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守護の一歩 その三

「ほら、こっちの遠見(とおみ)は終わったよ! 早く次の持ってきな!」


「は、はい、ママ。あっ!」


「誰がアンタのママだい! アタシの家族は旦那と娘が五人ぽっちだ。息子はいないよ! ったく、疲れてんだろう? 次のを持ってきたら家に帰んな。アタシも一度休憩を取らせてもらうよ」


「は、はい!ありがとうございます。マ、デ、デリラさん!」


 怒号と騒音の鳴りやまないオフィス。その部屋の中央の机に堂々と腰掛ける女性は、片づけても片付けても無くならない仕事に、内心ため息を吐いた。


 ここはアフリカ呪術連合と呼ばれる、アフリカ大陸最大の魔法組織。


 独立意識の強いアフリカの魔法使い達の気風のせいで、普段は閑古鳥が鳴いているこのオフィスだが、今は上へ下への大騒ぎになっていた。


 その理由はこのアフリカ呪術連合に新たに所属した悪魔殺しが、人魔大戦において非常に有用な魔法を使いこなすことが世界に知れ渡ったからである。


 彼女の名前はデリラ・ジェーン。


 元々はとある町を拠点とするしがない占い師だったが、ある日聞こえてきた声に従うことで悪魔殺しの契約を行った。そして、手に入れた魔法によってアフリカ呪術連合の重要ポストに就くことが出来たのだ。


「まーったく。片付けど片付けど、仕事がちっとも減りやしない。いくら旦那が失業中だったからって、身の丈以上の金は求めるべきじゃ無かったね」


 ぶつぶつと愚痴を零しながらも、生来の真面目な性格から作業の手は止まらない。


 次、また次とデリラがめくる資料は、その全てが何らかの写真だ。この写真の確認こそが仕事であり、彼女の魔法が活きる場面なのである。


「こいつは霧が薄い。大方どっかの家に保管されてた家宝が魔道具で、何かの拍子に暴発したか魔力が漏れたんだろうね。こいつは霧が少し濃いね。周辺地域を取った写真でもずっと同じ濃度の霧が続いてる。未登録の魔法使いの可能性が高い」


 新たに数枚の写真を確認し終えたデリラは、最初の一枚を安全と書かれた箱へ、次の数枚連なった写真を要確認の箱へと移した。これこそが彼女の魔法なのだ。


 デリラは記録媒体に残された映像を元に、その場の魔力濃度を確かめることが出来る。この能力は写真、映像に関わらず全てを対象に発動が可能で、撮影された時間に残されていた魔力が霧のように映るのだ。


 この能力を活用することで魔法の使用疑いがある場所、不審事件が起きた場所、人類の戦略的防衛拠点周辺などに悪意ある魔法使いや悪魔の侵入があったかどうかを検知することが出来る。


 デリラがアフリカ呪術連合に所属したことで、すでに三十件以上の魔法犯罪と一体の悪魔の発見から始まる討伐補助を成功させている。これらもあって、すでに彼女は組織内の重要ポストを任されるまでに昇進していたのである。


「これはシロ。これもシロ。こいつは怪しい。こいつは真っ黒。場所からして、どうせギャングに雇われたはぐれ魔法使いか何か......ん?」


 その後も淡々と仕事をこなすデリラだったが、ふと階下が忙しさとは異なる騒がしさに包まれ始めていることに気が付いた。


 続いて自分のオフィスへと続く階段をどたどたと乱暴に駆け上がる音が響きだす。


「はぁ~......この様子だと間違いなくあの子だよ......」


 デリラが全てを察して溜息を吐いた瞬間、バンと勢いよく扉が開かれた。


「デリラ! 新しい奴持ってきた! たしか......なるはや!」


「ファジャ! 階段は駆け上がらない! 扉は勢いよく開かない! あと、何度も言ってるだろう。眷属(けんぞく)は元の姿に戻さない!」


「むぅ。仕事の手伝いに来てやったのに......それにこっちも何度も言ってる。この子達は生きている。ずっと窮屈なままだとイライラが溜まる。また誰かの山羊を食って謝りに行くのは御免だ」


「だからアタシの部屋ならいくらでも戻していいって言ってるだろう......それに、そもそもあんたはアタシの護衛役なんだ。護衛対象をほっぽりだしてペットの散歩に行くやつがどこにいるんだい!」


「むぅ。だってオウェリが水浴びしたいって......あと、オウェリ達はペットじゃない。ファジャの家族だ」


「はいはい、これでお互いが悪かったってことになるだろう。お相子だ。だからさっさと写真を渡しな」


「ん? んー...... ?ん、わかった」


 小首をかしげてデリラに資料を渡すのは、ファジャと呼ばれた褐色肌の十代前半と思われる少女だ。


 極端に布地の少ない民族衣装に、ジャラジャラと首に下げられた大量の首飾り、おまけに露出された肌の所々に白色の塗料によって紋様が描かれている。アフリカの呪術師と紹介されれば、見る人すべてが納得してしまいそうな格好だ。


 しかし、これらはファジャの周りを見れば、全てが些事(さじ)と片付けられる内容に過ぎない。


 なんせ彼女の右隣には成人男性でも簡単に押し潰してしまえそうなヒョウが、彼女の肩には可愛らしい小型のフクロウが、そして左隣には彼女など丸のみにしてしまえそうなほど巨大な大蛇がとぐろを巻いていたのだから。


 いずれの動物達も非常にリラックスしており、間違っても人に襲い掛かったりする様子は無い。


 それもそのはず、これら三体の動物はファジャと契約を交わしたことで生まれた眷属なのだ。そして獣とはいえ、ただの魔法使いが三体もの眷属を所有できるはずがない。


 彼女もまた契約によって生まれた、悪魔殺しの一人なのだ。


 それも見た目からは想像もつかない生粋の武闘派魔法使いであり、重要人物であるデリラの護衛役を任されるほどの。


 そんな高スペックな彼女であるが、欠点として幼さゆえに自分勝手な行動を取ってしまう点と、眷属達の関係で行く先々で悲鳴をあげられることだ。


 これさえなければ、彼女もまたアフリカ呪術連合の重要人物として、多くの報酬を受け取る立場だっただろう。


「そんでこの資料はなるはやだって?」


 茶封筒に収められた写真を取り出しながらデリラが尋ねる。


 通常アフリカ呪術連合内部同士では、わざわざこんなお高い封筒に資料を詰めて送ってきたりはしない。ということは、この資料がデリラの能力を期待した外部から持ち込まれたものである可能性が高かった。


「ん?なるはや......だったような。はやはや......だったような」


「はやはやじゃ、もう意味すらすら通じないよ。まぁ、いいさ。どっちにしたってさっさと片付け......」


 そこでデリラの言葉が止まった。


「デリラ?」


 ファジャが不審に思って声をかけると、それまで血色がよかった彼女の顔色はいつの間にか真っ青に染まり、顔からは汗が流れ始めている。明らかに異常な様子だった。


「こんな......こんなふざけた魔力......まさかこれが本物ってわけかい......国外代表とかいう悪魔の魔力だって吐き気がするほどだった。けど、これは......これは......」


「デリラ!」


 うわごとのようにぶつぶつと何かをつぶやく彼女の肩を、ファジャは強引に揺らすことで正気に戻そうとする。その瞬間、デリラの視線はファジャに向いた。


「ファジャ!」


「んっ!? んんっ、なに?」


 突然大声を上げたデリラに驚くファジャだったが、彼女が先ほどまで眺めていた写真を差し出していることに気が付いた。


「見てみな」


「むぅ。ん?」


 彼女の勢いに流される形でファジャも写真を(のぞ)き見る。するとそれは随分とおかしな写真だった。


「これ、変。こっちのも、変。本物?」


 写真はアフリカの砂漠都市のような、砂と強い日差しが感じられる街の写真だった。


 これだけならば何もおかしなところはない。至って普通の風景写真だ。問題は幾人か映っている人間の姿だ。


 ガラスのような、或いは水晶のようなきらめく何かに閉じ込められている。遠目からで詳細は伺えないが、いずれの人間もまるで何かから逃げ出すような恰好のまま閉じ込められていた。


 もう一枚の写真も、砂と強い日差しが感じられる街の写真であることは変わらない。


 一枚目と異なる点を挙げるのであれば、こちらの写真には先ほどの写真より、多くの木々が写っていることだ。大きな大きな、街のどんな建物よりも遥かに大きな木々が。


 おまけに先ほどの写真に映っていた人々の姿は一人も見られず、代わりに多くの動物達の姿が確認出来る。狼、猪、猿に熊、それよりも小さな動物もいるようだが、詳細までは分からなかった。


「ファジャ、何が見えた?」


「ん?」


 おかしな質問だ。見てはいけない物が見えたことを共有したいのか、ファジャには見えるかもしれない何かを期待したのか。いずれにしても素直に応えるべきだろうとファジャは思った。


「一枚目はあまりおかしくはない。けど、人がガラスか何かの中に閉じ込められてる。たぶん、死んでる」


「もう一枚目は?」


「似たような街の写真。けど、たくさんの木とたくさんの動物が写ってる。普通に見えるけど普通じゃない。下が砂じゃあんなに木は大きくなれない。いくら木が多くても環境に動物が合ってない。だから、とても違和感」


「そうかい。ありがとうよ」


 そう言って、デリラは頭を抱えてしまう。


「デリラ、具合悪い? 力使うか?」


「いいや、これは心の問題だ。身体の不具合じゃないよ」


「ならどうして?」


「ファジャ。今お前に話してもらった写真の内容。アタシには一ミリも理解できなかったんだ」


「んん?どういう?」


 今ファジャが話した内容は、写真を見れば一目瞭然だ。だというのに理解が出来ないと話されたらファジャの方が理解が出来なかった。


「ファジャ、覚えているかいアタシの力を」


「ん。魔力が霧みたいに見える。写真や映像なんかでも、その時の魔力量をしっかり確認できる」


「そうだ。この写真は()()()()()()()()()()


「んん?」


「霧が濃すぎたんだよ。濃霧も濃霧。全体が濃霧に包まれているせいで、どんな写真なのかも分からない。今までこんなことは無かった。悪魔が関与していた写真だって、全体が霧に包まれるなんてことは無かったんだ......」


「んっ......それって」


「あぁ。この写真はまずい。いや、この写真が写された場所はとんでもなくまずい! 国外代表なんていう、ちゃちな悪魔の仕業じゃ断じてない! 本物の悪魔だ。これは国家所属の本物の悪魔によって、滅ぼされた街の写真なんだ!」


「街、を......?」


 写真に写るのは切り取った町の一区画。本当のサイズはファジャの予想する何倍ものサイズのはず。それが人っ子一人残さず滅ぼされた。そのあまりの言葉にファジャの背筋にも悪寒が走る。


「ファジャ!」


「んっ!?」


「これはなるはやなんてレベルのもんじゃない。はやはやだ! とにかくこれをよこしてきた奴に伝えな! こいつは危機(クライシス)なんかじゃない。災害(ハザード)級だと!」


「んっ!」


 デリラの言いたいことが分かったのだろう。ファジャは風のように走り去り、猛スピードで階下へと駆け下りていく。普段は追いかける眷属達について注意するデリラだったが、今の彼女にそんな余裕は無かった。


「これが......本物ってことかい」


 魔法組織に所属していながらも内勤しかこなしてこなかった彼女にとって、今まで悪魔とはどこか別の世界の話だった。


 けれども今日見せられた写真によってその認識は大きく変わった。世界には街一つ滅ぼせる悪魔が潜伏しており、その悪魔の標的になれば命など吹き消される蝋燭程度の価値しかない。


 悪魔殺しと言えども、探知能力に特化したデリラだ。もしそのような災害に巻き込まれたとしても、人よりも素早く察知し逃げ出すのがせいぜい。戦うなんて冗談じゃない。


「アタシには到底無理だ。ファジャ、あんたには出来るのかい?」


 頭によぎるのは生意気ながら純粋な一人の少女。初めて出会った時から何かと世話を焼かされたが、仕事が忙しくなり家族の顔もまともに見られなくなったデリラにとって、ファジャは新たに生まれた娘のようだった。


 そんな娘が化け物との戦いで命をかけなければいけない。運が悪ければ二度と離すことが出来ないかもしれない。今更ながらに気付いた事実に、デリラは恐怖で震えだす。


「あぁ。これが、魔法の世界に身を置くってことなんだね......気付きたくは無かったよ」


 どうか自分とファジャの周りには、一体たりとて悪魔が現れませんように。


 あまりにも自己中心的な考えながらも、今のデリラにはそう願わずにはいられなかった。

ちょっとした小話になりますが、今回語られた国外代表とは守護の一歩その一で語られた彼のことです。


次回更新は10/26の予定です。

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