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新たなる創造のカタチ

「翔......」


 自らの師によって氷球の牢獄に捕らえられたニナに出来ることは、翔がラウラを失望させない事、そして無事に帰ってくることを祈ることだけだった。


 その気になれば彼女の魔法は氷獄を破壊し、翔に助言を与える事は出来る。けれども、先ほどはその身勝手によってラウラの戦意を上昇させてしまい、翔の命を危険に晒してしまった。


 (さいわ)い翔はラウラの試練を無事に突破してくれたが、二人の様子を見る限り、戦いはまだ終わらないようだった。


「そんな!お師匠様、いくら何でもやりすぎだ!」


 再度始まったラウラと翔の戦いの中、ニナの眼前に広がるのは翔を上下から挟みこむ形で出現したツララの山、そして一瞬のうちに凍結された彼の武器だった。


 翔が見せてくれたフレイルやツララへの対処は、思わず見とれてしまうほどの腕だった。けれど、それも彼の得物たる木刀があったからだ。今の彼はラウラによってそれすらも封印されてしまい、その手に握られているのは棒状の氷。もはや振り回すことすら容易ではない。


 このままでは、これから始まるのは戦いではなく蹂躙(じゅうりん)。ニナの頭に浮かぶのは最悪の光景だけだった。


 そして、現実も想像に追いついてしまう。翔が走り出す。それに合わせてラウラのツララが落下する。


「あぁっ!」


 ニナが思わず顔を背ける。しかし、それをしたところで現実に変化が起こるわけもない。見つめなければいけない。受け止めなければいけない。


 彼女は恐る恐る二人の戦いに目を戻す。どうかラウラが最後の一線だけは越えていないようにと思いながら。


「えっ......?」


 けれどニナの目に映る光景は、彼女の想像とは大きく乖離(かいり)していた。ラウラの攻撃によって地に()しているはずだった翔は一歩また一歩とラウラに向けて歩を進め、彼に突き刺さるはずだったツララは、彼の背後で粉々に砕け散っていたのだった。


___________________________________


「うおぉぉぉ!」


 ラウラが木刀すらも一瞬で凍結させるようになったと気付いた翔は、もはや重りにしかならない氷に埋まった木刀を投げ捨てた。ツララが落下を始める。翔はラウラに一撃を加えるべく走り出した。


 翔の頭上にツララが降り注ぐ。このままではただでは済まない。けれども翔も木刀を持ち、待ち構えることもしない。そうして翔の頭部にツララが直撃するかといった瞬間、彼の右手が大きく振るわれた。


 バキンと軽快な音を立てながら砕けるツララ。翔が己の拳でツララを砕いたのか。


 いや、そうではない。翔の右手には木刀が握られていた。すでに完全に凍結した木刀が。なら、安定しない凍結した氷柱を振るうことを彼は許容したのか。いいや、それも違う。


 翔はラウラの凍結魔法がいくら一瞬の内に物体を凍結させるとしても、生成させたばかりの物体なら、凍結されるまでにタイムラグがあることに気が付いたのだ。


 それは刹那のタイミング。擬翼(ぎよく)であれば、魔力を噴出させる暇すらないタイミング。


 けれど木刀であれば。刹那のタイミングで仕事をこなせる木刀であれば、その意味は大きく変わってくる。


(ハプスベルタとの戦いがあったからこそ思いついた。あいつのおかげってのは、ムカつくから口が裂けても言わねぇけど)


 ハプスベルタの魔法。それの本来の用途は、己の振るう得物の正体を隠し、リーチやサイズをインパクトの瞬間まで隠し通すものだった。


 翔が生み出せるのは木刀のみ。普通であれば習得しようと、小手先の手品程度にしかならない技のはずだった。


 けれども、今の状況においては、その技こそが必要とされていた。インパクトの瞬間のみ木刀が出現していることが何よりも大切だった。


 翔は己の魔法と技によって、ハプスベルタの戦法を完全に模倣(もほう)して見せたのだ。


(ぶつかる瞬間しか木刀が存在しないのだから、ラウラさんの凍結も間に合わない!)


 頭上から降り注ぐツララを、行く手を阻むスパイクを、翔は攻撃の瞬間のみ木刀を生成することで突破し、役目が終わり次第木刀は投げ捨て、消滅させる。


 これによって、ラウラは翔の木刀という唯一の武器を奪いきることができず、進軍を止めることも出来ていない。


 このままなら翔はラウラに一撃を与えられたはずだった。


「相変わらず接近戦の腕だけは悪魔も顔負けね。いいわ、見直してあげる。ここからは私のわがままよ」


 氷に(さえぎ)られ、姿の見えないラウラの声が響く。同時に、翔のゆく手を遮るように、一本の巨大なスパイクが()える。今までのスパイクのようには簡単に砕けるものだとは思えない。そこで彼は生み出す木刀にいつもより魔力を込めることで、破壊しようと試みた。


「がっ!?っー!!!」


 だが、振り抜いた腕に響いたのは氷を砕いた心地良い感覚ではなく、硬い物を殴りつけてしまった時に響く、鈍い痛みと衝撃だった。おまけに肝心のスパイクには傷一つ付いていない。


 そして、目の前のスパイクを砕くのに手間取っている隙に四方八方から同様のスパイクが生え始め、翔の頭上で混じり合うと、彼を閉じ込める氷獄が出来上がってしまった。


「くそっ!こっちも!駄目だ、どこかがありえないほど硬いってわけじゃない......

 全部が全部、考えられないほど硬い!」


 ガチン、ガチンと己を閉じ込める氷壁に木刀を叩きつけるが、返ってくるのは腕へのダメージのみ。壁面には(けず)(あと)すら残らない。


「その氷が、あなたと戦う時に使うと決めていた量の魔力で生み出せる、最硬度の氷よ。

 あなたは追い詰められれば追い詰められるほど、可能性を見せてくれるもの。砕けとは言わないわ。一矢報いて見せなさい!」


 またも尊大(そんだい)なラウラの声が壁向こうから響く。同時に、翔を(おお)う氷がゆっくりと彼を押しつぶすように再度成長を始める。


 この氷の動きすら、彼女の血塗られた実績だけを見れば恐怖の攻撃だ。しかし、先ほどの言葉が確かであるなら、今までの氷すら彼女の中では手加減の上での手抜き攻撃に過ぎなかったということだ。


 翔相手にどれだけ魔力を消費する気であるかは不明だが、彼を閉じ込めるこの氷こそが正真正銘彼女の本気、今の彼女に出せる最大の魔法だということだ。


「......なんだよ。あんだけ殺意を振りまいてた癖に、手加減だけはしっかりしてくれてたってのかよ」


 スパルタという言葉すら生ぬるい実践訓練。言葉で本物の殺意を振りまき、実際の暴力によって言葉の重みを増していった中でも、最後の一線だけは超えぬよう、ラウラは加減してくれていたのだ。


 ニナを思う気持ちが本物だった。翔を不甲斐なく思う気持ちも本物だった。そこから生まれる本物の怒りのせいで、翔は彼女が結果次第で自分を本気で殺しかねないと勘違いしていただけなのだ。


「そう考えるとムカついてきた......」


 翔がこの場にいるのは、元はと言えばラウラが血の魔王討伐のための応援を大熊に求めたからだ。


 しかし蓋を開けてみれば、肝心のラウラに罵倒はされる、物知らずを指摘される、説教はされる、いきなりの実践訓練でどつき回されるなど、およそ頼みごとをした側の態度とは思えない仕打ちを受けている。


 おまけに敵と敵同士だなどとこちらを(あお)っておきながら、手加減の上に手抜きまでされていたとなっては翔としてももう黙っていられなかった。


「散々人の頭や尻をどつき回しておいて、おまけに舐め腐っていただぁ?ふざけんなぁ!

 あぁ、そうだろうな!俺とラウラさんの間にはそれぐらいの差があるんだろう。けどな、そんだけされて目上の人間を立てられるほど、俺は人間が出来ちゃいねぇんだよおぉぉぉ!!!」


 逆切れとも取れる翔の爆発。けれども彼の精神はラウラとの空の旅が始まった頃から、ずっと、それはもうずぅっと、ガリガリガリガリと削りに削られ、残った心より削りカスの方が多いほど精神が摩耗(まもう)していたのだ。


 心に余裕の無い人間が取る行動は大きく分けて二つある。


 一つが逃避。己の立場、関係、生活の全てを放棄(ほうき)し、投げ出してしまう状態だ。


 そしてもう一つが暴走。抑圧された反動で、原因となった対象に、感情の(おもむ)くままに行動してしまう状態だ。


 今の翔の状態は誰がどう見ても暴走。散々抑圧してきた相手であるラウラに、彼女の性格や立場、力量の一切を考慮せず、怒りの感情をぶつけようとする一種のトランス状態だった。


「あの人にはぜってぇ痛い目を見せる!そうと決まれば問題はこの壁だ!」


 先ほどの上位存在から向けられる怒りに怯えながらも、四苦八苦戦う翔の姿はどこへやら。今の彼は、ラウラの望む望まぬに関わらず、彼女に一矢報いることだけを目標としていた。いや、むしろそれしか考えていなかった。


「木刀の一発二発程度じゃ傷一つ付かない。それより強い攻撃は、擬翼一擲(ぎよくいってき) 鳳仙花(ホウセンカ)を放つこと。

 けど翼を生み出そうにも、凍結するまでに飛び出すのが間に合わない......」


 ラウラによる、翔の生成物への瞬間凍結攻撃は今も続いている。


 木刀で氷を砕けないのであれば、他に翔に出来るのは、自分の最大の攻撃魔法である擬翼一擲(ぎよくいってき) 鳳仙花(ホウセンカ)を放つことだけだ。


 けれどもこの魔法は擬翼(ぎよく)による高出力の魔力放出があるからこそ成立する特攻魔法なのだ。擬翼(ぎよく)を展開することを封じられた自分では放つことが出来ない。


「いや、あきらめるな!擬翼(ぎよく)を展開できない理由はなんだ。それはラウラさんの魔法によって、翼が一瞬で凍らされてしまうからだ!

 ラウラさんの魔力があったら、翼が展開できない......待てよ。魔法を発動するには、魔力があるのが絶対の条件だ。なら、魔法を使いたい空間から、あの人の魔力を全部(はじ)いちまえば!」


 それは魔法の素人である点からも、そして武人の卵である点からも、実に翔らしいごり押しの発想だった。


 通常の空気中にはプラスとマイナスの魔素が存在し、魔法が発動されると、必要とされる魔素は魔力と一緒に消費されながら余った魔力がそのまま漂い、不要な魔素は空間から弾き出される。つまり魔法を使用すれば使用するほど、空気中の魔力は術者の魔力に染まっていくのだ。


 この場で魔法を一番使用しているものといえば間違いなくラウラ。しかも現在翔は、そのラウラの魔法によって閉じ込められている状態だ。翔の周りはラウラの魔力一色と言っていい状態だろう。


 その魔力を翔の魔力に塗り替えるには、とんでもなく膨大(ぼうだい)な魔力が必要になる。普通の魔法使いであれば思いつくことこそあれど、(おろ)か者の作戦とすぐさま切り捨てることだろう。


 けれどもこの場の作戦の決定権を有するのは翔のみ。そして彼にはこの作戦を遂行(すいこう)しうる莫大(ばくだい)な魔力がその身に宿っていた。


「考えろ。空間を俺の魔力で満たす。そして同時にラウラさんの魔力を(はじ)く魔法のカタチを......

 考えろ。俺の唯一の魔法、木刀を生み出す魔法だけで作り出せる形を......」


 一本の木の棒を生み出す魔法、一本の組み合わせによって生まれる魔法。それこそが翔に出来る全て。彼の可能性だ。空中のダンタリアに食らいついた時のように、そこから想像を発展させ、一対の翼を生み出した時のように。翔の頭の中でありとあらゆる形が()けては新たに組み合わさっていく。


 そして何度目かの思考の末、彼は天啓(てんけい)にたどり着いた。


「これだ!()()()、そして()()()!」


 翔の目の前に二本の木刀を十字に組み合わせただけの杭のような物体が生成される。けれどもその数は一つではない。一本の杭の横に繋がるようにもう一本の杭が、一本の杭の上に繋がるようにさらなる一本が生成されていき、氷獄の中にさらなる杭のドームが出来上がった。


 そして、この杭達には彼の擬翼と同じように、中心に穴が開いていた。わざと大量の魔力が漏れ出すように大穴が。


 ブシュウウゥゥと大きな音を立てて、ドームの外側に、そして内側に大量の魔力が放出される。結局どれだけ魔力量に差があろうと、魔法を発動するにはその場に魔力があることが絶対の条件だ。


 これだけ空間を翔の魔力一色に染め上げてしまえば、本体のラウラと距離がある彼女の魔力は空間から()め出されてしまう。彼の行動を(とが)める(すべ)が無くなってしまう。


「凍らないっ!今だ!」


 翔が擬翼(ぎよく)を展開した。やはり杭と同じように凍結しなかった。


擬翼一擲(ぎよくいってき) 鳳仙花(ホウセンカ)ァァァ!!!」


 そのまま奥義により擬翼(ぎよく)を変形させると、出力限界まで一気に魔力を放出し、氷壁に突っ込んだ。


 発動した魔法同士の戦いであれば、ここからは魔力量の力比べ。だが、氷壁は徐々に、けれども確かに彼の擬翼(ぎよく)に力負けし、ビシ、ビキッと不穏な音を立て始める。


 そして、均衡は崩れた。


「いっけえぇぇぇぇ!!!!!」


 彼の掛け声と共に氷獄は砕け散った。そのまま擬翼はスピードを増し、ツララを砕き、スパイクを粉砕し、ラウラの下へと一直線に突き進む。


 翔と彼女の間の、全ての障害が砕け去った。


 少女の姿の大戦勝者(テレファスレイヤー)は、不機嫌そうに口をへの字に曲げ、けれども翔を認めるように鼻を鳴らし、彼の攻撃によって真っ二つに砕け散るのだった。

次回更新は4/22の予定です。

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