十君会談 その一
悪魔側の最大戦力、十君のお披露目回です。
灰色を基調としながらも、どこか荘厳さを感じさせる優美な城の一角。そこでは円卓に並べられた椅子に腰かける十の影の姿があった。
とある影は古めかしい騎士装束の壮年の男、とある影は年老いた老婆、これまたとある影は人型でありながらも魚類の頭部を持った奇怪な姿まである。
彼らの正体は多くの者達が認知していながらも、安易に口にしてしまえば大いなる報復で身を滅ぼされることになる恐ろしき存在。
そう、彼らの正体は魔界の最上位国家を統べる魔王達。十君と呼ばれる、魔界の支配者達なのだ。
「おや、狂海は今回も代理かい。全く、三位としての自覚が足りないんじゃないかい?」
それまで隣の者同士で小さく会話をするだけだった円卓に、一つの声が響き渡る。
声の主はこの集まりの誰よりも小さく、そして貧弱に見える老婆だ。
けれども、突然のクレームから始まった老婆の言葉を遮るものはおらず、むしろ彼女の言葉で場の空気は一気に引き締まった。
「えぇ、えぇ、そちらについては大変申し訳なく。つきましては此度の主の不在、第三位、大海の魔王の配下が一体、飽食のサラスティスが全ての責を負う形で許しお゛っぐわば!?」
老婆の言葉に答えたのは、彼女の隣に座する青魚の頭部にスーツ姿という奇怪極まりない怪人だ。
隣から発せられたプレッシャーに見事耐えきり、取り出したハンカチで額を拭いながらペコペコと頭を下げていたが、突然湧いて出てきた大量の羽虫達に、姿が見えなくなるほどに集られてしまった。
「責は負うんだろう?なら、集会に参加すらしないボンクラには言葉すら残してやる義理は無いねぇ。あんたも仕える主を間違えたことを後悔......ふん、伝書鳩くらいはこなせるってことかい」
老婆が不満そうに鼻を鳴らす。
「えぇ、えぇ。これでどうにか許していただきたく」
肉食であろう大量の羽虫に集られ、姿すら搔き消えたはずのサラスティス。しかし、老婆の言葉通り、席には先ほどまでと変わらぬ様子の魚頭が席についていた。
集っていた羽虫達は地面に落ち、一見絶命しているように見えるがどれももぞもぞと小さく動いており生きていることが分かる。
ならばどうして羽虫達はサラスティスを襲うのを止め、飛び立つことも無く地面で蠢くのみなのか。
「なるほど。飽食と名乗るだけはある。襲い来る飢えた羽虫共を残らず満腹にさせ、戦意を削いだのか」
老婆の向かい側の席の一つに腰掛ける古めかしい騎士装束の男がカラクリに気が付いた。
羽虫達は老婆の命令に忠実に従い、サラスティスを食い殺そうとその肉に食らいついたのだ。
しかし食べきれなかった。腹の方が限界を迎えた。彼らは魔法で動きを阻害されているわけでも、毒か何かで弱り飛び立てなくなったわけでもない。ただ満腹になったせいで動けなくなっただけなのだ。
「ぐわっはは! 毎度集会をサボる狂海も狂海だが、毎度律儀にその遣いを殺り続けてきたアンタもアンタだ。対策を練られたってわけだ、適応!」
老婆を適応と呼んで大笑いするのはサラスティスの隣、老婆とは逆に腰掛ける大男だ。
筋骨隆々の肉体、下顎から突き出した立派な牙、そしてこちらも大層立派な白髭。陰気な老婆の真逆を行くような男だった。
「アタシの行いを嗤うとは随分な身分になったようだねぇ灰燼。ついでにお前さんのその立派な身分、永遠の物にしてやろうか?」
「ヤル気かぁ? こちらも構わんぞ。久しぶりに蟲の丸焼きを食うのも悪くないと思っていたところだからなぁ!」
老婆の背中から薄い蟲の羽が生える。大男の笑顔を作った口元から黒煙が漏れる。それだけで、興味は無いとばかりに静観していた者達からも、様々な形で魔力が放出し始めた。
まさに一触即発。もはや誰かの身じろぎ一つで大嵐が吹き荒れる盤面。
「静まれ」
しかし、その空気は老婆の隣に座るナニカ。黒い煙が人型を成したようにしか思えないナニカの言葉によって霧散してしまった。
魔界最上位の魔王達の戦意を一瞬で霧散させる存在。それは彼が十君の中でも隔絶した力を有している証拠でもある。
彼こそが魔界最強の国家である第一位。その国民である魂の悪魔達を統べる、真の意味での魔王なのだ。
「適応の一手によって、此度の狂海の欠席は不問とする。以降は飽食を大海の魔王の全権代理として認めよう」
それまでの諍いの全てを無にする一方的な決定。けれども、それに文句を言いだす者はいない。殺し合い寸前までヒートアップしていた適応と呼ばれた老婆と灰燼と呼ばれた大男ですら一位の言葉に素直に従い、嫌々ながらも席に座り直した。
「今回は事前の連絡通り、此度の大戦におけるそれぞれの動きについての報告だ。改めてそれぞれの動きについて報告を貰い、不幸な巡り合わせによる事故を防ぎたいと思う」
一位が言い放つ。
今回十君が集められた理由、それは人魔大戦における各陣営の動きの折衝を図るためであった。
人魔大戦とは現世に悪魔が顕現し、己の望みを成就せんがため、そしてそれをニンゲン達が阻まんとするために起こる戦いだ。
ニンゲン達にとっては悪魔の全てが敵だろうが、悪魔同士であれば話は別だ。殺し合いが避けられないほどに関係が悪い国もあるが、多くの国にとって大半の国は中立レベル。
そんな国家同士が目標を達成する際に別の国の代表とかち合ってしまったら。さらに国家間同盟同士でかち合ってしまったら。
そこから始まるのはニンゲン対悪魔の大戦ではなく、悪魔対悪魔の魔界のいざこざの延長戦が起こってしまう。そうなればニンゲン側は万々歳だ。何せ悪魔同士で勝手に争い、運が良ければ勝手に討伐されてくれるのだから。
そんな不幸な巡り合わせを防ぐため、また、己の胸の内を事前に打ち明けておくため、此度の会談は開催されたのだ。
「もちろん主義主張の違いによって防ぎようの無い争いも生まれてしまうことだろう。けれども、それ以外の諍いを防ぐだけでも大戦の価値は大きく高まる。だからこそ話し合いが重要なのだ。......話し過ぎてしまったな。本題に移るとしよう。第二位蟲の魔王、適応」
そう言って第一位は己の左手に座る老婆に顔を向けた。実力者順ということなのだろう。
「別にどうもしないよ。草を食み、肉を食み、阻むやつごと食らいつくすのみだ。前回の食い残しが気になるからねぇ。今回もアフリカに顕現するよ」
「傘下の国家はいないと判断するが、いいな?」
「ふん。役立たずが何匹いようと餌にしかなんないよ。倅も勝手に動くだろうから、こっちに何か聞き出そうったって無理さね」
国家間同盟の創始者になれるのは十君のみ。しかし、第一位に次ぐ実力者である彼女は、いつだってたった一体のみで現世の緑を砂色に塗り替えてきた。
此度の彼女の望みは今度こそアフリカ大陸を食らいつくし、本当の意味で更地を作り上げることなのだろう。
「了解した。では第三位大海の魔王、狂海の全権代理、サラスティス」
続いて第一位は先ほど自らが第三位の全権代理と認めたサラスティスに顔を向けた。真名を呼ばなかったのも、彼とサラスティスの実力差を考えれば当然のことと言えるだろう。
「えぇ、えぇ。我々国家間同盟教会の目標は変わらず、大儀であるニンゲンの殲滅。そして信奉種達の現世への帰還です。攻撃目標はイタリア。悪魔祓い最大の拠点を崩壊させることで足並みを乱し、効率的なニンゲンの殲滅を考えております」
見た目こそ奇怪であるが、サラスティスから語られた内容は凶悪の一言。
第三位とその傘下にある国家の目標は、悪魔祓い最大の拠点を崩壊させること。そしてそれによって起こるだろう混乱に乗じて人類を滅亡させることだった。
「了解した。では第四位煉獄の魔王、灰燼」
次に第一位が目を向けたのは、先ほど第二位と小競り合いを繰り広げた大男だ。
「こっちも特に変わらねぇ! 俺達は好きに生き、好きに遊び、好きに壊す! ......っと言いたいところなんだが、今回は第九位比翼の傘下に面白れぇ依頼を受けちまってな。俺を含め、国家間同盟エンはオーストラリアで遊び惚けさせてもらうぜ!」
第四位とその傘下は何より楽しいことに目が無い。そして、楽しいことのためなら命以外は全て投げ出すことで有名な快楽主義者達だ。
今回は第九位の魔王である比翼と連携するようだが、理由も面白そうといった程度で深い理由など無いのだろう。
「了解した。では第五位想像の魔王、空想」
続いて第一位が目を向けたのは、先ほどの大男の三分の一にも満たないのではないかと思うほどに小柄な少女。
腰まで伸びる長い黒髪に、ピンク色のリボン、水色のワンピースの上にエプロンドレス姿が特徴的だった。
「此度の人魔大戦が、代替わりして初の人魔大戦になるわ。だから、慣れてる土地で茶会を開こうと思うの。国家間同盟魔宮の茶会は、イギリスに向かうわ」
第五位である想像の魔王は、最近魔王が代替わりしたことで有名だ。
そのため彼女は第五位を名乗るに足る実力者であると、内外に知らしめる必要があった。大戦勝者が直接守護する土地であるにも関わらず、堂々とその場所を標的にする。
一歩間違えばすぐにでも新たな想像の魔王が立てられかねない危険な作戦だが、一定の成功を収める自信が彼女にはあるのだろう。
なにせあどけない姿をしていても、彼女もれっきとした悪魔なのだから。
「了解した。では第六位運命の魔王、失墜」
第五位の意見に納得を見せた第一位の目は、先ほどの小競り合いで見事な分析をした古めかしい騎士装束の壮年の男へと移った。
次回更新は10/30の予定です。




