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明らかになる悪魔の計画

「くそっ、早く繋がれ!」


 通話待機中のコール音をじれったく思いながらも、翔が応答を待つこと十数秒。


「もしもし、どうした翔?」


 待ちわびていた相手である大熊へと電話がつながった。


「もしもし! 大熊さん、大変なんです! 悪魔が、カタナシの計画が!」


「おいおい落ち着けって。そもそも悪魔が町に蔓延ってる時点で、それ以上の大変なんて早々ねぇんだがな。どうしたんだ?」


 大熊は明らかに動揺している翔を落ち着かせ、突然の電話の理由を聞き出そうとした。


「すっ、すいません。あの、その、大熊さん......日魔連ではこの町の歴史って把握してますか?」


「歴史? まぁ、プラスマイナス問わず魔力が染み込んだ土地は、魔法使いにとっちゃ重要拠点だからな。だから少しは調べてきたが、気になる歴史は無かった筈だぞ」


 大熊の受け答えを聞いた翔は、魔法世界の考え方というものを少しだけ理解した。


 彼らは第一に魔法使いによって有用かどうかを優先するのだ。だからこそ、過去の学生運動とカタナシの計画に点在する奇妙な共通点について、見逃してしまったのだと考えた。


「いえ、そんな古い話じゃありません。実は友人から、この町には数十年前に刃物を使って事件ばかり起こす過激な学生運動団体がいたと聞きまして。その団体の活動拠点が、カタナシが螺旋魔法陣の中心点にしようとしている諸刃山だったようなんです」


「んだと? ......もっと詳しく話せ」


「は、はい」


 一瞬、恐ろしいほどドスの利いた声が電話越しから聞こえたが、取り繕うように続きを促されたため、翔も何も言わずに続きを話す。


「それで、学生団体を知っている世代の方達は、犯人がはっきりとしていない今日の爆破炎上と唐辛子テロを団体と結び付けて、とても怯えてるようなんです。このことが頭に引っかかっていて。カタナシについて何か見逃している気がするんです」


「過去の惨劇の再現......老人世代のトラウマ......悪魔の行動の共通点......確かに話を聞くと随分と臭ぇ。悪いが翔、今からこっちに来てもらって......ん? どうし_ふざけんな! 突破されただと!? クソが! 詳しく聞く。麗子、電話交換しろ!」


 大熊の罵声が聞こえたかと思うと、ブゥンという風を切るような音が響き、パシィとボールをキャッチしたような音が聞こえた。


「えっ、大熊さん、どうしたんですか?」


「もしもし? 翔君、聞こえているかしら? 麗子よ」


「えっ、麗子さん?」


 電話越しで大熊は随分と考えこんでいたようだが、突然の罵声と共に通話相手が麗子へと変わっていた。


「......まず謝らせてちょうだい。ごめんなさい翔君。あなたの懸念が正しかったわ」


「どういう、ことですか?」


 突然麗子に謝られた翔は、麗子の意図が理解できなかった。


「防衛していた体育館で、眷属の一体、一一に魔法を使われたわ。そのせいで体育館は崩壊。現場では複数の死傷者が出てる。しかもただ魔法を使われただけじゃないわ。一一は石巻体育館の中に最初から潜入していた。つまり、日魔連の中に内通者がいる可能性が高いのよ」


 だが、続く麗子の言葉で翔は理解した。自分の予想が、最悪の形で的中してしまったことを。


「そんな......クソ! 俺がもっと早く気付いていれば! 俺の......俺のせいで......」


 翔は自分の至らなさから犠牲が生まれたことを、深く後悔した。


 今回の悪魔騒動と過去の事件の共通性にいち早く気付けるのは、自分だけだったはずなのだ。


 それを魔法世界には疎いのだからと受動的な態度を取り、自分から悪魔について調べようとする気概を失ったことで起こってしまった事態だと翔は思った。


「悲しむのは後よ! 翔君は何か気付いたことがあったから連絡したのでしょう? さっき源に話したことを私にも聞かせて。......魔法陣の完成はおそらく止められない。けど、完成させた後の悪魔の行動を予測するための材料になるから」


「は、はい! 実は友人との電話で」


 そう言って翔は、先ほど大熊に話した内容を麗子にも話して聞かせた。


 強引ではあったが、罪の意識が芽生えようとしていた翔の心は麗子によって救われた。これ以上被害を出さないためにも、自分の情報こそが貴重なのだ。後悔している暇なんて無いと、前を向くことが出来た。


「なるほどね」


 麗子はそうつぶやくと、考えをまとめるためなのか沈黙する。


 そして、一分経ったかどうかほどのタイミングで口を開いた。


「さっき話した内通者だけど、そいつは狡猾で魔法使いの考え方をよく知ってる上に、日魔連の上層部の人間で間違いないわ」


「どういうことですか?」


「魔法使いはね、魔法の能力や発動のための制限は大切な情報として収集するけど、起こった被害なんかは二の次になっていることが多いの。内通者はそこを上手く突いた。日魔連でも凶器が刃物に限定されていることは重要視していなかった。翔君の話を聞くまでは、私も手に入れやすいのと落語の中で使われる凶器と言えばって先入観で考えもしなかった」


「......つまり、そんな人間の魔法使いの考え方を知っているのは、日魔連上層部の人間ってことですね?」


「えぇ。それに体育館の襲撃は、魔道具の中に潜んでいた眷属によって起こされた可能性が高いみたいなの。悪魔の侵入を抑えられる貴重な魔道具に細工出来るのなんて、お偉いさんしかいないってわけ」


「そういうことっすか......畜生! 悪魔の好きにさせちまえば何が起こるかわからないってのに......恐ろしさを一番理解してるはずの日魔連の人間が、どうして悪魔の味方をするんだ!」


 悪魔というのは特定の言葉を拡声器に喋るだけで起爆性の土管を落とし、燃え盛る竹林を出現させ、大勢の人間達に自殺を強要させる。


 翔が知るだけでもそれだけのことが可能なのだ。その恐ろしさを理解しているはずの魔法使いが、なぜ悪魔に協力するのか彼には理解できなかった。


「そうね......必ずこの行いの償いをさせないといけないわね......」


 そう話す麗子の言葉は、彼女にしては珍しく歯切れの悪い物であった。


 まるですでに目星がついているが、手出しの出来ない相手だとでも言うように。


「それよりもよ翔君。あなたの情報のおかげで、カタナシの最終目的がおそらく分かったわ」


「えっ、分かったんですか!?」


「えぇ。これだけ情報があれば推測には十分よ。......カタナシの最終目的は手に入れた膨大な魔力による転移魔法陣の発動。そしてそれに伴う悪魔召喚よ」


「悪魔召喚? まさか人魔大戦のルールから外れた、百一体目の悪魔を呼び出そうとしてるってことですか!?」


「いいえ、それはあり得ない。太古の魔王達でも出来なかった芸当が、魔王でもない言葉の国の木っ端悪魔に出来る筈がない」


「それじゃあ、悪魔召喚って......」


「簡単なことじゃない。百一体目を呼び出せないのなら、百体の中から望む悪魔をこの場に呼び出せばいい。翔君、悪魔がこちらの世界に現れるときはどうやって現れるか分かる?」


「えっ? えーと......悪魔はマイナスの魔素を好むんですから、人間が嫌いな場所。......例えば極寒の南極とか火山の火口とかに現れるんじゃないですか?」


「ほとんど正解よ。じゃあそれを踏まえて、特定の悪魔を望んだ場所に出現させるにはどうすればいいと思う?」


「望んだ場所に出現させるには、その場所にマイナスの魔素を集めることだと分かりますけど、特定の悪魔を出現させるのは......分かりません」


「いいえ、翔君はもう正解を知っている。人が寒さを何よりも恐れる環境なら、零氷(れいひょう)の悪魔が出現しやすいわ。燃え盛る炎や噴火を恐れる環境なら、それに連なる悪魔が出現しやすいでしょうね。思い出してみて。言葉の悪魔はどういった被害を起こし、人々が何を恐れるようになったのかを」


 麗子の言葉を聞いて翔も思い出す。


 連日のニュースで流れていた内容、それは刃物を用いた傷害事件や殺人事件だということを。そしてその事件のおかげで多くの高齢者達が過去の事件を思い出し、恐怖のどん底に叩き落されているということを。


「言葉の悪魔は刃物を使って事件を起こすことにこだわっていた。まさか......それこそが奴の計画だったってことですか!?」


「そういうことでしょうね。呼び出そうとしているのは、おそらく(つるぎ)の悪魔。刃物による恐怖が蔓延している土地に呼び出すなら、もってこいの悪魔だわ。しかも過去には国同士で同盟を結んでいたこともあるし、なにより剣の悪魔は上位国家。顕現の手助けを理由に護衛を依頼し、剣の悪魔の暴力を盾にして、自身も力を得ることが目的かしらね?」


 麗子が忌々しいとばかりに、溜息を吐いた。


「そんな......言葉の悪魔だけでもこれだけしてやられてるっていうのに、もう一体......」


 麗子の話しぶりからしておよそ絶望と言うしかない状態だった。


 一つだけ希望と呼べるのは、言葉の悪魔は眷属を犠牲に結界を突破したため、戦力が不足しているということ。


 しかし、それですらもう一体の悪魔との戦いと比べれば、とても釣り合わない儚い希望だ。これだけ不利な条件を積み重ねられたのなら、逃げ出すのが賢い選択だろう。


 だが、翔にとってこの町は自分の生まれた場所であり、守るべき親友や学友が数多くいる場所であり、世話になった人達が数えきれないほどいる大切な故郷だ。


 そんな場所が蹂躙されるのをただ眺めているだけなんて、翔には絶対に出来なかった。


「麗子さん」


 翔が悲壮な覚悟を決めた声で、麗子の名を呼んだ。


「玉砕は許さないわ」


 しかし、麗子のほうも考えを見透かしていたのだろう。翔が話し出す前に彼の意見を否定した。


「だけど! ここは俺にとって守らなきゃいけない場所なんです! ここで全部見捨てて逃げたりなんかしたら、俺は俺を許せなくなる!」


「何言ってるの。まだ完全に敗北したわけじゃないわ」


「え?」


 それでも意見を押し通そうとする翔に対して、麗子が冷静な声で諭すように希望の言葉をかけた。その言葉のおかげで、彼の頭もいくらかクールダウンする。


「螺旋型魔法陣は確実に完成するでしょうし、完成で生まれた大量の魔力によって悪魔召喚も成功するでしょう。でも、あと一度だけ。本当に一度切りだけ、この状況をひっくり返すチャンスがあるわ」


「いったいどうやって...」


「悪魔はね、顕現された直後は魔力がゼロに近い状態なの。本体にも魔力は残さないといけないし、魔力が多いほど顕現するコストもかかるからね。いくら魔法陣が完成しても、言葉の悪魔ごときが剣の悪魔に余裕を持って魔力を供給できるとは思えない。そして呼び出しに魔力を使うからには、戦いに回す魔力を十分には残せないはずよ。だからこそ急襲して二体とも討伐する。」


 麗子の考えた作戦。それは相手の準備が整わないうちに全ての敵を討伐するという、とんでもなく前向きな攻勢作戦だった。


「まさか呼び出した剣の悪魔と言葉の悪魔を一度に相手にして、全て倒すってことですか!? そんなの無茶ですよ!」


 翔も自分の特攻とほとんど変わらない作戦を提案されたことで面喰らってしまい、頭ごなしに否定してしまった。


「確かに苦肉の策とも言えない滅茶苦茶な作戦よ。けどこの町を守るには、チャンスは他に無い。ここを逃したら、魔力を得た剣の悪魔とそれに守られる言葉の悪魔を討伐するのどれだけの時間がかかるか分からない」


「くっ......」


 翔はうなり声をあげて押し黙る。


 麗子の言う通り、チャンスはそれしかないのだろう。


 しかし、いくら魔力不足とはいえ、悪魔二体を相手に立ち回ることが出来るのかといった不安が心を揺さぶる。


 一度は悪魔の都合で見逃されたが、自分達の討伐がかかっている以上、今度こそ悪魔達は本気で挑んでくるだろう。むしろ、今まで飲まされた煮え湯の分も含めて、敗北した日には生き地獄を見るに違いない。


 けれどもし、何かと理由を付けて唯一対抗出来る自分が逃げ出したりしたら、生き地獄を味わうのは誰になる。


 浮かんだ言葉と共に、大悟が燃え盛る竹藪で絶叫を上げながら火あぶりにされる光景が浮かび上がった。凛花が催眠を掛けられた人間達に追い回され、最後にはめった刺しにされて血だまりに沈む光景が浮かび上がった。実現させるわけにはいかない、翔の心は決まっていた。


「俺、やります。どれだけ可能性が低かったとしたって、やっぱり俺は、俺の手の届く範囲の人達が苦しんでいるのを黙って見ているのなんてご免なんだ! だからお願いです麗子さん。戦わせてください!」


「......そう。全く、本当に真っすぐなのね。いい年なのに感動しちゃったわ」


 そういう麗子は何かを懐かしむような声で、翔の選択を肯定しているようだった。


「あなたの気持ちはわかったわ。試すようなことをしてごめんなさい」


「どういうことですか?」


「実はね。翔君が戦わないと言っていたら、あなただけは逃がして、姫野一人でさっきの作戦を実行するつもりだったの」


「な、何でですか!? そんなことしても勝てないどころか、人類の切り札である悪魔殺しを、見殺しにするのと一緒じゃないですか!?」


 翔には理解できなかった。悪魔殺しは換えも補充も利かない、文字通り人類の切り札のはずだ。


 故に翔が逃げると選択したら、姫野も逃がすのが当然のはず。これまでほぼ戦力外だった翔を玉砕させて勝利をつかもうとするなら、納得は出来ずとも理解は出来た。


 けれど、多彩な魔法を使いこなし、眷属二体の猛攻すら凌ぎきった姫野だけを死地に送り込むのは、微塵も理解できなかった。


「えぇ、その通りね。だからこそ、そうしなければいけない理由が姫野にはあるの。戦うことを決めてくれた翔君にはそれを聞く権利がある。だから、準備を整えるためにもこっちに合流してくれないかしら?」


 翔の熱が籠った反論にも、麗子は具体的な言葉を返してはくれなかった。


 むしろ、こんな電話越しなんかで答えは聞かないでほしい。そう言っているようにも聞こえた。


「......だぁー! わかりました、わかりましたよ! 着いたら理由、教えてもらいますからね!」


「えぇ。待ってるわ」


 その返答を最後に電話が切れる。


 それに気づくが早いか、翔は事務所に向かって全速力で駆け出した。

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