強き絆は血か縁か その二十二
「......貴様、謀ったな」
パキパキと音を立てながら、カバタの腕が切断面から結晶化していく。液体化させた際に自身の血液を刀身に仕込むことが出来る刀剣、鳥喰銀蛇の能力が発動したのだ。
けれど刀剣の持ち主であるはずのニナは、カバタの根源魔法によって身動き一つできない傀儡になってしまっていたはず。これはいったいどういうことか。
「お前の根源魔法の危険性は、血族であるボクが一番理解しているつもりだよ。そのボクが何の準備も無しに、お前の前に立つはずがないだろ?」
カバタに浴びせられた呪いの血が、これまたパキパキと結晶化を続けながらニナの身体から剥がれ落ちていく。
傀儡化からニナが逃れる手段はない。しかし、それは魔法が発動してしまった場合の話である。
ふわりとニナの身体から何かが浮かび上がった。それは球体であり、液体であり、そしてこの場においては他のどんなものよりも多い存在、血液であった。
ニナは自らの意思で血液を操る術を手に入れていたのだ。
「その力、まさか隠して......いや、追い詰められた際に覚醒したとでも?」
枝を使って無造作に腕を切り払いながら、憎々しげにカバタが推論を並べる。
当然だ。自身は一度この血族を傀儡寸前まで追い込んでいるのだ。いくら血液操作が切り札だったとしても、使わずに終わってしまっては宝の持ち腐れだ。
そうなると血族が血液操作に目覚めたのは、おのずと悪魔殺しによって救出された後しかありえない。
魔法は術者の魂の変化に大きく左右される。追い詰められた魔法使いが土壇場で新たな力に目覚めることもそこまで珍しい事ではない。しかしそんなカバタの言葉にも、ニナは苦笑いを浮かべるだけだった。
「追い詰められたのも事実だし、この力がお前との戦いの後で手に入ったのも事実だよ。けどやっぱりボクには才能が無かったみたいでね。これも全部翔のおかげだ」
ニンゲンなぞ家畜に過ぎなかった。血族なぞ自身を高めるための駒に過ぎなかった。カバタにとってニンゲンの個なんてものは至極どうでもいいものだった。
だからこそようやく気が付いたのだ。血族の瞳が真紅の輝きを宿していたことに。
「その瞳......そうか、ようやく合点がいった。吾輩としたことが失念していたわ。血族共が我らの真似事を得意としていたことを!」
血族とは元を辿ればカバタの魔力をベースに生まれた存在だ。
人間が自身の遺伝的特徴を子孫に反映していくように、血族の魔力もカバタの特徴を反映していった。
例えば血を媒介にした洗脳能力。例えば血を固めて武器とする攻撃能力。そして血を糧にして魔力を回復させる吸収能力。
「貴様はあの悪魔殺しの血を啜り、自らの糧としたわけだ! くくっ、それならばさぞかしあちらは苦労していることだろうな。足手まといに余計な足まで引っ張られる羽目になったのだから!」
目の前のニナには傀儡能力を無効化された上、さらなる能力が授けられたというのにカバタは嘲笑った。
だがそれも仕方ない。事ここに至ってもカバタにとって真に警戒しているのは、ニナではなく実力が未知数である翔の方だったのだから。
ニナの宣言はそんな翔の弱体化に他ならない。いくら膨大な魔力を所持していようとも、衰弱した悪魔殺しの魔力を一定基準まで回復させるにはそれなりの魔力と血液がいる。
それを戦わずしてこの血族は消耗させてくれたのだ。もし、自らの努力のみで新たな力に覚醒したのであれば忌々しく思っただろう。けれども功績を鑑みれば、むしろ良くやってくれたと小躍りしたいほどだった。腕の切断程度、寛大な心で赦してやろうと思えたほどだ。
「そうだね。お前の言う通り、今この瞬間も翔には背負う必要のない重荷を背負ってもらっていることになる」
「だろうなぁ?ともすればあの悪魔殺し、数瞬もせぬ内に我が眷属によって肉片に変えられてるやもしれぬぞ?
知っているか眷属よ。ニンゲンとは他者の血で喉を潤してもすぐさま血肉に変えられるような機能は有しておらんのだ。奴の目に貴様はさぞかし化け物として映ったであろうなぁ?」
昔から血族は人並み外れた力を持ちながら、なぜか人の枠に収まろうと苦慮しているのをカバタは見ていた。そんなことをしたってニンゲンと血族は別の生物。似ているところなど見た目程度であるというのに。
そしてそんな血族ほど自身に反抗的であり、最期は収まろうとした人の枠から人の手によって外され破滅していった。
脅威の弱体化を知って余裕の生まれたカバタの嗜虐心から生まれた、ニナを傷つける言葉の刃であった。
「そんな問答、何百回と頭の中で済ませて来たさ」
一度目の戦いで揺られに揺らされたちっぽけな心。けれど今回ばかりはそんな言葉に揺れるほど、ニナの心は軟弱では無かった。
「でも、実現した世界は、想定していた未来とは全然違うものだった。そのどれよりも素晴らしい憧れた未来を翔はくれたんだ!
今更お前の言葉で揺らがない。翔はボクの全てを受け入れてくれたんだから!」
目の前の魔王が語る最悪なんて、絶対にありえないと言い切ることが出来るのだから。
「......ふん、だとしても貴様が悪魔殺しの弱体化に励んでくれたことには変わらん。それに貴様程度の魔力では、何時間、何十分とその血液を維持しておくのは不可能だ。吾輩はその時計の針を速めるだけでいい」
うぞうぞと地面から、そして天井から何本もの枝がニナへと向かって降りてくる。
それら全てから血液を吹きかけられようとも、今のニナであれば対処が可能であろう。
今のニナであれば、だ。
彼女は自身の語る通り、悪魔殺しの中でも保有魔力量が特に少ない魔法使いだ。継続して魔力を消費する魔法とはすこぶる相性が悪く、一度魔法を無効化するだけでも消費魔力が重くのしかかってくる。
そしてもう一つ欠点を挙げるとするならば、彼女が生身の人間であるという点だ。
今彼女が操ってる血液は、別の形で保管されていたものではなく体内の血液だ。彼女の無効化能力は魔力と血液を触れさせることによって結晶化させるというもの。要するに無効化が起こるたびに、体内の血液が消費されてしまうのだ。
いつぞやニナが翔に語ったことだが、人が血液を消費しすぎれば貧血になる。そんな状態で戦うなどもってのほかだ。
一見有利がニナに傾いたかのように思える盤面。その実、この有利は制限時間付きの限定的なものに過ぎないのだ。
「お前の分析はいつも正しい。でも、そのせいでお前は一寸の狂いで肝心な盤面を読み違える!」
けれどそんな不安は欠片も見せず、ニナが浮かばせた血液を操り自身の身体へと纏わせていく。その形はまるで、あらゆる水滴を遮るコートのようであった。
「散々ボクを下に見ていたお前のことだ。ボクに討伐されるって分析は出来ていないだろう!」
ダダダンッと、ニナが取り出した銃を立て続けに連射する。制限時間が課せられた身である以上、いつ終わるか分からない翔の合流を待っていたら手遅れの可能性がある。
だからこそ切り札を切った以上、己自身の手で諸悪の根源との決着を付けねばならない。
そんな決意と牽制をこめた連射であった。
「貴様が新たな力を得たのは意外であったし隙を見せたことも確かだ。だがな、血族よ。そのカードは切り札と言うにはいささか弱すぎると思わんか?」
牽制の射撃。確実に防がれるはずだった射撃。その全ての弾丸がカバタへと吸い込まれ、寸分違わず胴体に着弾した。
当然結晶化が発動し、みるみるうちにカバタの全身が赤い結晶に覆いつくされていく。
魔力も存在しない脆い結晶体が人型を取り続けること不可能。そのままボロボロと崩れだすと、赤き泥沼に沈み上がってこなかった。
「どうして......?」
あまりに呆気ない幕切れ。ニナは開いた口を塞ぐことも出来ずにただ茫然と立ち尽くす。
そんな時だった。
「どうした?せっかく吾輩の討伐が成功したというのに。もう少し全身で喜びを表現してくれた方が可愛げもあるものを」
結晶体が沈んだ赤沼とは全く別の方向から、地面からぐちゃぐちゃと音を立てながらカバタが再度出現したのだ。
「なっ!?」
驚くニナ。だがその驚きは何も、討伐したはずのカバタが無傷で現れた事だけを指しているわけでは無い。
復活したカバタ。その腕には自身が切断したはずの手が、変わらぬ形で付いていたからだった。
「どうしてという顔をしているな」
にやにやと笑いを浮かべながら切断されていたはずの手の具合を確かめるカバタ。その様子から見ても、彼の手が本物であることは疑いようはない。
「大樹とは鎮座し、広く世界を見つめる存在だ。だが、その本質は樹木。落ちた実から、折れた枝から、あるいは千切れた根っこから新たな命を育み、次代へと繋げていくものだろう?」
「そんな......まさか......」
ニナの頭が最悪の想定で埋め尽くされる。
それが事実であれば、事実だとしたのなら、自分の力では絶対にカバタを討伐できないことになるのだから。
「魔王たるもの常に挑戦を受ける立場にあるのでな。貴様の挑戦ももちろん認めるとも。
さぁ、この結界内に満ちた吾輩の枝。見事全てを排除し、吾輩を討伐して見せよ」
接いだ全ての枝を一としたように。カバタ自身もまた、全ての枝の一部であり全ての枝がカバタたりえたのだ。
千を越える生の歴史。血塗られた歴史を知略で生き抜いてきた魔王の切り札は、少女の物とは一線を画す正真正銘の切り札であった。
次回更新は9/16の予定です。




