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強き絆は血か縁か その五

「死ねえぇぇぇ!!!」


 あらゆる感情を削ぎ落した、純度100パーセントの殺意が翔を襲う。


「おわっ!?ぐうっ、このっ!何でだっ!何で血の魔王なんかの言うことを効くんだ!」


 向けられた殺意は本物。けれども、繰り出される技は稚拙(ちせつ)の一言。これまで様々な相手との立ち合いをしてきた翔からしてみれば、目の前の男は力任せに刃物を振るっているだけのずぶの素人にしか見えない。


 はっきり言ってしまえば、戦いに意識のリソースを割かなくても良い相手。だからこそ翔はもう一度目の前の男の凶行を言葉で止めよう試みたのだ。


「見りゃ分かんだろうーが!!!俺達はとっくの昔に()()()()()()()!!!

 その上であの野郎は、この作戦が失敗したら残りの奴らにも手をかけるって言ったんだ!もうどうしようもねーんだよ!!!」


 翔の説得に対して、男から出たのは慟哭(どうこく)。カバタへの忠誠は欠片も無い。翔への個人的な恨みも無い。けれどもどうあっても殺さなければいけない。そんな揺るぎようの無い殺害宣言だった。


「翔!」


 ここでニナが割って入った。ラウラとの戦いで使用していたハンマーを両手で構え、(つち)側を男に対して叩きつける。


「ごはあっ!」


 少女と言っても、彼女もれっきとした悪魔殺し。振り抜かれたハンマーは男の身体の中心を打ち抜き、その衝撃によって(はる)か後方に吹き飛ばした。


「助かっ、っ!、ニナッ!いくら何でもやりすぎだ!」


 翔からしてみれば男はどう見ても一般人。何らかの望まぬ形で血の魔王の命令に従わされているだけの一般人だ。


 そんな相手をいくら自分を守るためだからといって、ハンマーで殴り飛ばすのはやりすぎだ。翔は非難の声を上げた。


「翔こそ相手をしっかり見るんだ!あの人は......あの人はもう人間じゃない!」


「はぁ!?なっ、何の話しを_」


「ごっ、がはっ......嬢ちゃん、あんたには手を出すなって言われてんだ。頼む。頼むから、手を出さないでくれ......」


「......ごめんなさい。今貴方を止めないと、もっとたくさんの人が不幸になる。だからボクは貴方のために、貴方を止めさせていただきます!」


「ニ、ニナ......?っ!?」


 あくまでも自分を貫き通すニナに困惑を隠せない翔。けれどもそんな翔の感情も、よろよろと立ち上がる男の腹部、その部分を見た瞬間に消し飛んだ。


「だから言っただろう、俺はもう終わってるって......」


 ニナに吹き飛ばされた衝撃で(めく)れた上着。それによって(あら)わになった男の腹部は、まるで(えぐ)り取られたかのような大穴が存在していたのだ。


 明らかな致命傷。だというのに一切の痛痒(つうよう)を感じていない様子の男。それによって翔も気が付いてしまった。目の前の男が人間ではないナニカなのだということに。


「血の悪魔達の最も得意とする分野は、回復と傀儡。血脈のカバタの顕現(けんげん)場所が村だったことで覚悟はしていたけど、やっぱりだった......

 カバタは殺した人間に血液を送り込み、眷属(けんぞく)に生まれ変わらせたんだ。(じょう)(くさり)でボク等を縛り付けるためにっ!」


「なっ!?そんな......」


 ニナの言葉を翔は今すぐに否定したかった。けれど否定しようにも、この場の状況全てが彼女の言葉を裏付ける証拠となっている。


 未だショックから立ち直れぬ翔の耳に、ジャキンと鈍い音が響く。見ると、ニナが先ほどのハンマーよりもよっぽど殺傷能力が高い武器である、散弾銃を取り出していた。


「お、おい!ニナ!」


「分かってる!けどボク等は血の魔王を討伐しなければいけないんだ。

 そして彼は眷属(けんぞく)......分かるよね」


「っ!......ちくしょう!ちっくしょう!!!」


 目の前の彼はカバタによって記憶と思考を取り戻した動死体。そしてカバタによって作られた眷属(けんぞく)である。


 使い魔と違い、主と深く繋がった存在である眷属(けんぞく)は、主が討伐された時点で自身も消滅することになる。つまりこの場合はただの死体に戻ってしまう。


 翔とニナの目標は血の魔王、血脈のカバタの討伐だ。つまりどれだけ策を講じようとも目の前の男は、そして他にも存在するであろう眷属(けんぞく)に変えられた人々は救えないのだ。


 その事実に気付いてしまった。()()()()()()()()、たった今事実を認識してしまった翔の身体が完全に硬直してしまった。


 けれど翔の様子も当たり前だ。彼とニナはこの場に悪魔を討伐しに来たのだ。断じて血の魔王に弄ばれる命に終止符を打ちに来たわけではない。


 彼には悪魔を討伐する覚悟はあった。命をかける覚悟もあった。しかし、人殺しという禁忌への覚悟は微塵(みじん)も用意できていなかったのだ。


「......分かった。翔、ボクがやる。彼のために。そしてボク自身のために。

 だから君はどうか目を()らしていてほしい」


 対して傍らの少女はただ淡々と行動を開始する。


 翔と違い、彼女は世界の醜さをよく理解していた。最悪という言葉には底が存在しないことを理解していた。


 実体験に裏打ちされた想定のおかげで、彼女はこの事態の中でも、最善の行動を取れたのだ。


「あっ.....ニナ......クソォ!!!」


 突然目の前に現れた人の業によって身動きできなくなった自分をよそに、相棒は行動を移そうとしている。


 言わせてしまった。殺人という禁忌中の禁忌を犯す覚悟の一言を。


 拒絶してしまった。一蓮托生(いちれんたくしょう)と言った、守ると約束した少女の言葉を。


 背負われてしまった。二人で背負わなければいけない深い深い(ごう)を。翔の胸は後悔でいっぱいだった。


 初めて結界内の様子を聞かされた時、翔は覚悟をしていた。多くの死体を目にすることになるだろうと。同時にニナも覚悟していた。人類に対してどこまでも残酷になれる悪魔と言う存在が、血を抜き取って殺す程度では終わらないと。


 二人の間には最初から、小さな、それでいて決定的な認識の齟齬(そご)が生まれていたのだ。


 この差は動物の死体を利用した使い魔、終わりを知らぬ者達(デッドグリム)を目にした時も、人間の死体を利用したのだろうと予測されるミイラ型の使い魔、終わりへ渡れぬ者達(デッドアロン)を目にした時も、変化することは無かった。


 一方は、搾取(さくしゅ)しきった死体すら利用する外道と。一方は、こんな低級の使い魔だけで、こんな大掛かりな結界を管理している(はず)が無いと。


 翔は悪魔という存在の実態をある程度知っていた。カタナシやウィローのような外道もいる。けれどハプスベルタやダンタリアのような人類に歩み寄りを見せる悪魔も存在すると。


 此度(こたび)は、その中途半端な知識が災いしてしまった。相手は外道であるが、ここまでしかするまい、これ以上のことはするまいと、無意識の内に自身の認識にストッパーをかけてしまっていたのだ。


 そしてニナは悪魔の実体をほとんど知らなかった。彼女にとって悪魔とは、自身や家族に解けることの無い血の呪いを(ほどこ)し、前大戦で師匠であるラウラを絶望の(ふち)に叩き落した諸悪の根源。相手の行いに上限など存在しないと最初から割り切っていた。


 この差が、実態を目にした際の差として現実化してしまったのだ。


「ひっ!じゅ、銃!?や、やめろ!やめてくれ!俺は死にたくない!死にたくないんだ!」


 先ほどの翔への殺意はどこへやら。生前の知識を有しているがゆえに、銃という圧倒的な殺傷兵器を向けられた男は、及び腰で命乞いを開始する。


 もちろん覚悟を決めていたニナがその程度の行いで銃身をぶれさせることも、標的から狙いを()らすことも無い。けれどその行いは、覚悟を決めていなかったもう一人には見事に突き刺さった。


「ダメだっ!ニナ!」


 咄嗟(とっさ)に銃身に飛びついた翔。それによって、発射を待ちわびていた銃身は的から外れた。


 ダアァンと重々しい発射音と共に飛び出した弾丸は、男のわずか前方、ちょうど股下部分の地面にめりこむことになる。


「ヒイィィ!?」


 すっかり腰を抜かす男。そんな男には目もくれず、射手であるニナが非難の目を向けるのは翔。己が覚悟を台無しにした相棒に対してだった。


「翔!どうして分かってくれないんだ!?あの眷属を生かしていたら、どうなるか分からないんだよ!」


 まさしく激高。溜めこんでいたダムが決壊するかのように、我慢を重ねていたニナの感情が爆発する。


 当たり前だ。そもそも人殺しという禁忌の業を、20にも満たない少女が背負えるはずが無かったのだ。彼女はずっとずっと我慢していた。自分の感情を押し殺して実行しようとしていた行いだった。それを信頼している相棒に邪魔された。


「分かってる!っでも!それでも......!人殺しだけは、ダメだ。......ダメなんだ......」


 対する翔の反論はもはや理屈等どこにもない、ただの否定の繰り返しだった。


「っ!ボクがっ......!どんな思いでっ......!」


 カバタも多少の妨害が関の山だと考えていた一手。けれどそのたったの一手によって、二人の信頼はぐらつき、今にも崩れ去りそうな(もろ)いものへと変わってしまった。


 そして彼はこの作戦を立てた際にこう言っていたはずだ。終わりに連なる者達(デッドネクト)の一つのチームを結界外に。もう一つを悪魔殺しとの戦闘にと。


 彼が結界内に残したのは、この場で腰を抜かす男だけではない。発砲音という大音は、終わりに連なる者達(デッドネクト)を呼び寄せる角笛となってしまった。


「見つけたぞ、あいつらの内の男が標的だ!」


「おぉーい!こっちだ!標的がこっちにいたぞおぉぉ!!!」


 意見の食い違い、葛藤(かっとう)に苦しむ二人を状況は待ってはくれない。聞こえてくるのは多数の声。その声の主が味方であると考えるのは、いくら何でも甘すぎる。


 もはや時間が無い。翔は一つの決断を下した。


「ニナッ!ここは俺が抑える!行け!行って、血の魔王を討伐してくれ!」


「翔!?」


「どうせ俺じゃ血の魔王は討伐できない!それに一緒にいたら、ニナの足を引っ張るだけになっちまう!だから頼む、行ってくれ!」


 血の魔王との戦いをニナ一人に任せてしまう負担と、この後に同種の眷属が現れた際にニナの足を引っ張ってしまわないかという不安。その二つを天秤にかけ、自分の命を付け狙う眷属達をこの場に押しとどめることで、ニナの負担を軽くしようと考えたのだった。


 人を殺すことへの忌避感、それを捨てられないゆえの逃避の選択。苦渋の決断だった。


「っ!っー!!!!......分かった。翔、絶対死んじゃダメだからね!」


 翔の考えが伝わったのだろう。ニナはそれ以上の罵倒も非難もせず、ただ翔の無事を願って駆け出した。


 いっそ最大限の罵倒を貰った方が、心情的にはいくばくか楽になったかもしれない。翔の胸にずきりと罪悪感という幻の杭が突き刺さる。


「よしっ!あの子供さえ、あの子供さえ殺せれば......」


「すまねぇ......すまねぇ......俺達は君を殺すしか......」


 けれど、翔に後悔する時間などない。目の前には武器を掲げた多数の男達。その全員が彼の命を狙って、目から殺意を(ほとばし)らせていたのだから。


「ニナ......ゴメンな......せめて、せめて、この場だけは絶対に抑えてみせる!」


 この時翔とニナは初めて、結界内で孤独を()いられた。

次回更新は7/11の予定です。

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