強き絆は血か縁か その七
「はぁっ!」
始まった血の魔法を魔法を修めし二者の戦い。ダン、ダァンと両手持ちの利点を生かし、ニナはカバタへ向けて銃を連射する。
「知っているぞ。貴様のような血族は、侵食する先が無くなってしまえば、吾輩まで魔法を届ける術が無くなることを」
仮初の肉体しか持たない魔法生物である悪魔に対しては、ニナの攻撃は一発一発が必殺の一撃だ。しかし攻撃を前にしても、カバタは枝を冷静に伸ばし、近くの手ごろなサイズの石や農具を射線上に盾として配置する。
「くっ!」
ニナの射撃は石を欠けさせ、農具を破壊することには成功した。けれども成果としてはそれだけだ。カバタには何の痛痒も与えられていない。
「この威力、銃自体も魔道具か。なるほど、吾輩を討伐するために知恵と財をそれなりに捻出したのだろうな。だが、貴様が吾輩を知っているように、吾輩も貴様等血族をよく理解しているのだよ。
例えば魔力を伴わない攻撃に対しては、ニンゲン程度に脆いことなどなぁ?」
「がっ!?っ、このっ!」
ニナの頭部に直撃したのは、先ほどの攻撃で砕けた農具の持ち手だったのだろう木片。痛みこそあれど、意識を失うほどの威力は無い。
彼女は反射的に片手の短銃を魔道具、鳥喰銀蛇に持ち替え、伸ばした剣先でもう一方の石の破片を飛ばされる前に、持ち手たる枝を切り払っていた。
彼女の血液に触れたことによって枝に広がり始める停止の魔法。けれどそれを目にしたカバタは、すぐさま自らの手で枝を手折ってしまう。
「なるほど。その剣も魔道具か。血族の特性をよく考えた逸品だな。
銃に剣、それに収納用の魔道具。あぁ、駒共にばらまいた範囲攻撃もあったな。くくっ、貴様を下した時の報酬には随分と色が付きそうだ」
「届かない......!」
そう、ニナの血の浸食はあくまでも術者の身体そのものに当ててこそ、最大限の効力が発揮されるのだ。こうも四方八方から枝を伸ばされてしまえば、カバタ本体に血液をぶつけることなど不可能に近い。
自ら生み出した血族ゆえの事前知識。そして血の魔王ゆえの同系統魔法対決への習熟。これらが合わさり、ニナには実際の盤面以上にカバタのプレッシャーが重くのしかかっていた。
それでも普段の彼女であれば冷静に戦況を分析し、一度撤退を視野に入れることも考え行動できていただろう。
(まだ、あっちまで枝は届かない筈......けどいつまでかは分からない。だから早く倒さなきゃ......せめて、他の場所に目を向けられないほどの致命傷を与えなきゃ......)
しかし、今の彼女を支配していたのは焦り。それは、先ほど伸ばされた枝の先。今も多くの眷属達との終わらない戦いを続けているだろう翔を思っての行動だった。
今ここでニナが退いてしまえば、カバタの余った魔力の矛先は間違いなく翔へと向く。もしかすればカバタ本人が翔へと急襲をかけるかもしれない。それによって彼が命を落としてしまったら。
たった一つの考え方の違いで離れ離れとなってしまった彼に、二度とごめんねと言えなくなってしまったらと思うと、ニナは間違っても撤退を選ぶことは出来なかった。
翔のことを抜きにしても、撤退できない理由はある。それは、カバタの戦闘法だ。
彼の戦闘スタイルは、相手の情報を使い魔や自身の根源魔法から仕入れた上で、回復を得意とする血の悪魔の特性を活かし、相手とのリソース勝負でじわじわと有利を作り上げる防御重視のスタイルだ。
つまり、今こうして戦っている間にもカバタはニナのあらゆる情報を吸い上げ、最も戦いやすい戦場に環境を作り替えているのである。
今でこそ魔法で生み出された枝そのものは剥き出しのおかげでニナの攻撃が通っているが、次に見える時には使い魔を用いて、枝部分にも魔力に由来しない装甲を取り付けられてしまうかもしれない。
あるいはこの廃村そのものを強固な砦へと作り替えられ、カバタ自身には永遠に高みの見物を決められてしまうかもしれない。そう考えてしまうと、やはりニナには撤退という二文字を選び取ることは出来なかったのだ。
「吾輩自ら戦場に立つなど数百年ぶりになろうが、こうしてみると戦場というのも悪くない。
自身を強者と勘違いした者の苦痛、悲鳴、そして絶望の心地よい音色を聴けるのは特等席であるここだけだ。家畜共を潰した時の音色とはまさに段違いよ。なぁ、弱者よ?」
「黙れっ!」
弾ける撃鉄、流れるような銀閃が、カバタの言葉を訂正させようと彼に迫る。
「吾輩以外の血の魔王であれば、千が一、万が一その魔法を術者へと届ける術もあったであろう。そもそもあれらにとっての人魔大戦など、魔界の子競り合いの延長線に過ぎぬからな。
だが、吾輩だけは児戯では納めぬ。吾輩だけは正しく価値を理解している。現世こそ多量の潜在資源が眠る、夢の世界だということをな!」
ニナの攻撃はカバタの枝を捕らえ、またも停止の魔法を発動させる。そして、カバタがそうはさせまいと枝を侵食されていない部分から一気に手折る。ここまでは、先ほどと同じだった。
「っ!?」
違うのは手折った枝の切断面。今度は先ほどとは異なり、その部分から一気に血液がニナへと向けて噴出したのだ。
通常の木の枝を考えても、折れた枝先からここまで勢いよく水が噴出することはあり得ない。そして、一度目の枝の動きを見ていたことが、ニナの反応を遅れさせた。彼女に少なくない血液が、降りかかる。
(しまった!血の魔王の血液、奴の魔法の動力源をまともに浴びてしまった!今の行動が、ただの目潰しや魔法の制御ミスなんて筈がない!早くボクの血液で停止させな......なんで!?)
急いで自身の血液を用いて、魔法を相殺させようとするニナ。しかし、彼女の動きは最後まで続かなかった。まるで金縛りにあったかのように、意志に反して身体が動かなくなってしまったからだった。
「あっ......あっ......」
口から洩れであるのも微かなうめき声のみ。手に持っていた魔道具などとっくの昔に地面へと落下していた。
(そんな......そんなっ!血の悪魔は、確かに他者を自由に操る傀儡の魔法を得意としている術者が多い。けど、いくら何でも少量の血液がかかっただけで、問答無用で相手を操るなんて無茶苦茶だ!)
一般的に他者を操る魔法の多くは、契約魔法に分類される。そして契約魔法とは強力なモノであればあるほど、その条件も厳しい制約が付けられる。他者の行動を完全に縛る魔法に至っては、十数個の条件を突破してやっとといった所だろう。
例外として膨大な魔力を消費して条件の一部をすっ飛ばすという方法もあるにあるが、目の前のカバタにそのような方法を使用した様子は無い。
だとすればなぜか。それこそがカバタが今回の人魔大戦に顕現した理由。そして長年の人魔大戦の参戦を固辞した理由だった。
「動けぬだろう?」
「あ......かっ......」
嘲笑うようにこちらへと歩み寄るカバタ。ニナに出来るのは多少動くことを許された目線で、目の前の魔王をにらみつけるのみだった。
「なぜだという顔をしているな。ならば助言を与えてやろう。貴様の身体には変化が起こっておらぬか?例えば先ほど木片をぶつけた頭部などに」
その言葉につられるように、先ほど木片をぶつけられ鈍痛を訴えていた頭部に神経を集中させる。すると痛みが、そして薄っすらとした腫れが引いていた。
(傷が、治ってる......)
「そうだ。吾輩が治療をしてやったのだよ。感謝するといい」
(まさか、怪我を治されたことが原因だって言いたいのか......?いや、それでも_)
「そうだ。それだけで自由を侵害される謂れは無いだろう?」
そう、いくら相手に怪我の治療をされたと言ったって、ほんの小さな傷、無視できるレベルの傷を治療したに過ぎない。見返りの治療費が行動の制限では、いくら何でも暴利が過ぎる。契約としてつり合っていない。
「一つ昔話をしてやろう。当時の吾輩は、貴様等血族にはある程度自由行動を許していた。悪魔になった際に自主性の足りぬ兵隊など使い魔以下だからな。
しかし、それゆえに一部の気狂い共に反乱を許し、計画は崩れ去ることになった。だが、同時に一つの新たな計画に思い至った。
ニンゲン共の敵として設計したから失敗したのだ。ならばこの機会に、血族共をニンゲンの隣人としてしまえばいいと、手を取り合える仲間にしてしまえばいいと考えたのだよ!」
人間を喰らい、人間を支配するという敵対姿勢だからこそ、血族の量産計画は失敗したのだ。結局、血族が増えなければ、魔界における自身の兵力増強にはつながらない。そこでカバタは計画を変更した。
「三公共は良くやってくれた。奴らの長年の敗北のおかげで、貴様等は血の魔王に対する絶対的な戦力としてニンゲン共に認められたのだからな」
血の魔王を討伐することに特化した魔法使い。誰とも知れずに生まれたその謳い文句は、長年の歴史と実績によって、血族達の立場を強固なものにした。
血族達が人類にとって必要不可欠な存在であるように。人類がもっともっと血族達に依存するように。
「だが有り余った力故か、血族共はその後の人魔大戦で上位国家の魔王共に単身で乗り込むことが多くてな。
せっかく数を増やしたとしても、それ以上の数を減らしてしまっては意味が無いというのに」
けれども、大きすぎる力は強すぎる望みを血族達に集中させることに繋がった。悪魔殺し達で手の届かない悪魔の足止め、悪魔が生み出した大量の眷属の討伐。いずれも、眷属以上悪魔殺し以下の中途半端な能力である血族には厳しい任務であり、その度に血族は数を増やすどころか減らしていた。
「それでも吾輩は待つことを決めていた。この際強い血族が消えていくのは仕方がない。むしろ自分を血族とも気付かぬ者共が増えていけば好都合だとさえ思っていた。
潮目が変わったのは、貴様等血族の討伐論が上がった時だ」
カバタにとって、この時点で血族の強さなど二の次だった。重要なのは血が多くのニンゲンに広まること。血族という目に見えない恐るべき爆弾が現世中に広がることこそが何よりも重要だった。
しかし、それも失敗に終わる。それまで悪魔にのみ向けていた血族の刃、それが人類に向けられたからだ。この時、血族と人類の間に築き上げられていた信頼は、血族が悪魔の遣いであった時代まで一瞬で巻き戻った。
「吾輩の計画が見透かされたのかと思っていたが、まさかくだらないニンゲンの内輪もめに巻き込まれただけとはな......
あの時ほどニンゲンの愚かさを呪ったことは無かった」
狩りだされる血族。その数は日に日に降下を続け、ついにはたった一人になるまで減らされてしまった。
もしこの時にニナすら命を落としていれば、カバタは怒りのあまり、魔界内の国外集落の一つや二つ、滅ぼしていたかもしれない。
(その話がいったい何だって言うんだ!)
長話を聞かされるだけだったニナは、動きの鈍い瞼細めて必死にカバタをにらみつける。
彼女からしてみれば、聞きたくも無かった一族の滅びの歴史を、もう一度懇切丁寧に聞かされただけだ。結局、自分が拘束されている理由については分からず仕舞い。これでは怒りが沸くだけである。
「まだ気付かぬか?あぁ、貴様の様子からして、吾輩の根源魔法については失伝しているようであったからな。気付かぬのも無理は無いか」
「うっ......あっ......」
「吾輩の根源魔法、邪儡の血樹は統合、提供、搾取と大きく分けて三つの能力を持っていてな。
吾輩の支配下にある者を統合し、魔力を提供することで、搾取される側へ強制的に落とすのだ。
木の葉や果実如きが大樹である吾輩に逆らうなど、不可能であろう?」
(それが何だって言うんだ!ボクはお前の使い魔じゃないし、ましてや統合なんて......)
その時、ニナの時間が完全に止まった。先ほどのカバタの発言、そして今しがた聞かされた彼の根源魔法。支配下にある者の統合とは何を指す。
それは多かれ少なかれ彼の魔力が混じった自身の魔力、いわば生存に不可欠な流れる血液無しでは生きられない生命を指すのではないか。
「あっ......ああっ......!」
「気付いたか現世最後の血族よ。貴様等血族は初めから吾輩に統合されている、生まれながらにして吾輩の駒なのだよ!
その役割が現世に感付かれる前に、頭数を増やしてやろうと画策していたが、このままでは血族そのものが死に絶えてしまうのでな。
種を残すだけなら雄の方が都合が良かったのだが仕方がない。このまま全ての自由を奪い、現世に血を広めてもらうとしよう」
絶望するニナの表情をねっとりと眺め、甘露とばかりに堪能するカバタ。
彼女が祝福と信じて振るっていた血の魔法は、この時ばかりは彼女の光を一点すら残さず飲み込む、暗い暗い闇のような呪いそのものだった。
次回更新は7/19の予定です。




