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汝は国家の守護者であり盾である

「ーったく! そんなに結果が気になるんなら、ラウラに直接聞きに行きゃいいだろうが! そんなにラウラが怖いのかっつの......」


 苛立ちを隠そうともしない大熊が愚痴を吐いたのは、日魔連本部のとある個室。今日も今日とて大熊は、人魔大戦の事務処理のために本部出向を命じられていたのだ。


「まぁ、結果だけ言えば喜ばしい以外の何者でもねぇ。よくやってくれた、翔」


 今回の議題はもちろん、悪魔討伐のために日本からヨーロッパへと渡った天原翔の件。勝利報告だった上に、最強でありながら最恐でもあるラウラに恩を売れたことで話し合い自体は終始(なご)やかに進んだ。


 むしろそのせいで報告の時間より、移動時間の方が(かさ)んだことが大熊の苛立つ原因の一つでもあったほどだ。


「だが、元々俺が作った貸しだったとはいえ、翔が便利な傭兵扱いされちゃたまらねぇ。これっきりになるように釘は刺しとかなきゃいけねぇな......」


 勝利は喜ばしい。しかし、日本の悪魔殺しは派遣可能という一例を作ってしまったことは素直に喜べない。


 これまで日本の悪魔殺しは、日本という土地内でしか力を発揮できない姫野だけだった。そのため、どれだけ他国から戦力の派遣を要求されてもつっぱねることが出来ていたのだ。


 だが、翔であればそんな制約は存在しない。おまけに派遣先でしっかり結果を出したとあれば、今後は引く手あまたとなってもおかしくは無いのだ。


 悪魔の被害を防ぐため、東に西に駆けずり回る。聞こえはいいかもしれないが、そんなものは人間の生き方ではない。そしてその生き方がどれだけ苦しいかを、実体験も含めて大熊はよく理解していた。


 だからこそ多少大げさになろうとも、翔は血の魔王との戦いで酷く消耗していたと内外に伝えることとする。こうすれば国家存亡の危機に追い込まれた国でも無ければ、わざわざ日本に悪魔殺しの派遣を頼むことは無いだろう。


 日魔連幹部にはすでに伝えた。後は自分やラウラの伝手を活かして海外に連絡をする。大熊がそう考えていた時だった。


 コンコン。自室のドアをノックする音が聞こえたのだ。


「なんだぁ? わざわざノックするような殊勝(しゅしょう)な奴がこの場にいるってか?」


 人魔大戦における責任者を命じられている大熊だが、その地位は決して高いものではない。


 そして過去に隠形(おんぎょう)派の長である(うん)が行ったように、大熊のプライベートを考えてノックを挟んでくれる相手など皆無のはずであった。不審に思う大熊だったが考えていても始まらない。一思いにドアを開いた。


「なっ、水鏡(みかがみ)!?」


「何を驚いている? さっきまで話していただろうに。......あぁ、こうして二人きりで話すのは人魔大戦の開幕以来か」


 いくらするかも分からない立派なスーツに、とても人と話しているとは言えない冷たい瞳。扉の先にいたのは防人(さきもり)派の責任者である水鏡だった。


「政府のワンコがどうしてここに来やがった?」


 警戒心を隠そうともせず、大熊は水鏡をにらみつける。


 防人派とは、その名の通り鎌倉時代に祖を持つ組織だ。


 日本という国を守るために全てを尽くし、日本に(あだ)なす相手は決して生かしておかない。まさに魔法世界の国防機関といった組織なのだ。


 それだけ聞くと大熊が警戒心を浮かべる理由など何一つないように感じるかもしれないが、問題は彼らの指針にある。


「俺がここに来た時点で分かっているだろう? 天原翔、彼の新しい派遣先が決まった」


「ばっ! ふっざけんな! 血の魔王討伐からまだ一カ月も経ってねぇんだぞ!?」


「......それが? 力ある日本国民が、日本の危機に立ち上がるのは当然の義務だろう。不運なことに今回はそれが重なっただけのこと。すでに向こう先とは契約済みだ」


 彼らの指針、それは国防の義務。


 彼らにとって日本国民が国家のために力を尽くすのは当然の義務であり、責務なのだ。


 消耗なんて関係ない、生活なんて知ったことではない。強者であれば、ひたすら自分を殺して国に尽くせ。


 国家の奴隷でありながら奴隷商人でもある。それこそが防人派と呼ばれる派閥なのだ。


「馬鹿野郎が! それで翔に何かあったらどうするってんだ! 取り返しのつかねぇ重傷を負ったら、魔法の乱用で廃人になったら、最悪死んじまったらどう責任を取るってんだ!」


「負傷に応じた手当を付ければいいだろう。こちらが厳正な判断基準を敷いていることは理解しているだろう?」


「そんなことを言ってんじゃ_」


「日本には悪魔殺しが二人もいる。それなら一人を派遣戦力として各国に貸しを作った方がよっぽど有意義だ。文字通り()()()()()()()()()()


 その言葉で大熊は我慢の限界を迎えた。力のままに水鏡の襟首を掴み、壁に叩きつける。


「殺すか? それもいい。お前が社会的に消えてくれれば、より悪魔殺し達の制御がやりやすくなる」


「っ! このっ、イカれたクソ野郎が!」


 ぎりぎりと水鏡を締め上げていた大熊だったが、やがてあきらめたように手を離した。


 なぜ大熊は怒りに任せて水鏡の首をへし折らなかったのか。その答えこそ、先ほど水鏡が言っていた社会的な死だ。


 防人派に属する構成員は、いずれも強大な表の顔を持つ。それは警察組織の中枢であったり、高名な資産家であったり、報道界隈のトップであったりと様々だ。


 かくいう水鏡も表の顔は若手を代表する国会議員。そんな人物が急死しようものなら、あまつさえ殺そうものなら、殺した人物は二度と日の当たる場所を歩けなくなる。


 権力と魔法を持って国家を守護する。それこそが防人派の正体なのだ。


「せめて目的を言え。場合によってはジェームズの爺さんに代わりの人員を派遣させる」


 襟首のシワを整える水鏡に大熊が一つの提案をした。


 結局のところ、悪魔殺しとは対悪魔の決戦兵器。別の兵器で代用が可能であるなら、わざわざ消耗の激しい兵器を使用する必要は無いのだ。


 どうせ日本名義で他国に貸しを作りたかったからこそ、翔を派遣しようとしているはず。ならば貸しを作る先を他国から大熊に変えてもいいはずだ。そう考えた提案であった。


「残念だが、今回はそう言った問題ではない」


「んだと?」


 しかし、水鏡の返答は無情にも否だった。


 それも考えた末の否ではなく、完全なる拒否。そうなると考えられる可能性は二つしかない。


 一つは貸しの押し付けではなく借りの返済を迫られている場合。結局翔の関係ないところで勝手に彼が取引材料に使われていることには変わりないが、この場合であれば万全を期したい悪魔討伐の補助を求められた可能性もある。それなら彼の負担もそう多くは無いはず。


「地獄門のカギが二つ破壊された」


「ばっ......馬鹿な!?」


 そしてもう一つが国家存亡の危機である場合。こちらの場合は文字通りの総力戦、全身全霊で事に向かわなければいけなくなる。もちろん翔の負担は計り知れない。


「すでにイギリスから例の悪魔祓い(エクソシスト)が一名。中東からも一名に加え、(くだん)のトルクメニスタンからも一名。さらに遠隔補助だがアフリカからも一名の助力が決定している。命を落とすかもしれない? そのレベルの危惧など、とっくの昔に超えているのだよ」


「この時期に地獄門を攻めるだと......馬鹿な......ありえるはずが......」


 淡々と現状伝える水鏡と受け止め切れずに困惑する大熊。そんな彼に付き合い、中身の無い口論を続けるのが嫌だったのだろう。彼は大熊の胸にボンと大量のコピー紙を叩きつけた。


「どわっ!? なにすん_」


「ファーストクラスの席は取っておいてやった、さっさと連絡しておけ。それと知識の魔王との交渉に出せる書籍をまとめたものだ。そんなに彼の命が大切なら、せいぜい上手く情報を引き出すんだな」


「......! ちっ、やってやる!」


 意味を理解した大熊は、そのまま自室を飛び出して走り出す。ダンタリアとの交渉に入るためだろう。


 一人残された水鏡は、開きっぱなしのドアを閉めると数少ない本部職員に部屋の清掃を命じた。もう部屋の使用者が帰ってくることが無いことを確信して。


「力があるのだ、義務から逃れることは許さない。だが、義務を果たした者へ報酬を約束するのも当然のこと」


 天原翔。一体の魔王の撃退に始まり、悪魔の討伐補助二回、魔王の討伐補助一回と、世が世なら英雄として語り継がれてもおかしくないほどの活躍を果たしている外様の悪魔殺し。


 すでに国家としても人魔大戦の被害予想を大きく覆してもらっており、大熊の言う通り休息期間を設けてやりたかったのも事実だ。


 だが、事態は国家存亡の危機級。それも日本単体という話ではなく、多くの国家が消滅する世界滅亡に関わるほどの重大案件。そのような状態で戦力を遊ばせておく余裕は無いのだ。


 戦いを止めさせることは出来ない。しかし、戦いへの支援として国家の身銭を切ることは出来る。高価な航空券や知識の魔王への書籍の放出もその一つ。


「......確かに大熊も含め、他の派閥連中が執心するのも仕方ないのやもしれないな」


 人魔大戦では酷使することになるだろう。だからこそ戦いが終わった後に不自由することが無いように。そのまま日本の守護者の席についてもらえるように。水鏡は魔法を知らない各界隈の重鎮に向けて、根回しの連絡を取り始めるのだった。

次回更新は11/28の予定です。

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