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噛み合わない親子の会話

 ニナが扉を開くと、そこには車いすに腰掛けた40代ほどに見える女性がいた。事前に聞いていたことではあったが、ニナと同じ綺麗な銀髪、優しげな目元などは彼女そっくりだった。


「ただいま、お母さん。

 それと、友達を連れてきたよ」


「あら、おかえりなさい()()()()()。お友達もようこそ」


「ど、どうも......お世話になります」


 こちらに気付くまでただ無心に窓の風景を眺めていた彼女は、ニナ達に気が付くと、何でもないことのように娘を別の名で呼んだ。


 この時点で、すでに大きな違和感に襲われていた翔だったが、扉の前での約束を思い出し、ぐっとこらえることで何とか普通の挨拶を()わす。


「よろしくね。挨拶早々悪いのだけれど、あなたはアジアの人間かしら?」


「え、えぇ。日本人の天原翔と言います」


「まぁ、まぁ、まぁ!これも、魔法学校に(かよ)わせるようにしたあの人のおかげね。

 そうでもなければ、同年代で同性、しかも魔法使いの友達なんて、滅多(めった)に出来るものではないわ!」


 母親の嬉し気な声を横に、ぶるりと隣のニナの身体が震える。けれど、その動きは一瞬で収まった。


 翔には、彼女の震えが何によるもので、無理やり押し込めたことが何を意味するのかは分からない。


「......そうだね。お母さんが学校に行くことを許してくれたおかげだよ。

 そのおかげで毎日が楽しいんだ。今日は翔を家に泊めていってもいいよね?」


「えぇ、えぇ!もちろん構わないわよ。

 それにしても、お客様なんてずいぶんと久しぶりな気がするわね」


「うん、今は勉強が大切な時期だからね。ボクらも明日には学校に戻らないといけないんだ」


「あらそうなの......それじゃあ今日はモルガンに頼んで、一層豪華な夕食にしてもらうしかないわね!」


「うん、ボクの方から頼んでおくよ」


 一見かみ合っているように聞こえる会話。けれど、話の所々で見え隠れする言葉の違和感と、何よりも感情を押し殺しているかのように無機質な声で話すニナの様子が、より一層違和感を掻き立てる。


「あぁ、そういえば、あの人にはもう話したの?」


「ううん。お父さんにはこれから」


「あらそう。それならあの人にも、しっかりと説明しておかなければ駄目よ?

 いくら長い仕事でずっと家を離れているといっても、この家の当主様なのだから」


「うん......そっちもボクからしっかり伝えとく」


「ならいいわね。それに、私みたいなおばさんがいつまでも若い男の子を捕まえておくのは失礼ですもの。

 最後に翔君、一ついいかしら?」


「何ですか?」


「あの子が友達を家に呼んでくれたのも初めてなの。

 きっと、それくらいあなたのことを信用しているのだと思うわ。

 だからあなたさえ良ければ、これからもセドリックのことよろしくね」


「......はい......分かり、ました」


 翔は何とかその一言を吐きだした。


「ほら、お母さん。いつまでも翔を困らせちゃ駄目だよ」


「あら、ごめんなさい。それじゃあ夕飯でね」


「うん、お母さんの夕飯にはモルガンが来るから。それじゃあ、行こう、翔」


「あ、あぁ。分かった」


 嬉し気に笑う母親を横目に、ニナは翔の手を引き、部屋を後にした。


 親子の会話であるにも関わらず、母親の口からはニナという娘の名前はついぞ出てこなかった。


__________________________



 二人とも無言のまま、数分ほど歩いた所だろうか。ニナが手招きし、翔を一つの部屋に招き入れた。


「えぇーと......ここは、遊戯室ってやつか?」


 そのまま無言を貫くニナの様子にいたたまれなくなり、翔は話題を振った。


 翔達が入った部屋は、中央に大きなビリヤード台、壁面にはテーブルやおそらく古いボードゲームが収められているのであろう戸棚がいくつも配置された、映画などでよく見る遊戯室そのものな部屋だった。


「うん、そうだよ。小さい頃は家族でよく使っていたけど......今はね」


 そう言ってテーブルの一つにニナが指を滑らせると、薄い埃が彼女の指に付着した。


「......さっきはありがとう翔。おかげで、久しぶりに楽しそうなお母さんの顔が見れたよ」


「......それならよかった。あれくらいなら、いくらでも付き合ってやるよ」


「理由......聞かないの?」


 何の、と聞かずとも理解できる。先ほどの親子にしては、あまりにも(いびつ)な会話について、気になっているのだろうとニナは聞いているのだ。


「話す気が無いなら聞かねぇよ。人は誰だって一つや二つ、どんなに心を許した人間にも知られてほしくない秘密はある。

 ましてや、今日会ったばかりの人間ならなおさらだ」


 けれど翔だって、先ほどまでとは豹変(ひょうへん)した彼女の様子を見ていながら、無遠慮な質問をしない程度には節度がある。


 この質問が、彼女の心の琴線(きんせん)、あるいは逆鱗(げきりん)に直結しているということは嫌というほど理解できていた。


「翔は優しいんだね。理由は聞かない、深くは踏み込まない。けれど、近くで寄り添ってくれる。まるでお師匠様みたいだ」


「はぁっ?」


 あまりにも予想外の言葉で、翔は思わず素の声が出てしまった。


「えっ?」


「いっ、いや!さっきのは、あまりにもラウラさんのイメージと似合わないからで!

 い、いや、これだと俺の中のラウラさんのイメージがミニチュア怪獣だとバレ......って、違あぁう!今のはオフレコで!」


 これまでのラウラとの付き合いが、あんまりにもあんまりだった翔にとって、ニナの言葉は全く想像がつかない謎の呪文のように聞こえた。


 というよりも、やはりラウラがこの場にいれば、いつまでもウジウジしてるんじゃないわよといった形で、自前の傘による暴力が振るわれる風景の方が容易に想像できた。


 ニナが何も言っていないにも関わらず、焦って言い訳を始めた翔は、この時点で語るに落ちていた。


 そんな翔の様子を、キョトンとした表情で眺めていたニナだったが、言葉の意味に気付いた後は、クスクスと笑い出した。


「ふっ、ふふっ、ひどいなぁ翔。さすがに思っていたって、お師匠様相手にそこまで言える人間はいないよ。

 ははっ、はははっ。今の発言、お師匠様にバレたらどうなるんだろ?想像がつかないや」


「ちょちょちょ!待ってくれニナ!

 俺達には血の魔王を討伐するっていう、大切な任務があるじゃないか!そんな大事な作戦の前に、片方が致命傷を負うのはとんでもないリスクだと思わないか!?」


「ふふふっ!それじゃあ、任務が終わった後はどうするの?」


「いや~......そのぉ~......四分の三殺しまでは甘んじて受けるので、出来れば五体満足で帰れるようにラウラさんに一言を添えてくれればと~......」


「あっはははは!やっぱりお師匠様をミニチュア怪獣って思ってるんだ!あ~あ、翔、いっけないんだぁ~」


 そう言って、悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべるニナの表情には、明るさと生気が少しだけ取り戻されているように見えた。


次回更新は5/24の予定です。

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