十君会談 その二
「すでに先ぶれが動き出している頃のため、事後承諾になる可能性を詫びておく」
目線を向けられた第六位は、そう言って早々に頭を下げた。いくら相手が第一位だと言ってもこれは非常に珍しい。
何せ国力にいくら差があるといっても、この場にいるほぼ全ての者が王だ。それぞれの国の国民達にふさわしいと担ぎ上げられた国家の象徴だ。
そのような者が簡単に頭を下げたらどうなるか。他の国家には大いに侮られ、国民からは弱腰の王だと詰られ、無所属の悪魔達からは獲物として目を付けられてしまうだろう。
けれど少なくともこの場では、第六位の行いをまたかと思う視線はあっても、侮るような視線は存在しなかった。
「よい。それを含めての集会だ。動きの報告を」
第一位も第六位の謝罪を鷹揚に頷くのみで流し、続きを促す。
騎士鎧という恰好からも分かる通り、第六位は非常に律儀な性格のようだ。
強さを重要視する魔界の国家では、稀に王という役職には嚙み合わない王が生まれてくることがある。この男もそんな例外のうちの一体のようだ。
しかし、そんな性格のハンデがあるにも関わらず、長年魔王を勤め上げているという事実。それだけでこの男の実力が本物だと判断できるだろう。
「我ら騎士団の狙いは、トルクメニスタンの地獄門だ。今回で全ての封印を解き、偉大なる略奪の魔王、侵略の遺産を手に入れる」
「懲りないこった。そんなにあの戦争馬鹿の遺産が大事かい?」
呆れたようにため息を吐いたのは第二位、適応。
第三位の使者を戯れに殺そうとしたり、第四位と一蹴即発の状態になったりと血の気の多い悪魔の典型と言える性格をしていた彼女だったが、第六位に向ける視線からは敵意など微塵も感じられず、むしろやる気すら霧散してしまっている。
どうやら個人的に、堅物で謙虚な第六位を苦手としているらしかった。
「無論だ。立場こそ逆転してしまったが、彼らの目指した覇道は我らの理想と共存しうるものだ」
「地獄門を開き、現れる悪魔からニンゲンを守るためにニンゲンを管理する。とんだマッチポンプね」
面白くなさそうに、そう語ったのは第五位、空想。
失墜の言葉を借りるのであれば、どうやら彼の理想と彼女の理想の共存は難しいようだ。
「貴公の望む先も現世への悪魔の帰還だろうに。茶会の長から非難が飛ぶとは理解に苦しむな」
「貴方はニンゲンを弱く、庇護するべき存在と決めつけているのですもの。もし貴方の理想郷が実現してしまったら、悪魔に管理されることに安心を覚えてしまったら、それこそニンゲンは弱き存在に成り下がってしまうわ」
「だからといって、全ての悪魔、そしてニンゲンを放し飼いにしたらどうなるか想像に難くないだろう。今の世は神々という忌々しきニンゲンの庇護者もいない。一瞬で狩り尽くされるぞ」
「貴方の思うほどニンゲンは弱くないわ。初動こそ悪魔に譲るでしょうけど、じきに悪魔を討伐し、悪魔と友誼を結ぶニンゲンが必ず現われる」
「理想論だ」
「あら、強者を打倒するのはいつだって無力な弱者よ。貴方は身に染みているはずだけど?」
「平行線だな」
二体の感情の高ぶりに呼応するかのように、空想の周りには様々な色の着色料をそのままぶちまけたかのような、どぎつい色の草花やキノコが生え始める。一方の失墜は、身に着ける赤黒い色の鎧が淡く、そして柔らかい白色の光に包まれる。
まさに一周即発。魔力の揺らぎ一つで大魔法が乱発しかねない惨状。
そんな緊張の糸を解いたのは、意外にも仕掛けた第五位の方だった。
「......ここまでにしましょう。手元に存在しないパイの切り分け方や調理法で言い争うのは不毛よ」
第五位が魔力の放出を抑えたことで、二体の間のプレッシャーも一気に萎んでいく。
「言い出したのは貴公であろうに。随分と都合の良い話だな」
当然言いがかりを付けられた側である第六位が挑発する。
「厄介事に首を突っ込むのは主人公の特権ですもの。ごめんあそばせ」
だが、第五位は再び言い争いを始めることはなく、スカートの裾を掴み舞台役者のような謝罪をするのだった。
「同郷のよしみだ。謝罪を受け入れよう」
わざとらしさ満天とはいえ謝罪されたのだ。それならば失墜もこれ以上の追撃をする理由は無かった。
「落ち着いたようだな。失墜の目標に変わりは無いな?」
二体のいざこざが終息を迎えたことで、第一位が失墜に声をかけた。
「あぁ。無論だ」
第六位、失墜と彼の率いる騎士団。前述の四体の魔王とは異なり、目標を提示した彼の同盟が組織的に動く初めての悪魔達になることは、決まったようなものだった。
「了解した。では第七位雷の魔王、電界」
「ハイハーイ! 私が一番の年少デスから、テキパキいきたいと思うデス! といっても、私と私の同盟新世界の目標はシンプルデス。私達の世界の拡張のために、現世の土地を分けて貰いたいと思うデス。皆さんと被らないようにすると~......決めたデス! 私達は日本に顕現したいと思うデス!」
明朗快活でありながら、とても物騒な内容を語りだしたのは二十代ほどに見える女性型の魔王だ。
SFチックな先進的な服装に、白熱した電球のような髪色、そして身体中から時折パチパチ走るスパークという特徴のせいで、魔王というよりはどこかのテーマパークのマスコットに見える。
しかし、おちゃらけた雰囲気や魔力管理の拙さ故に漏れ出る電気を目にしても、あざ笑う者は第二位の適応ぐらいだ。周りの魔王達の雰囲気によって、彼女もこの集会に参加する力を持っていることが間接的に証明されていた。
「電界の同盟は出来てから日が浅い。そのため質問しておきたいのだが、日本に向かうのは全員という認識で間違いないな?」
「デスデス! 何せ同盟と言ったって、私を含めてたった三国の弱小同盟デスから。団体行動を心がけないと、悪い狼さんにパクリといかれちゃうデス! 空想殿や位相殿が参加してくれれば心強いのデスけど~......」
そう言ってチラチラとわざとらしく、第五位の空想と隣に座る第八位の位相と呼ばれる男を見つめる。
「お断りよ」
「同じくだ。ってか、この相のお前がぶっちぎりでイカレてんぞ」
しかし、返ってきたのは冷たい反応だった。
「あう~、振られてしまったデス......」
「それでは、国家間同盟新世界は、全員で日本に顕現するということだな」
これまたわざとらしく肩を落とす電界に、第一位は特に反応を返すことも無く淡々と質問をするのみだ。
「デスデス! よろしく頼むデス!」
電界もそんな第一位に気にした様子もなく返答した。
彼女の目標は自身の世界を拡張するための、現世への侵攻。そして悪魔が世界という単語を使う場合に指す物はたった一つ。
彼女は創造魔法の完成形、世界の構築に至った魔王の一体なのだ。そして自らの同盟の名前に新世界と付けたように、彼女の同盟に参加する条件は、世界を構築した者であるということ。
三体の世界創造者による日本への侵攻。そんな脅威が今この場で決定付けられたのだった。
「了解した。では第八位次元の魔王、位相」
「あいよ」
プラプラと片手を振り、第八位、位相が口を開いた。
次回更新は11/3の予定です。




