強き絆は血か縁か その二十五
「翔......翔ぅ!!!」
絶体絶命の状況、自分を窮地から二度も救い上げてくれた背中にニナは抱き着いた。
「おわっ!ちょ、ちょっと待ってくれニナ!割と大急ぎで曼殊沙華を展開したから制御が!」
翔にとって、ニナの行動は完全な想定外だったらしい。動揺した声に同期するかのようにびりびりと結界が揺れる。
「ご、ごめん!でもどうして......あの眷属は簡単には倒せないはずじゃ......」
翔が相手取っていた眷属はカバタの特別製。数多の配下達を無理やり融合させた、いわばこの土地の命そのものと戦っていたようなものだ。
いくら翔が優れた魔力量を誇っていたとしても、そんな規格外が相手では勝負にかかる時間は無尽蔵に等しいはずだった。
「あぁ。実際、あのままじゃまだまだ時間がかかっていたと思う」
「じゃあなんで......」
「またあの人に助けられた。どれだけカバタに弄ばれようと、あの人は最期まで気高い人間だった」
「あの人......そうか、そうだったんだね」
翔の顔に影が差す。それだけでニナは全てを察し、同時に自分達の運命を二度も変えてくれた名も知らぬその人に感謝と哀悼を捧げた。
「それでさ。あの人に一つだけ頼みごとをされちまってな」
「頼み事?」
「あのクソ野郎をぶっ飛ばして欲しいってな!」
翔が木刀で指した方向。そこにはついに上っ面の仮面をかなぐり捨てた、憤怒の形相の魔王が立っていた。
「一度ならず二度までも......端役如きがぁ......!」
「悪ぃ悪ぃ。俺のせいでせっかくのお遊戯会を台無しにしちまったみたいだな。俺の行動が悪かったんだろ?今度からは事前に台本を台本を渡してくれ、笑顔で破り捨ててやるからよ!」
虚仮にされたと分かったのだろう。カバタの表情がさらに凶悪なものへと変化する。
しかし、それは翔も同じこと。目の前の悪魔は多くの人々の命を奪い、同時に魂を汚し、ニナの運命さえも最低な形で歪めようとしたゲスの極みだ。
そんな相手に見せる慈悲は一切ない。表情には出ずとも翔の内心は激情で燃え盛っていた。
「もうよい......多少肉が潰れようとも、血族であれば瀕死で済むだろう。貴様等まとめて血祭りにあげてやる!」
カバタの怒りを反映したかのように、地面から大量の枝が隆起する。そのどれもが翔とニナをまとめた胴回りよりなお太く、見上げるほどに長い。押しつぶされでもしたら間違いなく命は無いだろう。
「てめぇこそ、ついさっき自慢の枝が消し飛ばされたのを忘れたか!擬井制圧 曼殊沙華!」
翔の声に呼応したように、彼とニナを覆っていた十字柵をかけあわせた結界がさらに巨大化した。
ぶつかり合う枝と結界。通常の大木と柵であればまず間違いなく丸太に軍配が上がるぶつかり合い。けれども、魔法同士のぶつかり合いでは結界側に軍配が上がった。
内部の二人もろとも押しつぶそうと降り注ぐ枝は、結界に触れた瞬間、まるで夢幻であったかのように霧散してしまう。
魔力量では補えない何か。それが枝と結界の間に存在していることは火を見るよりも明らかだった。
「......それが貴様の切り札か」
「だったらどうした!」
「こうするまでよ!」
此度の人魔大戦こそ失態を重ねることになったが、カバタも千年以上の永き時を生き続けてきた悪魔。それも弱き根源魔法を優れた頭脳で補い続けた努力の悪魔だ。
永き生の過程では多くの魔法を目にする機会があった。当然、翔の結界によく似た魔法も。
カバタは枝を二つの役割で分けた。一方はそのまま攻撃を続けて翔達をその場に留める役を。もう一方はニナとの戦いの時と同様、周囲の非魔法由来の物質を結界に投げつける役を。
「貴様の結界、高出力で魔力を放出することによって他の魔力を拒む性質を持っておるな?その程度の魔法など、星の数ほども相手取ってきたわ!」
魔力を無効化する魔法であれば、魔力に由来しない物質をぶつけてやればいい。
人型を取るほうが珍しい悪魔という種族にすら有効であるこの方法が、傷つき劣化する肉体を持つニンゲンに通じないはずがない。
停止できるのが他人の魔力のみであった血族同様、多くの物体によって悪魔殺しは押しつぶされるはずだった。
「何言ってんだ?これは結界だぞ。そんなもん投げつけた所で壁にぶつかるだけだ」
「何だと!?」
岩が、材木が、重機の残骸が、あらゆる攻撃が十字の柵にぶつかった瞬間、さも当然のように弾かれていく。
カバタは目の前の十字柵の集合体を、契約魔法で生み出された他人の魔力のみを弾く概念的な壁だと考えていた。しかし、答えは違った。目の前の柵は確かに存在していたのだ。まるでその役割のためだけに生み出されたかのように。
「まさか、まさかまさか!貴様、創造魔法使いか!」
「正解だ。けど、その驚き様だとやっぱり魔界でも創造魔法使いってのは珍しいみたいだな」
再度驚愕に目を見開くカバタ。
翔の言葉通り、魔法使いの本場と言える魔界ですら創造魔法使いは珍しい。いや、むしろ希少種とも呼べる存在だ。
なぜなら創造魔法は、ゼロから一を生み出せると言ってもその魔力消費は尋常の物ではない。多くの場合が別の魔法大系で類似魔法を使用した方が安上りだ。
常在戦場という言葉がふさわしい魔界において、魔力消費が激しいということは死に直結する。消耗させれば楽に狩れる獲物。それが魔界における創造魔法使いなのだ。
もちろん全てを生み出せる関係上、生き続けた創造魔法使いはとんでもない化け物に成長する。だが、そんなものは一握りに過ぎない。
一握りに過ぎないはずなのだ。魔法概念を植えつけた物質を生み出せる創造魔法使いは、ニンゲン如きの魔力量で昇りつめられる場所では無いはずなのだ。
「っ......!関係無い!そんな穴だらけの防壁、抜くなど造作もない!」
さっさと勝負を決めようと、大型の物体ばかり投げつけたから壁に弾かれたのだ。よくよく見ればあの結界は十字柵の集合体。小さいサイズの物体ならば容易に通り抜けることが出来る。ニンゲンなぞ、小石が頭に直撃しただけでも運が悪ければ即死する。繰り返せばその分だけ確率も上がる。
十字柵を通り抜けられる程度の物体のみを選別し、カバタは再度投擲を開始した。
一部の物は運悪く柵に当たり弾かれてしまったが、大多数は柵を通り抜け中にいる二人に飛来する。今度こそ有効打を与えたはずだった。
「残念だったな。大量の武器が飛んでくる光景は、とっくの昔に履修済みなんだよ!」
「馬鹿な......」
飛来する大量の物体。翔はそれを二刀流の構えで弾く、弾く、弾く、一つの漏れなく弾き飛ばしていく。その動きは魔法などという理外の力には頼らない、翔自身に積み重ねられた経験によって生まれた技だった。
「ならば!」
悪魔殺しの技によって攻撃が無効化されているというのであれば、さらに物体を小型化させ、数を増やしてしまえば全てを弾くことは不可能のはず。
その分一撃の威力は落ちてしまうが、ダメージを与えられるならば問題はない。何しろ、今も枝を何本も折られているとはいえ、カバタが利用できる魔力は無尽蔵にある。時間はカバタの味方なのだ。
翔に迫る小型の石礫。マルティナ戦の時のように身体の重要部位への攻撃のみ弾こうとしていた翔だったが、後ろから銃撃音が響き、いくつかの石礫を撃ち落してくれた。
「お前の魔力が込められていない攻撃なら、ボクだって迎撃できる!」
「ニナ!助かる!」
「おのれぇぇ!!!出来損ないの血族があぁぁぁ!!!」
石礫を撃ち落した銃撃。それはニナの援護射撃だった。
今までのカバタの攻撃は血液が含まれていたせいで、同じく血液を消費して迎撃しなければならない彼女には対応が出来なかった。
しかし、ただの石ころを撃ち落とすのにわざわざ血液は必要ない。念のため用意しておいた通常の弾丸を使って、カバタの攻撃を迎撃したのだ。
「すげーな!あんな小さな的に攻撃を当てるなんて!」
翔が高速で腕を動かしながらニナを賞賛する。
「ボクだって才能が無い分、努力は続けてきたからね。それに銃じゃ全部は撃ち落せない。前衛を張ってくれる翔のおかげだよ」
ニナもお返しとばかりに翔を称賛した。今自分が生きてこの場に立てているのは、全部彼のおかげなのだから。
余裕が生まれつつある二人を目にしたカバタは、相対的に余裕を失うことになった。
「潰れよ、潰れてさっさと屍を晒してしまえぇぇ!!!」
立てた作戦の全てをことごとく潰されたカバタに、もはや感情を取り繕う余裕はない。もう魔王に出来るのは激高しながらも攻撃を続けることだけだ。
一時的な千日手。けれども何度も言う通り、時間はカバタの味方。盤面をひっくり返すためには翔達側からアクションを起こす必要があった。
「翔、助けてもらってから現状を話せていなかったけど、今の状況が分かる?」
銃撃を続けながらも、翔に話しかけるニナ。
「いいや、全然。とっさに飛び込んで反射的に曼殊沙華を使ったようなもんだからな」
一方の翔も声に余裕はありながらも、目と身体は終始、降り注ぐ石礫の迎撃に忙しく動いている。
「うん、そうだよね。端的に伝えると、元々の作戦は成功したけどカバタにそれ以上の手で返されてしまった。このままじゃ翔の体力とボクの弾丸が尽きるのが先。ここまではいい?」
「オーケー。続きは?」
「この状態を覆すにはボク等から動く必要がある。そして翔が到着してくれたおかげで一つだけ勝ちの目を考え付いた。立てた作戦を何度も失敗してきたボクだけど、乗ってくれるかい?」
「ははっ、どうやって敵をぶちのめすかしか考えてねぇ俺に比べりゃ、作戦を考えられるニナの方がよっぽど優秀だっての。乗るに決まってんだろ、何せ俺達は」
「「相棒」だもんな/だからね」
お互いに表情を見ることは出来ない。けれどもお互いともきっと相棒の顔には笑顔が作られていると確信していた。
「分かった。それじゃあ小舟に乗ったつもりで期待して聞いて」
「もちろん」
一瞬の油断も許さない迎撃の中。二人の作戦会議は始まった。この会話が勝利につながることを信じて。
次回更新は9/28の予定です。
 




