強き絆は血か縁か その二
「見えた。あれが、血の魔王が顕現した村に違いないよ!」
「よし。第一関門突破だな!」
二度と健やかな成長は望めぬだろう木々を隠れ蓑とし、二人は隠密行動を継続したまま血の魔王の拠点と思われる村が見える場所まで到達することに成功していた。
計画の進捗は喜ばしい。しかし、胸に生まれるのは、何もプラスの感情のみでは無かった。
「翔......気付いてる?」
「あぁ。いくら何でも静かすぎる」
この場は敵のホーム。全てが相手にとって都合が良い空間と言える。
相手の数や配置はもちろん、土地勘だって全くないのだ。そんな場所で隠密行動を続けるにしても、早い段階で限界が来るだろうと二人は予想していた。
けれども、その予想は良い意味で外れることになる。彼らは一度の開戦を挟むこともなく、結界の中枢付近まで到達してしまったのだ。拍子抜けとも呼ぶべき結果だった。
「わからない。あの使い魔は生前の特性を、百パーセントは無いにしても、五十パーセントは確実に受け継いでいるはず。例え下限ギリギリの能力だとしても、人間なんかよりもずっと優秀な五感を持っているはずだよ。
まるで、ボク等が忍び込むことに成功しているんじゃなくて、わざと相手に招き入れられているみたいだ......」
知識と現状の齟齬。侵入したことが分かっているはずだというのに恐ろしいまでの沈黙。全てが敵の手の平の上で転がされている結果ではないかという不安が鎌首をもたげてくる。
「大丈夫だニナ。俺達は血の魔王を討伐しに来たんだぜ。相手から招き入れてくれるなんて願ったり叶ったりじゃねぇか。
相手の思惑に乗ってやろうぜ。その上で計画をぶち壊して言ってやるんだ。魔王を名乗る割には、おつむの出来が悪いみたいだなってな!」
「翔......。そうだね。悩んでいたって、ボク等は前に進むしか無いんだ。なら、上手く事が進んでいるのを素直に喜ぶべきだね」
生まれた不安を嘆くのではなく、進んだ進捗を素直に喜ぶ。マイナスの要素しかない極限の空間で、相棒と喜びを噛みしめることこそが、二人に出来る唯一のプラス要素だった。
だが、それも長くは続かない。鎌首をもたげていた不安と言う名の大蛇が、遂に二人に牙を剝いたのだから。
「ニナ......」
「分かるよ。囲まれてる......一体いつの間に......」
「「グルルルルッ!」」
「ガフッ、グルッ、ゴポガペァ!」
響くうなり声。見渡す限りの殺気。気付けば二人の周りには骨と皮ばかりの四足動物を利用して作られた使い魔、終わりを知らぬ者達、そしてそれを使役しているのだろう出来損ないのミイラのような化け物、終わりへ渡れぬ者達に包囲されていた。
二人の行動は早い段階で露見していたに違いない。血の魔王側の準備が整ったか。あるいは二人を容易に逃げ出すことの出来ない結界の中枢に踏み込ませるのが目的だったか。どちらにせよ、迎撃の意思が固まったことに間違いは無いようだ。
「翔!」
「あぁ!押し通る!」
もはや隠密行動など何の意味も無い。二人は弾かれたように、目星を付けていた村側へと走り出す。
「グルボアァァ!!!」
「「ゴアアァァァ!!!」」
当然、包囲していた化け物共が黙って見過ごすはずはない。終わりへ渡れぬ者達の叫び声に反応し、終わりを知らぬ者達が大挙して押し寄せる。
「うおぉぉ!」
「ギィィ!」
「ギャイン!」
最初にぶつかり合ったのは翔だ。両手にそれぞれ一本ずつの木刀を構え、ある時は迫る終わりを知らぬ者達の脳天を強かに打ち据え、ある時は突進の勢いを受け流して反対方向に投げ飛ばす。
そして、それらの行動を行いながらも決して足を止めることはしない。
止めた分だけ包囲は縮まっていき、獣の波に押しつぶされることになるのだから。自分の突破力によって新たな道を作り出していくことこそが重要なのだと、翔は理解していた。
「ギシッ!」
「ギギッ!」
突破に重きを置いたことで、ある意味攻撃はおざなりとなっている現状。いくら最低限のコストで作成された使い魔と言っても、木刀一振り程度で行動不能になるほど杜撰な造りはしていない。
終わりを知らぬ者達は立ち上がり、己を痛めつけた憎き相手を噛み殺さんとする。
「君達に恨みは無い。けれど君達の存在そのものが世界を汚染していくんだ。どうか安らかに」
ガン!ガァン!と鉄の弾かれた音が響く。音の発生源はニナだ。
翔に守られる形で追従する彼女は、生まれた行動の余裕を使って、体勢を崩した終わりを知らぬ者達に銃撃を決めていたのだ。
「「ギャン!」」
またも無様に地面を転がる終わりを知らぬ者達。通常の獣であれば、身体に銃弾が命中した時点で致命傷は免れないだろう。
けれども彼らの命は当の昔に別の存在へと作り替えられており、その冒涜を犯したのはこの世界の主である血の魔王。
傀儡を作り出す能力と並んで、回復能力に長けた悪魔達の王だ。搾りカスの使い魔にすら、ある程度能力は引き継がれている。
「「グルアァァァ!!!」」
使い魔達が声を上げると、ずるずると所々から吹き出していた忌み深き血の泉から、血液が終わりを知らぬ者達に流れ込んだ。
そしてそれがトリガーになったのか。ある者の凹んだ脳天は元通りに再生し、ある者の銃痕は綺麗に再生されていく。
機能停止していないことこそ条件にはあるが、血液さえあれば無尽蔵の再生能力を木っ端使い魔すら保有する脅威。これこそが血の魔王が決して高い順位の国家で無いにも関わらず、人類に深く恐れられる要因だった。
一度力を付けられてしまったら、文字通り手に負えなくなる。たった一つの一族を除いて。
「ボクは安らかにと言ったんだ。これ以上君達を偽りの生に縛り付けはしない!」
ピシリ。綺麗に再生されたはずの身体から。消えた銃痕の内側から。まるでガラス細工がひび割れるかのような音が、生物から決して発生することが無いであろう音が周囲に響き渡る。
「ギッ?ギガアッ!ガッ、ゴアァァァ!?」
ニナが銃弾に仕込んでいた自らの血液によって、デュモン家が繋いできた血の魔法。発動している魔力を強制的に停止させる契約魔法が火を噴いたのだ。
その効力は単純にして強力。発動している魔法があれば、血液を中心に肉体ごと術者の魔力を真っ赤な結晶体へと変化させていく。
ただの魔法使いであれば大きな痛手に違いは無いが、一時的に全ての魔法を止めれば浸食は止む。けれど、魔法生命体である使い魔は別だ。
彼らは魔力によって動作している。魔力によって生かされている。使い魔には自主的に魔力を止めるという選択肢は存在しないのだ。
「ギッ......ガッ......」
ニナの攻撃を貰った使い魔が完全な結晶化をしてしまった瞬間、場に変化が訪れた。
「ガガッ、ケルゥ!ゴグリィカァ!」
この場にいる血の魔王の使い魔は二種類。獣からさらに知恵を削ぎ落した雑兵である終わりを知らぬ者達。そしてそれらを使役する、最低限の知識を有した終わりへ渡れぬ者達だ。
終わりを知らぬ者達からしてみれば、仲間の損耗など日常茶飯事。少々の仲間が機能停止した程度では二人の追撃を止める理由にはならないし、そもそもそんな損得勘定を考える頭脳は残っていない。
しかし、終わりへ渡れぬ者達からしてみれば、先ほどの機能停止は異常に尽きた。
彼らの役割は部隊の指揮。その役割の中には、味方の無駄な損失を避けるということも当然含まれている。相手の攻撃の何が原因になったかわからない以上、終わりを知らぬ者達のさらなる損失を避けるため、二人から距離を取るよう命令したのだ。
二人に突撃したい終わりを知らぬ者達と、一度態勢を立て直したい終わりへ渡れぬ者達。二つの使い魔達の間で、認識の齟齬が生まれた。
さらに、命令が聞こえた終わりを知らぬ者達は素直に命令に従ったが、ここは戦場。全ての個体に命令を行き渡らせるのには無理がある。
生まれた齟齬は、包囲の穴となって表面化することとなる。
「ニナ!包囲の出口が見えた!」
「分かった!翔、魔法を止めて!それと出来れば息も止めて!」
眼前に見える包囲の抜け道。後ろから響くニナの声。彼女がやろうとしていることに目星がついた翔は素直に従い、息を止め、目を瞑り、走り抜けることだけを考えた。
「二カ月以上血を抜かなきゃいけない特別製だ!」
そう言ってニナが取り出したのは、彼女の頭よりもさらに大きな真紅の球体。その球体を、迷わず地面に叩きつけたのだ。
ブフォォンと大量の赤黒い粉末が球体を中心に四方八方にはじけ飛ぶ。粉末の正体はもちろんニナの血液を乾燥させたものだ。彼女は一転攻勢の気配を感じ取り、目くらましと追撃の妨害能力を秘めた、とっておきの煙幕を使用したのだ。
「ゴガカァァ!!!」
ニナの行動を何よりも警戒していた終わりへ渡れぬ者達は、すぐさま煙幕から離れるように命令を下す。
彼らの選択は正解だった。もし突撃など選択していれば、この場の終わりを知らぬ者達は全て真紅の結晶体へと変じていただろうから。
煙幕が晴れると同時に、彼らは逃げ遅れて結晶化した終わりを知らぬ者達を踏み砕きながら周囲を散策するが、すでに二人の姿はどこにも無かった。
そして二人は進んでいく。結界の奥地、血の魔王の体内に追い詰められるように。
次回更新は6/29の予定です。




