強き絆は血か縁か その四
「ガルゥッ!ッ!?ギャイン!」
「クソっ!次から次へと!」
「翔!支援は!?」
「大丈夫だ!」
「「ゴアァァァ!!!」」
「分かった!でも少しでも負担を感じたら言ってね!」
「サンキュー!って!危ねぇんだよ!」
「ギャン!」
使い魔達との一度目の邂逅は上手く退けた翔達。けれど、結界内に侵入した時の静けさが嘘であるかのように、撒けども撒けども新たな使い魔の集団とぶつかり、じわじわと魔力を消耗させられていた。
「ニナ!後ろの状況は!?」
「改善してる!あっ、ゴメン!さっきの言葉は嘘!また新しいのが合流した!」
その言葉と共に、ガキンガキンと撃鉄を弾く音が、後方から絶え間なく聞こえてくる。
「だぁー!キリがねぇ!
それにこいつら、村から少しでも逸れようとしたら、津波のように押し寄せて来やがる!わざとらしすぎんだろ!」
「......苦しいね。ここまで用意周到だと、ボク等が飛び込む先に設置された罠も相当危ないモノのはず......」
戦闘は優勢。けれども絶え間なく現れる増援によって戦況は膠着。唯一の救いは、迂回することなく目的地に迎えていることだが、それすらニナが以前言っていたように、血の魔王によってわざと誘導されている可能性が濃厚となってきていた。
これまで血脈のカバタが起こしてきた数々の行動によって、相手は計算高いがそれ以上に傲慢。されどそれが許される程の実力を有していることが予測された。
いくら二人が事前に仕掛けられた罠をも破り、勢いのままにカバタを討伐しようと考えていたとしても、ここまで露骨な挑発をされては、生まれるのは怒りではなく逆にこのまま魔王の下に踏み込んでいいのかという不安だ。
そしてその不安を払拭する余裕が自分達に残されていないことは、二人が一番よく理解していた。
「翔、不味い!後ろの一部が左右に分かれた!このままじゃ前後からだけじゃなくて、左右からも挟まれる!」
「嘘だろ!?」
悪いことは重なるものだ。たった今ニナからもたらされた情報は最悪に近い情報だった。
今までは翔が前方の敵を勢いのままに薙ぎ払い。ニナが後方の敵を足止めすることで戦況を膠着出来ていた。いわば一つの面を一人が受け持つことで生まれていた微かな余裕だったのだ。
ニナの情報が確かであれば、その余裕は崩れ去る。どれだけ二人が強かろうと、二人の戦闘スタイルは武器を用いた単体から少数を相手取るのがやっとな戦闘方法。
つまり多方面からの攻撃と絶望的に相性が悪いのだ。どれだけの達人であろうと、人間の目は後ろには付いていないし、人間の腕は二本しか存在しないのだ。
もちろん翔には翼やラウラとの戦いで生み出した防御の魔法が。ニナには大量の粉塵をばら撒く爆破型の魔道具がそれぞれある。
けれども前者はバカにならない魔力を消耗するし、後者は原料の関係上、そもそもの個数が限られている消耗品。血の魔王の姿すら確認できていない状況で切っていいカードではない。
「ニナッ!飛ぶか!?」
翔が一瞬だけ後方のニナに振り返り、彼女の反応を窺う。
「ダメっ!今じゃない!」
そんな状況でニナから返ってきた反応は明確な否定であった。しかし、翔もある程度は予期していたようでそれ以上の反論は返さない。
翼を用いて空を飛ぶ方法は、突入作戦が実行される前から綿密に使用場所が話し合われていた。何せ空を飛ぶことが出来れば、多くの敵、そして多くの地形を無視することが出来る。翔からすれば、突入後一気に使用するのが一番いいと考えていたほどだった。
けれども、その意見は真っ向からラウラに否定されることになる。
(「ホンットに、戦闘以外じゃ回らない頭ね!考えてみなさい。その行動一つで、血の魔王は貴方達に飛行能力があることに気が付くのよ。そしてあの結界は形状変化が可能な結界。天井を下げられるだけで、貴方の魔法が一つ使用不可にされるのよ?」)
そう。この場は血の魔王の結界内。外であれど、その自由度は下手な屋内よりよっぽど少ない。翔に飛行能力があるとカバタが気付けば、彼は問答無用で天井を下げ、翔の飛行を封じるだろう。
裏を返せば、翔は一度限りは翼を用いることが出来る。だからこそ、その重要な一度はここぞという場面まで温存しなければ、泣くことになる。
(「その空っぽな頭に叩き込んでおきなさい!私達魔法使いの戦いは、知ること、そして知られることによって戦況が大きく傾くの。ディーから授けられた奥義という言葉の意味、よく考えておきなさい!」)
怒り交じりに正論で翔の意見を握りつぶした、小さな大戦勝者の言葉を思い出す。
(ニナの言葉が正しい。未だに血の魔王の姿すら見えてないってのに翼と、そして使い慣れた奥義の一つ、擬翼一擲 鳳仙花を潰されるリスクを負うわけにはいかない!)
包囲という目に見える形で迫る脅威によって、翔は無意識の内に一番楽で安全な方法に逃げようとしていた。踏みとどまれたのはニナの言葉のおかげだ。翔はあらためてこの場にいるのが自分一人だけじゃないことに感謝した。
されど脅威が迫っていることには変わらない。そのため翔の意見を否定したニナは、代案を彼に提示した。
「翔!もう一度煙幕を使うよ!」
「けど、いいのか!?」
ニナの粉末化させた血液を広範囲に散布する爆破型魔道具。その魔道具は一度見せてしまっている武器な上、この状況を打開するには申し分ない代物だ。
しかし、彼女の血液は一定以上に活性化しているあらゆる魔力を停止させてしまうという欠点がある。煙幕が散布された後は、翔も前衛として敵をなぎ倒すことが出来なくなる。それを含めた質問だったのだ。
「大丈夫!その間はボクが前に立つ!翔は息と出来るだけ目も閉じて付いてきて!」
「分かった!......ごめんな」
翔の仕事はニナの護衛であると同時に、彼女を出来るだけ万全の状態でカバタの前に送り届けることだ。その点だけを見れば、自分以上に彼女を消耗させてしまっている。そんな意味が含まれた謝罪であった。
「謝って欲しくなんかない!ボクの力の使い所の方が先に来ただけだ!三つ数えて息を止めて!」
「悪ぃ!分かった!」
己の余計な気遣いをニナに窘められ、翔は反省した。
ニナの言う通りだ。この場面で有効なのは彼女の力の方だっただけ。次の瞬間に求められるのは自分の力かもしれないし、その上で何度も連続して消耗するのも自分の方かもしれないのだ。その場で彼女に謝罪をされて自分は嬉しいのか。そんなわけがない。
自分達は一蓮托生。お互いを信じ切ることこそが一番重要なカギになる。そのような場で謝罪など、無粋が過ぎる行動だった。
「今!」
ニナの声と共に、二人はお互いの手を固く握りしめる。ボフゥゥン!という破裂音と続いて感じる強い風圧の後に、視界が赤一色で染め上げられた。
視界が晴れるまでは自分に出来ることは無く、信じられるのは道を示す結ばれた相棒の手の平の温もりのみ。その手の熱を間違っても絶やすわけにはいかない。己の無力を嘆く少女を一人にするわけにはいかないのだ。
そうして走ること数十秒。徐々に視界から赤が消えていき、目指した村が目と鼻の先にあるのが分かってくる。そしていつの間にか、獣達のうなり声は彼方へと消えていた。
「追ってこない......?どうして?
ううん。考えたって分かるわけがない。翔もうすぐ村に_」
翔を心配して振り返るニナ。その行動によって彼女は気が付くのが遅れた。木々の隙間から自分を狙った刃が迫ってきていることに。
「ニナッ!!!」
手を握り続けていたことが功を奏した。翔が強引にニナを自分側に引き寄せることにより、何とか彼女を凶刃から守り抜いたのだ。
「あっ!?ご、ごめん、ありがとう翔」
「お互い様だ。お前が......血の魔王か?」
二人の目の前に立つは今までのミイラのような獣達でもなく、人だったという表現が正しい二足歩行の化け物でもなく。どす黒い血こそ衣服にこびりついているが、れっきとした人間に見えた。
けれどただの人間がこんな狂った結界内生き残るのは難しい。ならば正体は一つしかないと思い発言した翔だったが、彼の言葉はまさしく目の前の人物によって否定されることになる。
「血の魔王だぁ......?一緒にすんじゃねぇ!!!俺達が......俺達がどんな思いで......」
明確な否定。続く頭を抱えたままの自問自答。確かに目の前の男が言うように、悪魔殺しと出会っただけでこれだけ取り乱す存在が魔王など名乗れるわけがない。
「じゃ、じゃあ、あなたは一体......?」
「というか、俺が刺しに行ったの女の方じゃねぇか......殺しでもしてたりしたら......危ねぇ......
いや、殺す、で、でも、結局男は殺さないと......そうしないと、俺も......村の皆も......」
翔の質問に答えるわけでもなく、ただ自問自答を続ける男。そんな状態に困惑する翔よりも先に、男の目には確かに殺意が宿っていることにニナは気が付いた。
「お、おい?」
「......まさか血脈は。翔!戦いの準備を!」
「頼む!俺達のために死んでくれぇぇぇ!!!」
一度は止まった殺意の刃。けれども殺意はより鋭く切っ先を細め、狂気は再び二人へと向けられた。
次回更新は7/7の予定です。




