そこにある地獄
「略奪の国って宣言した......? ってことは、あれか? その土地ってのは、カバタの野郎が作り出した結界みたいに、略奪の悪魔が住みやすい環境に変えられちまったってわけか?」
どんな爆弾発言が飛び出すのか身構えていた翔だったが、話を聞いてみた後はいささか拍子抜けしてしまっていた。
血の魔王血脈のカバタは自身の作り出した結界によって、結界内の環境を都合が良いように作り替えていた。結界という境界が存在しない状況でそれを実行したのだとしたら確かにすごいが、全世界から目の敵にされるほどだろうか。
「いいや、それよりなお悪い。少年、私は侵略の魔法が奪い取ったモノのあらゆる概念を書き換えてしまう魔法だと言ったね?」
だが、たった今ダンタリアに否定されたように、現実は翔の想像の遥か下を行くものだったらしい。
「あ、あぁ......」
「いいかい? あらゆるモノを概念的に書き換えるんだ。真名も、価値も、そして距離でさえも」
「距、離......?」
「土地の名を略奪の国に変えた。けれど略奪の国はすでに存在する。人魔大戦でしか利用できない国土なんて侵略が許容するはずもない。だから繋げたんだ。物理的な距離では測ることすら不可能な魔界と現世の土地を、歩くだけで移動できる拠点に変えてしまったんだ」
「はっ、はあぁぁぁ!? ふ、ふっざけんな! そんなことされたら、略奪の魔王だけは人魔大戦なんて関係無しにいつでも顕現出来ちまう。いや、それよりも他の略奪の悪魔だって簡単に顕現出来ちまう......!」
翔は戦慄した。
永きに渡る人と悪魔の戦い。その均衡がなんとか保たれていたのは、偏に人魔大戦が期間限定の戦いであり定員制限のある戦いだったからである。
だが、侵略の行いはその全てを覆した。終わりのない戦争と無限の兵隊の前では、人類なんて簡単に踏みつぶされてしまう。
「侵略の行いは人魔大戦の在り方そのものに泥を塗った。その結果、人類はもちろん他の魔王達全てに攻め込まれ、討伐された。死に際の彼はずっと高笑いを続けていたそうだ。俺が滅ぼうとも俺の功績だけは消し去れないってね」
「消し去ることは出来ない......そうか! そういうことか!」
「気付いたようだね。侵略は討伐された。けれども彼が書き換えた概念は書き換えられたままだった。千を超える永い年月を重ねようとも、負の遺産は残り続けていると言うことさ」
以前ダンタリアは、悪魔は自身の存在を証明し続けるために生きていると言っていた。
逆転の発想だ。自分が生きた痕跡が一瞬で消え去る世界だからこそ、悪魔は生きることに邁進する。それなら消え去ることの無い悪名を世界に刻み込んでしまえば、後の生など必要なくなるのではないか。
侵略と呼ばれた魔王は偉業の成功を確信していたからこそ、世界の全てに喧嘩を売ったのだ。
「だからって、残された側からしたらいい迷惑だっての。大熊さんはこれを説明するようにお前に頼んだのか」
今だからこそ理解できる。大熊は襲撃場所を聞いた瞬間に、敵の狙いが分かったのだろう。
そして悪魔達の野望を阻止するために急いで翔に連絡をよこし、急いでいたために翔の知識量をすっかりと忘れていた。きっと今は予想外の出費に頭を抱えていることだろう。
「その通り。侵略の遺産、別名トルクメニスタンの地獄門。君達ニンゲンが悪魔から守らなければいけない最重要拠点であり、守り切れなかった場合は最悪の混沌を生み出すだろう魔界の出入り口でもある」
「守り切れなかった場合? ってことは、今のところはいつでも悪魔がこんにちはって状態にはなっていないってことなのか?」
翔がこれまでダンタリアから聞いていたのは、侵略という悪魔の悪行と、それに伴う魔界と現世の融合地帯が生まれてしまったということだけ。地獄門の現状については一切聞かされていなかった。
しかし今の会話から察するに、現在の地獄門はある種の小康状態であるように聞こえた。
「そうだね。侵略が起こした悪行に、ニンゲンはもちろん悪魔すら頭を抱えた。何せ略奪の悪魔であれば、いつだろうと気分次第で顕現が可能になってしまったのだから。このことを重く受け止めた悪魔陣営は、ニンゲンにとある契約魔法を授けることにした」
「とある契約魔法?」
「それこそが契約魔法、四方封鎖。決められた方角に決められた血筋のニンゲンを配置することによって、あらゆる存在の進行を妨げる魔法だよ」
「四方封鎖......名前通りなら決められた方角は東西南北、必要な人の数四人ってところか?」
「その通り。そして、今までの情報を繋げてみようか。地獄門の場所がここ」
トルクメニスタンの中央部分に赤いピンが刺さる。
「そして、四方封鎖で配置するニンゲンの場所がここ」
地獄門からぴったり同じ距離だけ四方に線が伸び、最後に青いピンが刺さる。
ピンが配置された場所は、いずれも町が存在していた。
「最後に今回襲撃された町の場所がここだ。見えてきたかい?」
「あっ、あぁっ!」
二つの町にデフォルメされた炎がかかる。いずれも青いピンが刺さった町であった。
襲撃者の狙いは町では無かった。奴らの狙いは地獄門の封印という人類の未来を一心に背負っていただろう人物だったのだ。
「四方封鎖の封印は血に宿る。つまり現在の封印者が亡くなろうと、一族の新たなニンゲンが自動的に封印者に選ばれる。だからだろうね。町ごと滅ぼしてしまえば取って代わるニンゲンはいなくなり、地獄門の封印に穴が開く」
「だからなんだな、大熊さんが頼みたいのは護衛って言ったのは」
大熊が電話を切る直前、翔に頼みたいのは悪魔の討伐ではなくとある人物の護衛だと言っていたことを思い出す。
あの時こそ元凶の悪魔さえ討伐してしまえば丸く収まるのではと思っていたが、今はそれが大間違いだと分かる。
悪魔の狙いは地獄門の解放。仮に悪魔の討伐を成功したとしても、封印者が死んでしまったら現世が略奪の国と繋がってしまう。
そうなれば世界は略奪の悪魔で溢れかえる。人魔大戦の結果など関係ない、人類の明確な敗北と言えるだろう。
「......あれ?」
迫る脅威と敵の思惑、その二つを理解した時点で翔の頭に一つの疑問が生まれた。
「どうかしたかい?」
「なぁ、ダンタリア。昔の悪魔達は地獄門の存在自体が人魔大戦の意味を失くしちまうってことで、侵略を滅ぼした上で人間に封印魔法まで教えたんだよな?」
「そうだね」
「なら、今の状況と矛盾してるじゃねぇか」
そう。過去の悪魔達は元凶を滅ぼし、封印術まで授けるほどに地獄門の存在を忌避していたのだ。だというのに、今起こっていることは真逆。むしろ積極的に封印を解こうと邁進しているのである。
封印が解かれてしまえば、人魔大戦は形骸化する。だというのに、目の前の魔王はそれを気にした様子は無い。
仮に襲撃者が今代の略奪の魔王なのだとしても、それをほっといたままにするのはいくら何でも不自然だった。
「ふふっ、少年はこう言いたいわけだ。もし地獄門の封印が解かれたとしても、一方的に得をするのは略奪の悪魔だけだ。のんきにお喋りに興じている暇は無いんじゃないか、と」
「いや、実際にお前の知識は助かってるし、そこまでは言ってねぇよ。けど、このままじゃ略奪の悪魔が現世に侵攻し放題になっちまうんじゃねーのか?」
「そうだね。仮にどこかの国外代表如きがこれを実行していたなら、私を含めた多くの魔王が実行前にそいつを滅ぼしていただろうね」
「ん......? それじゃあまるで、実行犯を知っているってことに_」
「だけど、実行犯がかの騎士王率いる国家間同盟、騎士団であるなら話は別だ。彼らならばニンゲンを管理できる、略奪の悪魔達を統制できる」
「ちょ、ちょっと待て! 何だ国家間同盟って!? 何だ騎士団って!? 人間を管理する!? 一体何を言ってるんだ!?」
「少年、君はもっと知らなければいけない。悪魔のことを、そして世界のことを。大丈夫さ。お代はすでにいただいている。まずは今回の襲撃者とそのバックに控える親玉について説明しようじゃないか」
翔の動揺などものともせず、ダンタリアは楽しそうに、それはそれは楽しそうに知識の継承を始めるのであった。
次回更新は12/14の予定です。




