強き絆は血か縁か その十六
「いよいよだな」
「うん」
気を引き締めるために互いに声をかけあう翔とニナ。
目の前に見えるのは無様に逃げ出した廃村の姿。二人はカバタとの決着をつけるため、再び決戦の場に舞い戻ったのだ。
今の二人の心には、一戦目のような隙は無い。しかしそれはカバタも同じこと。二人が士気を持ち直し、回復を図っていた時間をただ無為に過ごしていたはずもない。
「滅茶苦茶じゃねぇか。人様の土地を荒らしまわりやがって」
「そうだね。冷静になれた今だからこそ分かる。性格に難があれど、カバタは魔王を名乗るだけの実力は間違いなく有してる」
そう、そこは廃村だった。廃村であったはずなのだ。なぜなら人の営みが残されてる村を廃村と呼ぶのであれば、今の様相には当てはまらないのだから。
村を覆っていたカバタの根源魔法、邪儡の血樹がその形を大きく変化させていた。
今までのような枝が密集することで壁となっていた造りでは断じてない。まるで樹皮で作り出すカゴのように枝の一本一本が編み込まれ、寄り強靭に、そしてより強固な造りへと変化を遂げていたのだ。
そして、それらを作り出す際に邪魔であっただろう家屋や樹木は完全に潰され、外側にまき散らされた物品の破片のみが、ここが元々廃村であったことを示す唯一の手掛かりとなっている。
そしていかにもわざとらしく作られた、人が通れる程度に開けられた枝の隙間。ここから入ってこいということなのだろう。
「あの野郎、舐め腐りやがって。ニナが戻ってくるって核心があったってか」
「いや、たぶんもっと単純な理由だよ」
「どんな?」
「ボク達二人の力程度じゃ、強化した結界を突破できないだろうって考えたんだ。
そうすればおのずと取れる選択肢は限られてくる。結界の主である、カバタを討伐するとかね」
「なるほどな。そりゃあの野郎らしい、傲慢な考えだ」
或いは翔の主張のように、カバタにはニナが舞い戻って来る核心があったのかもしれない。
しかし、どちらであろうと関係が無いのだ。カバタには舞い戻ってきた血族と悪魔殺しを相手にする準備が出来ていた。しかも入り口を作るということは勝利できる自身もあったということなのだから。
「翔、きっとあの枝のアーチをくぐったら、あいつは入り口を閉ざすと思う」
「だろうな。ニナが中に入ったことを確認次第、外側の結界も厳重に封鎖しやがったんだからな」
カバタが始まりに生み出した現世と自分の領土を分断する結界は、今や天井には濃密な血液と魔力が、壁面には二重三重に密集した枝の壁が存在し、出る者どころか入る者すら拒絶する状態になっている。
自分の回復リソースとなる外部の生物の招き入れすら取り止めたのは、奴の計画の根幹となるニナが結界に侵入したためであろう。
そして同じことがこの廃村を作り替えた小規模結界でも言えるはずだ。なにせカバタの狙いはあくまでもニナ。彼女さえ傀儡としてしまえば、此度の人魔大戦における彼の目標は八割方達成したと言えるのだから。
「そうなればあいつを討伐するまで、今度こそ逃げることすら出来なくなるよ」
「だろうな」
「まだ翔だけは逃げられる。そうすれば_」
何度目かのニナの提案。けれど翔も分かり切ったように口を開く。
「御免だっての。さっきも言ったろ、俺達は一蓮托生。勝ってここから脱出するか、負けて全部を失うかだ。それ以外の選択肢なんて存在しねーよ」
「翔......でも」
それでも彼女は言葉を続けようとする。今更翔の実力を心配しているわけもない。ただ彼女は不安を抱いたのだ。この境界を潜り抜けた先は全てを失う破滅につながっているようで。
しかし、翔だってとっくの昔に心は決まっていた。
翔が片腕を出す。そこには真新しい包帯が巻かれており、下から少しばかり血が滲んでいた。
ニナのこちらを気遣おうとする精神自体は嬉しいが、何度も言われると信用に値しないように思われている気がして翔としては悔しかった。そこで彼はちょっとした反撃に出ることにしたのだ。
「傷を舐め合った仲だろ?いい加減信用してくれよ」
翔の言葉を聞いた瞬間、日焼けとは無縁なニナの白い肌が一瞬で朱に染まる。
「ばっ......!馬鹿!翔の大馬鹿!」
彼女にとっては追い詰められた状態でさえ言い淀んだほどの行為。
いくら魔力を回復させるためとはいえ、あの時の光景が脳裏に浮かび、羞恥の気持ちが爆発する。
「大馬鹿で結構。バカのやることなんて予想が付かねーし、止めようが無ぇだろ?
俺は何を言われようと勝手にニナに付いていくし、どれだけ煙たがられようと手を貸すだけだ。だからさっさとあの野郎を討伐して、ラウラさんに笑顔で報告してやろうぜ」
反撃が成功したばかりにケラケラと笑いながら、翔は何の躊躇もなくアーチをくぐって行ってしまった。
後に残されたのは、余計なお節介を焼いたせいで手痛い反撃を喰らったニナ一人。
「うー......ずるい、ずるいよ。ボクがどれだけ恥ずかしい気持ちで提案したと思って......
無事カバタを討伐したら、ボクがどれだけ恥ずかしかったか翔にも体験させ_」
そこでニナは言葉を切った。いくら独り言とはいえ、自分がどれだけ危険で倒錯的な発言をしていたかに気が付いたから。そしてその行為が結果的に、自分の羞恥心にさらなるダメージを与えることに気が付いたから。
「ボ、ボクは何を考えて!っもう!翔、一人で行かないで!」
自らの妄想に再度頬を染めながらも、翔を追いかけてニナも勢いよくアーチをくぐる。彼女にしては珍しく、その妄想を否定することはしなかった。
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「入ってきたか」
つぶやくのこの結界の主であり、数々の邪悪な計画を実行に移してきた実に悪魔らしい悪魔、血の魔王血脈のカバタ。
血族と悪魔殺しの侵入に気が付いてなお、これといった行動に移らないのは実に彼らしい傲慢さであると言える。
しかし、それもそのはず。すでに戦いの舞台は整っているのだ。元ニンゲンの眷属達を苛め抜くために残していた廃村から全てを消し去り、枝を密集させた。
カバタの身体から生える枝は、魔力の通り道であると共に彼の感覚器でもある。空に、陸に、ありとあらゆる場所に枝を密集させたこの場こそが、彼が全力を発揮させる最高の舞台であり、最高の環境であるのだ。
であるならこれ以上の準備など必要が無い。だからこそカバタは動かない。本気を出せば悪魔殺し二匹程度、自分の相手ではないのだから。もはや彼の頭にあるのは、血族を傀儡にした後の新たな計画のみである。
「だが、吾輩自身で全てを解決してしまっては、いささかスマートさが足りぬ」
そう言ってカバタは横を見る。そこに佇むのは一人の青年。そう、カバタの最初の犠牲者であり、意識を魔力に取り込まれる寸前に翔に手を貸した青年だった。
「血脈は血脈同士。ヒトモドキはヒトモドキ同士で決着を付けることこそがこの場ではふさわしかろう?」
青年の返答は無い。当然だ。ただの人間が許容できる量の数倍の魔力を無理やり詰め込まれ、その上で傀儡の魔法をかけられているのだから。とっくの昔に魂の欠片すら残っていまい。
しかし、他の終わりに連なる者達であれば別のはず。言葉の意味を覚えていようとなかろうと、何らかの返答は返ってきたはずである。
なのにその返答が無い。これはどういうわけか。
答えは簡単だ。他の終わりに連なる者達がいないからだ。
カバタの傍らにいないのではない。この廃村内に作り出した第二の結界内には、終わりに連なる者達はもちろん使い魔すら一体も存在していなかったのだ。
あれだけ魔力を提供したにも関わらず、決戦に連れてこない謎の采配。そして、なぜか連れてきた青年の終わりに連なる者達。
肝心のカバタも眷属が足りないことに一切気を向けることなく、ただ始まりの時を今か今かと待ちわびるのみであった。
次回更新は8/23の予定です。




