強き絆は血か縁か その二十
「ハァッ!!」
四方八方から迫る枝、ニナはそれを鳥喰銀蛇を一閃することで叩き切る。
当然ただ叩き切る程度では、優れた再生能力を誇る魔王の魔法を断ち切ることは敵わず、すぐさま再生を許すことになっただろう。
「むっ?なるほど......その剣も特別製というわけか」
しかし、ニナの振るう魔道具鳥喰銀蛇は彼女のために作られた特別製。個体と液体の両方の性質を持つ銀の刃は、内にニナの血液を採り込んだことであらゆる魔法を強制停止させる魔法の刃へと早変わりする。
再生しようとしていた枝達は軒並み切断面から結晶化が始まり、ニナを襲う脅威どころか自らをじわじわと蝕む毒へと変貌する。
「ボクのことばかり見ていて、油断したな!」
優れた防御は優れた攻撃に転じる。ニナは片手に持っていた銃を瞬時にしまうと、代わりにソフトボール大の球体を取り出し、カバタに向かって投げつけた。
それこそ結界内で多くの使い魔達に止めを刺した、彼女の血液を粉末化させた煙幕であった。
銃などの単発攻撃では、枝が邪魔をしてカバタまで届かない。一度目の戦いでそれを学習していたニナは、散弾銃の面攻撃すら上回る範囲攻撃によってカバタに自身の血液を届かせようとしたのである。
「油断?違うな。これは余裕と言うのだよ」
だが、カバタの返し手もまた妙手であった。ニナの投げつけた物の正体を把握するや否や、周囲の枝を操り、煙幕を完全に取り囲んだのだ。
爆発し、周囲に舞い散る血粉によって取り囲んでいた枝は完全に結晶化していたが、被害で言えばそれだけだった。
「その技はもう知っている。一度切った手札で吾輩を討伐しようなどと、実に傲慢よなぁ?」
この場こそカバタ本人が外敵の相手をしているが、彼の根源魔法邪儡の血樹は本来索敵や情報収集、配下の回復等に使用される補助能力に特化した魔法である。
そんな非戦闘向きな根源魔法でありながらも十全に活かし、長年魔界で生き残ってきたカバタの智謀もまた本物だ。
結界内で使い魔相手に使用した数回。その時点でカバタはその技に対する解答をあらかじめ用意することが出来ていたのだ。
「まだだ!」
煙幕が失敗したことを悟ったニナは、鳥喰銀蛇を刀身を伸ばすと、今度はその剣閃でもってカバタを切り裂かんとした。
煙幕は効力を知られていたからこそ防がれてしまった。けれど鳥喰銀蛇の刀身が伸びるという特性は知らないはず。そう考えた追撃だった。
「ほう。その魔道具、そのような特性も秘めていたか。もうすぐ玩具に成り下がる貴様にもったいない魔道具だ。魔界に帰還した暁には、我が宝物庫に加えてやろうではないか」
だが、刃はカバタまで届かなかった。突然地面から出現した大岩、それに弾かれてしまったからだ。
「なっ......」
「確かに意外な攻撃であったと認めよう。しかし、貴様は貴様自身の特性を忘れていたようだな」
「どういう、ことだ?」
「貴様の攻撃はそのどれもが、貴様の血を対象に届かせることしか考えられておらんのだよ。斬撃に血を混ぜる、爆風に血を混ぜる、弾丸に血を混ぜる、なるほど確かに敵を打ち倒すなら一番効率的だ」
「なにが言いたいんだ!」
「貴様の攻撃には遊びが無いのだよ。ただただ真っすぐな思考、安直と言い換えてもいい。そんな攻撃、例え初見であろうと防ぐことは容易いということだ」
「っ!」
思わぬ指摘、しかしそれが的確だったからこそニナは言葉を詰まらせた。
確かに自分は常に、どうやって相手に血液を届けるかのみを考えていた。それが一番確実だったから、それが決定的な一打になったから。
結果というゴールが同じであるのなら、どれだけ武器種を変えようと、どれだけ戦法を変えようと結局は似通った攻撃になってしまう。
狙っているのは本体への直接攻撃。そこだけを注視していれば怖くない。そうやってカバタは、鳥喰銀蛇の一撃を防いでみせたのだ。
「教えてやろう若くて青い血族よ。時に非効率的な方法が一番効力を発揮するのだということを。勝利とは複数の筋道を立てて用意しておく物なのだと」
カバタの声に呼応したのか、多量の血液によってぬかるみ変色した地面がメリメリと音を立て始める。
「貴様は一度目の邂逅で吾輩に魔力を伴わない攻撃に弱いことを見抜かれていた。綺麗に整地されたこの場を見て、無意識の内に安心したのではないか?これなら一度目のような、攻撃や防御は行われないはずだと」
「まさか!」
「いくらぬかるんだ地面とはいえ、村一つを沈めるのは中々に骨が折れたぞ。しかしその甲斐あってか、貴様はあの悪魔殺しから離れ、のこのこと吾輩との戦いを始めてくれた。言っただろう?時に非効率的な方法が一番効力を発揮するのだと」
ボコンボコンと多くの枝に絡みつかれる形で地面から出現した物体。それは家屋であった廃材であり、農具であった機械のスクラップであり、それらを一緒くたに合わせた凶器の小山であった。
「傷を付けずに手に入れることが最善であった。しかし、そこにリスクを伴うのであれば、より確実な方法を選ぶのみ。痛めつけ、身動きを取れなくするという方法をな。言っただろう?勝利とは複数の筋道を立てて用意しておく物なのだよ」
天高く持ち上げられた残骸群。それらが一斉にニナへと向かって降り注いだ。
「っ!?このっ!」
常人であれば一瞬で肉塊になり果てていたであろう破壊の雨を、時に躱し、時に壊し、時に逸らすことでニナはどうにか対処する。
しかし、カバタの攻撃の原材料は数多の残骸。例え落ちた衝撃で砕け散ろうとも、新たな残骸群と絡み合うことで攻撃性を取り戻してしまう。
おまけにいくら小さかろうと、それらは人を傷つける凶器に変わりはない。むしろ、より大きな凶器に優先して対処しなければならない分、落下の衝撃で弾けた木片や機械片が着実にニナを傷つけていく。
「さて、手一杯と言ったところだが、果たして貴様が対応すべき脅威はそれだけであったかな?」
「しまっ!」
上部から降り注ぐ脅威によって、ニナの足元への警戒は薄らいでいた。しかし、彼女はそれでも思い出すべきであった。残骸群が何に持ち上げられていたのかを、そして自身が切り落とした枝が生えだした場所を。
いつの間にかニナは、最初に鳥喰銀蛇で切り落とした枝群の場所に誘導されていたのだ。
「くどいようだが、勝利とは複数の筋道を立てて用意しておく物。最善の勝利が手に入るのであれば、それを手にするのは当然だろう?」
ニナに向かって、切り落とされた枝の切断面から血液が吹きかけられる。同時に彼女は先ほどの攻撃によって、多くの傷を追っている。カバタの魔法を発動する条件は整っていた。
「あっ!あぁっ!!あああぁぁぁぁっ!!!」
絶叫と共にニナの全身は赤で染まり、まるで糸が切れたマリオネットのように彼女はその場にへたり込んでしまう。一度目とは異なり、今の彼女には、うめき声や身じろぎすら無くなった。
「くっくくく、あれだけ吾輩相手に啖呵を切っておきながら何と他愛ない。しかし、これで手に入れたぞ、吾輩の支配を現世にあまねく広げるためのカギを!」
カバタは笑う。達成感故に、解放感故に、何よりもこれ以上の緊張が必要ないのだという安堵故に。
実際のところ、ニナの言う通り今回の計画はカバタに取っても大きなリスクを孕んでいた。
まず第一にニナの魔法。カバタはニナが結界に侵入したその瞬間まで、彼女の魔法の詳細を知らなかった。そして彼女の魔法を知った時、自身で相手をしなければいけないと計画を大きく修正することになった。
本来であればカバタは終始傍観に徹し、使い魔と眷属に相手を任せるつもりであったのだ。しかし、そんなことをすれば最悪、結界内の全ての配下を討伐されかねないと考えた。それほどまでにニナの血族としての能力は血の悪魔に対して強力だったのだ。
第二に翔の存在。一度目の支配でニナを手に入れたと思った瞬間、翔の乱入によってカバタは彼女を取り逃がした。けれどその時カバタが感じたのは怒りではなく、脅威だった。
高速で飛行し、即席とはいえそれなりに力を込めた枝の防御を容易く打ち破られたという事実。それは根源魔法こそ契約魔法だが、どちらかというと召喚魔法使い寄りのカバタにとっては天敵を意味した。
本来であれば消耗したニナを眷属達を使って追い詰めるだけでよかったのに、逆に眷属達の力を一つの個体に収束させた矛盾。それこそ翔の力を警戒してのことだった。ニナの推理は当たっていたのだ。
最後に外部の状況。本来ニナの支配が完了次第姿をくらます予定であったカバタだが、翔を押さえるために結界を強化したことで、外部の情報を手に入れるための使い魔を送り出すことが出来なくなった。
さらに、あらかじめ外に出しておいた使い魔及び眷属も全てが悪魔祓いに討伐され、陽動用の新たな拠点を得るどころか、外部の状況さえ碌に得ることが出来なくなってしまった。
このままでは、最悪血族を手に入れても自身と一緒に討伐されてしまう可能性がある。ニナとの戦闘中、カバタはそんなリスクをずっと抱えていたのだ。
「だが、もうそんな不安を抱く必要はない」
なぜならカバタの元には全ての使い魔と眷属をかけ合わせた最強の配下が残っており、二体がかりで残った悪魔殺しを討伐してしまえば、あれほどの強力な魔法を放てる魔力をまとめて吸収することが出来る。
そうしてしまえば、外部の悪魔祓い程度は恐るるに足らない。計画を次の段階に進めることが出来る。
「あぁ、そう言えばこの魔道具は回収しておかねばな」
身じろぎ一つしないニナの手に握られた鳥喰銀蛇。永きを生きる魔王の目からしても、その特異性とデザインは非常に洗練されていると感じた。
悪魔殺しと眷属の戦いは拮抗している。ならば焦って介入する必要は無いと、先にお気に入りの回収を優先したのだ。何の疑いもせず、鳥喰銀蛇に手を伸ばすカバタ。
その腕に銀閃が走った。
「はっ......?」
「お前の戦術論、確かに勉強になったよ。その傲慢さも反面教師にはなったかな」
どさりと傍らに落ちた自らの腕を目にした時、ようやくカバタは事態を把握した。己の腕が綺麗に切断されたということに。
「な......に......?」
「お前はボクが油断したから翔と離れたと思ったようだけど、答えは違う。
ボクはボク自身の手で血族の歴史に決着を付けに来たんだ。翔がもたらしてくれたこの力で!」
パキパキとまるで乾燥した塗料のように、カバタによって吹きかけられた血液がニナから剥がれ落ちる。しかし一部の血液は凝固せず、剥がれ落ちたりもせず、まるで彼女を守るかのように衣服に纏わりついた。
それこそ彼女がずっと欲していた、血液を操る血族本来の力だった。
次回更新は9/8の予定です。




