強き絆は血か縁か その十五
「翔、話しておきたいことがあるんだ」
再度廃村へと向かう道の途中、ニナがおもむろに口を開いた。
「話しておきたいことって?」
「この後の戦いについてだよ」
「戦い?戦いって言ったって、今度こそラウラさんが考えた通りの作戦で良いんじゃないのか?」
二人が結界へと突入する前夜、彼らは対悪魔戦のスペシャリストである大戦勝者ラウラから、多くの作戦を授かっていた。
全てがこちらの思惑通りに進んだ時の作戦、逆に魔王の脅威が想像以上であった時の作戦、極端なものでは二人のどちらかが力尽きた時の作戦など実に数多くの作戦をラウラに伝えてもらっていたのだ。
けれども今回の敗走に至った原因である、二人の別離については流石のラウラも想定していなかった。
そんな状況に至るのは、どちらかの命尽きた時。たった一人でカバタに挑むなど、愚行中の愚行だと伝えられていたのだから。
「うん。突入前の状況ならそれで良かった。けど、事情は変わってしまってる。もうボクは保険も無しにカバタの前には立てないんだ......」
「あっ......」
ニナの言う通りであった。突入前であれば、血の悪魔への特攻魔法を持っているニナを矢面に立たせ、翔が援護をするという作戦が成り立った。
けれどもカバタの魔法もまた、ニナに対する特攻能力を秘めていると分かった今ではそうは問屋が卸さない。
こちらの切り札に対して、あちらも切り札を用意していることが分かったのだ。もし、このまま突入前の作戦を実行したりすれば、始まるのはニナとカバタの早打ち勝負。
しかも、こちらの攻撃はカバタの身体の中心部に当てなければいけないというのに、あちらはニナに一滴でも血液を触れさせてしまえば勝利という、重すぎるハンデを付けられた勝負だ。どう考えてもリスクが高すぎる。
だからこそニナは、戦いの間隙で生まれたこの貴重な時間を使って、作戦を練りなおそうとしたのだろう。
「ね?今のままじゃ、一度目の戦いの焼き増しになってしまう。
それだけじゃない。今度こそボクの攻撃が翔の命を奪うことになるかもしれない。それだけは絶対に嫌なんだ」
人を家畜程度にしか考えないカバタのことだ。次にニナが操られれば、余興と称してニナに翔を殺させるかもしれない。
そして、極悪非道なカバタのことだ。きっとニナの心だけは完全に支配せず残したままにするだろう。仲間殺しに絶望する彼女の表情を愉しむために。
死ぬのは残念だが受け入れられる。尊厳を踏みにじられることも今更だ。
けれども自分を受け入れてくれた翔のことを、悪魔の特性を引き継いだ、この呪われた身体さえも受け入れてくれた相棒の命を自分で奪うことだけは、絶対に嫌だった。
「そうか、そうだな。俺もこれ以上ニナが苦しむ姿は見たくないからな」
「翔......ありがとう」
「気にすんなって。それよりもだ。ニナがカバタと戦えないってなると、あの野郎を倒しきれなくなる可能性が高い。
俺が全力の魔法をいくらぶつけたって、あいつは再生しちまうんだろ?」
ニナがカバタの前に立てなくなるということは、翔がカバタと戦わなければいけなくなるだろう。
麗子から太鼓判を押された通り、翔の魔力量であればカバタの傀儡魔法は防ぎきれる可能性は高く、おそらく契約魔法と召喚魔法使いであるカバタ相手であれば、至近距離では翔が有利を取れる可能性が高い。
しかし、討伐出来るのかというと話が変わってくる。
カバタは再生と傀儡を司る血の悪魔の長だ。果たして本体を粉微塵に吹き飛ばした程度で、おとなしく討伐されてくれるだろうか。いいや、そうでないに違いない。
このフィールドはカバタが作り出した結界。全てが彼に都合が良いように左右する、究極のアウェーフィールドと言ってもよい。
地面から吹き出る血の泉や、真っ赤に変色した樹木群がただの演出であると考えるには楽観が過ぎる。
あれら全てがカバタの魔力に変換可能なのだ。この場は彼の魔力貯蔵庫なのだ。そんな中で致命傷を負わせた所でたちまち回復されてしまうだろう。肉体が重要であるように見えても、奴らは悪魔。その本体は魂と流れる魔力にあるのだから。
そんな悪魔を討伐するには、相手の魔力量を上回る魔力で強引に消し飛ばすか、ニナのような特殊な魔法が必要になってくる。残念だが、今の翔はどちらも持ち合わせていない。
「そうだね。だからこそカバタの相手はもう一度ボクがやろうと思うんだ」
「はぁ!?そ、それじゃあ、さっきの二の舞に!」
突然の宣言に慌てる翔。
当たり前だ。今までの作戦はどうやってニナとカバタをかち合わせずに、カバタを討伐するかという話であったはずだ。
肝心のニナがカバタと戦ってしまったら本末転倒である。
「二の舞じゃないさ。だって今回は翔がいるじゃないか」
「えっ?」
「翔が新しく手に入れた魔法、擬井制圧 曼殊沙華。あれなら仮にボクが操られてしまっても、元に戻せるはずだよ」
「い、いや、それでも!」
擬井制圧 曼殊沙華は強力な魔法である一方、鳳仙花以上に魔力を消費するというそれにふさわしい代償も備えている。いくらニナを元に戻せるといっても失敗した時のリスクが高すぎる。
そんな調子で首を縦に振ることが出来ない翔を見て、ニナがにっこりとほほ笑んだ。
「翔、思い出してみて。君が翼でボクを助けてくれた後、この結界はどうなった?」
「ど、どうなったって、あの野郎に対策されて天井は下げられるわ、壁は枝が張り巡らされて二重三重にコーティングされるわ......」
「そう。あいつは翔の魔法を見て、初めて対策したんだ。自分で生み出した血族の子孫であるボクのことは手玉に取れても、翔の魔法はその目で見るまで対応できなかったんだ」
「初見殺しをするってことか?いや、それでも......」
操られたニナが突然正気を取り戻せば、確かにカバタは面食らい大きな隙を見せるかもしれない。
少しずつニナの意見に納得を示していっている翔だったが、それでも迷いを断ち切れなず、歯切れの悪い言葉を返す。
しかし、ここまで予想済みだったのだろうニナが、最後の説得の言葉を吐き出した。
「そうだね。このままじゃ、チャンスは一度切り。それも生まれる隙は、正気に戻ったボクが加える一撃のみだ」
「だろ?だからもう少し安全な策の方が_」
「だから不意打ちには使わない。翔の魔法は、とどめに使うんだ」
そう言ってニナは突然魔力を手に集めた。
「ニ、ニナ?その力は?」
そこから生まれたのは、今までの魔道具と血液頼りだったニナからはありえない、れっきとした魔法だった。
「翔の血を貰ったおかげで、魂が少しだけ悪魔側に寄ったんだと思う。
けど、今だけは好都合だ。この力があれば、カバタの魔法相手でも互角に戦える。これでも翔はダメって言うかい?」
「ぬぐっ......本当はそれでもダメだって言いてぇよ。
けど、リスク以上にリターンがある。良いって言うしか無いだろ」
「ありがとう。それにもう一つだけ、この不意打ちを成功させるとっておきがある。上手くいけば、カバタの目をボクだけに集中できるはずだ」
それはニナだからこそ気付けた違和感だった。
追う立場だった自身が標的となり、さらに血の一滴でも触れれば終わりというプレッシャーと絶望に苛まれたからこそ気付けた綻びだった。
「とっておき?」
「うん。といっても成功するかどうかは分からないし、単にボクの思い違いかもしれない。けどボクの見立てが正しいのであれば、確実にカバタの目をボクだけに集中させられる。
もしかしたら、戦いそのものすら有利に運べるかもしれない」
「そこまで言われちゃな......分かった。ニナ、カバタの相手、任せたぞ?」
「うん。今度こそボクがカバタを抑えてみせる。その間に翔......眷属の討伐任せたよ?」
「......あぁ。もう俺も逃げない。あの人達の苦しみの分まで、あの血吸い蝙蝠の親玉には吠え面かかせてやる!」
その宣言は言葉以上に重みがあった。一人は一生の隷属というリスクを抱え、もう一方は人殺しと自身の魂に刻み込む重みを。
それでも逃げることを止めた。逃げないことを決めた。今まで魔王の手玉に取られるだけであった二人は、この場でついに本当の意味で反攻を開始したのだ。
二人だからこそ立ち上がれる。二人だからこそ立ち向かえる。折れた心を鍛え上げ、再戦に心を燃やすのだった。
次回更新は8/19の予定です。




