侵略の一手 その三
「さぁさぁ!昔々の寓話をまとめた紙芝居の時間だよ! たまにはテレビもタブレットも手放して、お話の世界に耳を傾けては如何かね~?」
芝居がかった老人のものと思われる声が片田舎の村に響く。
その声につられてまず初めに集まってきたのは、警戒心が薄い子供達。そして彼らを追ってきた保護者達が、目の前の男の真意を見極めようと集まってくる。
「これはこれは、まずは多くのニンゲン達に集まっていただいたことへまずは感謝を。きっと楽しませることを約束しましょう!」
紙芝居を見せるための三脚付きの額縁を横に置き、集まった観客に声をかけるのは老人だ。
ハンチングを目深に被っているという特徴はあるが、裏を返せばそれ以外の特徴が無い。このまま別れてしまえば、次の日には老人であったことも忘れてしまうほどに存在感の希薄な人物であった。
「紙芝居をするのは構わないが、一体何の話をするつもりなんだい?」
男が突然村を訪れたことはひとまず脇に置き、保護者の一人が紙芝居の題目について尋ねだした。
集まった子供達の中には年少の子供もいる。あまり怖い話などをされてしまえば、トラウマになってしまうと考えたためである。
「あぁ、それは当然の疑問でしょう。実のところ私は地方で語られる昔話を現代の子供達に伝えていきたいと思って、こんなことをやってましてな。この地域に伝わる燃える男について話したいと思っております」
「燃える男......あぁ」
少しばかり考え込んだ保護者だったが、内容を思い出し、それが怖い話というよりもどちらかというと悲劇や、教訓を学ばせるための昔話であったことを思い出した。
「もちろん、寓話や童話とは個人によって形作られたもの。全てのニンゲンを満足させるというわけには参りません。それでも良ければどうか目で見て、耳で聞き、物語を楽しんでいってくだされ」
保護者の一人の反応から、これから語られる紙芝居が、子供に与える影響は少ないと判断したのだろう。むしろ、閉鎖的な村にとっての数少ないイベントだと、全ての人間がその場に残ることになった。
「多くの方々のご参加ありがとうございます。それでは肩肘張らず、ごゆるりとお聞きください」
そうして老人は話し出した。
燃える男。生前の行いの悪さゆえに、天国にも行けず地獄でも引き取ってもらえず、少しでも自分達の罪を軽くするために、魂を燃やして道行く人々の灯りになろうとする、ジャックランタンの語源とも呼ばれる幽霊達の話を。
「忘れないでいただきたいのは、彼らもまた自分達の行いを悔い、救いを求めているということです。ですので、彼らに助けてもらった際はパンでもワインでも、硬貨でも構いません。決して、決して、相応の報酬を与えることを忘れてはいけませんよ」
老人はそう話し終えると、次に向かう場所があると、村人の引き止めむなしく早々に村を出て行ってしまった。
そうして村人達も、次第に自分達の生活に戻っていくのだった。
「さて、周辺一帯に種は撒いた。後は芽吹くのを待つのみか」
村を出た老人は、地図を広げるとただ独り言を口にする。
「あぁ、そう言えば、この村を忘れていた。ここからも遠くないか」
男が開いた地図には、多くの丸印が村や街に付いており、この村よりさらに奥まった山間部にある村だけ丸が付いていなかった。
「これから行けば、夕方には到着する。それならば急いで移動を_」
そう口にした瞬間だった。
突如飛来した光の矢が、男の身体を真っ二つに切り裂いたのだ。
「おや、思った以上に早い到着だ。この魔力からして悪魔祓いかな?」
上半身しか残っていないにも関わらず、男は実に気楽な声で考察を口にする。その断面図から血液が流れ出る様子は一切ない。
「その通りだ。貴様こそ禁忌の魔王、禁戒の眷属、軽口男だな?」
「いかにも。ここら一帯の流布は上手くいっておったと思ったが......」
現れたのは白い法衣に身を包んだ悪魔祓いの一団だった。彼らがここに現れたということは悪魔の存在が感知されたということ。そして彼らが暴力を振るったということは、老人が悪魔の関係者であるということだった。
「あぁ、してやられた......お前の振りまいた話のせいで、ここら一帯は燃える男と支払いを怠った焼死体だらけだ」
「ははっ、それはいい。ならばこの生も意味があったというものよ」
老人が満足げに笑いを零すが、それを見て悪魔祓いは唾を吐き捨てた。
「下手な演技はやめろ禁戒。その眷属に意思など宿っていないことは把握済みだ」
「ならば分かっているだろう?この眷属が私の言葉を拡散されるだけのスピーカーに過ぎぬことを。ほぅら早くせぬとこの山道も燃える男で埋め尽くされるぞ」
「ちっ、くたばれ」
これ以上の情報を得るのは不可能だと判断した悪魔祓いは、迷わず老人に止めを刺した。
禁忌の魔王、禁戒。童話や逸話として認知された空想の化け物達を、話し聞かせることによってこの世に召喚する古き魔王の一体だ。
普通の召喚魔法であれば、いくら何でも感知できぬほどの長距離から使い魔を作り出すのは不可能だ。しかし、かの魔王は定めた制約によって、その条件を打ち破った。
それこそが彼の真名である禁戒、すなわち行ってはならぬこと。軽口男に説明された禁戒さえ守っていれば彼の魔法は一切の脅威にならないのである。
しかし、人とは好奇心に勝てぬもの。ある人間は約束を破った際の代償に興味が湧いて、ある人間はそもそもの持ち合わせが無いというのに燃える男に無理やり恩を押し売りされて、そうやってただの幽霊を焼死体を量産する化け物に生まれ変わらせてしまった。
「ここにも悪魔祓いを配置しなければいけないか......他に被害は?」
「マレー半島にポンティアナックと思われる幽霊が、アメリカ大陸の各地域でスレンダーマンと思われる魔法生物が、血の魔王が討伐されたのが事実ならば、フィリピンに出現したアマランヒグと思われるアンデッドも禁戒の仕業と考えられます」
そして制約があるというのにあえてその魔法を使うのは、その制約に見合うだけの強みも存在するということである。
その強さこそが距離と無差別性だ。禁戒の魔法は彼が言葉で伝えるだけで、その地に化け物の種が配置される。つまり言葉を話せるだけの器さえあれば、禁戒は現世のどこにでも被害をもたらすことが出来るのだ。
「肝心の禁戒本体の居場所は?」
「残念ながら......未だに大陸の見当すらついていません」
小さく弱い眷属を用いながらも広範囲に、着実に、しかも長年に渡って被害を残す。これこそが禁忌の魔王のやり口なのだ。
「なら俺達に出来ることは、被害の拡大を防ぐことだけだ。幸いこの地に現れた燃える男は、特徴も対処法も分かりやすい。急いで村人達に伝えて回れ。そして戸籍の確認も忘れるな、全てが終わった時に記憶を消し去れるように」
「了解です」
部下達を送り出し、この一団の隊長は溜息を吐いた。
禁戒の魔法は、制約さえ破らなければ一切の脅威を生み出さない。しかし、その制約を守らせるには村人に理解させなければいけない。その化け物は本当に存在し、今も貴方の近くにいるんだぞと。
一体どれほどの恐怖を生むだろう。一体どれほどの混乱が予想されるだろう。そして何より、それによって禁戒はどれほどのマイナスの魔力を手に入れるのだろう。
知るということは恐れを生み出すということ。一切被害の無い対岸から、燃え盛る火事を見て笑う禁戒の姿を想像した隊長は、人知れず怒りで拳を握りしめるのだった。
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「また新たな種が芽吹いたか......」
ボコリ。発声と共に口から漏れ出す泡など気にも留めず、禁忌の魔王、禁戒は世界を眺め続ける。
RPGに出てくる豪華な宝箱を現実化させたような体躯、そして箱内部からこぼれ出る無数の触腕と目玉。これが禁戒の全てだ。
明らかに現世では異物とみなされる見た目をしていながらも、この魔王が悪魔祓いの追跡を振り切れているのはなぜか。それはかの魔王が光さえ届かぬ海中から眷属を送り込んでいるからである。
「現世は我らを放逐した。ならば我々によって今の現世が放逐されることも道理というもの」
触腕の一つがペンダントを掲げる。
チェーン部分は何の変哲もないペンダントだ。しかし、取り付けられたトップ部分には、視点によって様々な生物のものに変わる目玉が吊り下げられている。
これは国家間同盟の一つ。教会の所属を示すペンダントだった。
「世界に混沌を。そして我らの土地を奪いしニンゲンに滅びを」
国家間同盟教会の目標は人類の滅亡。
現世の選択を憎み、ニンゲンを憎む禁戒にとっては、実に願ったり叶ったりな同盟だった。
次回更新は10/22の予定です。




