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強き絆は血か縁か その十二

「翔、本当に止めるつもりは無いの?」


 歩みは亀の(ごと)く、されど踏みとどまることは無く。突入時より何段も落ち込んでしまった機動力でありながら、それでも魔王討伐を達成するために廃村を目指す翔とニナ。


 一度は意見の食い違いから別行動を取り、手痛い消耗を味わうこともあった。一度は心折れたニナによって、関係崩壊寸前までいった。けれども、二人はどちらも寸でのところで踏みとどまった。(きずな)はより深まった。


 だから今しがた出たニナの言葉は確認に過ぎない。最後まで付き合ってくれるのかと。


「お前が退かねぇって言ってるのに、俺だけビビッて退けるかよ。それに、あの野郎には心底腹が立ってんだ。最低でも討伐してやらねぇと、気が済まねぇ」


「でも、そうすれば必ずあの眷属達と戦うことになるよ」


「あぁ、だろうな」


 血の魔王の眷属(けんぞく)終わりに連なる者達(デッドネクト)は、生前の記憶を保持したままカバタに忠誠を誓わされた悲しき犠牲者達だ。


 一度目の邂逅(かいこう)ではそのあり様と必死さ故に翔は刃を鈍らせ、結果ニナに大きな負担をかけてしまうことになった。


「あの時俺が間に合ったのは、眷属(けんぞく)の一人が手助けしてくれたからなんだ」


「えっ?」


眷属(けんぞく)達の話が本当ならカバタに人質を取られているってのに。そもそも見ず知らずの、あっちから見ればただの敵だってのに。それでも助けてくれた奴がいた。

 だから気付けたんだ。あの人達は今もずっと苦しんでる。その苦しみを終わらせられるのは俺達だけなんだってことに」


「そっか......そんなことがあったんだね」


 眷属(けんぞく)()りようは、主である悪魔によって大きく変わる。手下、理解者、友人、駒、果ては下克上を望まれる挑戦者など多岐(たき)に渡る。


 カバタの眷属(けんぞく)は彼の残忍さゆえに生前の記憶を残され、翔達を大いに苦しめた。けれど残された考える頭は、恐怖で縛りきることの出来ない反骨心を同時に生んだ。


 回り回ってとある悪魔殺しに自身の討伐を決意させたことは、カバタ側の大きな失点と言えるだろう。


「あの人達を解放してやらなきゃいけない。あの人達の手をこれ以上汚させるわけにはいかない。だから俺ももう迷わない。

 ......ニナ、あの時は本当に悪かった」


「ううん。ボクも悪かった。翔が外様(とざま)の悪魔殺しだってことは知っていたんだ。それなのにきっと翔も割り切れる人間だって勝手な推測を立ててしまった。

 ボク等にはもっと話し合いが必要だったんだ。素性だけでなく、もっと深い部分を分かり合う時間が必要だったんだ」


 どれだけお互いを信用していたとしても、二人にはお互いを知る時間が圧倒的に足りていなかった。その失敗は二人を窮地に追い込むこととなったが、けれども致命傷だけはどうにか回避することが出来たのだ。


 ならば前に進むことを決めた二人に出来ることは、失敗を嘆くことではなくこの失敗をどう乗り越えるかということである。


「......今の状況だと、ほとんど翔一人の力で眷属(けんぞく)とカバタを相手にしてもらわなきゃいけなくなる。でもそれが厳しいことだっていうのは翔にも分かっているよね?」


「......そうだな。どれだけ俺が大暴れしようと、結局はあの野郎の魔力を削り切る事は難しい。

 でも、今のニナをカバタの前に出すくらいなら、俺は死ぬまであいつと戦ってやるよ」


 結果として放棄してしまったが、本来の翔の役割はニナの護衛だ。それは血の魔王という存在が魔力の回復に長けており、彼の魔法では討伐するのが難しいと考えられていたためである。


 どれだけ有り余る魔力を振りかざそうと、この結界内全ての血液がカバタの魔力に代替可能なのだ。そんな相手を前にすれば、いくら豊富な魔力量を誇る翔といえど、尽きるのはどうやっても先になる。


 そうなれば待っているのは(ゆる)やかな敗北だ。そんなことは重々承知していた。だからこそニナはとある可能性を口にすることを決めた。


「......試したことが無いからもしかしたら最悪の結果に繋がるかもしれない。けど、今のボク達でカバタに抗う方法が一つだけあるんだ」


「本当か!?ならさっさと試そうぜ!俺達はとっくの昔に追い詰められてるんだ。最悪の結果なんて今更怖くも何ともねぇよ!」


「そっ、そうだよね!翔ならそう言うと思ってた。......だから、その、翔、こんな状況で何を言ってるんだって思うかもしれないけど、引かない?」


 分かっていたという割には、翔の了承を聞いたニナの言葉の歯切れは悪い。まるで詳細を語ることを躊躇(ちゅうちょ)しているような、気恥ずかしさをこらえているような。


「引く?だから何度も言ってるけど俺はニナが可能性があるって言うなら信じるし、どんだけ俺を使い潰す作戦だったとしても、引いたり、手の平返して見捨てたりはしねぇっての!

 だから、聞かせてくれ」


 翔としては今からニナが口にしようとしていることは、自分のことをえげつないほどに酷使(こくし)する作戦か何かだと思っていた。だから迷わずゴーサインを出したのだ。


「うっ、そうだよね。君はそういう人間だもの」


「あぁ、そういう人間だ」


「えーーーっと......その、翔はまだ魔力が残っているよね?」


「ん?そうだな。曼殊沙華(まんじゅしゃげ)二十発放てるくらいなら余ってる」


「そ、そんなに!?......あ、あぁ、でも、余ってることさえ分かればいいんだ。

 それで、その、ボクの方は、魔力が空っぽに近いよね?」


「らしいな。自己申告制だから詳しくは分からねぇけど、結構辛そうに見える」


「う、うん、実際辛いんだけど。そ、それで翔!ボクが血の悪魔の魔力を受け継いでることは知ってるよね!?」


「お、おう。そりゃ当然、散々聞かされたから」


「あの、その、それなので、吸わせて貰えないかなーっと......」


「へっ?何を?」


「そ、その!翔の血を吸わせて貰えないかな~......って」


「あっ......そういう、ことか」


 耳まで真っ赤になった隣の少女の姿から、さしもの鈍感(どんかん)翔でもようやく事態を理解した。


 彼女は血の魔王に対抗するための魔力を、翔から貰おうとしていたのだ。もちろん魔力というのは人それぞれ性質が全く異なるため、ただ魔力を送り込まれただけでは回復どころか逆に異物の侵入と魂が判断し、余計に魔力を消耗する結果に繋がってしまう。


 けれどここでニナの出自が生きてくる。彼女は血液を魔力に変換可能な、血の悪魔の血脈、血族だ。


 自分であれば、翔の血を吸うことで魔力を吸収し、自身の魔力の回復として使用することが出来るかもしれないと考えたのだ。


 問題があるとすれば、成功するかどうかは未知数であったことと、いくら信頼できる相棒が相手とはいえ、その行為そのものが気恥ずかしく、ともすれば翔にドン引きされてもおかしくない行いであったということだ。


 それゆえニナは翔に伝える際に言葉の歯切れが悪くなり、今もなお自身の発言で顔から火を噴きだしていたのだ。


「えーと、その、ニナ?」


 返事は無い。


 けれど元より肩を貸していた相手だ。相手の顔はすぐ横にあり、伝わってくる熱によって、例えその顔を必死に背けていようとも、感情を察することは難しくない。


 それでも、翔の顔を見られないのは、なけなしの乙女心ゆえだろう。


「......その、ニナ、そのままでいいから聞いてくれ。

 俺はカバタの野郎を討伐したい。たくさんの人の命を奪って、その後に心すら(もてあそ)んで、終いにはニナすら自分の手駒に加えようとしやがったんだからな。絶対に許しちゃいけない存在だと思う」


 ニナが横を向きながらも、無言で頷いた。


「だからそのためには、出来る限りの行動は起こすべきだと思うし、リスクなんて度外視で賭けに出るべきだと思う」


 またもニナが無言で頷く。


「あー、だから、その、なんだ。最初、方法には驚いたし、最悪俺の方が貧血でぶっ倒れるだけって結果になるだけかもしんないけど、俺はニナになら血を吸われていいと思う」


 ビクリと上下する肩、もはや湯気が上がるのではないかと思うほどに上気した肌、それでも翔の言葉を受けて、小さく、本当に小さくニナの首は了承を示すために上下した。


「えっと、決まりだな。実行すんなら早い方がいいだろ」


「......うん」


 そうして二人は木陰に腰かけると、ニナの取り出した短剣で、翔の手首に薄っすらと傷を付ける。


「翔」


「うん?」


「ボクを受け入れてくれてありがとう」


「当然のことだっての」


「......うん。えっと、その、いただきます?」


「あー......召し上がれ?」


「......ふっ、ふふっ」


「......ぷっ、くくっ」


 小さな笑いが起こった後、少女は少年の腕に唇を落とした。

次回更新は8/7の予定です。

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