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強き絆は血か縁か その十七

 翔とニナがドーム内に侵入してからカバタを見つけ出すのに時間はかからなかった。


 何せカバタは一度目と同じように、隠れもせず、かといって臨戦態勢も取らずにただ己でこしらえた玉座に腰を下ろしていたのだから。


 カバタの様子は変わらず、けれども周辺の景色は劇的な変化を遂げていた。


 まず、周りに存在していた家屋は外から見た家屋の残骸と同じように影も形も無くなっていた。次に地面だが、あちこちから真っ赤な粘性を帯びた液体が吹き出し、水たまりを作っている。


 そして、翔とニナを苦しめたカバタの配下、終わりに連なる者達(デッドネクト)はなぜか(かたわ)らに一体(はべ)らすのみ。


 カバタが自分の優位性ゆえの傲慢(ごうまん)な態度を取っていると考えた翔は、まずは舌戦から仕掛けることを決めた。


「よぉ。あの時は碌な挨拶も出来なくて悪かったな。ニナを苦しめた落とし前、付けさせてもらいに来たぜ」


「戻ってくるのを待ちわびていたぞ、血族よ。そしてようこそと言うべきかな、名も知らぬ悪魔殺しよ」


 執着と品定めが入り混じった視線に、思わずニナがビクリと震える。


 そんなニナの肩に手を置き落ち着かせながら、翔は挑発を続ける。


「土足で領土を荒らし回った奴を歓迎するとは結構な器じゃねぇか」


「くくっ、貴様は家に羽虫が一匹迷い込んだだけで激高し、己の手で始末しようと考えるのか?

 違うだろう?仮に(わずら)わしく思った所で、配下に始末させるのが道理だろうに」


「なるほどな。それであの人達をぶつけたわけか」


「人?くっ、くっくっく!貴様はアレをニンゲンと思っていると!なんとなんと面白き冗談よ!」


「なんだと?」


 演技とは思えぬほどの自然体で笑うカバタ。


 その自分だけでなく多くの犠牲者すら踏みにじる態度に、お返しの挑発だと分かってはいても、翔は声を荒げてしまった。


「何が可笑しいだと?くくっ、全てに決まっておるだろうが!

 ニンゲンとは肉体に大きな損壊があっても行動が出来る生物なのか?違うだろう?ならば貴様の語るニンゲンなぞここには存在せぬということよ」


「......そうかよ。そんなふざけた答えが聞けてこっちもある意味安心したぜ。躊躇(ちゅうちょ)なくてめぇを魔界の底の底まで叩き帰すことが出来るんだからな!」


 例えその場しのぎの嘘だとしても、カバタが眷属(けんぞく)を作り出した理由に正当な根拠があったとしたら、翔の刃は無意識の内に(にぶ)りを見せていたかもしれない。


 眷属(けんぞく)達が完全で無いにしろ、人に戻る方法があるのだとしたらさらに迷いが生じていたかもしれない。


 しかし、ある意味幸いなことに語られたのは人とヒトデナシの区分分け。それゆえに翔の言葉がどれほど的を外しているかという嘲笑(ちょうしょう)交じりの指摘だった。


 翔の心が怒りで静かに燃え上がる。人の命を(もてあそ)んだ。ニナの人生を(もてあそ)ぼうとした。そして反省の色は無い。もはや目の前の魔王を討伐することに理由付けすら必要なかった。


「はて?どうして貴様の戦意が高揚したかは分からぬが、貴様だけ一方的に苦情を述べるのは、いささか道理に反していると思わんか?」


「......何が言いたい」


 カバタに人を思う心など微塵(みじん)も存在しないことに気付いた翔にとって、これ以上の会話など不快以外の何物でもなかった。


 けれど、お喋りなこの魔王が何らかの重要な情報を漏らす可能性は捨てきれない。そのため翔は完全に会話を切り上げるのではなく、相手に会話の主導権を渡すことで、余計な会話を挟まずに情報を得る機会のみを残すことにした。


「貴様には血族の教育を邪魔された。対悪魔殺しでは雑兵程度と考えておった終わりに連なる者達(デッドネクト)に、有用性があるのではと勘違いをさせられた。そして何より、吾輩の気分を害した。全て万死に値する」


「はっ!ずいぶんと小っちぇ器だな!」


「貴様に計画の成就(じょうじゅ)をふいにされてから、貴様に相応しい結末とは何か、ずっと考えていた」


 翔の(あお)りには一切の反応を見せず、まるでオペラの一人舞台のように、カバタは淡々と言葉を(つむ)ぐ。


 人とは自身を高める道具であり家畜だから。血族とは家畜でありながら番犬にも流用可能な便利な駒だから。悪魔殺しとは処分するほど自身の地位を高めてくれるトロフィーだから。


 道化の(なげ)きは嘲笑(ちょうしょう)し愉しもう。敵対する者の言葉には返答程度はしてやろう。けれど、それらが心に響くことだけは断じてない。結局カバタにとって悪魔の王たる自身の言葉以外は、獣の鳴き声と変わらないのだから。


「貴様など元よりこの物語に必要ない。名前すら出ない。そんな貴様には、端役(はやく)(ごと)き散り様がふさわしいと考えてな」


 カバタの言葉に呼応するかのように傍らに仕えていた終わりに連なる者達(デッドネクト)が一歩進み出た。


「人に落胆したようなことを言っていた癖に、結局は人頼りかよ!」


「まさか。今更ただの終わりに連なる者達(デッドネクト)の一匹程度にこの場が務まるなど吾輩も考えてはおらんさ。ただの終わりに連なる者達(デッドネクト)(ごと)きにはな」


 瞬間、終わりに連なる者達(デッドネクト)が翔に向かって走り寄る。今までの個体と違い、その動きに人間らしさは見られず、翔を攻撃することに躊躇(ためら)いなどは感じられない。


 けれども同時に、彼らの唯一の攻撃手段であった、刃物や農具なども携えてはいなかった。


 (何だ?確かに迷いが無い分、動きは格段に良くなった。けど、それだけだ。今のこの人にはその動きに見合うだけの攻撃手段が無い。一体何で無謀な突撃を?)


 一度目の時のように不意を突かれたわけでも無く、今の翔とニナに意見の食い違いは存在しない。


 つまりニナは何の障害もなく、目の前の眷属(けんぞく)を攻撃できるということだ。


(狙いは俺。なら、受けきって返す!)


 横からガチャリと鈍い音が響く。ニナが弾丸を装填した音だろう。ならば後は、彼女が的を外さぬように抑え込むだけだ。


 翔は目の前で振りかぶられた右腕を受け止めるために木刀を動かした。


「言っただろう?ただの終わりに連なる者達(デッドネクト)にこの場は務まらんと」


 木刀と右腕のインパクトの瞬間、それは起こった。


「んだとっ!?ぶっ!?」


「翔!?」


 相手の右腕がビキビキと音を立てながら倍のサイズに伸び、さらに関節が増えたことで、翔の木刀を急カーブでかわし彼の(ほお)に拳を届かせたのだ。


「ごっ!がっ!うぇっ、ゲホッゲホッ!!」


 血液によってぬかるんだ地面に頭から叩きつけられた翔は、その濃密な血の香にあてられて咳込んだ。


 そんな隙を敵が逃すはずは無い。いつの間にかサイズが戻っていた腕が再び振りかぶられ、翔に痛打を与えんと迫りくる。


「させない!」


 そんな攻撃を妨害せんと打ち出されたのは、発射を待つばかりだったニナの弾丸だった。


 鈍い音が示す通り、今回彼女が準備していたのは大型の散弾銃。


 とっさにバックステップで距離を取った終わりに連なる者達(デッドネクト)だったが、そこから打ち出されし百を超える鉛の雨は、確実に標的に命中するはずだった。


 間欠泉の(ごと)く地面から伸びた枝の群れに(さえぎ)られなければ。


「全く、会話の内容を忘れたのか?この悪魔殺しには端役(はやく)の散り様を望んでいるのだ。そこに主役が手を貸してしまっては舞台が成り立たぬだろう?」


 枝の正体はカバタの根源魔法、邪儡の血樹(クリファケリル)。彼が端役(はやく)の散り様を翔に望んだのだ。ならばそこに入る横槍など許されるはずがない。


 期せずして、以前の戦いの焼き増しのようなマッチアップがこの場で完成していた。


「翔!大丈夫!?」


 翔を心配しながらも、ニナは相手の動き出しを悟り、武器を散弾銃から小回りの利く、小剣と短銃に切り替える。


「大丈夫だ......カバタ!お前何をやった!」


 心配無用と言葉を返し、その勢いのまま、カバタに対して叫び声を上げる。


 考えれば最初からこの終わりに連なる者達(デッドネクト)はおかしかった。感情豊かだった人間性はなりを潜め、その代償による強化かどうかは分からないが突然よくなった動き、極めつけは人間離れした身体構造。


 それら全てが、翔の知る終わりに連なる者達(デッドネクト)では無かった。


「簡単なことではないか」


「何だと?」


「吾輩の根源魔法、邪儡の血樹(クリファケリル)は枝を()ぎ、果てを見据(みす)える契約魔法だぞ?

 大樹たる吾輩に全てを統合する魔法なのだぞ?これでもまだ分からんか?」


「......まさか。カバタ!お前えぇぇぇぇ!!!」


「......」


 翔が怒りの咆哮を上げ、ニナがおぞましい物を見たかのように苦しげな表情で目を逸らす。


 目の前の魔王は言った。己の魔法は自身に全てを()ぎ合わせ、統合する魔法だと。魔王の言う己とは、自身の支配圏内全てを指している。そう全てだ。()ぎ合わせた全ての枝がカバタであり、大樹たる彼には枝葉をどのように伸ばすかの決定権が存在する。


()()()()に整えるのには苦労したぞ。何せ眷属58、使い魔ざっと300以上を統合して作り上げた作品なのだからな」


 翔の表情を見て、カバタは悪戯(いたずら)が成功した子供のような暗い笑みを浮かべる。


 一体一体の力では、例え束になろうと悪魔殺しの相手は務まらない。けれど、それらを組み合わせたら。それら全ての肉体を一体として運用したら結果は全く変わってくるのではないだろうか。


「貴様等がたった二人で攻め込んできた時から一つ考えていたことがある。それは、貴様らを物量で抑え込んだとして、果たしてそれは吾輩の評価に繋がるのだろうかとな」


 すでにカバタはこの場の戦闘など終わったものだと考えている。そして思い描くのは、手に入るだろう評価をどうやってさらに押し上げるかどうかだ。


 眷属(けんぞく)と使い魔合わせて数百で悪魔殺しを処分するよりも、優秀な眷属一体と自分で蹂躙(じゅうりん)する方が評価される。だからカバタは実行したのだ。この恐るべき人道に反する凶行を。


「この場には血の使い手が二つ、そしてそれらを守る守護者の駒が二つあるだけ。実に平等で騎士道精神に準じていると思わんかね?

 まぁ、貴様等の場合は守護者の方が、駒の格が高そうだがな。くっくっくっ!」


「......俺は今までも悪魔には散々してやられたし、あいつらが根本的に人間とは相容(あいい)れない存在だってことは理解していた。

 けどな、どいつもここまではしなかった!死者の魂を(もてあそ)んで!しまいには、しまいにはっ!死体すら(もてあそ)ぶような外道はいなかった!」


 翔の腕が怒りに震える。目の前の終わりに連なる者達(デッドネクト)はすんでのところで翔を救ってくれた人物だった。彼のおかげで翔はニナを救出でき、彼女の命と心を守ることが出来たのだ。


 お礼を言いたかった。これ以上苦しみの中を彷徨(さまよ)わせたくは無かった。けれど、救いたかった魂があの肉体の中に残っていないだろうことが本能的に理解できてしまった。


「この程度で外道だと?くっ、笑わせる。この程度の所業、これから顕現(けんげん)してくるであろう上位国家の魔王達はいくらでも手を出しているぞ?」


「そんなことは知らねぇ!関係ねぇ!俺はてめぇに、血の魔王、血脈のカバタに対して怒ってんだ!

 お前だけは許さねぇ!この人達に手を出したこと、そしてニナに手を出したことを必ず後悔させてやる!」


 見据えるは赤の世界を作り上げし君主。対峙(たいじ)するはその犠牲の果てに生まれた悲劇の操り人形。血の歴史を巡る最後の戦いが幕を上げた。

次回更新は8/27の予定です。

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