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にこやかな仮面と弱々しい側面

「翔って本当に創造魔法使いなんだね!この目でしっかり見たのに、木刀しか生み出せないなんて今でも信じられないよ。

 才能のある創造魔法使いは他の四大魔法体系全ての上を行く。この言葉が真実だって痛感したよ」


「こっ()ずかしいから止めてくれ!そう言うニナだって、自分の魔法の特性を活かした戦闘スタイルをしっかり確立できてたじゃないか。

 あの動きを見ただけで、お前がどれだけの努力を積み重ねてきたのか伝わってきたよ」


「あー......翔の言う通り、面と向かって褒められるのって、すごく、くすぐったいね。

 でも、ありがとう。そう言ってくれると本当に嬉しいな」


 場所は館内の食堂。食事を口へと運びながら、翔とニナは先ほど行われたそれぞれの激闘の感想を言い合う。


 移動やら訓練やらその後の休憩やらで、すっかり昼食を食べ損ねてしまった一行。その分、腕によりをかけてくれたのだろう、モルガンが用意してくれた夕食に舌鼓(したつづみ)を打っていた。


「この後は、連携の確認だよな?

 まぁ、そこまで難しいことになるとは思ってねぇけど」


「そうだね。翔もボクも、近接の戦い方が分かってる。

 それなら後は、ちょっと言葉は悪いけど、常に近場に割れ物の貴重品が転がっている気持ちで戦えば間違いはないからね」


「今回の戦いの立場的に、貴重品はニナの方だろ?安心しとけ。発泡スチロールで何重にもくるんで、目的地に届けてやるよ」


「ほんとう?けど、この貴重品は防犯装置がしっかり付いてるから、警備員の方がおまけになっちゃうかもよ?」


「ははっ!そりゃ、足手まといにならないように気を付けねーとな!」


「ふふっ、期待してる」


 ほとんど実戦と変わらないハードな訓練を乗り越えた一体感に加え、お互いの戦闘スタイルも近しかったこともあり、二人が打ち解けるのに時間はかからなかった。


 翔は戦闘後のアドレナリンと、初めて出来た海外の友人ということもあり、いつも以上に舞い上がっていたのは自覚していた。


 けれども、翔と変わらぬほど楽しそうに会話を続けるニナのおかげで、たまにはこういうタガが外れた気分で楽しむのも悪くはないなと感じていた。


 だからこそ、翔は少し(ゆる)んでいたのだろう。踏み込んでいい心の境界線を、少しだけ踏み越えてしまったのだ。


「初対面なのにここまで良くしてもらって、友人関係にもなれたんだ。せっかくだからニナの親御さんにお礼を言いたいんだけど、夕食の場にいないってことは、外出してるのか?」


「えっ......?」


 翔にとっては何気ない一言。けれどその言葉が場の空気を、いや、少女たった一人の空気を一変させた。


「ニ、ニナ?」


 先ほどのにこやかで社交的な姿はどこへやら、今のニナは明らかに動揺し、その表情には(おび)えが混じっている。


 その劇的な変化は、まるで仮面の裏に隠されていた、真の表情がさらけ出されたかのようにも見えた。


(しまった!何の気負いもしないで話せる同年代の魔法使いと出会えたことで、調子に乗っていた!

 俺はニナのことなんて何も知らないのも同然なのに!完全に距離の詰め方を失敗した!)


 自分の失敗によって生まれてしまった空気。それを改善する役目を担うのは、もちろん空気を生み出した自分自身だ。


 けれども、本当に何気ない一言がニナへの禁句だったことから、彼自身もこれ以上の事態の悪化を恐れて、うかつに言葉を紡げない。


 そんな最悪な沈黙を破ったのは、これまで翔とニナの会話を傍観(ぼうかん)するに(とど)めていたラウラだった。


「狙っていなかったと言えば嘘になるけど、まさかそこまで的確に踏み抜くとは思っていなかったわね」


「ラ、ラウラさん?」


「親と子だけでしか作れない関係があるように、友と友でしか作れない関係もある。

 ......頃合いなんでしょうね。ニナ、あのことを話しておきなさい」


「あっ......お、お師匠様?」


 ラウラの宣言によって、ニナの先ほどからの怯えはさらに強さを増し、顔は一面蒼白(そうはく)に染まる。


 まるで死刑宣告を受けた囚人(しゅうじん)のようだ。


「で、でも、お師匠様。それだと、今後の協力に支障が......」


「いいから話しておきなさい。

 今日の訓練で確信したわ。そろそろあなたも自分から人との繋がりを作り始めるべきだって」


「あっ、うっ、モ、モルガン......」


 日中のコミュニケーション能力はどこへやら。今の彼女はおろおろとうろたえ、他人に助力を求めるばかりの、年相応の未成年の少女だった。


「もちろんモルガンも連れていくわ。.....私から言えることは一つだけ。

 信じなさい。この世界はあなたが思うよりもずっと多くの、白と黒が存在しているのだから」


 彼女はそう言ってモルガンと呼ばれた老執事を伴い、さっさとどこかに転移してしまった。


 後に残されたのは茫然(ぼうぜん)と立ち尽くすニナと、翔の二人のみ。


「ニナ?ニナ?大丈夫か?」


 自分から生み出してしまった事態のため、翔はニナが少しでも復調してくれるよう、必死に呼びかける。


「あっ、えっ、う、うん......大丈夫、大丈夫!

 ちょっとお師匠様に厄介な頼まれごとをされちゃって、どうしようか悩んでいただけだから!」


 そんな翔の声を受けて、はっと我に返ったニナは、今までの事態を取り繕うかのように、大丈夫だと笑顔で口にする。


 しかし、そんな彼女からにじみ出る元気は、針の一刺しで萎んでしまう風船のような空元気(からげんき)であることは、今日出会ったばかりの翔でも簡単に理解できた。


 そんな無理をしてまで自分の状態を偽ろうとする彼女の努力を、わざわざ指摘して台無しにする方がずっと気まずくなるに違いない。


 そこで翔はニナの様子が戻るまで、自分自身が道化(どうけ)になることを決めた。


「いきなり指令を出したかと思ったら自分は退場しちまって、しかもこっちの食事が途中だってのにぶっこんできて。

 ......全く、前々から思っていたけど、あの人、奔放(ほんぽう)がすぎねぇか?」


「えっ......?あっ、う、うん!あはは......お師匠様は昔からあんな感じだったから......

 むしろ、変にコロコロ考えが変わったりしない分、慣れたら付き合いやすいんだけどね」


 翔の行動を意図を察したのか、ニナも彼の調子に合わせることに決めたようだ。


「そうなのか。いったいどれだけの人間が、慣れる過程で犠牲になってきたんだろうな......」


「ちょ、ちょっと翔!?まだお師匠様近くにいるかもしれないんだよ!?」


「あっ、やっべぇ!」


 いくら道化(どうけ)(てっ)すると言ったって、制裁という名のハードメイクでピエロ顔に顔面を変形されてしまうのは御免(ごめん)だ。思わず出てしまった翔の本音に、先ほど落ち込んでいたことも忘れて、ニナからかなり本気の注意が飛んだ。


「やっべぇ、って......もう!本気で怒ったお師匠様からは、ボクでも助けられないんだから注意してよ」


「悪ぃ......反省してる」


「ふふっ、ほんとにもう。あぁ、でも今回は大丈夫そう。もしさっきの言葉が聞こえてたとしたら、その時点で魔法が飛んできているだろうから」


「即断即決すぎるだろ......」


「その分、後に禍根は残さないから......」


「ほーん......」


 禍根については、残らないからの間違いじゃないかと言いかけた翔だったが、その言葉は心の奥にそっと閉まっておくことにした。


「_うん。お師匠様はいつだって失敗を恐れないんだ。だからボクもお師匠様を見習わないとだよね」


 ニナから発せられた声は、呼吸音の方がまだ大きいと思えるほどの小さな小さな声だった。


 もちろん翔は聞き取れなかったし、そもそも道化(どうけ)(てっ)している今の集中力では、小声すらも聞き逃していただろう。


 けれども発した言葉は決意の証。声音は変えず、動揺を見せず、ニナは今しがた考えた大切な文字の羅列をゆっくり、ゆっくり(つむ)ぎ出す。


「.....翔。今夜は泊っていくんだから、一度中を案内しておかないと色々と不便だよね?

 ボクについてきて?家の中を案内するよ。」


「......あぁ、分かった。お願いするよ」


 今までの彼女にしては珍しく、会話の流れをぶった切った相手に選択権を残さない強引な選択。


 そしてそんな選択をした彼女の瞳に映っていた感情は懇願(こんがん)。どうか何も言わずに付いてきて欲しいと願う。とても後ろ向きで弱弱(よわよわ)しい感情だった。


 きっと、先ほどのやり取りで決まったナニカを実行しようとしているのだろう。それを理解した翔は了承し、手招きするニナの後を追いかけるのだった。


___________________________


「そういやニナって、ラウラさんとはどれぐらい付き合いがあるんだ?」


 ニナに案内されながら、屋敷の長い廊下を歩く翔は、ふと一つの疑問を口にした。


「付き合い?知り合ってどれぐらいかってこと?」


 覚悟を決めたことで、少しばかり余裕が戻ってきたのだろう。ニナも翔の受け答えに、特に気負うことなく言葉を返してくれた。


「あぁ、そうだ。見た感じ、結構長い付き合いなんだろ?」


 空港から屋敷に到着するまでのニナとラウラの掛け合いは、傍目(はため)から見ても非常に息が合っており、その付き合いの長さが感じ取れた。


 見た目詐欺のラウラはともかく、目の前の少女の実年齢は、見た目相応翔と同年代のはず。それならラウラとの付き合いは、彼女が幼少期からのはずだと思ったのだ。


「そうだね。お師匠様とは、かれこれ十年以上の付き合いがあるかな」


「そんなにか。やっぱりヨーロッパの魔法協会とか、もっと小さな魔法使い同士のコミュニティとかで知り合ったのか?」


「ううん、そうじゃないかな。ボクの家はそういった付き合いにはほとんど参加してなかったから。

 翔の方は、アジアの大戦勝者(テレファスレイヤー)様とはそうやって知り合ったのかい?」


大戦勝者(テレファスレイヤー)......ああ!大熊さんのことか!

 それならそうとも言えるような、言えないような。

 何せ、悪魔殺しになって初めて魔法の存在を知ったようなもんだったからなぁ。最近まで大熊さんがそんな偉い人だってことも知らなかったし......」


 麗子に聞かされていなければ、翔は違和感は感じつつも、いまだに大熊が付き合いが無駄に広い、苦労性(くろうしょう)の中間管理職だと思っていただろう。


 彼にとっては何気ない一言、けれど、ニナの反応は劇的だった。


「えっ、翔......もしかして君って、外様(とざま)の悪魔殺しなのかい!?」


「えぇっ!?いきなりどうしたんだよ!?それに外様って何の話だ?」


外様(とざま)っていうのは、新たに魔法使いの家系に(つら)なった人間のことだよ!

 それよりも、君は本当にその年齢で外様(とざま)から悪魔殺しになったのかい!?」


「何に驚いてるのか知らねぇけど、そうだよ。

 つい最近まで魔法なんて、漫画かアニメの中だけの物だと思ってた。だから、的外れの意見を上げちまう度に恥をかくはめになってて、肩身が狭いんだ」


「それで悪魔二体をすでに退(しりぞ)けたんだろう?

 ......翔、君はボクが考えていた以上にすごい人間だったんだね」


 ニナから漏れる感情は尊敬。まるで偉大な先達(せんだつ)の背中を追いかける幼子の(ごと)き、純粋で無垢な感情だった。


「こそばゆいからやめてくれ!ハプスベルタとの戦いはあいつが顕現したてで、しかも勝手に満足して逃げ出したから何とかなったんだ。

 ウィローについても、一緒に戦ったマルティナのおかげだ。あいつがいなかったら、今頃俺は墓の下だ」


 普段褒められ慣れていない翔からしてみれば、ニナのこれまで以上の曇りの無い賞賛は嬉しいというより、恥ずかしいという感情が勝った。


 そのため、言い訳がましく自分がいかに活躍していなかったかを上げ連ねることになったが、彼女にとってはほとんど関係ないことらしい。


「それでもだよ、翔。君はしっかりと戦い、悪魔殺しとしての本分を果たした。

 それは()められこそすれ、(とぼ)される内容では断じてない。誇るべき結果だよ」


「い、いや、でも」


「それに、翔がすごくないなら、一度も悪魔と戦ってすらいないボクはどうなるんだい?

 戦いから逃げ(まど)う腰抜け悪魔殺しと言われてもおかしくないじゃないか」


「そんなことは!」


「なら、翔も自分の結果をもっと誇ってほしい。空港でも言ったように、君のその成果は本当に素晴らしいものだ。

 君のような悪魔殺しが初陣(ういじん)に付いて来てくれるなんて、ボクは本当に幸運だよ」


「そう、なのか?」


 二度に渡って勝利を(つか)んでこそいれど。周りの強者達との格差、そして戦いの過程そのものに満足していなかった翔は、どうしても自分の立場や成果を実際の物より下にしてしまう(くせ)が出来ていた。


 けれども今のニナの言葉で、彼は度を越した卑下(ひげ)や遠慮は、実際に自分より下の立場の人間を、間接的に侮辱(ぶじょく)してしまうことに繋がることを知った。


「そうだよ。だから翔には自信を持って欲しいな」


「そうか、分かった気がする。ありがとうニナ」


「気にしないでいいさ。......だって、_そうじゃなければ才能の無いボクは」


「ん?ニナ、最後に何か言ったか?」


 最後に聞こえるか聞こえないか分からないほどの小声で話したニナの言葉は、残念ながら翔の耳には届かなかった。


「ううん、何も言ってないよ。あっ!ほら、話している間に着いたみたいだね」


「ここは?」


 屋敷の階段を何段も上がり、廊下を進んだ突き当り、そこには最初に荷物を置くために翔が案内してもらった客室より、ずいぶんと豪華な扉が備え付けられてあった。


「ここは、デュモン家当主の部屋。今は仮の当主であるお母さんの部屋になってる。

 翔が挨拶したいって言っていたから連れてきたんだ」


「あぁ、お母さんの部屋なのか。じゃあ早速ニナの母さんに挨拶を_」


「待って!」


 流れのままに扉をノックしようとした翔を、ニナの鋭い言葉が静止させた。


「おわっ!?ど、どうしたニナ?」


「翔、今から挨拶をするだけなんだけど、一つだけお願いがあるんだ」


「お願い?」


「うん。ボクの言葉やお母さんの言葉、それに違和感を覚えても、どんなにおかしいと思っても口を挟まないで欲しいんだ。

 これは血の魔王の討伐には全く関係の無いことだし、挨拶一つで何を言ってるんだって思うかもしれないけど、どうか協力してくれないかい?」


「......それが、必要なことなのか?」


「うん」


 そう言ったニナの顔は、少しばかり調子を取り戻していた先ほどから、ラウラの命令を受け取った瞬間の顔に変わっていた。


 勉強こそ崖っぷちだが、察する能力自体は人並みにある翔は、この突然の願いがニナという少女にとって、血の魔王の討伐と同じレベルで大切なことなのだと理解した。


「......分かった。今から俺は何があっても指摘しないし、何も言わない」


「ごめんね。それと、ありがとう翔」


「気にするなよ。これから俺達は二人っきりで、血の魔王を討伐しなきゃいけないんだ。このくらいどうってことねぇよ」


「......本当に、本当にありがとう。それじゃあ、扉を開くね」


 翔の了承で、満面の笑みを浮かべたニナは、一度扉をノックし、そのまま押し開けた。


次回更新は5/20の予定です。

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