新たに二枚の写真が表示された。


 一枚の写真は深い深い、鬱蒼としたという表現すら生ぬるいほどに深い森。もう一枚は猛吹雪の中で燦然と輝く白銀の城。


「これはひと昔前の人魔大戦の写真だよ。当時顕現していた森羅の魔王と零氷の魔王は、とある森と豪雪地帯を拠点に定め、大結界を起動した」


 ダンタリアが再度指を鳴らすと、等身大の人間サイズを表示した比較画像が追加された。


「で、でっか......いや、でも、こんな結界を用意できる魔王がいるんなら、なおさら......」


 比較画像が追加されたことで、翔はその結界の威容を改めて思い知った。


 ぱっと見ただけでもそのサイズはカバタの結界より遥かに大きく、遥かに厳重に見える。


 だからこそ翔は、これほどの拠点を現世に用意できる魔王が顕現しない事が理解できない。


「太古の時代、森とは恵みの象徴でありながらも、多くの死が潜む恐怖の象徴でもあった。氷とは冷気と飢えを呼ぶ、耐えねばならない苦痛の時期を示す負の象徴だった。しかし、ニンゲンの発展はそれらを過去のものとした」


 パチン。三度ダンタリアの指が鳴らされる。


 そこから始まったのは一つの映像。深き森と白銀の城を囲む、人間達の映像だった。


「発展した農耕は、森から恵みを求める必要性を格段に減らした。当時起こっていた戦争は、寒さから逃れるために土地を捨てることを安易にした。......二体の支配する土地は、人魔大戦の最後の最後まで一度たりとも攻められなかった」


 彼女の言葉に合わせるかのように、二つの拠点へ向けて様々な魔法が降り注ぐ。


 もちろん防衛に特化した拠点なのだ。一方は木の根や硬質化した葉が人間に襲い掛かり、もう一方は城から氷塊や氷柱が無尽蔵に降り注ぐ。


「援軍の来ない籠城(ろうじょう)ほど(むな)しいものは無い。それでも、このたった一度の大攻勢さえ(しの)いでしまえば勝機もあったろう。だが、対面するは全ての戦いに生き残った歴戦の戦士と悪魔殺し達。結果は見ての通りさ」


 だが、努力は報われなかった。森は一本、また一本とまるで開拓が進むかの如く攻め入られ、城はだんだんと融解し、その形状を保てなっていく。


「この時二体の魔王はようやく思い知った。ニンゲンにとって、すでに森とは死を覚悟してでも恵みを求めるものではなくなり、凍土の大地はいつでも捨て去れる無価値の土地に成り下がったということを」


 そして遂に森は大火に包まれ、城は跡形もなく溶け去り吹雪も止んだ。


「二体の魔王は、それはそれは非難を浴びた。当然さ、大戦の終盤まで亀の如く引きこもり、戦いを始めたかと思ったら簡単に数の波に押し流されたのだから。こうして二国は大きく侮られ、土地は削り取られ、国家の順位も大きく落とされた」


「カウンターを待ってた奴らが、最後まで相手にされなかったのか......」


 人魔大戦は人間側からしたら集団戦の様相を呈するが、悪魔側はほとんどが個人戦だ。当然使えるリソースは限られており、どこかを攻め込む際に大量の戦力を差し向けられたら、それだけで討伐されかねない。


 だからこそ、この二国は一つの土地に留まる選択をしたのだろう。一方は森を占領され、限界まで飢えて逆上した人間が攻め込んでくるように。もう一方は、先祖代々の土地を奪われた人間が、土地を取り返すために戦いを仕掛けてくるように。


 しかし、彼らの目論見(もくろみ)は甘かった。すでに時代は変わっていたのだ。


 森はすでに恵みをもたらす大地ではなく、むしろ農耕の際には焼き払うほどの邪魔な土地に。凍土は世界のグローバル化に伴って、不便であれば捨て去れる土地に。


 ある意味この二体の魔王もカバタと同様で、こうであるという人間の理想像から抜け出せなかった者達なのだろう。


「そうだね。そして多くの魔王は、同種の魔法を収めた悪魔を評価する。幹部クラスの国民達は、全員防衛特化の魔法使い。そのおかげで魔王の席を引きずり降ろされることも無かったけど、次回の人魔大戦の代表をその中から選出したところで惨敗は目に見えてる」


「森と凍土を利用した防衛魔法が得意......けど、今回攻められたのは砂漠のど真ん中。......そうか!」


「気付いたようだね。仮に前回の人魔大戦から魔王の代替わりが起こっていたとしても、その悪魔は拠点防衛特化型。そして、その魔王がどれだけ優秀だとしても、砂漠のど真ん中に森や氷の城は作れない。だから今回顕現したのは、幹部にも満たない一国民ということさ」


「やっと納得がいった。それと、この情報はでけぇな」


 外様の魔法使い出身とは思えないほど、悪魔と戦いを重ねてきた翔だ。


 悪魔と魔王、その違いがどれほど大きいものであるかは身に染みて分かっている。


「ふふっ、そうだね。それじゃあ仕上げに入ろう。相手の魔法についての考察を始めようか」


 そう言って、ダンタリアは最後の情報提供を始めるのだった。

次回更新は12/22の予定です。

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