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あなたを信じる

「神崎さん! 大丈夫だった、か......」


 市民会館からプレハブ小屋までを走り切り、入り口の扉を勢いよく開いた翔はその勢いのまま凍り付いた。


 そこには上半身はブラジャーのみになり、麗子によって傷の治療をを受けていた姫野がいたからだ。突然同年代の美少女の身体をまじまじと見つめることになった翔の脳は、羞恥心によって完全に思考停止に陥っていた。


「天原君。麗子さんから話は聞いたわ。そっちも大変だったんでしょう? 無事でよかった」


 しかしそんな翔をよそに、姫野は普段の口調で翔の無事を喜んでいる。その様子によって数秒前の衝撃が頭の隅に追いやられ、思考停止していた翔の脳はある意味でまともに動き出した。


「いや、神崎さんの方こそ二対一で大丈夫だったのか!?」


「えぇ。何度か避けきれずに傷を負ってしまったけど、五体満足で魔力切れもおこしてないわ」


 そう言う姫野の身体は、確かに身体機能や生命活動に支障が出るような大きな傷こそ無い。


 だが、肩だけでなく足や腕、頭と身体中いたるところに包帯が巻かれており、翔の考える無事という言葉とはかけ離れていた。


「どこが無事なんだよ! そんなに傷を負って......頭の傷なんて一歩間違えたら死んでてもおかしくないだろ!」


「? ......もしかして私の言葉、またおかしかった?」


 姫野は自分の言葉がどれだけ常識から乖離しているか分からない様子で、翔に質問をする。そんな彼女の姿は身体中の包帯も合わさり、翔の瞳には二つの意味で痛々しく映った。


「あぁ、おかしい! 大熊さんから聞いたぞ! あの時、足止めのために魔法を使ったんだろ? その間は一方的に魔法をぶっ放されて痛かったはずだ! 苦しかったはずだ! そんなに傷だらけになるくらいなら、もっと早く魔法を解除して良かったんだ!」


「でも、そんなことをして天原君に何かあったら......」


「そのせいで神崎さんがボロボロになったら意味ないだろ! 俺を心配するのと同じくらい自分の身体を心配してくれよ......!」


「でも......」


 翔が全力で否定の言葉をぶつけても、なおも姫野は納得がいかない様子だった。


「......そうね。そこは翔君の意見が正しいわね」


 平行線になるかと思われた話し合い。だが、今まで無言で姫野の治療を続けていた麗子が、ここで翔の意見に賛同した。


「麗子さん?」


「姫野、よく聞きなさい。今回の襲撃であなたが翔君へ必要以上に心を割いているのは、彼が悪魔殺しとしてはまだ未熟で、そんな彼を自分が導いていかなければと思っているからでしょう?」


「はい」


 麗子の言葉に姫野はこくりと頷いた。


「確かに魔法知識がゼロに等しい翔君を、姫野が導いていくのは間違いじゃないわ。でもそれは自分を犠牲にして彼を守り抜くということじゃない。彼は未熟だけど悪魔殺し。悪魔殺しになると自ら選択したの。だから貴方達が目指すべきは対等の関係。互いが安心して背中を任せられる関係であり、互いに尊重しあう関係であるべきなの。姫野にとって翔君はどんな時でも守ってあげなきゃいけない赤ちゃん? 信用できない相手?」


「そんなことない......です」


 うつむきながら、姫野がふるふると首を横に振った。


「翔君もよ。姫野が無理をしたのは事実だけど、この子が身体を張ってくれたおかげで、あなたは眷属を警戒することなく悪魔と対峙できたのよ。無理した姫野に説教する前にまずはお礼を言うべきじゃない?」


「あっ......ごめん、神崎さん。それと、本当にありがとう。神崎さんのおかげで悪魔こそ逃がしたけど、多くの人達を守ることが出来た」


 麗子の正論を受け止め、翔も素直に礼を言った。


 翔と姫野。結局二人は互いの心配をするばかりで、信頼をしていなかったのだ。


 だから姫野は許容範囲を超えても足止めを続けた。だから翔は自分を(かえり)みない姫野の態度に激高してしまった。


「私の方こそごめんなさい。麗子さんの言う通りだった。一一(ひひ)と二言に足止めされた時、力を合わせて戦うことを選んでいればもっと簡単に解決したかもしれないのに......」


「いや! 俺の方こそ......」


「ううん、私の方が......」


 そうして堂々巡りの反省会が始まってしまった。


 せっかく空気を変えてやったというのに始まった平行線の話し合い。そんな不毛な時間が我慢できなかったのだろう。姫野の包帯を巻き終えた麗子が勢いよく立ち上がった。


「あーもう! 姫野も翔君もどうしてそんなとこだけ息が合うのよ。もう反省会は終わったの! ほら二人共、右手を出しなさい!」


 麗子はそう言うと、強引に翔と姫野の小指を絡ませた。突然のことで理解が追いついていない二人の様子を見て、続けるように麗子は言葉を放つ。


()()()よ。二人共お互いを信頼して、対等な関係を築くと誓うこと。それで今回の件はお開き。それでいいでしょう?」


 されるがままだった二人もここで麗子の意図に気付く。


 そしてここまでお膳立てされてしまっては、暗い雰囲気もどこかに消し飛んでしまっていた。一度だけ絡ませた指に目をやり、意を決した様子で翔が話し出す。


「神崎さん。俺はこれからも知識不足で神崎さんの足を引っ張ると思う。でもそのぶん戦いの時は神崎さんが思う以上に活躍して見せるから。だから信頼してほしい」


「うん。私も常識不足で天原君が思ってもみないような発言をしたり、行動をしたり、無茶をしたりすると思う。でもこれからはあなたを信じてあなたと戦っていきたい。だから信頼してくれる?」


「あぁ」


 そういって翔は頷き、姫野と指切りをした。ついさっきまで意見をぶつけ合っていたというのに、これからは適材適所、背中合わせで戦い抜いていけるような思いが翔の心の中で生まれていた。


「それじゃあ、一件落着したところで悪いけど、翔君? ......いくら姫野が心配だったのだとしても、ノックもせずに事務所に飛び込むのはどうなのかしら?」


「あ゛っ!?...」


 姫野の何とも思っていないような態度で忘れていたが、自分は事務所に飛び込んでから現在まで彼女のブラジャー姿をまじまじと観察してしまっていたことを思い出した。


 彼女の豊満な胸を見てしまった瞬間の感情が火山のように噴き上げ、羞恥心によって翔の顔は真っ赤に染まる。


「何か悪いことなの?」


 そんな姫野の返事を聞いた麗子はため息を吐いた。


「そうねぇ。修行中の生活はどいつもこいつも枯れてるか、煩悩と殴り合いする男ばかりで悪い例がいなかったものねぇ。事故なのはわかっているけど、翔君、覚悟は出来ているかしら?」


「勿論です!」


 そう言って翔は目を瞑り、歯を食いしばった。


「姫野、覚えておきなさい。家族以外に下着姿を覗かれたら、変態! と言って、一発ぶん殴る権利が女には与えられるのよ!」


 ビンタを覚悟していた翔の期待を裏切るように、麗子の拳はゴンッという鈍く大きな音を立てるゲンコツとなって翔の脳天を直撃するのだった。


 結局事態を半分も把握出来ていなかった姫野のゲンコツは、コツンと翔の額に拳を当てるだけだけのとても優しいものだった。


__________________________________________________________


「それじゃあ翔君の今後だけど、さっき日魔連の調査隊が体育館を見て回って、言葉の悪魔の痕跡が存在しないことを確認したわ。悪魔が現れるまで姫野と翔君は待機よ」


 姫野を回復のために事務所の二階へと移し、麗子のゲンコツから翔が回復した頃を見計らって、彼女は現状の説明を始めた。


 螺旋魔法陣は厳粛なルールに従うことで真価を発揮する魔法陣だ。そのため魔方陣完成のために、言葉の悪魔陣営はどうあっても体育館で魔法を使う必要がある。


 それを日魔連のメンバーで24時間監視し、悪魔が現れ次第、翔と姫野が出撃するという作戦らしい。


「はい、了解です」


「本当はこの事件の解決までここで待機をして欲しいのだけど、悪魔側の魔力消耗を考えると、ある程度魔力が回復するまで仕掛けてくることは無いと思うのよ。だから翔君には出来るだけ普段通りの生活を続けてもらって、事件が起こってから姫野と一緒に現場に向かってほしいの」


「えっ? ......でも、こっちの裏を掻いて、あえて今日中に仕掛けてくるってこともあるんじゃないですか?」


 警察と追われる犯人、ぎりぎりの得点差によるスポーツの試合、戦争における撤退戦。本来追われる側というのは、とんでもなく大きなプレッシャーをかかるものだ。


 その上、追いつかれれば今まで積み上げてきた全てが水泡に帰すとなれば、そのプレッシャーは計り知れない。


 だというのに、市民会館で出会い、言葉を交わしたカタナシにはそのような消耗は一切見られなかった。むしろ余裕綽々とも呼ぶべき態度だったのが気になったのだ。


 あの態度には何かある。そう考えた翔は最悪の可能性を考えて麗子に質問をしたのだ。


「それこそこっちの思うつぼよ。いくら普通の魔法使いが力不足と言っても、守るべき拠点と攻めてくる相手がわかっている状態なら、そうそう遅れを取ったりはしないわ。しかも目的は迎撃ではなくあなた達が到着するまでの時間稼ぎ。心配の必要は無いわよ」


「そう......ですよね......」


 麗子の力強い断言によって、翔も歯切れ悪くだが同意した。


 追い詰めた状況。しかし、それでもカタナシがこのまま黙って魔法陣を放棄して逃げ出したり、自棄(やけ)になって強行突破を狙う姿が想像できなかった。


 けれど、この憶測には裏付けるべき根拠がない。根拠なき言葉に人はついてこない。


 結局、翔は自分の思い過ごしと考え、残った打ち合わせ等を行うと自宅へと帰るのだった。

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