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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第三章 血河駆けるは銀の風

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強き絆は血か縁か その二十八

「うぐっ!?がはっ!ゲホゲホッ!」


 まるで夢から目覚めるような感覚の中、ニナは覚醒した。


(身体中が痛い......息をするのも苦しい......けど、戻ってこれた......!)


 周りを見渡せば赤一色で染められた廃墟、そして嗅ぎなれてしまった血生臭さ。彼女はカバタとの魂の競り合いに勝った。血の魔王の支配に見事抗ってみせたのだ。


 しかし、支払った代償もまた大きく、身体中が自らの鮮血で染まるほどの重傷を負い、魔力量も底を付く寸前。そしてこの競り合いを始めたタイミングでは、目の前にカバタがいたはずだ。


 いくら支配が失敗したからと言っても、カバタ側に追撃を仕掛けない理由はないはずだ。むしろ、大きくむせ込み隙を(さら)しているニナに対して、もう一度魂の競り合いを仕掛けてもいいはず。


 それをしないのはなぜか。


「ぐわあぁぁぁぁぁ!?なぜ!?なぜだあぁぁぁぁ!?」


 それは、カバタの方がニナ以上の重傷を負っていたからだった。


 血の魔王の身体には、ニナによって彼女自身の血液が打ち込まれている。


 本来、競り合いに勝った際に奪えるだろうニナの魔力。それを利用することで結晶化部分を切り離しながら肉体の再生を図るという作戦は、競り合いの敗北によって根本から破綻した。


 それによって始まるのは無慈悲なる魔力への侵食。ニナ以外の活性化した魔力の強制停止。


 血の魔王の使い魔達がそうであったように、仮初の肉体こそあれど魔王たるカバタもまた魔力生命体。魔力の循環こそが生命維持の基本であり生理現象とも言える悪魔にとって、一度始まった魔力浸食は止められない。侵食部を物理的に切り離すしかない。


「があぁぁぁ......!おのれ......この結界すら無くば、すぐにでも再生を図れるものをっ......!」


 しかし、今のカバタに切り離しという選択肢は選べなかった。


 それはニナが自らの負傷と引き換えに、翔の大結界構築の時間を稼いだからだ。


 翔の魔法、擬井制圧(ぎせいせいあつ) 曼殊沙華(まんじゅしゃげ)は、生物の体内に存在するものを除いた全ての魔力を結界外へはじき出す。


 例えカバタが肉体の切り離しを実行しても、再生するための魔力は結界外の遥か先。致命傷を負ったままではそこまでたどり着くことは出来ない。そもそもろくに魔法も発動できない現状では、目の前のニナすら突破できない。


「は、ははっ、ボクも酷い有様だけどお前はそれ以上だな、カバタ!お前の敗因は、その優秀な知略ですらカバー出来なかった傲慢(ごうまん)さだ!お前は散々下に見ていた人間との知恵比べに負けたんだ!」


 全ての眷属をかけ合わせた融合体を作り出したのなら、その最大戦力から目を離すべきでは無かった。翔が間に合ってさえいなければ、無限とも思える魔力を使ってニナなど簡単に圧殺できたのだから。


 血族如きに一太刀を浴びせられたとしても、切り札まで見せるべきでは無かった。勝ちの目を見出したニナが全魔力を消費してしまえば、それだけで彼女の支配は完了していたのだから。


 有効打が存在しない結界を発動されたとしても、それだけが結界の全てであると判断するべきでは無かった。何らかの方法で脱出さえ成功していれば、無尽蔵に思える翔の魔力と言えども底を尽きかけていたのだから。


 そして、競り合いを選択したのであれば、絶対に勝たねばいけなかった。負けた時の負債は、勝った時のメリットを大幅に上回っていたのだから。


 全て回避できた事象だった。一つでも踏み抜かねばこんな予想だにしない展開は訪れなかった。そんなあり得ない状況を生み出してしまったのは己の傲慢(ごうまん)さゆえであると、賢き魔王は気が付いてしまった。


 見下していたニンゲンに、それも便利な駒として利用するはずだった血族に敗れる。認められるわけが無かった。


「まだだぁ!いくら流れる血が猛毒であろうと、貴様の魔力さえ無ければただの血液に戻るはず!貴様を殺し、その血を(すす)れば、肉体を切り離して再生することが出来るはずだぁ!」


 自分が討伐されようとしている状況で、もはや最後の血族の命などどうでもよかった。自分さえ生きていれば、時間がかかろうと血族は作りなおすことが出来るのだから。


 冷静さを失ったカバタにとっては、この場を切り抜けることだけが優先事項であった。


 破れかぶれの攻撃。けれどもニナの側にも余裕はない。いくら魔法が使えなくても相手の肉体は成人男性。無理やり力攻めされてしまえば、今のボロボロの彼女では抗うことが難しい。


「させねぇっつってんだろ、血吸い蝙蝠(こうもり)!」


 だが、凶刃はニナまで届かなかった。


「翔!」


「ごばぁ!?貴様がなぜ!?この結界の維持をしているはず!」


 カバタを弾き飛ばした者。それは翔だった。ニナに負けず劣らず酷い顔色であるが、その足にはしっかりと力がこもっている。二者の戦いが決着したことを察し、合流を果たしたのだ。


「あぁ、管理していたぜ。さっきまではな」


 カバタが咄嗟に目をやると、結界はいまだにその姿形を保っている。しかし、他者の魔力をはじき出すための魔力噴出が行われていなかった。


「魔力ってのは目に見えないし、魔力だけじゃ何かに干渉することも不可能だ。けどな、俺はお前と出会う前の模擬戦で、魔力同士ってのは成分の違う煙みたいなもんなんだって気付いたんだ」


 翔は考えていた。どうして自分の魔力を周囲に充満させれば、他者の魔力を押し出せるのかを。どうして自分の魔力が充満した空間には、他者の魔力が侵入できないのかを。そこで彼は気付いた。魔力というのは気体に似ているということに。 


「一度魔力が充満しちまえば、その場には大量の魔力が留まることになる。もちろんでっかい魔力をぶつけられれば、それだけで押し流されちまう留まりに過ぎないけど、裏を返せば急激な魔力の流れさえなければ、この結界は発動しているのと一緒なんだ」


 擬井制圧(ぎせいせいあつ) 曼殊沙華(まんじゅしゃげ)のデメリットは、とにかく魔力の消耗が激しく大規模に発動しようものなら、翔自身が身動きが取れないほどに消耗してしまう点だった。


 けれど、この法則を見つけたことで運用方法を変えることが出来た。翔自身に動く余裕が生まれたのだ。


「今この場にある分の魔力を押しのけちまえば、お前は魔法を発動できる。つっても、ニナにボコボコにされたお前じゃ、もう魔法は使えねぇよな!」


 カバタを挑発する翔の顔は、魔王のことを心底馬鹿にしたような笑みだった。それは、カバタがニンゲン相手に散々浮かべていた(あざけ)りの表情と瓜二つだった。


 今まさに魔王は、下に見ていたはずのニンゲンに下に見られたのだ。


「貴様あぁぁぁぁ!!!」


 激高した魔王が、鋭き爪が生えた手を振りかぶり翔に襲い掛かる。


「てめぇの行いに、俺は心底ムカついてたんだ!あの人達の痛みを少しは知りやがれえぇぇ!!!」


 カバタの肘を打ち、魔王の攻撃を受け流した翔は、そのまま間髪に入れずにがら空きの腹に木刀を叩き込む。


「ごばっ!?」


 衝撃に揺れるカバタの体躯。しかし、翔は止まらない。


 結晶化が進行する胸を、肉弾戦には向かないだろう細い四肢を、言葉と表情で多くの人間を不幸に陥れた顔を、木刀の連撃で打ちのめしていく。


「がっ!ごっ!がばっ!ごあっ!やっ、やめっ」


「止めてって言われて、お前は一度だって止めたことがあったのか!こいつで終わりだあぁぁ!!!」


「があぁぁぁぁぁ!!!」


 翔の鋭い突きが、カバタの胸に突き刺さる。


 多数の打ち込み、そして結晶化によって脆くなっていたのだろう。バキンッと無機質な破砕音が響き渡ると、カバタの身体は上下真っ二つに砕け割れた。


「あ゛っ......あ゛あ゛っ......」


 身体は砕かれ、残された魔力も刻一刻と結晶化によって蝕まれていく。カバタは自分が詰んでいることを理解した。


 後は止めを刺されるのみ。だというのに、肝心の悪魔殺しは自分に背を向け、血族の方に向かっていく。一体どういうことなのか。


「ニナ、よく頑張った。血の魔王相手に魔法で勝つなんてホントにすげぇよ」


「えっ、あっ、ありがとう翔。で、でも、まだカバタは生きて_」


 こんな自分をずっと信じてくれた翔にはすごく感謝しているし、声をかけてくれたこともすごく嬉しい。けれどもカバタの討伐が完了していない現状でそれを行うには、いくら何でも時期尚早すぎるとニナは思う。


 いくらカバタに腹が立っていたとしても、翔の性格で(さら)し者にするなんてことはしないはず。そう考えていたニナの表情に翔も気が付いたのだろう。


「作戦なんて滅茶苦茶になっちまったけど、ラウラさんも言ってただろ、俺の役目は護衛だって。そんな奴が幕引きなんて図々しいにもほどがある。ニナ、お前が決めろ。」


「翔......!」


 血族として生まれたことでずっと苦しかった。多くの不幸に直面した。彼に血の魔王との歴史に終止符を打ちたいと確かに願った。


 それを翔は覚えていてくれたのだ。だから翔は止めを刺さなかったのだ。


 最後の最後で見学者で終わるところだった自分に、華を持たせてくれたのだ。そこまでされては、どれだけ身体が苦しかろうと立ち止まっているわけにはいかなかった。


「ほら、ニナ肩を」


「うん、ありがとう」


 翔が肩を貸してくれる。それだけで心が温かくなる。


 取り出したのは単発銃。いくら身体が弱っているといっても、動かない的に当てるには一発で十分だったから。


 銃身をカバタに向けた。魔王の結晶化は首まで届き、もはや何もしなくても討伐は完遂されるだろう。


「今回ばかりは吾輩の敗北だ。しかし、貴様の命が続く限り吾輩の計画は生き続ける。多くの子を成すといい。それだけで次回の人魔大戦での計画が大きく進行するのだからな!」


 そしてカバタ自身もそれを理解しているようで、最後の捨て台詞を言い残す。


 見え透いた言葉。けれども、その言葉によって血族の不幸が終わりではないことが嫌でもニナには分かってしまう。この場を凌いだところで自分は、自分の子孫達は幸福になれない。その現実に銃を持つ手が震える。


 そんな時、手の震えが唐突に収まった。


 ニナの手を支えるように、翔の手が添えられていたのだ。


「はーっ!はっはっはっ!!!」


「か、翔?」


 突然笑い出す翔。さしものニナも戸惑ってしまう。


「今回ばかり?てめぇの二連敗だろうが!計画は生き続ける?一生成功しない計画が生き続けた所で何だってんだ!次回の人魔大戦?二回も無様を晒した奴が国の代表になれるってんなら面白れぇ冗談だ!」


「っ、貴様!」


 翔の言葉の真意に気付き、カバタは反論を返そうとする。しかし、彼の言葉は止まらなかった。


「例えてめぇがもう一度ニナを狙おうとしたって、俺がニナを守る!子孫を狙おうとしたって同じように俺の子孫が守る!てめぇの計画は完全に破綻してんだよ!」


「貴様あぁぁぁ!!!」


「ニナ!」


「うん!」


 結局最後の最後まで翔に助けられてばかりだった。でも、彼女はそれを悪いことだとは思わなかった。支え合える人に出会うことこそ、人の本質なのだから。


「この戦い、俺/ボク達の勝ちだ!」


 一発の弾丸がカバタの額に吸い込まれる。


 カバタには避ける術も、逃れる術も残されていなかった。


「お、の......れ」


 唯一結晶化していなかった頭部も、最後の弾丸の直撃によって結晶に呑まれた。


 カバタと繋がっていた魔力はもう存在しない。さしもの血の魔王とて魔力が無くば存在を維持することは不可能。


 二人の悪魔殺しによって、血の魔王、血脈のカバタは討伐されたのだった。


「......終わったな」


 戦いの余韻。辺りを支配した静けさから始まる居心地の悪さを誤魔化すように、翔がニナに笑いかけた。


「......だね。翔、これから」


 ニナが頷き、今後について話そうとした時だった。


「危ねぇニナ!」


「わっ!?」


 翔が大きくニナの身体を引っ張る。


 先ほどまでニナが立っていた場所にどちゃりと何が降ってきた。それは一見すると血の塊のように見えた。


「何だこれ?血の魔王は討伐したはずだろ?」


「いや......そうか!翔、討伐したからだ!カバタの制御が無くなったことで、結界が形を保てなくなったんだ!」


「嘘だろ!?」


 ニナの言葉で翔は上を向く。すると、彼女の言葉を裏付けするように、ボドボド、ミチミチと音を立てながら結界がゆっくりと形を歪めてきているのが見えた。


 いくら元が血液と言えど、頭上にあるのは想像するのが馬鹿らしくなるほどの大質量。あれら全てが一斉に落下すれば、翔とニナなど簡単にミンチにされてしまう。


「やべぇ!逃げるぞニナ!」


「うん!......って、あれ?」


 走り出した翔に続こうとしたニナだったが、まるで力が抜けたかのようにその場にへたり込んでしまう。


「どうした!?」


「あ、あははっ......限界を超えて血液を消費した上に、最後におっきな怪我まで貰っちゃったせいかな?貧血みたいだ」


 力無く笑うニナ。しかし、事態は笑い事では済まない。


 せっかく血の魔王を討伐したというのに、その後に圧死しましたでは死んでも死にきれない。


「俺が背負って!いや、いくら何でもそれじゃ体力が先に尽きる......また血液を分けて!いや、それじゃ吸ってる間に時間切れだ......どうすれば、どうすれば!」


 唐突に生まれた大ピンチに翔は必死に頭を回転させる。ニナを連れて高速でこの場から脱出する方法。そんなものは一つしかない。けれど、その方法はカバタによって封印されていたはずで。


「あっ!」


 ここで翔は思い出した。封印していた相手はすでにおらず、魔力さえあれば使用できる最高の移動手段が自分にあるということを。


「ニナ、乗れ!」


「っ、うん!」


 翔が擬翼(ぎよく)を展開する。本来であれば低い天井と密集した木々によって使用を制限されていた翔のもう一つの奥義。しかし、(くだん)の天井が崩落を始めている今であれば、制限を課す物は何もない。


 ニナの腕が首に回ったことを確認した翔は、一気に出力を上げ空へと飛び出した。同時に擬翼の形を鳳仙花(ホウセンカ)使用時のものへと変更し、傘のように使用する。これでいざ天井が完全に崩落したとしても圧死の確率だけは下げられる。


「翔......頑張って......」


 極度の緊張からの解放と貧血からだろう。ニナの声から力が消えていく。今でこそ必死に翔の背中にしがみついているが、完全に気絶してしまえば最悪振り落としてしまう可能性もある。


 こんな場所で落下しようものなら圧死を免れたとしても、死因が落下死か溺死に変わるだけだ。それだけは避けねばならなかった。そこで翔は擬翼を生み出す前に考えていた案の一つを実行することを思いついた。


「ニナ!首からでいい!血を吸え!」


「え......ええ!?」


 急にニナの声に力が戻ったように翔は感じたが、深く考える余裕は今の彼にはない。ただニナを振り落とさないようにするために彼も必死だった。


「こんな場所で振り落としたりしたら、ラウラさんに一生顔向けできねぇ!頼む!野郎の血なんて気持ち悪いけど、もう一度だけ血を吸ってくれ!」


「えっ、いや、そんなことは全然!いや、それとこれとは......は、う~!分かった、分かったよ!ゴメン翔!もう一度だけ血を貰うね!だから翔もボクのことは気にしないで翼の制御に集中して!」


 瞬間、チクリと首筋に痛みが走り、続けて柔らかなものが首筋に押し当てられた。


 これでニナは大丈夫だろうと、翔は言われた通り制御に尽力する。そのまま出力を上げると、一気に結界外へと飛び立ったつのだった。

次回更新は10/10の予定です。

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