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強き絆は血か縁か その二十三

 翔の手に出現した人間大の大きな十字架。一見すると取り回しが悪いだけのインテリアのような武器は、その一見を(くつがえ)すだけの高密度の魔力を中心部から発している。


「どうした?警戒してんのか?」


 高密度の魔力とは、攻撃に転用されればそれだけで勝負を付けかねない脅威だ。いくら機械的に攻撃を繰り出すだけだった眷属(けんぞく)といえど、いや、機械的な思考をしているからこそ目の前の脅威に対してのリアクションを測りかねているように見える。


 翔の二つ目の奥義、擬井制圧(ぎせいせいあつ) 曼殊沙華(まんじゅしゃげ)の能力は遮断と制圧。十字架から発生した高密度の魔力で空間を埋め尽くし、他のあらゆる魔力を空間外へと押し出す力業(ちからわざ)の魔法だ。


 大量の魔力消費を伴うが、魔力回復と傀儡能力に長けた血の悪魔相手であれば切り札にもなり得る必殺の魔法。しかし、その効力が十全に発揮されるのは、結界のような空間を十字架で作り出してこそである。


「来ないんだったら、今度こそこっちから行かせてもらうぞ!」


 距離を取ったまま動きを止めた相手に対し、翔は走り出す。


 今の時点で翔が生み出した十字架は手元の一本のみ。これではどうあっても空間を作り出すことも、相手を囲い込むことも出来ない。ならばなぜわざわざ十字架を作り出したのか。その答えこそが、悪夢の融合体とでも呼ぶべき目の前の眷属に対する秘策であった。


 いくら判断に迷って一時的に動きを止めようとも、攻撃されれば当然反撃を試みる。


 振り下ろされる十字架を腕を増殖させることで半分を防御に、もう半分を翔本体への攻撃に用いようとする。


「手数が売りだもんな!そう来ると思ってた!」


 ガードされ、おまけに反撃として自身に迫る腕には無数の牙の生え揃った口が所狭しと並べられている。このままでは身体中を貪られてしまいかねない窮地の状況。しかし、翔は慌てなかった。すでにその攻撃に対する回答は用意できていたのだから。


 バシュン。受け止めた十字架を境に攻撃用に伸ばしていた腕が一気に千切れ飛ぶ。突然の異常事態に足を肥大化させて爆発的に距離を取る眷属。


 そこで彼は目にした。翔が手に持った十字架を軸に複数の十字架を繋ぎ合わせ、自身を取り囲むように結界を作り出していることに。


「やっぱりな。あんたはあの野郎の魔力が無きゃ、その身体を維持していられない!」


 翔が初めて擬井制圧(ぎせいせいあつ) 曼殊沙華(まんじゅしゃげ)を発動した時は、地面に突き刺した十字架を中心に結界を展開していた。守りに重点を置かねばならないラウラとの戦いは、その方が都合が良かったからだ。


 だが、この方法では機動力が高い相手を捕らえることは難しい。そこで彼が考え出した方法が、結界を生み出す基点となる十字架を持ち運ぶということ。この方法であれば、多少のタイムラグはあれどカウンターのように使用することでよりコンパクトに結界を扱うことが出来る。


 もちろん欠点として片腕を塞がれてしまうことや、木刀を用いた剣術を使用できなくなることが挙げられるが、目の前の眷属に技術が無いことは把握済み。手数だけなら空間制圧能力を持つ曼殊沙華の敵ではない。


 そして何より翔がこの方法を選択した理由が目の前で千切れた眷属の腕だ。


 あの眷属の融合能力は全てカバタの根源魔法があってこそ成立しているものだ。その魔力が遮断されてしまえば眷属自身で千切れた身体を修復することは出来ない。


 接ぎ木とは外部の手があってこそ成立するもの。大樹から折れた枝は、自らの手で舞い戻ることは敵わないのだ。


「本当はニナに最後まで隠しておくように言われたけど、俺は今が使い時だって決めた!」


 事前にラウラに言われていた通り、十字架を生み出すのは擬翼(ぎよく)を生み出すときの何倍もの魔力を消費する。攻撃のたびに使い捨て感覚で使用していいものではない。


 おまけにいくら戦闘中といえど、カバタはこの情報をしっかりと手に入れていることだろう。もしかしたらカバタ相手に翔が出来ることは無くなっているかもしれない。


 けれど翔は切り札を切ることを決めた。命も尊厳も死後の安寧すら奪われた眷属達を、せめてカバタの呪縛から解き放ってやるために。


「うおぉぉぉぉ!」


 猛然と駆け出す翔に、眷属はただ無言で迎撃の構えを取る。彼がカバタに与えられた役割は目の前の悪魔殺しを殺すことともう一方の戦いに介入させないこと。


 少しでも眷属に知恵が残っていればこれ以上の攻撃は危険と判断し、戦いの介入への妨害を優先しただろう。けれども今の彼は命令を実行するだけの機械。中止の命令が無ければ、この二つの命令はどちらも命を賭して実行すべき命令なのだ。


 彼に許された行動は非効率的な行動の中止や回避、防御まで。目の前にターゲットが迫っているのであればその命を奪うことに尽力しなければならない。


「らあぁぁぁ!!!」


 再びこちらへ向けて振りかぶられた十字架。


 先ほどは防御と反撃を同時に行ったことで多くの腕を喪失した。それならば防御が終了した後に反撃を行う。同じように腕を増殖させながら、けれども防御のみを考えた動きに移行する。


 無用な反撃は手痛いカウンターを貰う。この時の眷属の判断自体は間違っていなかった。しかし、前述した通り彼は命令を実行するだけの機械。そこにフェイントや防御を装ったフェイクが入る余地はない。そしてそんな分かりやすい行動の変化を翔が見逃すはずがない。


「そんな防御一辺倒じゃ、せっかくの能力が台無しだぜ!」


 翔は十字架を振り下ろした。眷属相手にではなく、その手前の地面へと。


 地面に突き刺さる十字架。防御を行ってから反撃に出ると決めていた眷属にとって、翔の行動はまさに予想外の一手。危険な十字架を手放した彼をすぐさま攻撃するべきか、それとも目の前にある十字架を警戒してもう一度下がるべきか。選択に致命的な迷いが生まれた。


「だりゃあぁぁぁ!!!」


 十字架を手放したおかげで行動に大きな自由が生まれた翔。そんな彼が取った行動は、眷属の首にラリアットのように腕をかけ、右足は振り子の原理で勢いづいた(かかと)をそのまま相手の右足へと叩きつける。そう、柔道における大外刈りを行ったのだ。


(ぐっ!)


 当然、生身で触れた腕には反撃として大きな牙が食い込んだ。しかし、翔は動きを止めなかった。この一手が勝利へと繋がる大きな一手だと確信していたから。


擬井制圧(ぎせいせいあつ) 曼殊沙華(まんじゅしゃげ)えぇぇぇ!!!!!」


 地面に突き刺した十字架は、何も放り捨てるために突き刺したわけではない。


 基点を作るためだ。翔を、眷属を、地面に突き刺さった十字架からより多くの十字架が連鎖的に壁を形作っていく。


 その中心部から放たれるのは凝縮された翔の魔力。空間を一瞬でたった一色の魔力に塗り替えると、そのまま眷属を縛るカバタの魔力すら剥がし飛ばそうと濃度を上げる。


 しかし先ほどの腕とは違い、今消し去ろうとしているのはこの眷属を構成するまさに核とも言える魔力。それも血の魔王の根源魔法によって形作られた魔力だ。簡単に消し飛ばせるものであれば苦労はしない。


 むしろ最後の抵抗とばかりに翔に伸ばされた無数の腕は、発動に多くの魔力を注いでいた翔の身体を天へと持ち上げ、ぎりぎりと締め上げる。


「があっ!?.....ご、がほっ......!」


 人間から逸脱した膂力で締め上げられた翔の首は、すぐに酸素と血液が不足し意識を暗闇へと落とし込もうとする。


(これくらいの苦しみがなんだ!この人達の苦しみに比べたら、この人達を救えないかもしれない苦しみに比べたらこんなもん屁でもねぇ!)


 だが、翔はあきらめなかった。自分があきらめてしまったら、この人達は一生救われない。自分があきらめてしまったらこの人達は本当にただの化け物になってしまう。


 カバタという外道に弄ばれた多くの犠牲者達であることを知っているのは自分とニナだけ。人として葬ってやれるチャンスはもうここにしか存在しないのだから。


(だから......だから......俺はあぁぁぁぁ!!!)


 翔の祈りが天に通じたのか。大量の出血と共に眷属が力を失い突然弱まった腕の力は、彼を地面へと投げ落とした。


「っ!?だっ、がっ!ごっ!がはっ、ごほっごほっ!!」


 根性で耐え抜いていたとはいえ、身体にかかっていた負担は消えてなくならない。ちかちかと暗転を繰り返す視界と、酸欠による不調を訴える脳からの頭痛によって立っていることも苦しい状態でありながらも、何とか翔は意識を繋ぎきった。


 そして彼は目を見開いた。力無く崩れ落ちた眷属の瞳がまだ見開いていたことに。その瞳に理性の色が取り戻されていたことに。


 外部から行われていたカバタの魔力供給が失われたことで、器本来の魔力量がカバタの魔力を、魔王の支配を上回った。


 ずるずると足を引きずりながら近寄る翔に気が付いたのか、柔らかな表情で眷属は話しだした。


「ありがとう」


「......違う!その台詞(せりふ)を言うのは俺の方だ!あんたがいなけりゃニナは救えなかった。あんたが感謝してくれたから俺の心は救われた......!」


 カバタが消し飛ばしたと言っていた魂。しかし、それは多量の魔力によって押しつぶした結果故のこと。その魔力が消し飛ばされた今、核となっていた青年の魂を縛る物は存在しない。彼は心を取り戻した。


 そして同時に彼が発した感謝の言葉は、一人の少年の心を救った。


 今度こそ覚悟はしていた。それ以外に道は無いと理解していた。けれども生まれて十数年普通を生きてきた翔にとって、それほどまでに殺人は忌避すべき重い重い罪であったのだ。


 ともすればこの戦いの後に彼の心を苛んでいたかもしれない罪の枷。彼の言葉はそんな重荷から翔を解き放ってくれたのだ。


「......そうか。なら一つだけ頼みごとをしてもいいか?」


「っ!当たり前だ!俺に出来ることだったら何でもやってやる!」


「頼む。俺達の仇を取ってくれ」


 それだけ告げると青年眷属は静かに目を閉じた。ボロボロになるまで酷使されたのだろうその身体は、まるで役目を終えたかのようにさらさらと砂のように砕け散っていく。


 けれども青年眷属はやり遂げた。彼の無念は正しき心を持つ者へと引き継がれたのだから。


「......任された!」


 もう一つの激闘に目を向ける翔の瞳には、確かに意思の炎が宿っていた。

次回更新は9/20の予定です。

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