勝者に届いた急報
それは翔がニナとの別れを済ませ、帰りの便を待っていた時だった。
「二週間にも満たない旅行だったってのに、一カ月以上過ごした気分だ。......それだけニナとの生活が楽しかったんだな」
もうすぐフランスの地を離れる翔の頭に浮かんだのは、ニナとの生活。
ラウラにボコボコにされながらもお互いの力を見せ合った一日目。苦戦に次ぐ苦戦の末、血の魔王を討伐した二日目。療養を兼ねた洋館での生活。その全てがかけがえのない思い出となった。
そして別れ際にニナが放った大好きという言葉、今思い出しても翔は自分の頬が熱くなるのを抑えられずにいる。
別に友人が少ないわけでは無い。凛花や姫野といった女友達も当然いる。だが面と向かって大好きと言われたことは当然初めてであり、友人というくくりがあったとしても破壊力のある言葉だったのだ。
「外国の男だったらもっと上手い返しが出来んのかな......そうすればあんな恥ずかしい思いは......だぁー! 終わったことだ! いつまでもうじうじしてんな!」
自分にもっと女性経験があれば、上手い返しの一つや二つ考えついたのだろう。しかし、肉体的にも精神的にも子供からの成長途中であった彼に、それを求めるのは酷な話だったのだろう。
ただ待つだけの時間のせいで、いつまでもうじうじと自分の失敗に文句を付ける翔。そんな彼を正気に戻したのは、スマホのコール音だった。
「んあっ!? で、電話......?」
急いで着信画面を見る。そこには大熊の名前が記されていた。
「も、もしもし! 大熊さん、ですよね?」
「翔! 今どこだ!?」
翔が急いで電話に出ると、明らかに焦っているような大熊の声が電話口から響く。
ただごとではない雰囲気を感じ取った彼は、急いで質問に回答した。
「え、えっと、空港ですけど」
「飛行機に搭乗する前だな!?」
「は、はい!」
「よし......間に合ったか......」
電話越しであるにも関わらず、しっかりと聞こえた安堵の溜息。
何事かは分からないままだが、きっと大熊が危惧していた状態ではなかったはず。そのため、翔は思い切ってストレートな質問をすることにした。
「何か、あったんですか?」
「あぁ。......くっそ、そりゃそうだよな。俺に連絡が来たのがついさっき。なら、空港にいたお前に連絡なんか来るはずがねぇもんな」
「はい。何があったか教えてもらえると助かります」
「あぁ、分かった。まず、単刀直入に言う。数時間前、悪魔によって二つの町が滅ぼされた」
「えっ! ええっ!?」
まさに寝耳に水の出来事だった。自分が街一つを滅ぼさんとしていた魔王を討伐した裏では、他の悪魔によって街が滅ぼされていたのだから。
「一つの街では生存者が三割。だが、ほとんどの民間人が詳細不明の契約魔法をかけられ、今も犠牲者が増え続けている」
「そんな!」
大熊は街が滅んだと言った。ならばその被害は、村一つを滅ぼした血の魔王の所業とは文字通り桁が違うはず。
おまけに契約魔法が生存者全員にかけられている状況では、さらに万単位で犠牲者が出ていてもおかしくはなかった。
「いや、それだけじゃねぇ。滅ぼされたもう一つの町、そっちに至っては住民が全滅した」
「全......滅......?」
大熊の声音からして、戦争の定義的な全滅などでは無いはずだ。
言葉通りの全滅、全てが滅んだ状態。その町から生命の息吹が途絶えたことを意味していた。
「あぁ。悪魔共の野郎、そこまでのことをやりやがったんだ......」
「悪魔は......肝心の悪魔は討伐されたんですか!」
これだけの所業をしでかしたのだ。当然、それを成した悪魔は討伐されたはず。翔はそう信じて大熊に問いかける。
「いや、残念だが逃げられた。現場の魔法使い達が全滅しちまったせいで、悪魔がどんな姿をしていたのかはもちろん、どっちに逃げたかも定かじゃない」
「どっちに逃げたかわからないって......それこそ、魔力探知で割り出せないんですか!?」
悪魔は魔力生命体。ただその場にいるだけでも、常に魔力を放出し続ける性質がある。それを活かした探知方法なら、悪魔の居場所を割り出すことが可能であるはずだ。
「翔、覚えているか。姫野の魔力探知を」
「えっ、神崎さんの魔力探知......? あっ......」
突然質問を返され慌てる翔。しかし、自分にとって初めて目にした神秘の業だ。忘れる筈が無かった。
そして、当然それに付随したデメリットも思い出す。周囲で強い魔法反応があれば、詳細を割り出せなくなるというデメリットを。
「そうだ。街一つ滅ぼすほどの魔法。おまけに今もなお生存者を苛み続けている強い魔法だ。そんなものが発動している付近で潜伏されちまったら、いくら高性能の魔力探知でも悪魔を見つけ出せなくなる」
「そう、ですよね......すみません、大熊さんは何も悪くないのに」
「気にすんなよ......それだけありえない事態なんだから。気持ちが落ち着いていない中で悪いが、本題に入らせて貰っていいか?」
「......はい。その悪魔を討伐しろってことですよね?」
翔だって悪魔との戦闘を何度も経験した悪魔殺しの一人。あんなに切羽詰まった様子で大熊が電話をかけてきた時点で、悪魔殺しとしての翔に対する用件だということは分かり切っていた。
悪魔が現世にとどまり続ける限り人魔大戦は終わらない。自分に任される仕事は悪魔の討伐に違いない。
そう考えていた翔だったが、続く大熊の言葉は予想からはいささかずれた回答であった。
「いや、日本に帰らずに移動してもらうのはその通りなんだが、翔に任せたいのはある人物の護衛だ」
「護衛?」
「あぁ。今回の襲撃自体もその人物の関係者を狙った襲撃だったんだが、その人物が殺されると地獄門の封印が解けちまって_」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください大熊さん! そもそも今回の襲撃は守りの薄い町を狙った襲撃じゃないんですか!? それに地獄門ってなんのことですか!? あと封印が解けるってのも意味が分かりません!」
護衛という言葉だけでも理解が不能であったというのに、地獄門だの封印だの専門用語が連なってしまえば翔には理解が不能だった。
「......っ! だぁー! あの野郎、だから値上げをしやがったな!」
そんな翔の反応に気付き、大熊が怒りの声を上げる。
「お、大熊さん?」
「悪ぃ、こっちの話だ。一分くれ、あのボケと話を付けてくる」
「えっ、ちょっ」
勝手に何かを察した大熊は、そのまま電話を切ってしまった。取り残された翔には待つ以外の選択肢はない。
幸いなことに、電話自体は言葉通り一分後にかかってきた。
「ちょっと大熊さん、いくら何でも説明が足りなさすぎますよ!」
突然電話を切られたことも含めて、若干の怒りを含んだ声で大熊を糾弾する翔。
しかし電話口から聞こえてきたのは、謝罪ではなくあろうことか笑い声。それも高い声質ながらも品格を感じさせる、どこか聞き覚えのある不思議な笑い声だった。
「ふっ、ふふふ。いくら少年がこき使わされることに憤っていたとはいえ、その怒りを少年にまで漏らしてしまうのは減点ポイントだね。少年の憤慨はごもっともだよ」
「その声......ダンタリア?」
もったいぶった言い回しに加えて自分を少年と呼ぶ知り合いなど、一人しか思い当たりが無い。
「その通り。まずは血の魔王討伐おめでとう。そして次の戦いへの説明は、僭越ながらこの知識の魔王、継承のダンタリアが務めさせてもらうとしよう」
別れた頃の態度はそのままに。ダンタリアは楽し気に説明役を買って出たのであった。
次回更新は12/6の予定です。




