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強き絆は血か縁か その二十六

「はぁ!?つまりこの結界内の魔力全部消費させねぇと、あの魔王は倒せないってことか!?」


「うん。いくつかは憶測になるし、今更気付いたのかと言われてしまう内容だけど、魔王の根源魔法が広範囲の索敵能力と支援能力だけっていうのはいくら何でも弱すぎる。血脈とは絶えず流れ続けるもの。あの魔王の真名(まな)を考えれば、血液と魔力が続く限り再生能力も続くと考えていいはずだよ」


 作戦会議を始めるにあたって、手始めにニナはカバタがぎりぎりまで隠し通していた再生能力について翔に伝えた。


 血液と魔力さえあれば、例え肉体が滅びようとも新たな肉体を得て再生できる能力。自身の結界内というホームグラウンドでは圧倒的な性能を発揮できる魔法だ。


 あるいは、だからこそカバタはこんな目立つ結界を生み出し、ニナのみならず悪魔祓い(エクソシスト)やその他の悪魔殺しに対しても分かりやすい挑発を行ったのかもしれない。


 もし血族が現れないのであれば、おびき寄せられた純度の高い魔力を吸収してさらに勢力を拡大するために。


「不死性があるからこそ、あいつは激高はしても暴走はしない。どれだけひっかき回されようとも最後には自分が勝つと確信しているから。でも、裏を返せば未だにあいつは油断しているってことにもなる」


 支配の瞬間に逃げられた。支配したと思った血族に反撃を食らった。相手を任せていた眷属(けんぞく)が無様に敗北した。悪魔殺し一人の結界に有効打を用意できなかった。


 どれか一つを取っても計算外の事態。ましてや全てが実現した状況は、撤退すら視野に入れるべき異常事態のはず。なのにカバタは怒りこそすれど、焦りはしない。


 それだけ自身の魔法と時間経過による優位性を疑っていないということなのだろう。最終決戦の舞台ですら相手を見下す。呆れた傲慢さであった。


「だからこそ刺さる一手がある。お互いの手札が出尽くしたと考えている今だからこそ刺さる一手が」


 そうしてニナが伝えた作戦は、とっさに考えたのだろう穴だらけで精神論に強く依存する作戦であった。


「......要するに、俺達があの野郎に勝利するためには、俺とニナ、二つの賭けに勝利する必要があるってわけだ」


「うん。呆れたかい?」


「まさか。戦いなんて準備の段階で勝敗が決まってる!なんて言うやつもいるけど、実際にゃ勝負の世界なんて行き当たりばったりがほとんどだ。ましてや悪魔との戦いなんてアドリブで切った張ったをやった方が多いっての」


 カタナシとの戦いは準備が功を奏した場面も多くあったが、同時に相手に一杯食わされ後手に回されることも多くあった。その後のハプスベルタとの戦いなぞ十割がアドリブであったと言っていい。


 マルティナとの戦いも想定した訓練と準備によって優位性を失うことこそなかったが、その後のウィローとの戦いなぞ予定外で予想外、アドリブ百パーセントの戦いだった。


 要するに、翔にとっては作戦があるだけ上等なのだ。相手の想定を越えられるかもしれない一手を考えてくれただけで上出来なのだ。無茶や無謀がなんだ。そんなものはいつだって乗り越えて悪魔との戦いに勝利してきたのだから。


「一パーセントでも勝てる可能性があるんなら俺はニナを信じられる。その後に鼻血噴いてぶっ倒れようと勝利は勝利だ」


「翔、じゃあ」


「あぁ。乗ったぜ、その作戦。あの野郎を直接ぶん殴る機会が無ぇのは残念だが、それは散々迷惑をかけられたニナに譲ってやるよ」


「翔」


「ん?」


「信じてくれてありがとう。三度目の正直だ。勝ってくるよ!」


「おう、行ってこい!」


 話し合いが終わると、ニナは一気に駆け出し翔の結界の外に出た。吹き荒れる破壊の嵐をものともせずカバタの下を目指し、一心不乱に走り続けるのだった。


__________________________________________________________


 突破できない巨大結界。そこから飛び出したニナの姿をカバタはすぐに発見した。


「くっ、くく。そうだろうなぁ。いくら吾輩の攻勢を防いでいても所詮は守りの一手。それでは吾輩に一生届かぬ。大方魔力切れが近づき慌てて飛び出してきたのだろう。穴倉を煙で(いぶ)された獣のようにな」


 最初こそニナの行動を不審に思ったカバタであったが、見るからに魔力の消耗激しい結界の維持が難しくなったことで、決死の突撃をしてきたのだろうと分析した。


 悪魔殺しが一緒に突撃してこないのは、いざという時に血族が避難するための結界を維持するためだろう。カバタからしてみればそちらの方が好都合だった。


 これ以上勝手に動かれて致命的な反撃を食らうよりは、血族が逃げ帰る穴倉を無駄に維持してくれた方がやりやすい。


(悪魔殺しよ。最後の最後で詰めを誤ったな。認めようとも。血族の言う通り、貴様のせいで吾輩は何度も手を読み違えた。だが、最後に勝利するのは吾輩だ!)


 例え我慢比べに徹しようとも、片や契約が無ければ(ろく)に悪魔とも戦えないニンゲン。片やそんな悪魔達を統べる王の一角。生まれ持った魔力量が桁違いだ。


 おまけに今のカバタは半径数キロの土地全てを自身の魔力として利用できる。悪魔殺し二人がかりでも万が一にも魔力差で負けることはない。カバタは自身の勝利を微塵も疑っていなかった。


__________________________________________________________


「う゛ぅっ!」


 ニナの付近に大岩が降り注ぎ、落下の衝撃ではじけた小石片が彼女を襲った。けれど別にこれが初めての事ではない。結界を抜け出した当初から、ニナは激しい攻撃に見舞われている。


 当たり前の話だ。一切の魔力攻撃を遮断する相手と、魔法一つ無効にするのにも消耗が必要になる相手、狙いどころは間違いなく後者だ。


 ニナがカバタに対して高い攻撃能力を持っているように、カバタもニナに対して必殺の一撃を持っている。カバタは攻撃を貰っても身体を乗り換えるだけでいいが、ニナは生身で喰らえば一撃で戦闘不能。それどころか盤面の人数有利さえひっくり返してしまう鬼札。狙わない理由が無い。


 だが、ニナもそれは承知の上。翔がそうしたように、致命傷にならない攻撃はあえて受ける。そうすることで魔力の消費をぎりぎりまで抑えながらカバタに近付く。


 一見無鉄砲な突撃に見えるこの行動。しかし、カバタが自分に目を向ける。これこそがニナが望んだ展開なのだ。


(いいぞ。そのままボクだけを狙え。ボクだけを見続けろ。それだけでボク等の勝利に近付くんだ!)


 結界をこれ以上抑えておくことの必要性が減じてきたのだろう。次第に結界への攻撃が最小限のものとなり、その分余った枝がニナへと降り注ぎ始めた。


「これは無理......はぁっ!」


 回避した先に出現した丸太大の枝を、なけなしの血液を込めた鳥喰銀蛇(バンクボア)で真っ二つに切り裂く。そうすることで生まれた枝と枝の一本道を走り続ける。


「しまっ!がっ!?」


 しかし、切り裂いた断面部以外から新たに伸びだした枝によって、彼女は(したた)かに打ち()えられた。


 翔の結界と違い、彼女の血液は量によって比例する遅効性の毒薬だ。量が少なければ魔法が全体に広がるまでにかかる時間は増え、相手の魔法が高出力であるほど、これまた全体に作用する時間は増える。


 丸太大の枝を完全に結晶化させるといったら、かかる時間も膨大だ。結晶化までの短い時間。その時点では枝の支配権はカバタに残っている。


「ゲホッ!まだだっ!」


 吹き飛ばされ、泥と血液と無効化した結晶体を身体に張り付けながらも、それでも彼女の突撃は勢いを失わない。


 むしろさらに勢いは増し、残り十数歩でカバタに肉薄できる位置まで近づいた。


「散々吾輩の手を焼いておきながら最後の行動が突撃とは、晩節を汚すといった所か?」


 心底人を馬鹿にしたカバタの声が響いてくる。けれどもニナは気にしなかった。返答すらしなかった。この行動が勝利に繋がっていると確信していたから。


「ぎっ!?ぐぅぅぅっ......!まだだぁ!!!」


 ニナの頭部に巨大な金属片が直撃した。


 一瞬の内に狭くなる視野。頬の内側を噛みしめることで何とか意識を保ち、遂にニナはカバタまであと数歩といった所まで到達した。


「カバタアァァァ!!!」


 ニナは鳥喰銀蛇(バンクボア)を地面と水平に構え、カバタへ向けて大きく飛び込んだ。今までの魔王の機動力を考えれば絶対に回避できない攻撃だった。


「くっくくく。実に愚かで実に見苦しいな血族。確かにその攻撃を回避する手段を吾輩は有しておらん。しかし、貴様とてこちらの攻撃に対する回答を有しておらんだろう?」


 カバタの手から鋭く尖った枝が爆発的に飛び出した。今まで魔王は枝を背部から伸ばすだけだった。


 しかし、本来樹木とは全ての方向から均一的に枝を伸ばすもの。今の今までこの能力をカバタは隠していたのだ。


 そうして同時に突き出されたお互いの得物。ニナの剣はカバタの胸を大きく抉り、カバタの枝はニナの腹部に深く突き刺さった。


「がほっ......」


 ニナの口から鮮血がこぼれる。


「ふっ、枝一本で致命傷とはニンゲンとは真弱き種族よの。どうせこの枝も結晶化してしまうであろうが貴様の負った傷までは消せぬ。そのまま意識を失った時にでも我が傀儡、にっ?」


 勝利の愉悦に浸ろうとしていたカバタだったが、とある違和感に気が付いた。


 ニナの腹部に突き刺した枝。先端部こそ結晶化したその枝が、それ以上の結晶化が進行しなかったのだ。


 それだけではない。突き刺した枝はもちろん、周囲を揺らめいていた枝、地面に隠していた枝、結界を維持していた枝の全ての動きが悪い。まるで自分の命令が阻害されているかのように。


「なっ、なんだ......?まぁいい、身体を換え......!?」


 血族の血液が予想以上に深くまで浸透していたのかと思い、身体を新しく作り出そうとした瞬間カバタは気付いた。


 周りに配置していた全ての枝が夢幻であったかのように霧散を始めたことに。ニナに突き刺した枝も突き刺さった先端部を残し消失していることに。結界内に残された膨大な量の魔力が使用できなくなっていることに。


「こ、これは一体どういうことだ!?」


「ごほっ......気付いたかい?」


「貴様!何をした!?」


 どす黒い血を吐きながらも薄く笑う血族を見て、カバタはようやく自分が()められたことに気が付いた。しかし、その方法の一切が見当もつかなかった。


「翔が間に合った時に気付いたよ......ボクが翔の到着に驚くのは当然だ......けれど枝の情報収集能力があるはずのお前まで驚いていた......それも眷属の敗北まで後から気が付いたようだった......」


「それがどうした!?」


「ゴホッ!......まだ気が付かないかい?......お前は優秀な指揮官だ......多くの戦いを枝の情報を駆使して戦い抜いてきたんだろう......けどお前はきっと戦いに勝利するたびに、自分自身が戦うことからは遠ざかっていった......」


「だからそれがどうしたというのだ!?」


 確かにニナの言葉は的中していた。しかし、それが現状とどうして結びつくのかが焦ったカバタの頭では理解できなかった。だからこそ魔王は余計に語気を強めてニナに詰問する。


「お前はいつの間にか......自身が戦うことと情報収集の両立が出来なくなっていたんだ......だから翔に眷属の討伐を許した......だからこれほどの大規模結界の発動に気が付かなかった......!」


「な......に......?なっ、なあっ!?」


 カバタはようやく気が付いた。遠目で見れば分かる。自身を囲い込むかのように、あの忌々しき悪魔殺しの結界壁が並び立っていることに。そしてその結界が間違いなく発動していることに。


「ガハッ!ゴホッ!......お前は傲慢にも翔の結界のサイズをあの程度だと決めつけた......翔が結界の維持で精いっぱいだと決めつけた......自身が負けるはずが無いと油断した......翔の結界は肉体内の魔力以外の全てを外に弾き飛ばす......お前の不死性は破れたぞ......!」


「がっ!?があぁぁぁぁぁ!?」


 カバタは遂に気が付いた。今の自分は枝の繋がりを失っているということに。今の自分は胸に致命傷を負っているということに。そして何より今の自分には肉体を作り替えるだけの魔力が残されていないということに。


 刻一刻と命が零れ落ちゆく感覚。当の昔に克服したはずの感覚が一秒一秒と自身の仮初の肉体を(さいな)んでいく。いつの間にかカバタは窮地に立たされていた。


 敗北など認められないカバタは、当然保身を最優先に行動を始める。今何よりも優先すべきことは魔力の回復と肉体の維持。体外に零れだした魔力はその瞬間に霧散してしまうが、幸い傷があろうと体内の魔力が霧散する様子は無い。


 ならば自身がすべきことは血液の補充。そして目の前には手ごろな相手が存在している。


「気が付いたかカバタ......お前がこの結界から脱出するためには、ボクの血液を奪い取るしかない......そして翔の結界は体内の魔力にまでは干渉しない......ボクの結晶化とお前の支配......我慢比べといこうじゃないか......!」


 どれだけ翔の魔力が強力だろうと、この結界全ての血液とカバタの魔力を吹き飛ばすことは不可能だ。


 そうなると勝利のためにはカバタの再生能力を封じる必要がある。


 翔の結界がカバタの魔力を一分たりとも通さなかったことでニナは一つの天啓を得ていた。カバタの攻撃から身を守るために結界を使用するのではなく、カバタを閉じ込め周囲の血液への干渉力を奪えば奴の不死性を突破できると。


 そこからは賭けの連続だった。


 まず第一に、翔がカバタを逃さずに封じ込めることが可能な結界を作り出せるかどうか。第二に、結界の作成が終わるまでニナがカバタを押さえつけておけるかどうか。第三にカバタが結界に気付かずに済むかどうか。


 そして最後に、残ったカバタ本体の魔力をニナの血液のみで消滅させられるかどうか。


 翔はニナのオーダーに見事に応えてくれた。遠目で見なければわからないほどの巨大な結界。魔力が充満したことによる他の魔力の霧散。致命傷を負ったカバタには、すでにニナとの我慢比べに勝利するしかこの場から生き残る方法はない。


 ここまでお膳立てしてもらったならば後は自分の仕事だ。ニナは己が倒すべき敵を真っすぐ見据えた。


「くっくくく!なるほど!いいだろう、その勝負乗ってやろうではないか!そうして手にした勝利の暁には、あの悪魔殺しの死体からゆっくりと血液を抜き取ってやるとも!」


「そんなことはさせない......!勝つのはお前じゃない......ボク達だ......!」


 ニナは剣に親指を這わせて傷を作ると、そのままカバタの傷口に指を突っ込んだ。


 瞬間、訪れたのは心臓すら凍らせるような冷たい冷気。ニナの精神は魂の戦いに打ち勝つために、深く深く意識の底へと沈んでいった。

次回更新は10/2の予定です。

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