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完全統制管理社会

「混乱しているみたいだね? 無理もない。君にとっては全てが新鮮で初耳な言葉なんだから」


「......そう思ってんなら少しは加減しやがれ。せっかく地獄門の話を理解したと思ったら、次の瞬間に疑問が倍に増えるなんて思わねーだろうが」


 思えば大熊から連絡をもらった際も、日本で何かあったのかと驚いたのだ。


 今日の翔は肝がよく冷える日らしい。


「数多の疑問を一つずつ氷解させていくなんて、実に知識の魔王冥利(みょうり)に尽きる話じゃないか。大丈夫さ。この会話が終わる頃には、きっと少年は向かうべき場所と戦うべき相手を理解できているはずさ」


「そこに関しては気にしてねーっての! いいからさっさと話せ!」


 本当に今更な話だが、このダンタリアという魔王は回りくどいという欠点こそあれど、説明はしっかりと頭に入る。


 きっと翔の理解度を分析しながら適度な冗談を織り交ぜることで、自分が知識の濁流に飲み込まれぬように気を使ってくれているのだろう。


 そんな配慮までしてくれるダンタリアの言葉を切り捨てるわけにはいかず、それでも反骨心からぶっきらぼうに彼女の説明を促した。


「ふふっ、それじゃあまずは国家間同盟に関して説明しておこうか。まぁ、これに関しては読んで字のごとく、魔界の国家間で行われる同盟さ」


「現世でよくある相互不可侵とか相互援助とかの同盟を、国同士で好きに結んでるってことか?」


 現世でも多くの国がそれぞれ同盟を結んでいるのだ。魔界の国家同士で同盟を結ぶこと自体、なんらおかしいことは無いだろう。


「少し違うね。魔界における同盟とは掲げた大義の達成を意味する。そして同盟にはトップとなる盟主が必要であり、盟主の権利を有しているのは十君だけなんだ」


「っ! つ、つまり、作れる同盟は最大でも十個ってわけか?」


 ぞくりと翔の背筋に悪寒が走る。


 初めて聞いた時ほどの衝撃は無いが、やはり十君という言葉はそれだけで精神に負荷をかけるだけの強さを持っている。


 あらためて十君との格の違いを見せつけられたように感じた。


「その認識で間違いない」


「大義ってのは?」


「その同盟の方針さ。いくら同盟を結んだって、向かうべき先が無ければ、戦いを恐れた弱腰の停滞と取られてもおかしくないだろう? だから盟主達は道を示すのさ。同盟が目指す世界の形と手に入るだろう恩恵をね」


「あ~......つまり国家間同盟ってのは、悪の組織みたいなもんってわけか?」


「ふふっ、確かにニンゲンからしてみればいずれも変革を与える存在、害悪な集団だ。悪魔の組織ではなく悪の組織とは面白い表現だね」


「あー......まぁ、伝わったんならいいや。そんで今回の騒動はその国家間同盟の一つ、騎士団ってのが起こした騒動って話なんだよな?」


 翔としては小児向けアニメや特撮などのイメージから悪の組織と言っただけだったのだが、当の悪の組織構成員にとっては琴線に触れる表現だったようだ。


 こういう時はボロが出ないうちに話を逸らすに限る。翔は先ほどダンタリアが話していた国家間同盟の一つ、騎士団について言及する事にした。


「その通り。正式名称、勇滅騎士団(プラビス・エクリタス)。十君が一体、七位が盟主を務める同盟であり、三位の同盟に次いで二番目に長い歴史を持った由緒正しき同盟さ」


「由緒正しきなんて、それだけ人間を苦しめてきた邪悪な集団と同義だろ? そんでそいつらの大義ってのは何なんだよ?」


「人類の管理さ」


「はぁ? 人類の管理? 一体人類の何を管理するってんだよ?」


「具体的に言うなら生死だね」


「生死?」


「そう。彼らは人類という存在の不安定さを危惧しているんだ。ちょっとした災害が起これば大きく数を減らし、感染症なんかが広まれば地域一帯が死滅する。ここだけ聞けば実に不安定な種だと言えるだろう?」


「いや、それはおかしいだろ。そもそも悪魔ってのは生物のマイナス感情が強まるのを望んでるんだろ? 災害や病気で人が死ぬのはむしろ万々歳だろ。何を危惧しているのか分かんねぇ」


 悪魔というのはマイナスの魔素で構成され、何をするにしてもマイナスの魔素を消費する。


 確かに一体一体が強靭な生命である悪魔と比べれば、人類は実に脆弱な存在だろう。だからといって、そんなマイナスの魔素を大量に得る機会をどうして危惧するというのか。翔には理解できなかった。


「そこだよ、少年。我々悪魔は良くも悪くも生物の感情によって、得られる魔素が推移する。そして動物とニンゲンの感情を比べれば、得られる魔素の量は雲泥の差だ。だからこそ彼らは考えたんだ。もし、何かの拍子に人類が絶滅してしまったとしたらってね」


「なっ......ふ、ふざけんな! そんなの家畜扱いじゃねぇか!」


 多くの魔力を生み出してくれる貴重な存在だからこそ、その数を徹底的に管理する。言ってしまえばそれは家畜扱いと変わらない。


 そのあまりにも自分本位な物言いに翔は言葉を荒げてしまった。


「だが、ある意味理にかなっているだろう? 徹底的に数を管理し、増えた分はマイナスの魔力を得るための養分にする。逆に減ってしまったら一定数に戻るまでニンゲンという種を守る盾となる。実に合理的だ」


「っこの! っ......!」


 翔は言い返す言葉を探した。だが、ダンタリアの言葉が理にかなっていると冷静な部分で認めてしまっている自分がいることに気が付いた。


 認めるか認めないかは別の話だ。しかし、圧倒的強者に身を守ってもらえるのだ。少なくとも人類滅亡だけは起こらないに違いない。


「具体的には、ニンゲンをドームと呼ばれる各騎士団が管理する領地に引き入れる。中に入れたニンゲンは幸福だ。最低でも家畜の安寧は手に入るのだから。逆にドーム外のニンゲンに待っているのは破滅。当然騎士団は守ってくれず、逆に騎士団が魔素を得るための獲物にされるのだから」


「ふざけやがって......!」


 そんな世界が実現してしまったら、ドームの内外という差だけできっと多くのマイナスの魔素が放出されるに違いない。


 ドーム外の人間は、ドーム内にいる人間を死するその時まで恨んで恨んで恨み続けるだろう。逆にドーム内の人間も、いつドームの外に押しやられるか常に不安を抱えながら生きることを迫られるのだろう。


 そこには人類の意思なんてものは存在しない。あるのは悪魔の効率的な魔力補給というシステムだけだ。


 統制された管理社会。そんなものが実現した時の光景を想像し、翔はまだ見ぬ国家間同盟の盟主に怒りをぶつけるのだった。


「さて、少年。ここまで私の話を聞いて、現状と騎士団の狙い、そして騎士団に所属していない魔王達がどうして計画の阻止に動かないか理解できたかい?」


「はっ!?」


 突然の問いかけに翔は混乱する。


 当たり前だ。自分は先ほどまで、あまりに馬鹿げた計画を実行しようとしている馬鹿の頭領に憤っていただけなのだ。そこでいきなり問題を出されたところで、答えに窮するに決まっている。


(いや、今だからこそダンタリアは俺に問いかけたのか?)


 必死に頭を回転させていたおかげで、答えこそ出なかったが、一つの閃きに辿り着いた。


 それはダンタリアが問いかけたタイミングだ。


 彼女は先ほど全ての疑問を氷解させてやると言っていた。なら彼女の会話が終わるタイミングは、翔の疑問全てに回答を終えた後のはずなのだ。


 だというのにこちらに問いかけたということは、問いかけに答えられるだけの説明はすでに終えているということだ。それならこの問いかけの本質は、翔の閃きに期待したものではなく翔の理解度の確認ということになる。


 ならば話は別だ。


(考えろ。ダンタリアは今回襲撃した奴の所属が騎士団と説明した。その上で、騎士団の目標が人類総家畜化計画っていうふざけた内容だってことも教えてくれた。じゃあ何で騎士団は地獄門を解放する? どうして大量の略奪の悪魔を解き放つ必要がある?)


 騎士団が目指すのは外側の地獄と内側の安寧、その差異のはず。ならば外側は不幸でなくてはならない。一切の幸福が存在せず、一切の希望を抱けず、道を歩けば死が訪れるような環境。


 そう、例えばドーム外は邪悪な悪魔の巣窟といったような。


「そうか......マッチポンプ」


「気付いたようだね」


 翔の予想通り、答えはすでに示されていた。


 騎士団の最終的な目標は、悪魔による全人類管理社会。それを目指すためには、略奪の魔王、侵略が行ったように反逆の芽を潰すのではなく反逆する意思を摘み取らなければいけない。


 人類が抗いようもない数の悪魔などまさに最適だ。騎士団は奪われ、殺され、蹂躙される人間達の前に現れてこう言ってやればいい。私達が守ってやると。


 こうなれば従順な家畜の完成だ。彼らは騎士団の言いなりになる事しか出来ない。外に一歩でも出ようものなら、抗いようもない死が待っているのだから。


 そしてこうなった際に重要なのは、人魔大戦を終わらせない事。


 人魔大戦が終わる条件は、悪魔殺し百人か悪魔百体のいずれかが殲滅されること。例えば数人の心折れた悪魔殺しの耳にこう囁いてやればいい。言うことを聞くのなら生かすだけでなく、望むがままの生活を与えてやると。


 こうすれば人魔大戦は終わらない。騎士団の栄華は永遠に続く。


 地獄門の解放を他の魔王が妨害しないのも簡単な理由だ。彼らが恐れているのは略奪の悪魔の一人勝ちと争いに巻き込まれた人類の滅亡。


 しかし、騎士団の計画に便乗してしまえば、それらの脅威は全て無くなる。むしろ略奪の悪魔達を隠れ蓑とし、自分達の計画をより安全に進めることが出来る。妨害する理由が無いのだ。


「ここまで考えられた作戦。六位の騎士王ってのはカバタの野郎なんかとは比べ物にならないほど切れ者みてぇだな」


「そうだね。全ての国家間同盟の中で、一番細かく一番確実な作戦を立てるのが騎士団だ。この作戦は地獄門の解放が成功した時点で、覆すことが出来なくなる。大熊が焦る理由が分かっただろう? 騎士団の野望を止めるのは今しかないのさ」


「あぁ、十分に理解した。騎士団っていうふざけた奴らのふざけた野望、絶対に阻止しなくちゃいけねぇってことが!」


「ふふっ、それじゃあ阻止する力を持った悪魔殺しの一人はどうするのかな?」


「もちろんトルクメニスタンに行く! けど、その前に情報収集が先だ! ダンタリア、次は襲撃者の情報を教えてくれ」


「了解したよ。それじゃあ今回の下手人について話すとしようか」

次回更新は12/18の予定です。

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