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強き絆は血か縁か その十

「くそっ!本当に天井を下げ始めやがった......!」


 目の前で倒れたニナを抱え上げ、翔が廃村から飛び去ったのはつい数分前。そこから幾分もしないうちに内部と外部を遮断する結界の上部が下降を始めたのだ。


 侵入時には歪んでいるとはいえ半球状だった天井はどんどんと降下を続け、今では一律十メートルほどの高さしかない状態だ。


 彼の擬翼(ぎよく)はスピードこそ逸脱(いつだつ)したものがあるが、お世辞にもコントロールが利く魔法ではない。天井を下げられたことによって無理やり高度を下げられた翔の眼前に迫るのは樹木の壁。


 何もおかしなことは無い。結界の大部分は元々森で構成されていたのだ。低い高度で空を飛べば、大量の樹木に道を(さえぎ)られるに決まっている。


「どうする......?もう一度、鳳仙花(ホウセンカ)でこの森を抜けちまうか?

 いや、カバタから距離を取るために飛んでるのに、そんなバカみたいに魔力を消費しちまえば、こっち側に逃げてるって自白してるのと同じだ......」


 擬翼(ぎよく)で自身の身を守りながら特攻する攻防一体の翔の奥義、擬翼一擲(ぎよくいってき) 鳳仙花(ホウセンカ)を用いれば、確かにただの樹木程度なら吹き飛ばしてこの逃避行を続けることは出来るだろう。


 しかし、それはカバタに自分の居場所を正確に割り出されてしまう諸刃の剣に他ならない。もしカバタとの戦いになろうものなら、翔は意識を失ったニナを守りながらの戦いになる。


 そしてそれがどれだけ大変な事かは、国外代表、選択のウィローとの戦いで十分に理解していた。


「降りるしかない......少なくともここなら廃村より出口に近いはずだ......」


 使命を果たそうとしていたニナの気持ちを裏切ることになるが、翔は結界内からの脱出を計ろうとしていた。


 理由は分からないが翔が廃村に辿り着いた時、敵を目の前にして彼女は気を失っていた。間違いなく異常と言える事態だった。そんな状態では、もしニナが意識を取り戻したとしてもカバタを前にしてまともに戦えるかも分からない。それゆえの決断だった。


 そして、出来るだけ出口に近付こうとしていた時に天井が下がり始め、あえなく翔は途中で地上へと着陸することとなったのだ。


「飛んでる時にも感じてたが......あの野郎、やっぱり壁を分厚くしてやがるな」


 本来、脱出するつもりであれば、勝手にこちらへと近付いてきてくれた天井を突き破れば簡単に脱出できたはずだ。翔がそれをしなかった理由は一つ。それは高度が下がるにつれて、流血の壁の色が濃度を増しているように見えていたのだ。


 擬翼一擲(ぎよくいってき) 鳳仙花(ホウセンカ)は自身を弾丸のように射出し、突撃する魔法だ。つまり、壁などの障害物を突破できなかった場合、自身にその衝撃の全てが反射してくることになる。


 目の前の天井を構成するのは半液体の血液であるため、衝撃で翔がニナ共々ぺしゃんこになる確率は低いだろう。しかし、血液は血の悪魔の象徴、彼らの使用する魔法のあらゆるトリガーになりかねない物質だ。


 突破に失敗し、そんな液体を頭から全身に被ってしまえば、どんな影響があるか分からない。そんなリスクを考え、翔は天井からの脱出を見送っていたのだ。


「天井は壁の厚みが増した。けど、壁の方はほとんど縮小してなかった。

 あっちなら俺一人の力だけでも脱出できるはずだ」


 翔を追い詰めるために縮小した天井に反して、壁面はカバタの領土的執着ゆえかほとんど縮小は見られなかった。つまり、壁の方は侵入時の厚さと変わらない可能性が高い。


 そうであれば鳳仙花(ホウセンカ)の突破力を利用せずとも、曼殊沙華(まんじゅしゃげ)で疑似的な魔力遮断フィールドを結界の切れ目に生み出させば脱出が出来る。そう考えた翔は外側の壁目指して空を飛んでいたのだ。


 そこから歩くこと数分、着陸場所が良かったこともあるだろうが、翔の視界の先には木々の切れ目が見え始めた。


「っ!よし、これで結界から出られる!ニナの治療もしてやれる!」


 見えた道筋に希望を見出し、おもむろに駆け出した翔。だが、彼の希望は一瞬にして消え去ることとなった。


「何だよ......これ......」 


 彼を出迎えたのは結界の壁面では無く、それを何重にも補強するように複雑に張り巡らされた枝の(いばら)だった。翔が辿り着くよりも早く、カバタによって結界は生まれ変わっていたのだ。


 カバタは先の戦いで乱入した翔の突破力をよく理解していた。そしてその能力を結界にぶつけられたら、下手を打てば教育の終わっていない血族共々逃亡されてしまうことも理解していた。


 そうなれば、血族は己の計画を余すことなく外部に伝え、二度とこの地に訪れることは無くなる。あるいは、自分の目の届かない所で秘密裏に処分されてしまうかもしれない。


 彼が唯一避けなければいけない結末はその一つのみ。ならば対策は簡単だ。何者の突破も許さぬほど、結界の強度を上げてしまえばいいのだ。


 飛行能力を奪うために天井を下げ、余裕の出来た魔力を天井部分の補強に使用する。壁面は自身の根源魔法、邪儡の血樹(クリファケリル)と結界という二重壁にすることで突破を阻止する。まさに全てを阻む、真の意味での結界だった。


 これにデメリットがあるとすれば、今まで行ってきた血液補充用の獣の誘い込みや、外部への眷属の投入が不可能になるという点があるが、元々この大規模な結界を生み出した理由も、たった一人をおびき出すための釣り餌だ。


 その本人が内に入り込んだのなら、わざわざ侵入手段を残しておく理由が無い。この場は狩場と化したのだ。翔とニナ。たった二人を追い詰めるためだけの出口の無い狩場に。


(くそっ!くそぉっ!どうする?どうすればいい.....この枝のことはほとんど分かんねぇけど、少なくとも、血脈の野郎が生み出したモノだってことは分かってる。

 こんなに分厚くなった壁相手じゃ、今の俺の曼殊沙華(まんじゅしゃげ)の展開範囲じゃ外まで繋げない......)


 カバタの行った邪儡の血樹(クリファケリル)による結界の補強は、あくまでも鳳仙花(ホウセンカ)の突破力を警戒したものだった。


 けれどそれによって生まれた、枝の(いばら)と血液の壁という二重構造は、翔のもう一つの奥義、擬井制圧(ぎせいせいあつ) 曼殊沙華(まんじゅしゃげ)による結界の突破も防ぐ結果になってしまっていた。


 翔の奥義はどちらも大量の魔力を消費する。枝と血液の壁を突破するほどの魔力を消費すれば、仮に結界を突破できたとしても、その後の追撃に現れるだろうカバタに対抗する魔力が残らない。


「ダメだ......不可能だって分かってることに魔力を消費するわけにはいかない......ならもういっそ、天井に向けて鳳仙花(ホウセンカ)を......」


 確実な魔力切れの可能性を選ぶくらいなら、突破の可能性がある天井に向けて魔法を放つ。そんな自爆寸前の作戦に心が揺れているときであった。


「かけ、る......」


「ニナ!?気が付いたのか!」


 背負っていたニナが目を覚ましたのだ。


 相当に消耗したのだろう。その顔色は青すら通り越して白い。けれども彼女が目を覚ましたのなら、この状況に抗える選択肢はぐっと増える。


 翔がすぐさまニナに現状を伝える。


「_それで結界の壁まで逃げてきたんだけど、結局この血液の壁と枝の壁の二つを突破するには曼殊沙華(まんじゅしゃげ)じゃ魔力が足りないんだ。だから無理を承知で少しだけ力を_」


「分かったよ」


「えっ?」


「......今のボクでも、それくらいの魔力と血は残ってる。ボクが継続して血を流し続ければ、いくら魔王の根源魔法で生み出した壁だとしても、耐えきれない(はず)だ」


「い、いや、それだとニナだけが無理をする形になっちまうだろ?

 俺も最後の方は曼殊沙華でカバーをした方がいいだろ?」


 明らかに衰弱している人間に鞭を打つ事など出来ない。そのため、翔は自身がカバーすることで魔力の消費を折半しようと提案するが、ニナは首を振り、驚くべき発言をした。


「ううん。ボクは脱出しない」


「はぁ!?何言ってんだよ!

 今のお前は倒れる寸前みたいな顔色なんだぞ!?そんな状態で無茶なんかしたら_」


「うん」


 頷くニナの顔を見て翔は凍り付いた。彼女の顔にははっきりと死ぬ覚悟が表れていたから。そして何よりもそれを望んでいるような態度だったから。


「......翔、君はボクが自分が死ぬべきだったって言おうとした時に、必死に止めてくれたよね」


「......あぁ。けど、おい......なんでその話を今......!」


「嬉しかった。けど、やっぱりボクは世界のために死ぬべきみたいなんだ......」


 何でもない事のように自身の死を語る少女。その表情は初対面の時のような誰もが好感を抱くような笑顔で、だからこそ翔には自分達の関係があの頃まで巻き戻ってしまったように感じた。

次回更新は7/30の予定です。

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