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嵐に備えた万全の準備

「ちっ」


 思惑が全て外れ、銀閃の対処を迫られることになったラウラが小さく舌打ちする。


 けれどもその程度の動揺によって実力が大きく左右されるほど、(ぬる)い環境に身を置いていたわけもない。銀閃が己に触れる瞬間を狙い、転移することで回避する。


「まだです!」


 けれどもニナも負けてはいない。大した手間もなく回避されてしまうのは織り込み済み。むしろ、ラウラが攻撃を回避することこそが彼女の狙いだった。


「っ!?そういうこと!」


 ニナがラウラの弟子という、非常に近しい関係だからこそ知っている、彼女の魔法の小さな小さな弱点。


 雨模様(スタグウェアー)による転移は瞬間移動という能力の関係上、あまりに遠距離の場所に転移してしまうと、周囲の状況が理解できない場所に飛び込んでしまうことになる。


 一瞬の判断ミスが命取りとなる魔法使い同士の戦いで、それは避けるべきリスクだ。そのためラウラは絶体絶命の状況でもない限り、大きな転移は行わない。


「この剣は、ビラルさん特製の水銀剣です!

 錬金術(れんきんじゅつ)(きた)えられたこの剣は、良く伸び、曲がる!」


 ラウラは銀閃を避けるために、ほんの少しだけ横に転移した。


 それを見たニナが、手元で銀剣をこれまた鞭のように操り、ラウラを追尾するように銀閃の軌道を変化させたのだ。


 結果的にラウラは攻撃を回避したにも関わらず、目の前にはまたも銀閃が迫り、転移によって一瞬失った視界情報によって、その事実に気付くのが遅れた。


「ふふっ、やるじゃない。成長したわね、ニナ」


 ラウラの(ほお)から、一筋の赤い線が生まれる。それはニナの攻撃が、ラウラへと届いた証明だった。


「お師匠様への対抗策を、徹底的に(そろ)えたにすぎません。

 もう一度やれば、きっと足元にも届かない所まで押し戻されてしまう戦法......

 けど、今日ばかりはボクの勝ちです!」


 その言葉と共に、ラウラの(ほお)から(したた)り落ちていた血が、急速に渇き、結晶化していく。ラウラの症状は、先ほどニナが氷壁を砕く際に使用した魔法の一つ、彼女の血が触れた魔力体に作用する症状に酷似(こくじ)していた。


「なるほどね......その剣、あなたの血も混ぜ込んでいるってこと」


「はい。この剣、鳥喰銀蛇(バンクボア)は、液体と固体、両方の性質を(あわ)せ持っています。そのため液体状態であれば、ボクの血も容易(ようい)に仕込むことが出来るんです」


 そう言って、ニナは自身の親指を見せる。血こそ止まっているが、その指先には刃物による切り傷がはっきりと刻まれていた。


「私の魔法への最適解を用意したということね。それならずっと転移が失敗していた理由は、その服が原因かしら?」


「はい。一なる身体と千の鱗(リザードスキンローブ)と名付けられたこの服の能力はただ一つ。持ち主に向けられた契約魔法の対象を、皮の切れ(はし)一枚に、移し変えることができます。

 そのせいで、お師匠様の魔法は上手く作用しなかったんです」


 ニナが今度は、(まと)っていたローブをめくって見せる。するとローブの内側は、ボロボロに破れ、所々が薄くなっていた。


 服として見るならリサイクルショップにも置かれない不用品。けれどもその布切れ一枚一枚が、ラウラの転移魔法からニナを守る結界として機能していたのだ。


「お師匠様がご存知のように、ボクに魔法の才能はありません。武道も翔と比べたら全然です。覚悟すらほんの一瞬前までは足りていませんでした。

 けれど、いつか来る時のためにボクは皆の力を、そしてそれを活かすための準備だけは怠らなかった。

 ......そのおかげでお師匠様に届いた」


 ラウラが最大限の手加減を、自分や翔にしてくれていたことは分かっている。しかし、今まではそれでも届かなかった。一太刀浴びせるという一歩目、そのたった一歩が地平線の向こう側かと思うほどに遠かった。


 その一歩をやっと踏み出すことが出来たのだ。ニナの中には歓喜や感慨がといった感情が渦巻いていていた。


「よくやったわね、ニナ」


 いまだ空中を漂うラウラも、家族の成長という慶事(けいじ)を祝福した。()いた言葉に(いつわ)りはない。けれど、彼女の顔は不満そうにへの字を作っていた。


「お師匠様?」


「あなたの成長は嬉しいことよ。けどね、あなたはもっと前からここまで出来るポテンシャルは秘めていた。

 あなたに一番足りなかったのは自信。自分の可能性を信じることで生まれる自信が足りていなかった」


「......はい。ボク自身もよく分かっています」


「私はあなたが多くのトラウマや負い目のせいで、自分に自信が無いことが分かっていたから、いつか乗り越えてくれることを信じて、あえて助言や手助けはしなかった。

 けどそのせいで、あなたが成長するきっかけをあの悪魔殺しに取られたことが不満なのよ」


「あっ、あー、あはは......そう言えば今までボクは、お師匠様におんぶにだっこでしたもんね......」


 ニナがそう言うと、ラウラはプイッと横を向いてしまった。


 彼女にとってニナは家族であり、同時に娘のような存在だ。いつだって娘は一番大事であるし、娘の成長を手助けするのは親である自分の仕事であると思っていた。


 その役割を横からかっさらう存在が現れた。ラウラが不機嫌な理由、それはニナの成長のきっかけを翔に奪い取られたことによる、子供のような嫉妬が原因だったのだ。


「お師匠様、顔を向けてください。今回は翔の行動がきっかけでしたけど、ボクはいつだってお師匠様のことも、お母さんのように思っています。ボクの戦いのために翔を連れてきてくれたこと、そして、ボクに成長する機会を与えてくれてありがとうございました。

 だから早く魔法を止めてください。早くしないと、ボクの血が身体に入っちゃいますよ」


 ニナはラウラとの長い付き合いの中で、彼女がこうやって()ねる場面とは何度も遭遇していた。原因さえわかれば慣れたものだ。彼女を想う(なぐさ)め、機嫌が回復するように言葉を重ねる。


 並行して、自分の魔法がラウラを傷つけないよう、早く使用している魔法を解くよう説得することも忘れない。


 彼女の血液を媒介(ばいかい)に発動する契約魔法は、その特性上、ニナの意思によって止めることが出来ない。そのため、周囲に発動している魔法がある状態では、いつまでも周りの魔力を強制的に停止させてしまうのだ。


 ラウラはいまだに雨模様(スタグウェアー)の発動を続けている。このままではニナの魔法の効力が全身に回り、最悪の場合ラウラの生命維持に必要な魂内の魔力すら停止させてしまう可能性があったのだ。


「......そうね。大人げなかったわ」


「お師匠様......」


 ラウラが機嫌を直してくれたようで、ニナは安心する。けれど彼女の言葉には続きがあった。


「それにいくら手加減していたとしても、日に二度も負けるなんて大人として情けないものね。

 ニナ、悪いけどあなたには勝たせてもらうわ」


「えっ?」


 ニナが言葉の意味を理解するが早いか、ラウラの頬に張り付いていた結晶化していた血液が消失した。


 さらに、ニナが纏っていたローブが消失し、握っていた銀剣が消失し、ラウラの姿が消失した。


「お師匠さ_」


 ニナの喉元にビニール傘の先端が向けられる。彼女が一歩でも動けば、喉にビニール傘が突き刺さるだろう。


「タネを明かすのが早すぎたわね。発動した魔法を押し付けるローブなら、その効力が無くなるほど多くの魔法を同時に発動させてしまえばいい。血液が魔力を停止させるなら、周りの血液ごと転移させてしまえばいい。これで私の勝ちね?」


 何てことは無い。彼女は人類最強の魔法使い。そして人魔大戦を生き抜いた大戦勝者(テレファスレイヤー)。彼女にとって、家族との言い争いで意見を曲げるのは百歩譲ることができる。


 けれども、負けが(かさ)むことは我慢がならなかったのだ。なんせ誰よりも勝利を重ねてきた彼女は、誰よりも負けず嫌いなのだから。


「お師匠様ぁ......分かりました。ボクの負けです!だから、次は勝たせてもらいますからね!」


 己の師匠の子供っぽい屁理屈に、今回ばかりは勝利の二文字が欲しかったニナも情けない声を出す。


 けれども、少なくとも機嫌は直ったのだ。それにラウラとの戦いで勝利を得るのはまた今度でもいい。彼女の絶対に得るべき勝利は、別の場所に存在するのだから。


 だから今回はラウラに勝ちを(ゆず)ることにした。こうした大人のような考えが出来るところが、ラウラという子供そのもののような人物と上手くやっていける秘訣(ひけつ)なのだろう。


「あなたの魔法を見せるのはこれで十分でしょう。ほら、動き回ったらお腹が空いたわ。さっさと食事に行きましょう。

 ......リベンジはいつでも受け付けてるわよ。だから、必ず生きて帰ってきなさい」


 そう言って、さっさとラウラは消えてしまった。


「はいっ」


 一人で移動してしまったわがままな師匠に苦笑いを一つ。誰にも聞こえないであろう返事を、ニナはしっかりと返すのであった。


次回更新は5/12の予定です。

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