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とどめる者と向かう者

「動きを止めることは考えるな!出来るだけ方向を()らすことだけを考えるんだ!」


「やっています!しかし、我々の魔力だけではここまで巨大化した結界を(おさ)えるのは!」


「大変だ!討伐班がまた一人やられた!抑制(よくせい)班の人員をこっちに分けてくれ!」


「範囲が広がったことで、また野生動物が群がり始めた!狩猟班にも応援を!」


 喧々囂々(けんけんごうごう)の声が鳴り響くとある森の中。そこでは法衣に身を包んだ多くの聖職者達が、それぞれの役割を果たそうと必死に魔力を消費し続けていた。


 聖職者達の正体は教会の裏組織である悪魔祓い(エクソシスト)。ここに集まった彼らの役割は、突如出現した結界の動きの抑制(よくせい)。そして可能であれば術者を討伐し、結界そのものを消滅させることだった。


 術者の討伐という目標が困難であることは、早々に判明した。


 何せ、この結界を生み出した者の正体は悪魔、それも魔界で第50位の序列に位置する血の魔王の仕業であることが分かったからだ。


 いくら長年悪魔と戦い続け、ノウハウを(たくわ)え続けてきた教会勢力といえど、ただの悪魔祓い(エクソシスト)だけでは魔王はおろか、国家所属の悪魔でさえ討伐することは難しい。


 そのため、表立って存在を認めるわけにはいかないが、悪魔と契約することで悪魔の力をその身に宿した者達、悪魔殺し達に魔王の討伐は任せ、自分達は結界がこれ以上に拡大し魔王の力が増大することが無いように足止めの役割を(にな)っていたのだ。


「隊長!人員の救助は成功しました!けれど一気に使い魔に(たか)られたのでしょう、衰弱が激しく......

 おまけに救助にウチの人員を割いたせいで、魔力欠乏の症状が見え始めた者が何人も......」


「くっ......!別動隊に迷惑をかけてしまうが仕方ない。狩猟班と討伐班に連絡を回せ!これ以上ここで結界を抑制(よくせい)するのは困難だ。ラインを下げる。と」


「了解しました!」


 しかし、言うは(やす)く行うは(かた)し。彼らが対しているのは、悪魔の中でも魔力を回復する能力に長けていることで有名な血の悪魔。その首魁(しゅかい)である血の魔王だ。


 様々な魔道具や聖遺物の補助、追加人員の派遣などとやれる限りは()くしているが、人間と魔王の魔力量の差を埋めるには(いた)ってはいない。だが、もちろん力と力のぶつかり合いで魔王を止められる(はず)がないことは悪魔祓い(エクソシスト)達も十分承知している。


 そのため、結界の動きを阻害する抑制(よくせい)班。魔王の魔力回復手段の一つとなっている血の()に誘われた野生動物達を駆除し、回復量を減らす役割の狩猟班。そして結界内部に侵入し、使い魔達を討伐することで悪魔殺しの補助を行う討伐班に人員を分け、あらゆる方法で魔王の進軍を妨害していた。


 しかし先ほどからの声が示すように、いずれも大きな成果を得るには至っていない。


 討伐班は一瞬の油断で逆に悪魔祓い(エクソシスト)側が使い魔にやられ、死者こそ出ていないが、逆にこちらが無駄な魔力消費をさせられてしまっているのが現状。狩猟班も大型の獣の侵入こそ防いではいるが、小型の獣の侵入を完璧に抑えるには魔道具も人員も足りていなかった。


 そして街へと進軍を続ける結界の動きを阻害する抑制(よくせい)班も、時が()つにつれて魔力欠乏によって倒れる人員が増え始めている。


 この場で結界を押し留めるのはもはや限界だ。一般人への露見(ろけん)リスク。範囲が広がることによる野生動物の侵入リスク。そして、血の魔王へみすみす魔力を与えてしまう強化リスクを承知の上で、悪魔祓い(エクソシスト)達は一時撤退を行おうとしていた。


「隊長!緊急連絡です!」


「どうした!何か起こったか!」


 けれども彼らの行動は、とある隊員の一言によって、大きく方針転換を迫られることになった。


「はいっ!たった今、大戦勝者(テレファスレイヤー)の一人である、ラウラ・ベルクヴァイン氏から連絡が。

 準備していた悪魔殺しがこちらにむかっているとのこと!」


「なに!?なら話は別だ!撤回だ!先ほどの命令は撤回!悪魔殺しの到着まで、この場を死守しろ!

 各班のリーダーにも、命令と今の話を伝えてこい!」


「了解しました!」


 今までの目標は、悪魔殺しの到着まで出来るだけ血の魔王の行動を阻害するためのものであり、一度の撤退を挟むことになろうと、結界の動きを抑制することが何よりも大切だった。


 けれども悪魔殺しが間に合ったというのなら話しは別だ。出来るだけ悪魔殺しの敵を減らせるように、出来るだけ血の魔王の魔力を減らすことに全力を()くす方が重要となってくる。


 そして魔力欠乏程度であれば構わないと、この場の全員が覚悟を決めていた。それこそが人類の守護者であり、神の信仰者である悪魔祓い(エクソシスト)の仕事なのだからと。


_____________________


「写真で何度も見てきた光景だけど、いざ目の前にしてみると、どれだけ血の魔王の力がすげぇのかが伝わってくるな」


「そうだね。これだけの魔法を発動しながら、ボク等に挑んで来いと挑発できるんだ。

 よっぽどのお馬鹿さんか、相応の実力者じゃなければ出来ない行動だよ」


 翔とニナの前にそびえ立つは、大きな大きな真紅の半円。50位、血の魔王血脈のカバタが操る結界、深紅の領土(レッドドーム)だ。


 二人が現場に到着してからも、多くの悪魔祓い(エクソシスト)達が忙しなく動き回っている通り、血脈のカバタは結界を動かし、悪魔祓い(エクソシスト)達の妨害をあしらい、ニナと翔がこちらのフィールドに足を踏み入れてくるよう挑発しているのだ。


「協力感謝する。今からこちらの人員の力で結界に小さな穴を開ける。二人にはそこを通って、結界内に侵入してもらいたい。

 そして、悪いが穴の維持は困難だ。血の魔王の討伐に失敗し、脱出しなければならない状況になった場合、自力で脱出してもらうことになる......」


 敵の圧倒的な実力を改めて実感している二人に、先ほど部下から連絡をもらいかけつけた悪魔祓い(エクソシスト)の隊長が声をかける。


 本来応援と聞いて、実際にかけつけた人員が成人にもなっていない少年と少女二人だけであれば、落胆を隠しきることは困難だろう。


 けれど、長年悪魔祓いを率いてきた彼は、突出した魔法の才能は、長年の魔法の研鑽(けんさん)を簡単に飛び越えてしまうことを良く知っている。


 現にこの場に悪魔殺し達を派遣した人物にいたっては、当時この二人よりさらに年少の身であるにも関わらず、多くの悪魔を討伐し、人魔大戦を生き残ってみせたのだから。


 それでも、彼らにかける負担は少しでも少ない方がいいことは間違いない。そのため、悪魔祓い(エクソシスト)達もなけなしの魔力を振り(しぼ)り、二人の侵入を手助けしようと考えていた。けれども、そんな悪魔祓い(エクソシスト)の考えは、二人にやんわりと否定された。


「いえ、こんだけ頑張ってもらっているのに、そこまでしてもらうのは申し訳ないです。さっさとぶち破って、さっさと解決してきますから!」


「ボク達の事は大丈夫です。それに、中に入れば遅かれ早かれ血の魔王に魔法を見られてしまうことになります」


「い、いや、それでも!」


 悪魔祓い(エクソシスト)はなおも二人を制止しようとするが、当の二人は片方が青白く淡い光を放つ木刀を。もう一人が年代物の単発銃を取り出し、結界に構える。


「行くぞ、ニナ」


「うん、作戦通りに」


 ダアァン!と単発銃から弾丸が発射される。その勢いからして、目の前の結界に当たることは間違いない。


 けれども、血の魔王の結界を構成するのは文字通りの血液であり、常に流動を続ける液体的な要素も持ち合わせている。そのため一度穴を空けたとしても、次の瞬間には周りの血液が寄り集まり、すぐに結界を修復してしまうのだ。


 悪魔祓いは、この攻撃が上手くいくとは考えていなかった。しかし、弾丸が命中した結界はあろうことか、ピキピキと音を立てて凝固(ぎょうこ)していったのだ。


「翔!」


「おう!」


 弾丸を発射した少女の方が、傍らの少年に声をかける。同時に、弾かれたように少年の方が飛び出し、木刀を振りかぶる。


 バッカァァンと何かが砕けるような音が響くと、目の前の結界には人がゆうに二人は通れそうな空間が出来上がっていた。


「なっ、なっ......」


 あまりにも気安い、それでいて決定的な攻撃に目を見開く悪魔祓い(エクソシスト)


「それじゃあ、行ってきます」


 そんな彼を残したまま、二人は結界内へと突入していくのだった。


_______________________________


 悪魔殺し達が結界の中へ侵入していって数分。目の前で起こった光景に茫然としていた隊長は、小さく頭を振って我に返った。


「......分かっちゃいたが、悪魔祓い(エクソシスト)と悪魔殺しじゃこんなにも力の差があんのかよ。......ったく、自分の積み上げてきたもんがゴミクズみたいに見えてくる」


 必死に努力を続けてきた。


 人魔大戦開幕以前も死に物狂いで悪魔崇拝者達を討伐し、前大戦で主が討伐されても生き残った悪魔の使い魔達を、多くの犠牲を払い討伐してきた。


 けれど所詮は魔法の才能が無い人の身。出来る事には限界がある。


 せめて自分も神に認められ、奇跡の一つでも授かっていれば。あるいは顔を合わせた事こそ無いが、神への絶対な信仰を求められる悪魔祓い(エクソシスト)でありながら、能力の上昇という一点の理由のみで悪魔と契約し、悪魔殺しになったという少女のような、柔軟な思考の持ち主であれば。


 そうすれば、こんな戦場のど真ん中で無気力の波に襲われることは無かったのだろうか。


「隊長!別動隊から救難要請です!

 結界の侵攻ルート以外の方角から、多数の使い魔と眷属(けんぞく)が出現!人間を襲い始めている模様!」


「......やはり来たか」


 先ほどのぶっきらぼうな態度はどこへやら。目つきは鋭いものへと変わり、口調も本来のものへと戻した隊長は、今回の作戦が始まる前に立てていた保険が、役に立ってしまった事が分かった。


抑制(よくせい)班を残し、討伐班と狩猟班を再編成しろ!眷属(けんぞく)の素体は、御許(みもと)に送られることすら許されん哀れな子羊の可能性が高い!

 派遣人数は付近を(あつ)く。そして有名な村や集落ほど人数を割け!」


「了解しました!」


 今回発生した結界は、魔王の魔法でありながら、部外者であっても出入りが比較的自由な結界だ。それは裏を返せば、中から血の魔王の配下が簡単に出張ってくるのが可能ということになる。


 そのため結界の特性を認識した隊長は、結界付近の部隊は最小限に絞り、付近の村々に観光客や修行中の神父といった名目で人員を配置していたのだ。血の魔王の眷属(けんぞく)が、外部の村すら飲み込まぬように。


 その結果、人数不足で結界付近の部隊には苦労を()いることになったが、さらなる魔王の魔力回復拠点の作成という、最悪の事態は回避することが出来たのだ。


「_どれだけ力が強かろうと、心はただの人のままだ。暗がりを歩くのは、俺達大人だけでいい」


 今でこそ人類最強と(うた)われる小さな小さな魔法使いは、多くを(うしな)い、一時(いっとき)恐るべき獣になった。


 その嘆きは、とある国を攻め込んだ魔法使い達に濁流(だくりゅう)となって押し寄せ、彼女が降らせる雨でも流れぬ、どす黒い血の絨毯(じゅうたん)が各国に引かれることになったのだ。


 人魔大戦で生き残った悪魔殺しが彼女一人であったなら、あるいは彼女を見捨てるような心無い者達であったのなら、人類は百一体目の魔王の討伐に苦心することになっただろう。


 血の悪魔達は、死体を使って使い魔を作る。魔王クラスともなれば、生前の記憶を有していることもざらだ。


 そんな奴らと相対して、心が壊れぬ保証がどこにある。歪んだ思考を持たぬ保証がどこにある。彼ら悪魔殺しは化け物ではなく、ただの一人の人間なのだから。


 ちっぽけなプライドを傷つけられこそした。しかし、力無き自分達すら気遣ってくれた二人が、どうかそんな哀れなヒトデナシたちと出会うことがないよう、そして願わくば自分達だけで始末が付くよう、隊長は神に祈りを捧げるのだった。

次回更新は6/17の予定です。

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