強き絆は血か縁か その二十一
「くっそ!」
地面を転がって必死に回避を行った翔の後ろで、ブウォンという重低音を響かせながら太く強靭な丸太のような物が振り下ろされる。
「生やすことが出来る。増やすことも出来る。そんで混ざり合ってんだから巨大化させることも出来るってことかよ!」
そう、翔に振り下ろされたのは、大きな大きな、翔の胴回りより何倍も太く、彼の身長すら軽く超えた巨大な腕。
これまた大きすぎる衝突音を響かせながら腕が落下した場所は、まるで隕石が落下したかのようなクレーターが出来上がっていた。あんなものが直撃すれば、翔など形も残さず地面の染みだ。
「あのサイズの腕が中に収まってることは、あらゆる要素が見た目通りのままじゃねぇってことか。カバタの野郎、本当に最悪で最低なものを生み出しやがったな!」
翔に腕を振り下ろしたことも、その腕が大きく目標から外れたことにも何の反応も示さず、ただ無感動に彼を追い詰めるのは、カバタが生み出した眷属の一体。いや、数多の使い魔と眷属を混ぜ合わせて生まれた融合体だ。
普段数の力を強みとするカバタが、このような眷属を生み出した理由はただ一つ。それは翔の振るった奥義、鳳仙花の威力を恐れたためだ。
あのスピードでは索敵など意味を成さず、あの威力で狙われてしまえば、血族など関係なく自分が相手を務めなければいけなくなる。
かといって召喚魔法使い寄りである自分に変化魔法使い寄りの翔を押さえるのは難しく、一般的には相性が良いはずの己の契約魔法は、魔力量が多い翔相手では最悪何の効力も発揮しない可能性がある。
そうして悩み抜いた魔王は一つの可能性を思いついた。百の雑兵の力で敵わないにしても、百の数を一に束ねれば相手が出来るのではないかと。結果生み出されたのがこの眷属であった。
あまりに多くの魂を混ぜ合わせてしまったために自我は消し飛んでしまったが、結果として眷属はカバタに絶対の忠誠心を持ち、戦う際も同じ人間だからなどという甘えた考えは消えている。そして力は望み通りの文字通り百人力。
まさにカバタの理想としていた眷属が出来上がることになったのだった。
(どうする......あの眷属がカバタの野郎の言葉通りなら、肉体だって百倍頑丈になってるはずだ。もしそうなら、今の俺には有効打が無い)
本来頑丈な敵を相手にするのであれば、擬翼一擲 鳳仙花が有効打として機能する。しかし、虎の子の鳳仙花は空中に飛び上がるという関係上、使用するにはある程度の高さが必要だ。
一度奥義を見せてしまったことで、現在結界内の天井は大きく下がっている。
こんな状態で鳳仙花を使えば、天井の血液に絡めとられてしまうし、無理に地面すれすれで使用して敵の妨害を受けてしまえば、殺しきれなかった自身のスピードで地面に摺り降ろされることになる。
(ただの木刀で打ち倒せるなんて考えるな。それなら俺に出来る選択は擬井制圧 曼殊沙華だけだ!あとはどうやっ_ちっ!考える時間もくれねぇか!)
翔の思考がまとまる前に、眷属が行動を再開した。
彼は腕の振り下ろしが無駄に終わったことを理解すると、今度は地面をひきずりながら巨腕で翔を撥ね飛ばさんとした。
迫りくる大質量の巨腕は、先ほどの振り下ろしと違い回避するの難しい。そして普段であれば空中への回避手段となる擬翼も、低すぎる天井のせいで使えない。
「このっ!だあぁぁぁ!!!」
回避は難しい。ならばあえて攻撃を受ける。
翔は木刀片手に巨腕に挑みかかった。
「があっ!ぐっ、りゃあぁぁぁ!!!」
当然、どれだけ翔の技が洗練されていようと、この質量の差は覆せない。彼は自動車に撥ね飛ばされたかのように宙を舞う。
しかし、それだけでは終わらなかった。翔はインパクトの瞬間、木刀を上手く使い棒高跳びの要領で真横ではなく巨腕の真上に撥ね飛ばされたのだ。
そしてこの時ばかりは高い威力が功を奏した。翔はそのたった一撃で、巨腕の頂点まで飛び上がった。そのまま巨腕を両手両足で踏み台にすると、巨腕の本体、つまり眷属に向けて大きくジャンプする。
(こんなでけぇもん振り回してんだ。いくら筋力が何十倍になろうと、身動きなんて取れねぇだろ!)
翔の狙い、それはその場凌ぎの回避では決してない。彼の真の狙いは、攻撃によって動きが鈍った眷属本体を攻撃することだったのだ。
「だあぁぁぁぁ!!!」
翔の木刀と、眷属の残された片肩から増殖させた腕が激突する。
落下の衝撃すらも乗せられた攻撃は、腕を一本、二本三本と砕き折っていく。
「ぐっ!」
だが、そこまでだった。
「くぅっ!はっ!」
数本の腕を犠牲にすることで殺しきられた木刀は、残された腕に払われる形で無力されてしまい、翔も無理やり距離を取られてしまうことになった。
そして眷属自身も先ほどの攻撃のリスクを理解したのだろう。巨大化させた腕を元のサイズへと戻し、代わりにその数を何本にも増殖させた。
(硬さはそこまでじゃねぇ。けど、とにかく突破しなきゃいけない壁が多すぎる......仏頂面のせいで、ダメージだってどこまで通っているのか分からねぇ。でも出来ることから片付け_)
そこで翔は気が付いた。木刀を握る手がやけに湿っているということに。
「なっ!?一体どこで!」
翔が手元を見やると、両手が真っ赤な鮮血で染まっていたのだ。彼の攻撃は木刀の物理攻撃であったのだから、これは自分の負傷であることは明らかだ。
ならばどこで、その答えはすぐに見つかった。眷属がサイズを戻した腕。その腕から出現した肉食獣の口が、さも美味しそうに、腕周りに付いた血を舐めまわしていたからだった。
「あの時か!」
翔は巨腕を飛び越える際に、両手両足で勢いを付けることでそのまま眷属への攻撃に転じることが出来た。
しかし、相手はあらゆる部位をあらゆる場所から出現させることが可能なのだ。生身で眷属の身体を触れようものなら、当然眷属は痛手を与えるために肉食獣の口を出現させる。
翔の両手の出血はこれが原因だったのだ。
「ぐっ......くっそ、しんどいな......」
両手の出血に、腹部の出血、おまけに必要不可欠なことだったとはいえ、翔は事前にニナへの血の提供まで行っている。
翔に流れ出た血の総量を計算する術はない。けれど、このままではそう遠くない未来で、出血多量で倒れることは容易に想像がついた。
(決定打も作れなかった。出血量も増えた。このまま殴り合いを続ければ、先に倒れるのは俺の方だ)
通常の戦いを続けていれば、先に倒れるのは自分。ならば出来ることは戦いを一撃で決める大技を放つことだけだ。そして今の翔にはその大技に心当たりがあった。
(本当ならこんなところで賭けなんかに出るべきじゃない。けど、賭けに出ないとまず間違いなく俺の方が先に沈む......ならやるしかないだろ!)
翔の木刀が奇妙な形へと変形を始める。二本の木刀が融合し、中心部から高密度の魔力が漏れ出してたおよそ武器とは呼べない形へと。
中心部から漏れる青白い魔力に照らし出されたその武器は、まるで死者を悼む十字架のようであった。
次回更新は9/12の予定です。




