大戦勝者からの及第点
「はっ......はぁ!?そんなことしちまったら、身体機能なんて滅茶苦茶に......いや、そもそも消失しちまうだろ!?」
全身を凍結させるだけでも、蘇生には分の悪い賭けに挑むことは間違いない。しかし、ラウラのやったことはそれ以上の行為。全身を氷そのものに変化させるという想像を絶する凶行だ。
そんなことをしてしまえば肉体的な即死はもちろん、物言わぬ氷像として晒し者にされるに違いない。けれど、彼女はそうならなかった。
「普通は考えるまでもなくそうだよ。けどね、お師匠様は今の現世で最も悪魔に近い存在だと言われている魔法使い。その気になれば、短時間なら肉体を捨て去って、魂だけの存在になることも可能なんだ」
「魂だけの、存在......」
そもそも悪魔というのは、魔界という異世界に自分の器を残し、魂だけを現世に持ち込んで顕現する。彼らにとっての肉体は、無いと困るが、代わりは簡単に用意できる代物なのだ。
そんな存在に近しいのであるならば、魂だけで行動できるというのは、案外当然のことなのかもしれない。
「戻す魔法を覚えるまでは苦労したわ。なんせ失敗したら、6割どころか10割水分だもの」
立ち上がったラウラには、身体どころか衣服にすら傷は存在しなかった。今の彼女が氷の肉体なのか、生身なのかは翔に判断はつかない。けれども目に見える限りは、彼女は血の通った人間であり、庇護すべき幼き少女にしか見えなかった。
「......そんなリスクを負ってまで、どうして俺の攻撃を受けたんです?」
「あなたは呼吸の仕方を忘れるの?歩くことを忘れるの?あなたがどう思っているのかは知らないけど、私にとってはその程度のリスクよ。ハズレを引いたら、素直に死ぬべきだと思えるほどのね。
それで?攻撃を受けた理由だったかしら。そんなの簡単よ。そうするべきだと思ったからよ」
「そっ、そうするべきって!これでも俺は心配したんですよ!本当に心臓が止まるかと思ったんですよ!そこまでする理由が本当にあったんですか!?」
あの時自分は取り返しがつかない事をやってしまったと頭が真っ白になり、それでもやるべき事をやらなければいけないと必死の思いで身体を動かしたのだ。
それなのに、ラウラが攻撃を受けた理由がそうするべきだと思ったからでは、納得なんて出来る筈もない。それならば自分の攻撃を難なく受け止め、ぶっ飛ばされた方がまだよかった。
自分の思いが逆切れの類のものであるとは、当の翔も分かっていた。けれどもどうしても口に出すことを我慢できなかったのだ。
「やっぱり私の予想通りじゃない。今あなたが口にした文句、それが理由よ」
「どういうことですか!?」
「エンジンのかかった後の動きは悪くなかったわ。状況を打開するための発想も及第点。けど無我夢中になるあまり、最後の突撃、何も考えずに全力で放ったわね?
もしあの場でニナが、他の戦闘の余波で飛ばされてきたらどうするつもりだったの?それにあなたの考えたように、私がいつの間にか眷属と入れ替わっていたらどうするつもりだったの?」
「あっ......」
最後のぶつかり合い。翔は勝利を求めるあまり、周囲の状況を確認せず、おまけに敵の姿すら視認せずに全力の攻撃を放ってしまっていた。
ラウラは身体を張って、教えようとしていたのだ。もし、今の攻撃にニナが巻き込まれていたら、彼女はどうなっていたかを。もし、攻撃したのが大した魔力もない眷属であったら、魔王を討伐するほどの魔力が残されていたのかを。
「感情の昂ぶりは、魔法を研ぎ澄まさせる。だから悪いとは言わないわ。けどね、強い感情は時として他人を力の渦に巻き込むことになる。本人の望む、望まぬにかかわらずね。
......しくじるのは分別のつかなかった幼子だけで十分よ。それだけ成長した頭でしくじるようなら、せいぜい盛大にかち割ってあげるから覚悟しておきなさい」
「......よく、分かりました」
祖国のために全力を尽くした自分と、向う見ずに全力を尽くした翔。彼女にはその姿が重なって見えたのだろう。その後に続くのは、取り返しのつかない喪失。
これまでと違い、静かに翔に語り掛ける言葉は、その失敗にニナが巻き込まれないように。あるいは自分の二の舞になる者を増やさないためにと考えた彼女の優しさだったのだろう。
「攻撃は一辺倒、役割は放棄する、動きは感覚頼り、感情の昂ぶりで周りが見えなくなる。
けれど、あなたには偶然悪魔を討伐したわけではない裏打ちされた実力があって、最低限命令を理解する頭もあった。......合格にしてあげるわ」
「っ!ありがとうございます!」
好き放題にされた戦いであったが、そのおかげでラウラと自分の力量差をはっきりと感じることが出来た戦いだった。
そして戦いの末に、その遥か格上から認められたのだ。翔の心には、言葉に出来な充足感が溢れた。
「あぁ、ちょうどよく来たわね」
ガラガラとこちらに向かってくる音がする。
全員が振り向くと、いつの間に姿を消していたのやら、執事のモルガンがごてごてと様々な機材やら、よく分からない鉱石やらのくっついた病院ベッドをこちらに運んでくるのが見えた。
「お、お師匠様......あれって何ですか?」
ニナの驚き様を見るに、彼女も聞かされていなかったことらしい。
「アホからぶんどってきた、アメリカ式の最新治療魔道具よ。話しが確かなら、込められた他人の魔力を利用して、治療を行えるらしいわ」
「えぇっ!そんなものを何でウチに......って、お師匠様!今ぶんどってきた言いました!?」
「というか、何でそんなお高い物を、野ざらしの場所に持ってきたんだ......っ!?冷たっ!?」
先ほどの過失事故からのお説教によって、驚く力すら残されていなかった翔がぼそりとこぼす。そんな彼の頭に、何かしらの液体がぶちまけられた。
「そんなの簡単じゃない。あなたの訓練が終わったのなら、次はニナの番よ。部屋にベッドを持ち込んだら、ニナの動きを確認できないじゃない」
さも当然のことかのように、ラウラが言い切った。見れば彼女の髪色は、先ほどの白から青色へと変わっている。彼女の髪色と先ほどかけられた液体。この流れを翔はよく覚えていた。
「ちょ、ちょっと待ってください!別に自分で歩け_」
「ニナ、武器を構えなさい。今日は厳しくいくわよ」
すでにラウラは翔の方を見ておらず、当然、制止を求める彼の声も届くことは無かった。
「どわあぁぁぁ!!!っぐえ!?」
柔らかなベッドの上とはいえ、頭から落とされたことで、情けない声を上げる翔。そんな彼を助け、モルガンは魔道具の使用を開始した。
「お気を確かに。ここまであの方が準備をして、戦いを目に留めておくように言ったのです。気絶していたなどと言った日には、何度頭から地面に落とされるか分かりませんゆえ」
ラウラとニナの方を見ると、すでに二人は距離を取り、次の瞬間にでも戦いが始まるかもしれない雰囲気に包まれている。
「痛ってて......分かってますよ。ほんと、言ったら悪いと思うんですけど、よくラウラさんの下で働けますね......」
最後の最後で、痛い目を見た翔は、ラウラに聞こえないようにこっそりと毒を吐いた。けれど、聞かされた執事の顔に浮かぶのは同調でもなく、ラウラを貶した翔への怒りでもなく、ただ尊敬の眼差しのみだった。
「それだけの恩義があるのです。私も、お嬢様も」
すでに広場では、ラウラとニナの戦いが始まっていた。
次回更新は4/30の予定です。




