強き絆は血か縁か その十八
「うおぉぉぉ!!!」
翔は怒りを膂力に変えて、カバタに肉薄しようとした。
「話を聞いておらんかったか?貴様はこの物語に必要ないと」
しかし、そんな翔に終わりに連なる者達が立ちはだかる。
「邪魔すんな!」
咄嗟に木刀で応戦するが、相手も手慣れた様子で一撃を受け止める。
「端役ごときが主役の歩みを阻めると思ったか?貴様は事が済むまでその玩具と戯れているがいい」
もはや振り向きもせず、カバタはニナへ向けて血の枝を何本も生み出し始めた。
「ぐっ!このっ!無視すんじゃねぇ、コウモリ野郎ぉ!」
今更翔の挑発程度でカバタが反応することはなく、むしろ反応を示したのは終わりに連なる者達だった。
叫び声を隙と判断したのだろう。木刀を受け止めていた腕はそのままに、もう片方の腕をビキビキと不快な音を立てながら身長以上に背後へと伸ばすと、まるで伸びきったゴムが一気に縮むかのように翔へ向けて奇怪な手刀を放つ。
「ちっ!」
もちろん翔もその光景をただ見ていたわけでは無い。伸ばされた腕が一気に縮み始めたタイミングで相手の意図を読み取り、鍔迫り合い状態だった木刀を放棄すると横っ飛びに回避を試みた。
「なっ!?ぐぅ!」
しかし、終わりに連なる者達の攻撃は単なる突きで終わらなかった。突き出された腕。その腕の至る所から、白色の刃が翔へと突き出し、彼の回避先を塞いだのだ。
咄嗟に身体を捻ることで薄皮を削られる程度で済んだ翔であったが、その頭に浮かぶのは回避を成功させた安堵よりも驚愕。そして、理外の一撃を繰り出されたことによる動揺だった。
(な、なんだ今の一撃!?腕から何かが生えていた。カバタの野郎の言葉を信じるなら、あの人の身体は多くの眷属と使い魔を寄せ集めのはず......一体......あっ!)
多くの可能性を巡らせながら地面を転がる翔。しかし、そんな彼の疑問は一瞬の内に氷解することになった。何せ相手に隠すつもりが無かったのだから。
「骨......しかもその形、肋骨だな......!」
手刀を放った後の以上に伸びた腕、そのあちこちから湾曲した細長い骨が生えていた。いくら学力の低い翔とて、その特徴的な形の骨を見間違えるはずがない。
「そうか......あの野郎の混ぜ合わせたって言葉、増えた腕の数だけ伸び縮みしたり余計な関節が生まれたり程度かと思っていたが違ったんだ。
混ぜて、合わせたっ......!あの身体はあらゆる場所からあらゆる部位を増やし、生やすことが出来るんだ!」
カバタの根源魔法邪儡の血樹は、その名の通り植物、特に樹木に似た特性を持つ魔法だ。
樹木には接ぎ木と呼ばれる技術がある。本来であれば異なる植物同士を接着し、新たな個体にする技術に過ぎないが、人間すら枝葉と形容する魔法にかかれば意味が全く異なってくる。
接ぎ木に必要な事は接着すること。カバタを大樹とし、他の者達を同種の枝葉と考える魔法の特性から考えても容易なことであったのだろう。
適合さえすれば腕に足を接ぐことも、下半身から頭を生やすことも不可能ではない。そうやってこの終わりに連なる者達を生み出したのだ。そうやって死者の尊厳まで踏みにじったのだ。
加えて奴はこの冒涜の被害者達を、物語で必要のない端役と言い張ったのだ。
「あの野郎......!一体どこまですりゃあ......!!!」
ぎりりと木刀を持つ手が音を立てる。それほどまでに翔はカバタの行いに対して怒りが湧き上がっていた。
「......」
そんな翔を見ても、当の終わりに連なる者達は無表情のままだ。当然だ。今の彼はこの状況を嘆く心さえ失われてしまったのだから。
彼の頭にあるのは目標を殲滅するという命令のみ。そして、その命令を忠実に実行するための本能のみだった。
ビキビキと音を立てて腕が数を増やしていく。メリメリと音を立ててあらゆる骨の詰め合わせがまるで鎧の如く身体を覆いつくしていく。
そうして変化に終わりが見えたかといった瞬間、唐突に終わりに連なる者達は突撃を始めた。
両肩から生えた十を超える腕、それを鞭のように翔に向かって叩きつける。
「うおぉぉぉ!」
あまりに厚い面制圧。翔は早々に回避を諦め、二刀を持って迎撃を開始する。
片腕を振り下ろすともう片腕を、それが済んだらもう片腕と終わりに連なる者達の攻撃には終わりが見えない。
(あの眷属は、死体を利用した融合体。スタミナ切れなんて希望は考えるな)
敵は死者を利用して作られた使い魔と眷属の寄せ集め。翔とニナがここまで辿り着く際に遭遇した使い魔達は、いずれも血液の流出による消耗はあれど、スタミナ切れによる消耗は見られなかった。
死者となったことで消耗という概念から解き放たれた存在なのだと、翔は早々に判断する。
(だったら俺に出来るのは技で上回って、早々に決着を付けることだ!)
全力で動き続ければ五分少々で息を切らし始めると自分と、血液の補充さえ可能であれば無限に活動が可能な眷属。比べればどうあっても長期戦はこちらが不利となる。ある意味でこの戦いはタイムリミットとの戦いでもあった。
「はっ!はっ!はっ!だあぁぁ!」
一歩、また一歩と前への歩みを進める翔。肉体的制限、時間的制限にこそ縛られていたが、それでも終わりに連なる者達に勝る部分があった。
それこそが技だ。重ねた戦いの歴史こそが翔の希望であり、積み上げた一振りが鎧として自身の身を守ってくれる。
生物の可動域を容易く凌駕する肉体と、そこから繰り出される奇怪な攻撃には面喰らったが、それらはいずれも相手を人間体と想定していたからこそ。
初見の悪魔と想定してしまえば、精神の摩耗こそ増えど、研ぎ澄まされてもいない機械的な一撃など早々貰うものではない。
(抜けた!)
そうして迎撃を続けた翔に、遂に転機が訪れる。
リーチゆえの弊害。機械的な攻撃を繰り返すのみだった終わりに連なる者達は、攻撃を加えられない懐まで翔に潜り込まれてしまったのだ。
「これで決める!」
これ以上苦しみを長引かせはしない。そんな想いで振り下ろされた翔の一撃は、終わりに連なる者達に有効打を与えるはずだった。
「がっ!?があぁぁぁぁ!!!」
しかし、現実は吹き飛ばされたのは翔。終わりに連なる者達には何のダメージも入ってはいない。
一体何があったのか。答えは簡単だ。終わりに連なる者達の胸。そこから一本の巨大な獣の腕が、生えていた。
色合い的にもおそらく熊の物だろう突如生えた腕。それに突き飛ばされたことで、木刀を振りかぶっていた翔は防御も出来ずに吹き飛ばされたのだった。
「あ゛っ......がはっ......くっそ、自分でどっからでも腕を生やせるって言っただろうが......バカか俺はっ......!」
攻撃の嵐を抜け出したことによって翔は油断していた。元々相手はどこからでもどんな部位でも生やし、増やすことが出来たのだ。
目に見えていないからといって、その部分から生やせないということは断じてない。むしろ今までは生やす必要が無かったからこそ、生やしていなかっただけなのだと。
「はぁっ、はぁ、はぁ、あっ?」
再度距離を離されてしまった翔。しかし、事態はそれだけにとどまらなかった。
「痛っづ!......こんな傷どこで付けられた!?」
無意識の内に庇うように押さえた、衝撃を受けた腹部。どろりとした液体の感触に気が付くと手の平が血に染まっていることに気が付いた。
先ほどの終わりに連なる者達の攻撃は分類するなら掌底、打撃攻撃だ。衝撃で内臓が破壊されることこそあれど、出血を伴うような攻撃では断じてなかった。
「......なるほどな。答え合わせありがとよ」
しかしそんな疑問もまた、終わりに連なる者達によってすぐさま氷解することとなった。
翔を吹き飛ばした熊の腕、その手の平にはびっしりと牙の生えた口が存在していたのだから。
「何本でも増やせる、どこにだって生やせる。それを考えりゃ、そういうことだって可能ってわけか......
ありがとよ。また一つ勉強になった」
いくら想定外を想定しようと、全てに対応できるわけがない。そして魔法の世界は何よりも知識が物を言う。
翔は魔法の多様さゆえに一撃を貰うことになったが、同時に相手の能力をさらに一つ理解した。
目の前の終わりに連なる者達に考える頭が残っていれば切り札にしたであろう能力を、腹部の肉を対価に理解した。
「本当はカバタのために残しておかなきゃいけない力......でもいざとなったら......」
予想以上の敵の実力に、翔の頬に冷えた汗が伝う。
絶対条件として翔は目の前の敵に勝利を収めなければいけない。そして続けてカバタ相手にも勝利を収めなければいけない。
魔法は何よりも知識が物を言う。言葉を換えれば既知の魔法は脅威になり得ないということだ。
見せてしまった翼は瞬く間に対処された。もう一つの力も見せてしまえば同様だろう。
肉体のタイムリミット、ニナがカバタを抑えておけるタイムリミット、あらゆる制限が翔の心を焦らせる。
決断の時は刻一刻と迫っていた。
次回更新は8/31の予定です。




