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あなたの傷を埋められたなら

「何か、あったんだな......?」


 翔は決して辛いことや悲しいことがあったのかとは口にしなかった。けれど、ニナの表情を見ればわかる。


 彼女にとって、魔法の才能とは欲しくも無いのに手のひらに転がり落ちてきた厄介者であり、悪魔殺しの契約も、その不幸を助長(じょちょう)するものでしかないということが。


「始まりは、ヴォーダン家という魔法使いの名家が、魔法使いの集団に襲撃されるところから始まったんだ。

 この襲撃によって、ヴォーダンの一族は一人を残して全滅。生き残ったのが女性だったことから、実質的にヴォーダン家は滅亡してしまった」


「ニナの遠縁の家だったのか?」


 ニナの苗字(みょうじ)はデュモンだ。遠縁でもなければ、この出来事は身近で起こった不幸な出来事程度の話だっただろう。


 けれど、彼女は始まりと言ったのだ。ならばこの出来事が、彼女が悪魔殺しになり、家族の話で表情を曇らせるきっかけとなった出来事であるのは間違いない。


「ううん。今でこそ縁があるけど、当時はどんな魔法を使うかも知らないくらいに、(つな)がりが無かったよ」


「えっ?けど、そのヴォーダン家の不幸ってのが、始まりだったんだろ?」


「うん。デュモン家とヴォーダン家は、直接の繋がりは無かったけど、とある共通点があったんだ」


「共通点?」


「翔は、ボク等に悪魔の血が混じってるのは分かっているよね?」


「そりゃあ......まぁ」


「ボク等が生み出された目的も知っているよね?」


「あぁ、知ってる」


 ニナを含めた人間と血の悪魔の混血達は、国の戦力増強という魔王の身勝手極まりない都合によって生み出された。


 魔王の目論見(もくろみ)こそ破綻(はたん)していても、その身に刻まれた血の呪いは消えるものではない。


「当時は血の魔王の失敗を目にしていても、その発想だけは捨てた物ではないという考えが、悪魔の間で蔓延(はびこ)っていたんだ。

 そして、自分ならもっと上手くやれると考える魔王も少なからずいた」


「それって、まさか!」


「そう。そのうちの一体が(けもの)の魔王。()きぬ食欲に支配された魔界トップクラスの大喰らいは、人間の(しつ)を上げることで、もっと上質で多量の魔力を魔界で食い(あさ)れると考えたんだ」


「なんちゅうはた迷惑な野郎だ。そいつが生み出した混血の一族の子孫がヴォーダン家だったってことか。

 ......ちょっと待て、ニナと同じ悪魔との混血の一族が魔法使いに襲われた?それって、もしかして!」


 ニナによる昇華型(しょうかがた)悪魔量産計画の話は大変興味深かったが、そもそものこの話は、彼女の身に降りかかった不幸の延長線上の話であるはずだ。


 魔法使いの集団によって、とある悪魔と混血の一族が全滅寸前に追い込まれた。ここから続く流れなど一つしかない。


「翔の予想通りだよ。魔法使い達は、悪魔と混血のボク達が、ふとした拍子にまた悪魔側につくかもしれないと考えた。そして、そうなってしまった場合の被害を、ボク達は戦場で実証してしまった。

 人魔大戦の間に裏切られて致命的な被害を(こうむ)るくらいなら、その前に多少の出血を(ともな)うことで、その不安の種を根こそぎ取り除こうとしたんだ......」


「ふざけんな!同じ人間同士で勝手に不安になって、勝手に争いを始めやがったのか!?

 結局それで貴重な魔法使いが減っちまったら、悪魔の思うつぼじゃねーか!」


 確かに、悪魔殺しを(のぞ)いた人間側の魔法使いの中で、悪魔から習った魔法の技、そしてそれを活かすことが出来る魔法のセンスを持つ混血達の力は絶大だ。その力が敵側に回ってしまったらと考えるのも分かる。


 けれど、不安のあまり相手を皆殺しにすることで安心を得ようと考えるのは、結局のところ問題から目をそらした思考停止だ。あまりにも短慮(たんりょ)()ぎた。


 多少の出血で、致命傷を回避する。言葉の聞こえはいいが、やっていることは、自らの戦力を自らの手で潰すという目を(おお)いたくなるような愚行(ぐこう)


 そして、そもそも自分達よりも圧倒的に強者である存在に、出血し、体力を消耗している状態で(かな)うはずがない。


 彼ら、普通の魔法使い達が行うべきだったことは、混血の一族たちを信じてやることだった。裏切らぬよう人類側に()い留める飴を用意すべきだった。実行に移した時点で、この計画は致命的に破綻していたのだ。


「ヴォーダン家の話を聞いた時には、お父さんもまさか混血の一族全てを抹殺しようとしているなんて考えていなかった。

 跡継(あとつ)ぎだった兄さんと葬式に向かって......それで、それで、あいつらが鉄道に仕込んだ爆弾による脱線事故で......」


「ふざけんなよ......そこまでやりやがったのか......!」


 自分達の安全のために混血の一族を根絶(ねだ)やしにする。尊い犠牲として、罪も無い人々まで犠牲にする。出血に次ぐ出血。ここまでくるともう理論なんてものは欠片(かけら)も感じられなかった。


「そしてお父さん達を殺した奴らの手は、この家にも(せま)ってきた。いくら混血の一族っていったって、幼かったボクには何の力も無かった。

 ボクに力が無かったせいで、ボクを守ろうとしたお母さんは奴らの魔法で重傷を負って......心が壊れてしまった。

 お父さんと兄さんが死んでしまったショックも大きかったんだろうね。お母さんの記憶は、ボクが生まれる前まで巻き戻ってしまったんだ」


「ニナ......」


「今のお母さんにとって、自分の子供はセドリック兄さんただ一人。ニナなんて娘は存在すらしない。

 ボクがこんな口調や、服装をしているのも、お母さんが思い出の中の兄さんとの矛盾で錯乱してしまわないため。

 ......まぁ、ずいぶんと長い年月続けていたせいで、もう違和感もなくなってしまったけどね」


 そう言う彼女の顔は、見ていられないほどに痛々しかった。


「それに、それに!ボクなんかよりセドリック兄さんの方が、魔力も魔法の才能もずっとあった。

 ボクは、ボクは......所詮(しょせん)代役で悪魔殺しになった出涸(でがら)らしに過ぎないんだ......!」


 言葉にする内に耐え切れなくなったのだろう、ニナの目からポロポロと涙がこぼれ出す。


 流れる血に力があるせいで父と兄を失った。けれども自身にはまるで力が無かったせいで母の心まで失った。


 そこからなのだろう。ニナはずっと我慢してきたのだ。まず、母に負担をかけないためにそれまでの自分という物を全て捨てて、兄の振りをした。


 続けて母や自分自身を守るために悪魔殺しとなり、死地に向かう恐怖に耐えながら過酷(かこく)な訓練をこなしてきた。


 そして、デュモン家に向けられた疑心の目を少しでも和らげるために、見知らぬ人間全員が襲撃者に見えていただろうその時から恐怖に必死に耐え、誰にでも社交的で人懐(ひとなつ)っこい(いつわ)りの性格を演じてきた。


 どれ一つ取っても、大きな心の負担だったはずである。それだけの我慢を幼少期からずっと続けてきていたのだ。


「だから......だからあの日。死んだのがセドリック兄さんじゃなくてボクだったら_!」


 それまで隠し続けてきた秘密を打ち明け始めた口は止まらず、ついには自分の命すら誰かの代わりであればとニナは言いだそうとしていた。


 自分の言葉で自分自身を傷つけ、涙を流す少女。そんな彼女を黙って見ていることは出来なかった。


「もういい!」


「あっ......」


 翔はニナを強く抱きしめた。彼女にこれ以上の自傷をさせないために。彼女の心がバラバラにならぬよう、繋ぎ止めるために。


 翔は彼女の続く自虐(じぎゃく)、そして傷つき続けることが分かっていても止められない自罰的な衝動を、これ以上眺めていられなかった。


 もう彼女は本当の意味で、家族のぬくもりを感じることは出来ない。そして当主が病んでいても、変わらず家に仕えてくれる尊敬すべき執事のモルガンや、厳しくもとても優しい師匠であるラウラにこれ以上の甘えを見せるわけにはいかない。


 彼女は傷つくばかりで、その傷を()めてくれる相手がいないのだ。


 ならばせめて彼女の母親にそう言われた通り、友人である自分がニナの傷を埋める人間になりたい。翔はそう考えたのだ。


 最初こそ翔の突然の行動に驚き、恐怖し、抜け出そうとしていたニナだった。けれど、次第にその抵抗は弱まり、最後には自分から翔の背中に手を回し、受け入れた。


「......あったかいね」


「不快だったんなら、この後いくらでも土下座するし、ナイフでめった刺しにしてくれ」


「全然。だからもう少しだけ、このままでいてほしいな」


「あぁ。分かった」


「ねぇ......翔」


「どうした?」


「君やお師匠様は、大きな形こそ違うけれど、誰かのために恐怖を押し殺して強大な敵の前に立てる、本当に立派な人間だよ。だからボクは空港で、君の話を聞いて誇らしいと言ったんだ。

 どうか恐怖を振り切れない未熟なボクに、少しだけ勇気を分けてくれないかい?」


「それくらいなら任せとけ、俺が絶対に守ってやるよ」


 翔を抱きしめる彼女の手が、少しだけ強まるのを翔は感じた。

次回更新は6/5の予定です。

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