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内に仕掛ける外向きの変化

 物理的にも精神的にも圧力を加えられ続けていた戦いが、ついに終結した。


 けれども翔の胸は戦闘時以上に高鳴り、ラウラにプレッシャーをかけられていた時以上に冷や汗が身体中から噴出している。


(やっちまった!やってしまった!)


 彼がこんなにも取り乱す理由、それは無我夢中で打ち込んだ己の奥義の結果(ゆえ)だった。奥義、擬翼一擲(ぎよくいってき) 鳳仙花(ホウセンカ)は、彼の思惑通り、自らを幽閉する氷の壁を破壊し、地面から起立する氷のスパイク群を砕き切り、ラウラに一撃を加えることに成功していた。


 ここまでであれば、翔も達成感に包まれることこそあれど、冷や汗で全身を包み込むことは無かっただろう。問題はラウラへぶつけた最後の一撃が、いくら大戦勝者(テレファスレイヤー)相手とはいえ、人間に放つにはオーバーパワーすぎる一撃だったことだ。


 擬翼一擲(ぎよくいってき) 鳳仙花(ホウセンカ)は、擬翼(ぎよく)で翔を包み込んで突撃するという特性上、どうしても視界が悪くなる。しかしそんな状態であっても、自分がラウラに一撃を加えたこと。そして続く衝撃によって、彼女の身体にとんでもないダメージを与えてしまったことだけは理解していた。


(は、はやく治療を!くそっ!スピードを上げすぎなんだよ!)


 自分で自分に怒りながら、翔は地面にガリガリと翼を押し当て、無理やり勢いを殺そうとする。


 普段であれば気にもしない停止時間、けれども人命がかかっている場面ではその時間は無限であるかのように感じられた。


「と、止まった!ラウラさん、ラウラさんは......あぁっ!?」


 停止と同時に擬翼を消失させ辺りを見回す。そして気が付いてしまった。ラウラが倒れこんでいること、彼女の身体が真っ二つに切断されているということに。


 ラウラという人物は、ことあるごとに翔を叱責し、振り回し、暴力を持って教育した。普通であれば恨みこそ増せど、親愛の感情は欠片も生まれぬ扱いだ。


 しかし、彼女の言葉は正しかった。従うことに(じつ)があった。だからこそ翔はこの戦闘を最後まで投げ出さず、戦い切ったのだ。そんな彼女であるからこそ、痛い目を見て欲しいと思うことはあっても、死んで欲しいとまでは思っていなかった。


「はっ、はっ、はっ、はっ」


 明らかな過呼吸、それに(ともな)う顔面蒼白。頭は考えるのを止めてしまえとガンガンと激しい頭痛を起こし、意識のシャットダウンを促してくる。


 けれども、今目の前で起こっている事態は事故でこそあれ、過失には変わりない。彼の中の責任感が意識を失うのは許さないと、無意識に手に爪を食い込ませ、痛みによって意識を保つ。


 そうだ。受け入れろ。受け入れるしかないのだ。震える身体に鞭を打ち、翔は己の罪を認めるため、よろよろとラウラに歩み寄ろうとした。


 そんな翔の腕を強く引き留める者がいた。


「待って!翔が考えているようなことは起こってない!だから、大丈夫だから落ち着いて、ね?」


「ニ、ナ?」


 その正体はニナだった。見れば彼女を閉じ込めていた氷球は赤色に(ふち)どられた穴が開き、人一人が通れるほどのスペースが出来ている。おそらく何らかの魔法で自力で脱出したに違いない。しかし、今の翔にはそんなことどうでもよかった。


「ありがとう......けど、俺はいかないと......受け入れないと」


 彼の心にあるのは罪の認識と、それに続く贖罪(しょくざい)の意識のみ。ニナの言葉など話半分も聞いていなかった。


 そんな彼の様子を見て、ニナの目線が怒りによって細まった。しかし、彼女は翔の腑抜(ふぬ)けた様子に対して怒ったわけでは断じてない。


 彼女の怒りは、突然戦いを始めたかと思うと一方的に翔をどつき回しながら罵倒(ばとう)し、自分が助力をしたら魔力差によるごり押しを始め、しまいには翔に対してとんでもない心労をかけ続けている己の師匠に対してだった。


「お師匠様、お師匠様!何が目的か知りませんが、いくら何でも趣味が悪すぎます!

 さっさと演技は止めて、翔と、そしてボクに説明をしてください!」


 ニナの物言いは、己の師に対しての言葉にしては遠慮が無さすぎる上に、死者に対して向ける言葉では断じてなかった。


 師匠の死によって、頭がおかしくなってしまったか。いいや違う。何せその言葉に反応するかのように、ラウラの上半身のみがむくりと起き上がったからだ。


「はぁ~......あなた達のためにやってることだってことは理解しているのでしょう?最後までやらせなさいよ」


「へっ......?はぁ......?」


 ラウラの突然の復活。その衝撃で呆ける翔をよそに、ラウラは離れてしまった下半身を魔法で動かし、上半身と繋げた。そしてピキピキピキと音がなったかと思うと、彼女は立ち上がり、これまでと変わらない不機嫌そうな態度で二人を見つめる。傷跡などどこにも残っていない。


「それでもです!やっていいことと悪いことがあります!」


 なおも感情が(おさ)えきれないのだろう、ラウラに詰め寄るニナ。その様子を見て、ようやく翔もラウラの命に別条がないのだろうことが、少しずつ理解できて来た。


「えっと......あの......ラウラさんは、重傷を負っていたりとかは......」


「......まだ気付かないの?」


 ラウラが信じられない物を見たとでもいうような半眼になった。


「何が、ですか?」


「私の常識だと、人間っていうのは身体が真っ二つになったら、臓器と大量の血液をぶちまける(はず)なんだけど?まさか日本人は違うのかしら?」


「えっ......あっ!」


 ラウラを真っ二つにしてしまったショックで翔は気が付いていなかった。よくよく見てみれば、彼女の倒れていた場所には臓器はもちろん血の一滴だって落ちていない。


「まさかいつの間にか眷属か何かと入れ替わってたんですか!?」


「何でそうなるのよ!ホントに戦闘中以外は察しが悪いわね。ニナ!」


 ラウラが無事であった可能性について、一つの答えを導き出した翔。けれどその答えは彼女に殺意すら忘れて、ただ単純にやきもきさせるほどに的を外れた答えだったようだ。


 もう自分で説明するのも億劫(おっくう)だと、ニナに説明を求めるラウラ。けれども車内ではあった快活(かいかつ)な返事が、今度は返ってこなかった。


「......嫌です」


「......どういうこと?」


「ボクのことを心配してくれてやったことなのは予想が付きます。けど、ボクのせいで誰かがここまでボロボロにされるのなら、今回はお師匠様の肩を持つことができません。自分で説明してください」


 そう言って、ツンとそっぽを向いてしまうニナ。それほどまでに今回翔が受けた仕打ちに不満を持っていたということなのだろう。


 イライラをどこかにぶつけたい。けれど、ニナの言葉の方が正しいため言い返すことも出来ない。不満を表すように自分の髪をくるくると(もてあそ)んでいたラウラだったが、やがてあきらめたかのように口を開いた。


「分かったわよ。ニナ、私が悪かったわ」


「ボクだけじゃありません。翔にも謝ってください」


「はぁ~......あなたの不安定さを見て、思わず口と手が出すぎたの。悪かったわね」


「えっ、あっ、はぁ......」


 ぺこりとラウラが頭を下げた。今までの彼女からは信じられないような、真摯な対応だった。


 同時に、身内がいない場でもこの一割でも自重を覚えてくれたら、世界中の悪評を(ぬぐ)い去ることができるんじゃないかと翔は思った。


「その、実際にラウラさんの言うことはためになりましたし、訓練も実になりました。謝罪も受け入れます。

 だから教えてください。どうしてあの状態で、ラウラさんは無事だったんですか?そもそもどうして最後の攻撃を馬鹿正直に受けたんですか?」


「さっきまで私の使っていた魔法が、五大魔法のどれかは覚えているわよね?」


「それはもちろん。変化魔法ですよね?」


「変化魔法の特性は分かるでしょう?それが答えよ」


「えぇっ!?それだけじゃあ......」


「もう!お師匠様!意図しない謝罪だったからって、開き直らないでください!

 翔、お師匠様の魔法があらゆる物を凍らせて、場合によっては氷そのものに変える変化魔法だってことは分かったよね?」


 あまりにもぶっきらぼうな言葉で説明を()めくくってしまったラウラに我慢がならなかったのだろう。さっきまでそっぽを向いていたニナは、あきらめたかのように説明役を買って出た。


「あぁ。途中で気が付いた」


「変化魔法ってのは大きく分けて、内向きと外向きの二つがあるけど、結局それは術者視点で役に立つかどうかの違いだけで、どちらもかけようと思えば、内も外も関係なくかけられるんだ」


「へっ?そうなのか?......それを今説明するってことは」


「そう、お師匠様は自身の身体を氷に変化させた上で、翔の攻撃を受けたんだ。

 氷だから出血なんかあるわけがない。氷だからくっ付けるのも朝飯前。あの突撃でお師匠様に怪我をさせるのは、最初から不可能だったんだよ」


 ニナはさも当然であるかのように、ラウラの行った仕掛けを説明するのだった。

次回更新は4/26の予定です。

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