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窮地にふさわしい折れた翼

「う、うわああぁぁぁぁぁ!!!」


 擬翼(ぎよく)を凍らされ、飛行手段を失った翔が真っ逆さまに落ちていく。高高度からの自由落下。通常の地面であっても無事では済まない事態に追い打ちをかけるにように、翔の落下地点に広がるのは一面のツララによるスパイクだ。


 このままでは落下の衝撃によって串刺しになってしまうのは、火を見るよりも明らかだった。


(バカか俺は!さっき自分でラウラさんの魔法は、あらゆる物を凍結状態に変化させる魔法だって言ったじゃねぇか!

 俺自身は自分の魔力によって保護されていても、翼は例外に決まってる!)


 落下しながら、翔はラウラの魔法に対する認識が、正体を見破った後でもまだ甘かったことを後悔した。


 ラウラの魔法は全てを凍らせる変化魔法。彼女とは別物の魔力の塊である生物そのものを瞬時に凍結させることは出来なくとも、魔力による生成物を凍結出来ないとは彼女は一言も言ってない。


 現にラウラは、翔の木刀もゆっくりとだが凍結させて見せた。同じ創造魔法で作り出した擬翼(ぎよく)だけが凍結出来ないと考えるのは、虫が良すぎる話だった。


「ほら、早く対策しないと串刺しになるわよ。それとも横から穴だらけになる方が先かしら?」


 自らを翔の敵であると宣言したラウラに、窮地(きゅうち)(おちい)った彼に対する手心は無い。むしろ追撃を掛けるように、四方八方に散らばるツララを標的に向けて射出する。


「くっ!このっ!はぁ!ちくっ、しょう!攻撃が途切れない!」


 氷そのものを操る始祖魔法でなかったことが、この時ばかりは幸いした。どうやって操っているかは謎だが、飛んでくるツララの弾速は、どれも当たったら身体に刺さる程度のスピードでしかなく、目の届かない場所からの攻撃も、こちらに迫る風切り音で何とか反応が出来ている。


 しかし、肝心の弾丸であるツララは、変化魔法によってほぼ無限に生成が可能な代物だ。攻撃がとにかく途切れない。途切れないということは、常に意識をそちらにも()かなければいけない。落下への対応が追いつかない。


「はっ、はっ、はあっ!っ!?またか!」


 パキパキと音を立てながら、木刀の先端から凍結が広がっていく。翔は忌々(いまいま)しく思いながらも、手元の木刀を放り捨て、新たな木刀を生成するしかなかった。少しでも長く木刀を使っていただけでこれだ。


 本気を出したラウラの白い浸食は、翔に同じ武器を振り続けることすら許容しない。


 本来変化魔法というのは、術者から離れれば離れるほど効力が弱まり、影響が小さくなっていくものだ。しかし、ラウラの変化魔法は、数十メートル離れた翔の擬翼や木刀すら平気で凍結させるほどの力を持っている。


 まさに人類の最高峰。大戦勝者(テレファスレイヤー)だからこそ許された規格外の制御能力だった。


(マズい、またラウラさんに誘導されてる!攻撃の対応にかかりきりにされている!このままじゃ本当に串刺しだ!)


 擬翼(ぎよく)は一瞬で凍結される。防御のための木刀も時間が経つと凍結が始まる。このままでは地面のスパイクで助からない。誰がどう見ても詰み寸前の状態だった。


(何か、何かないか!この状況を脱出させるための何か!せめて、せめて地面に無事に着地するための方法を!)


 もはや地面は目と鼻の先だ。最悪の光景が頭をよぎる。


「このぉ!......あっ」


 苦し紛れに放り捨てる凍結された木刀、その軌跡が視線の端で瞬いた時、翔の頭に過去の映像の一つが(よみがえ)った。


 それは、擬翼を生み出すよりもさらに前。マルティナへの対策をダンタリアと一緒に模索していた時の映像だった。あの時、翔はダンタリアの攻撃を逆手に取って、上空の彼女に一矢報いようとした。


 そして、それをさらに逆手に取られ、足場を消されて落下しようとしていた。けれども翔は窮地(きゅうち)の中で一つのひらめきを、そしてそのひらめきによって知識の魔王の想像を、一瞬とはいえ凌駕(りょうが)したのである。


 今の翔は、擬翼(ぎよく)で空を自在に飛ぶことが許されない。それは、ラウラが翔の擬翼を凍結させることに、多くの魔力を()いているからだろう。


 けれども翼の原点となった己の得物だけは、完全には封印されていない。今求められていることは、落下の衝撃を少しでも殺すこと。そしてスパイクを(かわ)せるように一瞬だけでも空中で軌道を制御すること。


 その二つの要望をこなせるのであれば、どんな形であろうと構わない。例え失敗作の型落ちの翼でも。


「これだあぁぁぁ!!!」


 翔は生み出したばかりの木刀を放り捨て、新たな木刀を生み出した。


 逆手に構えられ、先端には大穴が空き、そこから大量の魔力が流出している不良品。けれどもそれで良かった。いや、この場はそれこそが良かった。


 何せその不良品は、流出する魔力によって翔の落下の勢いを大きく殺し、スパイクへの突入も上からではなく斜め横からの突入を可能にしたからだ。


「うおぉぉぉ!っ!?」


 ラウラの驚きを表すかのように、一瞬のうちに凍結される不良品の木刀。けれどもその対応は遅きに失した。


「ぐっ、があっ!?ごはっ!!!ごほっ、ごほっ、ごほっ!はっ、はっ、はぁ......

 ははっ、生まれて初めて、地に足がついてることを嬉しいと思えたな......」


 凶悪なスパイク群も、裏を返せば大量のツララ。先端の攻撃力がいくら高かろうと、横への攻撃力はゼロに等しい。むしろ中途半端に砕けた氷は、落下の衝撃を殺すクッションへと早変わりしていた。翔は擦り傷程度で、あの高空から無事に着陸して見せたのだ。


「さっさと重傷を負わせて日本に叩き返してやろうと思ったのに。......いえ、初めからその発想力を見れれば、そもそもこんなわだかまりを感じることは無かったわね」


 地上には仏頂面でこちらを見つめるラウラの姿があった。表情だけでは本心をうかがい知ることは出来なかったが、彼女の発する言葉からは、これまでの翔に対する失望とは打って変わって、驚きと(かす)かな期待が感じられた。


「それに関してはすみません......けど、血の魔王を討伐すること、そしてニナを守るって言葉に嘘はありません。やり遂げてみせます!」


 自分の力量不足で、悪魔の被害に苦しむ人達を見捨てるわけにはいかない。ここが勝負どころだと、翔は畳みかけるようにラウラを説得する。


 そして、唯我独尊な彼女にしては珍しく、長い沈黙が続いた。


「......まだよ」


 しかし、ギリギリのところで翔の言葉は彼女を認めさせるには足りなかった。


「えっ?」


「私とあなたは敵同士。ならば勝負を終わらせる方法は一つしかないじゃない」


 空中にまたしてもツララが、地面には同様にスパイクが、そして手元の木刀がいずれも一瞬で凍り付いた。


「私に一撃を与えなさい。そしてそれを持って、己の我を証明しなさい!」


 盾という役割を学んだ。窮地(きゅうち)を食い破る突破力を見せた。だからこそ最後に己の判断こそが正しいと力をもって証明してみせろ。ラウラはそう言っているのだ。


 これまでの凍結スピードを圧倒的に凌駕する、本来の変化魔法使いのキルレンジで。


「ぶっきらぼうで、乱暴だけど......あなたの教えはどれも本当に勉強になりました。

 だからこそ俺も、全力でぶつからせてもらいます!」


 氷の少女と創造の少年、二人の訓練を超えた真剣勝負の最終ラウンド。そのゴングが鳴り響いた。

 余談ですが、ツララを操っていたのは彼女ではありません。天候を自在に操る、彼女の相棒の仕業です。


 次回更新は4/18の予定です。

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