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戦いへの恐怖

「翔にとって、そこまでお師匠様は怖い存在?」


 ひとしきり笑い終えたニナは落ち着き、けれど先ほどのようなつらい気持ちを無理やり誤魔化(ごまか)すような表情は、薄らいでいた。


「......怖いって言うよりは、やばいって感じだな。

 あの人は目の前に火の海があっても、笑いながら飛び込んでいきそうなやばさがある」


「けど、同時に優しさもあるでしょ?」


「まぁ......確かに......」


 ラウラは、マルティナとの決戦の直前に、彼女と対峙(たいじ)する際の心持ちを翔に(さず)けてくれた。翔の成長のために、ダンタリアと取引をしてくれた。そして、手痛い制裁こそおまけで付いてきたものの、気まずい表情を隠しもしない翔に対して、話題を提供してくれた。


 方法が不器用すぎただけで、ラウラはたくさんの支援を家族でも友人でもない翔に(ほどこ)してくれていたのだ。


「でしょ?

 お師匠様はずっと優しいんだ。弱い立場の人々のためにいつだって全力を尽くしてる。本当はもっとたくさんの人々を幸せにしたいと思ってるはずだよ。

 けれど、お師匠様が救いたいと思う人間は、社会によって(しいた)げられてしまっている人間がほとんどだ。

 そんな人間を守るには何よりも力に(あらが)う力が必要だし、人一人救うのに毎回社会を敵に回していたら、救った人間の命が常に危険に(さら)される。

 だからお師匠様は自分の手で抱えられる人間しか救わない。そして、そのせいで、必要以上に悪名が(とどろ)いてしまうんだ」


「ニナがラウラさんのことを、心から尊敬しているのはよくわかった。

 けど、そんな立派な人と俺じゃあ、似ても似つかないだろ?」


 どれくらいの人間を救ってきたのかは知らないが、翔はラウラのように、救った人間をそれ以降も救い続けるようなことなど出来ない。


 せいぜいが苦しんでいる今を救ってやれるかどうかだ。だからこそニナの言う、翔とラウラがそっくりだという意見には賛同できずにいた。


「ううん、そっくりだよ。心の在り方が」


「心の、在り方?」


「翔は悪魔殺しになって、初めて悪魔と戦った時に何を考えてた?」


「何を?あ~、(ろく)なことを考えてなかった気がしたけど......そもそも、最初に戦ったのは悪魔じゃなくて眷属だったし」


「そこはあんまり関係ないよ。ちょっとだけ頑張って思い出してみてくれないかな?」


「う~ん......」


 そう言って頭を捻る翔だが、思い出すのは言葉の悪魔の眷属(けんぞく)二言(にごん)にぶん殴られた首の痛みを、そっくりそのまま返してやろうと、いきり立っていたことだけ。


 結果的に人を守ることに繋がったが、あの時の感情は怒り八割、してやられた分、目にもの見せてやるという気持ちが二割のどす黒さのみを混ぜ合わせたカクテルのような気持ちだった。


 いくら緊急時とはいえ、武道をたしなむ人間としては落第点の心情だ。心頭滅却(しんとうめっきゃく)そのものが怒りによって滅却(めっきゃく)されてしまっていた。正直口に出すのも恥ずかしかった。


「ニナの求めてる答えじゃないと思うけど、あの時の俺は、ただただ怒ってたよ」


「どうして?」


「普段から迷惑をかけっぱなしだった先生を襲われて、助けようと割って入ったら無様にぶっ飛ばされて意識は朦朧(もうろう)としてたけど、その眷属(けんぞく)(わら)われたことだけははっきり伝わって、だから喧嘩を売られたって気持ちで怒ってた」


「怖くはなかったの?」


「その場にいたのが、眷属(けんぞく)と先生、それに神崎さんっていう女の子だけだったからな。

 あの時は神崎さんが悪魔殺しだって知らなかったから、男の俺が助けに入るのが当然だって思ってた。

 それに、あの時の光景はあまりにも非現実的すぎて、夢みたいに思っていたのかもしれない」


「そっか。じゃあ、その戦いが終わって落ち着いてみて、それで怖くなったりはしなかった?」


「そのあとすぐに、日魔連(にちまれん)っていう日本の魔法組織に移動して、これでもかってほどに壮大なストーリーやわけわからん単語をぶち込まれたからな~......

 あんまり落ち着いたって感じがしないんだよ。けど」


「けど?」


「化けものに(しいた)げられる人がいて、自分には(あらが)うだけの力がある。なら戦うのは当然じゃないかって思ったな」


 結局、翔の根底にあったのは、わけのわからない化け物に、自分の大切な者達や思い出深い街を粉々にされるのは許せないという、単純な気持ちだった。


 そして、その気持ちは多くの人にとって、同様の物であるはずだ。だから戦うことに躊躇(ちゅうちょ)は無かった。むしろ、戦わないことで自分の知らない場所で、知らない誰かが悲しみに涙を流すことの方が翔にはよっぽど怖かった。


「......やっぱり、お師匠様とそっくりだ。翔、君は本当に立派な人間なんだね」


「はぁ?急にどうしたんだよ?というか、今の話を聞いて立派なんて、口が裂けても出てこないだろ」


「多くの人は、自分に力があるとしたって、わざわざ危険には飛び込まない。どれだけ親しかろうと命まではかけない。それが普通なんだよ」


 翔の返答に対して、ニナは凛然(りんぜん)と断定するように、そう言い切った。


「......そんな言い切るほどでもないんじゃないか?だって、俺が今まで知り合った悪魔殺し達は、何が何でも悪魔を討伐しようって気持ちにあふれていたぞ」


 対する翔も、姫野やマルティナ、今までに出会ってきた悪魔殺し達の例を挙げて反論するが、ニナは小さく首を横に振った。


「70、そして38......この数字が何だか分かるかい?」


「えっ?......後ろはともかく、前の数字は、現世に残っている悪魔の総数とかか?」


 突然のニナの質問に、翔は戸惑いながらも答えた。


「惜しいけど違うよ。

 前の数字が、死者を含めた悪魔殺しの総数。後ろの数字が、各国の魔法協会に登録されている悪魔殺しの数だ」


「はぁ?ま、まさか、悪魔殺しはもうそんなに犠牲になっているのか!?」


 前者が死者を含めた悪魔殺しの総数であるというのなら、後者の数字が半分以下である理由など一つしかない。


 そう思い、驚愕(きょうがく)に声を荒げながらもニナに問いかけた翔だったが、彼女の答えはまたも首を横に振る。否定の意だった。


「曖昧な部分はあるだろうけど、悪魔殺しの死者はまだ多くて数人のはずだよ。だから答えは違う。

 翔、この二つの数字の相関が表している意味はね、それだけ多くの悪魔殺しが、名乗り出もせず、悪魔討伐にも一度も赴かず、隠れ潜んでいるってことだよ......」


「はあぁぁぁぁ!?じゃあそいつらは、悪魔殺しの契約で力だけ手に入れて、悠々自適に暮らしてやがるってことか!?

 現世が取り返しもつかないほど、ぶっ壊されちまうかもしれない戦いだってのに!?」


「そう。君が思っている以上に、世界の悪魔殺し達は戦いに及び腰なんだ。

 いつ対岸の火事が燃え広がって、自分の足を焼き焦がすのか分からないというのにね......」


 呆然(ぼうぜん)、続く驚愕(きょうがく)。翔の感情を表すのは、この二つの言葉で十分だった。


 翔にとっての悪魔殺しの見本は、もちろん姫野だった。退()かず、(おく)せず、泰然(たいぜん)と悪魔という超常の存在と対峙する。


 時には、全身が傷だらけになり、時には、魔法無くば切り落とすしかないほど腕に重傷を負いながらも、ひたむきに悪魔を討伐しようとする姿に翔は憧れた。そして、そんな彼女の苦痛や苦労を少しでも肩代わり出来る存在になりたいと思ったのだ。


 姫野が見本なら、マルティナは反面教師だ。烈火の如く悪魔という存在を憎み、目についた悪魔を片っ端から討伐しようとする純粋な殺意。


 あの振り切れた感情の持ち主と戦ったからこそ、時には悪魔と取引することで人魔大戦を有利に進めるという柔軟(じゅうなん)さ、そして、だからこそ戦うと決断した際に、さらに強い意志を乗せられることを学んだのだ。


 そうやって翔達が血を流し、苦労の果てに勝利をつかみ取っている時に、何もせず、ただ傍観(ぼうかん)するのみの悪魔殺しがいる。そんなことは信じられなかった。


 大熊やラウラが必死の思いで勝ち取った前大戦の勝利を、そして必死にならざるを得なかった世界の失敗をまた繰り返しているというのか。そんなことは認めたくなかった。


「......ちょっと待てよ。そうだ!ニナ、お前が言うには、悪魔殺し達はせっかく契約したってのに、隠れ潜んでるんだろう?

 そんな魔法を使ってもいない悪魔殺し達をそもそも正確にカウント出来てるのはどうしてだよ?」


 信じたくないという気持ちが、翔に天啓をもたらしたのだろう。彼の頭はそもそもの根本となるデータを、どうやって集めたのかを疑問に思ったのだ。


 そして疑問を口にした。望むのであれば、そのデータが全く信用に値しないソースを元に作られたでたらめのデータであると祈って。しかし、その思いは届かなかった。


「お師匠様には、大の親友がいることは知っているよね?その親友が魔界随一(ずいいち)の情報通だということも」


「情報源はダンタリアってことか......ってか、あんにゃろ。そんなことまで知ってんのかよ」


 悪魔は嘘をつかないが煙に巻く。この言葉の裏を返せば、ギチギチに縛り付けた契約の(もと)で行われた悪魔との取引は、確実に望むがままの結果が手に入るということだ。


 そこに疑いをかける余地はない。なぜなら悪魔とはそういう生き物なのだから。


 もしこの情報に穴があるとすれば、ダンタリアとラウラとの間で行われた契約で不備があった場合が考えられるが、いくら親友といえど相手は悪魔。人類の命運のかかった情報を聞き出す時に手を抜くほどラウラも甘くはないだろう。


「分かっただろう?それだけ悪魔殺し達は日和見(ひよりみ)(かたむ)いている。私欲に(おぼ)れている。

 だからボクは君やお師匠様の想いのまぶしさに(あこが)れたんだ。立派だと思ったんだよ」


「ニナ......?」


 自分を褒めたたえてくれる目の前の少女の顔にはいつの間にか、差し込む日の光とは関係の無い、表情から生まれた(かげ)が差していた。


「翔、ボクは戦うのが怖い」


「えっ」


「悪魔と戦って取り返しもつかない重傷を負ったら、ずっと苦しみ続ける契約魔法をかけられたら、何よりボクが命を落とすことでお母さんの心が完全に壊れてしまったらと思うと、怖くて仕方がないんだ」


「それは......」


 薄々と考えてはいたが、やはりニナの母親は何かしらの心の病を(わずら)っていたのだろう。


 そうでもなければ、あれほど幸せそうな表情で娘を別の名前で呼んだりはしない、ニナもそんな薄情(はくじょう)な母親を想って(つら)い表情は作らない。


「翔はお母さんの前で、約束を守ってくれた。それに、沈んでたボクの顔を見て(なぐさ)めてくれた。

 ボクだけ(もら)ってばかりで本当に心苦しいけど、もう一つだけボクの話を聞いてくれないかい?」


「別に何かをあげたなんて思ってねーよ。こんなことでいちいち貸し借りだの考えてたら、頭がパンクしちまうだろ?」


「ふふっ、そっか。翔は本当に優しいなぁ。

 それじゃあ、迷惑をかけるようで悪いけど、最後にもう一つだけ聞いて欲しい。ボクのこと。そしてボクの一族のことを」


 そう言って微笑(ほほえ)むニナの顔には、やはり(かげ)が差していた。

次回更新は5/28の予定です。

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