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十君会談 その三

「うちら国家間同盟調星官(ちょうせいかん)の仕事は、いつも通り補修工事だ。馬鹿共が開けやがった穴を元通り塞ぐ。脱走しやがった野郎は、存在そのものごと埋め立てる」


 第一位の声に応えるのは、第七位の電界に負けず劣らず奇妙な状態としか表現できない男の悪魔。


 見た目だけであれば、土色でボロボロなトレンチコートにお揃いのハットという不精(ぶしょう)を極めた探偵のような格好だったが、彼の身体は常に古いテレビのように砂嵐が混じり、姿そのものがぶれて見える。


 そんな奇妙な状態ゆえに、まるでこの悪魔の存在が世界とかみ合っていないようにも見えていた。


「常なることだが、苦労をかける」


 これまでとは違い、そんな第八位に第一位はねぎらいの言葉をかけた。


「お気になさんな。俺はこの相がそこそこ気に入っているだけですゆえ」


 そんな第一位を気遣うように、位相も軽口を叩く。二人の掛け合いから、長年の親交があることがうかがえた。


「首尾はどうだ?」


「はっきり言ってまずい。次か、その次か。最悪は今回の可能性がある」


 ざわり。位相の言葉を聞いて、魔王達からにわかに魔力が漏れ出す。


 彼ら彼女らが一瞬だけでも己が魔力の制御を失い、プレッシャーとして魔力を放出してしまうほどの意味が、先ほどの短い言葉に含まれていたのだ。


「それほどか......全面戦争の場合にはどれほどの勝機がある?」


「何とも。片や存在そのものが幻想に飲み込まれている状態。片や幽閉中の身でありながらも、多くのニンゲンから祈りとプラスの魔力を吸い上げている状態。千年規模のブランクがあっても苦戦は必須だろうよ」


「全面戦争は極力避けるべきか。ならばやはり()()の案しかあるまいか」


「そりゃ構わないが、今のところ他の相だと全てぽしゃってる作戦だぜ。やっぱり持たざる者がいきなり力を持っちまうと駄目だな。魔王も真っ青な恐怖の大王が生まれちまう」


「それに加えて_」


「あぁ。あいつ自身が()になるってのがネックだわな。というか愚痴を言わせてくれよ! 俺は発案者でも何でもないのに実行した相で水溺(すいでき)に4回、炎忌(えんき)に6回、風化の相なんて100回以上下克上されてるんだぞ! あいつら滅魂(めっこん)大好きすぎだろ! そんで間接的に継承大好きすぎだろうが!」


 嫌な記憶を思い出したと、ダンダンと位相が不快気に足を踏み鳴らす。


 言葉から察するに彼の率いる国家間同盟は、彼自身の人望以上にダンタリアの人望が大きいようだった。


「自らの根源に感謝することだな。悪魔ですら、大半は死の静寂を聴き入ることが出来るのは一度限りなのだから」


「わぁってるっての。根源が狂っちまった相に関しての情報は拾えねぇが、今のところ勝算は全面戦争以上に低いってことだけは覚えておいてくれ」


「了解した。他にはあるか?」


「ねぇよ。顕現(けんげん)したら、また継承の使いっ走りだ」


「検討を祈る」


 実に子供っぽく位相が机に突っ伏した。けれどもそれに文句をつける者はいない。


 何しろ第八位の国家間同盟調星官は、第一位の指令によって動かされている同盟だからだ。そしてその役割がどれほど重要で、替えが利かない物であるかを知らない十君はいない。


 彼らの役割は踏み留めること。そして最終的に乗り越えることだ。成功のためなら第一位を動かす権力すら持っているのだろう。この場で分かるのはそこまでだった。


「では第九位鋼の魔王、比翼」


「あぁ、分かった」


 いまだ机に突っ伏したままの位相の隣、そこに座る存在が第一位の呼びかけに答えた。


 声そのものは男性。しかし、その声質は録音音声を切り貼りしたような無機質なものだ。そしてそんな声に合わせるように、比翼もまた異形の姿をした悪魔だった。


 比翼を構成するものは電流や圧力を計る計器類、そしてそこから伸びるパイプや配管、さらにそれらに取り付けられた弁やバルブで全てだ。それらが組みあがり、結びつき合うことで、かろうじて人型と呼べる形を作り出している。


 彼は全権代理の飽食を除く、この会合で唯一完全な人外の姿を取った悪魔だった。


「此度の我が同盟旅団(りょだん)の目標は、世界の創造だ」


「世界の創造? ずいぶんとだいそれた目標だけど、あんたの同盟は創造魔法から一番遠い同盟と言えるんじゃないかい?」


「そうね。あなたがどう思っているのかは知らないけど、世界を創り出すのはそう簡単な話じゃないわよ」


 比翼の目標に異を唱えたのは適応と空想。一方は比翼の同盟に参加する構成員を問題にして。もう一方は実際に世界を創り出した達成者としての観点から。


「把握している。我々はニンゲンがいたからこそ生まれた存在。そしてニンゲンの未知ではなく既知の被害から生まれし存在だ。ただやみくもに創造魔法使いを鍛え上げた所で、そこまでは届かぬだろう」


「なら_」


「おっと、だからこそ俺達の出番ってわけだ」


 比翼の目標が達成不能な物であると論破しようとした空想の言葉を、第四位灰燼(かいじん)が遮った。


「確かに頭でっかちでイレギュラーに弱い比翼の同盟が世界の構築を目指したところで、失敗は目に見えてる。けど、別に実力が劣っているわけじゃない。なら、苦手な部分は得意な奴に補ってもらえばいいじゃねぇか」


「んあ? なんだその言葉? どの相でも聞いたことがねぇ。初耳だぞ」


「おっ、そりゃあ嬉しい言葉だ位相。なぁに簡単な話だ。生み出す世界の明確なイメージが無い? なら持ってる奴のイメージに乗っかっちまえばいいんだよ。例えばニンゲンとかな」


 灰燼の言葉によって、会場に困惑したような空気が満ちた。


 当たり前だ。世界を作り出すことが出来るのは創造魔法使いの特権。それも創造魔法を極めた最上位者の特権なのだから。


 それをニンゲンごときのイメージに乗っかる形で世界を生み出すなどと、あまりにも荒唐無稽すぎて、あの適応ですら馬鹿にするのを忘れてしまうほどであった。


「勝算はあるのだな?」


 こんな空気の中でも第一位が尋ねるのは、作戦の可否のみ。だが、だからこそその言葉には、それ以上のプレッシャーが存在した。


「ある! って、少なくとも俺は感じたぜ」


「あぁ。そう言えば、灰燼は今回比翼との協調路線を行くのだったか」


「そう言うことよ。おっとここまで比翼の言葉を奪っちまうのは失礼だったな」


「構わない。灰燼の言葉の通り、此度(こたび)の我々は協調路線を行く。攻め込む先も、もちろんオーストラリアだ。そこで我々は世界を創り出す」


「「......」」


 一時的な沈黙が生まれる。第一位は比翼の作戦を認めるかどうかの検討のために。他の十君は第一位の返答を待っていたがために。


「......了解した。その大義、成功することを祈っている」


「感謝する。了承が得られたからには、必ずや一定の成果を得てみせよう」


 どうやら第一位は勝算ありと判断したらしい。


 比翼の自信に期待したか、あるいは灰燼の太鼓判を評価したのか、詳細は分からない。だが、第一位が認めたのならば、それ以上の物言いは控える。それがこの場に課された数少ないルールなのだ。


「では第十位神の魔王、畏怖(いふ)


「えぇ」


 十君達の会談を飾る最後の魔王、第十位が立ち上がる。


 第十位神の魔王、畏怖の姿を簡単に説明するならば、キツネ耳の巫女。それだけで大筋は掴めるだろう。


 もちろん詳細を語るのであれば、身にまとう巫女服の袴が赤色ではなく闇を抽出したような濃い黒色であったり、周囲には黒色の人魂のようなものが浮いていたりと特徴はある。


 だが、それらが霞んでしまうほどの特徴を彼女は持っているのだ。そう、神の魔王という、悪魔と相反する存在の王であるという特徴を。


「比翼の後でパンチが弱いと思うだろうけど、私はいつも通り世界を見て回ることにするわ。ニンゲン達にヘイトを向けられ始めたら避難させてもらうから。よろしくね」


 実に他力本願な宣言であったが、それに対して文句を付ける者はいない。それほどまでに畏怖という魔王は、存在そのものが特別だということなのだろう。


「はいはい、気にすんな。そんで? 今回はどこから見て回る気なんだ?」


 位相が問いかける。


 第一位との掛け合いの時のような軽さであることから、この畏怖ともある程度気心が知れた関係なのだろう。


「そうね~。どうせ適応のせいで酷いことになるのが予想できてるから、アフリカから見ておこうと思っているわ。その後はどうしようかしら......まぁ、アジア以外を見て回ることにするわ」


「アジア以外? アジアには興味が無いってことか?」


「逆よ。アジアには成長が楽しみな悪魔殺しがいる。せっかく見るなら成長しきった後を見た方が有意義でしょう?」


「継承が言ってたやつか?」


 本人が語っていたように、位相とダンタリアは同じ国家間同盟の参加者だ。他の者に比べて、ある程度彼女の知識を聞き出せる立場にある。


「そっちも興味深くはあるけど本命は別ね。あそこまで神に愛されているのに歪まず、飲み込まれず、かといって力に溺れるわけでも無い。ニンゲン味が薄いことだけが残念だけど、実に興味深いわ」


「へぇ。畏怖にそこまで言わせるかよ。俺も興味が湧いた。畏怖の報告でこの場はお開きだろ?」


「あぁ。畏怖、他には?」


「無いわ。まぁ一言添えさせてもらうのなら、位相の言う通り世界に()()が満ち始めているわ。結局、世界を維持出来るかどうかは私を含めた十君にかかっているのだからそのつもりでね?」


「了承した。位相、移動を許す」


「あいよ」


 その言葉と共に位相の身体を含めた周囲の空間が、まるで回転扉を回したかのように一回転する。そして、戻った頃には位相の姿はかき消えていた。


「諸君。あらためて伝えておきたい」


 第一位が立ち上がり、声を張り上げる。


「諸君らの活躍により、前大戦は不幸、悲劇、殺戮、なによりもマイナスの魔素で世界を包み込んだ大戦であった。にもかかわらず、一つの悪魔の寿命が尽きるよりも先に、新たな大戦の幕が開いてしまった。由々しき事態である」


 第一位の声に覇気だけではなく、彼の感情の高まりを表すかのように魔力が混じりだした。彼にとっては、生理現象として体表から絶えず発せられる魔力とさほど変わらぬ小さな魔力。だが、他の十君からしてみれば痛手を負いかねない確かな魔力。


「ならせどならせど均衡からは離れていく魔素。けれども、それらに手を加えられる我々がいるからこそ、世界は正しき姿のままに成り立っている」


 適応の背中から蟲と思しき薄羽が生える。飽食から旨味が秘められた香りが漂いだす。灰燼の全身から炎が吹き出す。空想の周りに様々な原色の植物が芽を出す。失墜の黒き鎧から神々しい光が発せられる。電界からスパークが(ほとばし)る。比翼の全身の計器メーターが滅茶苦茶に動き出す。そして、畏怖の背後からありとあらゆる魔獣の気配が立ち込める。


「古き契約の履行のために、そして奇跡の降臨を防ぐために我らは戦い抜くことを誓おう。世界のために」


「「世界のために!」」


 この場にいる全ての魔王の唱和が重なり、無差別な魔力の嵐が吹き荒れた。


 嵐が過ぎ去った後、その場に残る者は一体たりともいなかった。

あえて何とは言いませんが、上から順に契約、召喚、始祖、始祖、創造、変化、創造、創造、契約、契約となっております。


召喚魔法で最上位に立つこと、そして最上位帯で変化魔法が勝利することは大変難しいのです。


次回更新は11/7の予定です。

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