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氷結の軍人

「ゲホッゲホッ!ゼェゼェ......くっ、はっ!」


 ここからは敵と敵、力と力のぶつかり合いだとお墨付きをもらった翔は、ラウラから放られたフレイルを受け止めず、擬翼(ぎよく)を用いて下へと躱す。


 だが彼は同時に、突然自分の口から(こぼ)れた鮮血について考える必要があった。


(ラウラさんとニナの掛け合いからして、これもほぼ間違いなくラウラさんの仕業だ。だから、考えるべきなのは誰がやったのかではなく、どうやったかだ)


 続く訓練によって、翔も推測に過ぎないが、ラウラの魔法について大まかな特性が分かってきていた。


(今のラウラさんは、冷気を操ってる。しかも、周りの水分を一瞬で凍らせてしまうほどの超低温の冷気を。

 これだけでも十分に脅威だけど、問題は、凍らせてるだけじゃ説明がつかない現象もあるってことだ......)


 今のラウラは、彼女を中心に超低温の空間を作り出している。その空間内の温度変化は急激そのもので、近距離であれば木刀という水分のほとんど残っていない物質すらじわじわと凍結させ、遠距離でも震脚一つで地面を冬模様に作り替える。


 これだけであれば、まだ翔の理解の範疇(はんちゅう)に収まっていた。しかし、彼女の魔法はそんな単調な代物ではない。


 一つ目は彼女が生み出したフレイルだ。


(水分を凍らせてあのボールを作り出したんならまだ分かる。けど、ラウラさんがあれを生み出したのは一瞬だった)


 ラウラがフレイルを生み出した際、彼女の周りにはあの氷球を生み出せるほどの水分は存在しなかったはずなのだ。けれど、現実には彼女は見事な氷球を作り出し、あまつさえ翔への攻撃の途中で巨大化までさせている。


 仮に空気中のわずかな水分を集めて凍結させたとしても、いくら何でもフレイルは巨大すぎる。


 いったいどうやって、水分を確保しているのか。翔には見当もつかなかった。


 二つ目は現在進行形で、翔を苦しめる謎の喀血(かっけつ)だ。


「ゼェ......ゼェ......ごっ!?ゲホッ!ゲホッ!」


 大した量ではない。しかし水気を含んだ呼吸から、(せき)と共に鮮血が吐き出される。


(これだ......この謎の咳。なんだ?何が原因で血が混じるようになったんだ?)


 翔の様子を見ても、取り乱すどころか心配すらしないラウラの様子から、この現象の下手人が彼女であることは明白だ。


 けれども、翔がラウラに受けた攻撃は、腹部に叩き込まれた氷柱の一撃のみのはず。そして、それが原因であるのならば、その時点で翔の呼吸には咳と共に血が混じるはずなのだ。


 だというのに、まるでラウラの怒りのボルテージが上昇したのが原因であるかのように、彼女の本気を出す宣言と共に始まった謎の(せき)。このままでは呼吸すらままならず、彼女に敗北することになる。


 だが、そんな状況に助け舟を出す人物がいた。


「翔!最初にお師匠様が言っていたように、今のお師匠様の魔法は規模こそふざけているけど、変化魔法だ!

 冷気を操っているだけの始祖魔法なんかじゃない!」


 その声の主はニナだ。翔とラウラの争いに割って入ってくれた時のように、彼女は再び翔に助力しようとしているのだ。


「ニナ、何のつもり?」


「敵と敵。お師匠様自身が言った言葉です。

 ならボクは、相棒である翔のために力を貸す。何もおかしいことじゃありません!」


「......失言だったわ。けど、私もあなたのために、この悪魔殺しを試している。これ以上の助言は許さないわ」


 ラウラがニナへと向けて、フレイルを放り投げた。一見、血の気の塊であるラウラが癇癪(かんしゃく)を起こし、ニナを攻撃したように見えたが、答えは違う。彼女にぶつかる寸前で、フレイルはパカリと真っ二つに開き、そのまま彼女を飲み込んだのだ。


 フレイルはいつの間にかに中身が空洞になっていたようで、素材が無色透明に近い氷であることから、中に閉じ込められたニナが中から氷を手で叩く様子が見て取れた。


 けれども、何かを伝えようと口を開く彼女の声や、氷を叩く音は何一つ聞こえてこない。ラウラはこれ以上自分の魔法についての情報を翔へと渡されないよう、情報伝達手段を奪ったのだ。


「待たせたわね。さぁ、実戦を再開しましょう」


 またもラウラの手に氷球が生成される。そして今回もどれだけ見回しても、彼女の手の中の氷球を生み出せるほどの水分は、どこにも見当たらなかった。


(やっぱりだ。やっぱりラウラさんは、単純に水分を凍らせて、氷の塊を作り出しているわけじゃない!)


 ラウラによって閉じ込められる寸前、ニナは翔に、ラウラの魔法が始祖魔法ではなく変化魔法であることに目を向けるよう誘導していた。ならば、今の状況を打開するためのカギは、そこに隠されているはずなのだ。


(ラウラさんの魔法が変化魔法......変化魔法は文字通り生き物や物体を、全く別の存在、状態に変化させる魔法だ)


 ダンタリアが見せてくれた変化魔法は、彼女の細腕に鍛えられた翔の腕を打倒するほどの筋力を(さず)け、何の変哲もない杖の先端に、触れたもの全てを黄金へと作り替える呪いを付与した。


 変化魔法とは、それほど非常識的な変化をこの世にもたらす魔法なのだ。ならば、ラウラがこの場で起こした冷気の発生も、何か大きな世界の変容の結果によって起こっていることになる。


(冷気が起こる......物体を凍らせる......いや、ちょっと待て。確かに冷気はあった。けど、それはどれも氷が近くに出来てからじゃないか?)


 ニナから授けられたヒントによって、翔は一つの可能性に思い当たった。


 突然振り出した雪、凍らされた木刀や地面。その結果によって、翔はラウラが周囲の温度を急激に下げ、物体を凍結させているのだと思っていた。


 しかし、その過程が逆であったとしたら。温度を下げたことによって物体を凍結させたのではなく、単純に氷が周りに出現したことによって周囲に冷気が発生したのだとしたら、話しは全く変わってくる。


(まさか......まさか!)


 頭をよぎった閃きのままに、翔はポケットからハンカチを取り出し、口を覆う。そして覚悟を決めると、思い切り空気を吸い込んだ。


「!?」


「はぁ、全くニナったら、喋りすぎよ......」


 翔が口を覆ったハンカチ、その外側には無数の氷の粒が付着していた。しかもただの氷の粒ではない。衣類に張り付き、種子を散布する植物のように、どの氷の粒も先端がフック状になっており、ハンカチに突き刺さっていたのだ。


「これが原因だったのか!」


 翔を襲った突然の(せき)込みとそれに伴う喀血(かっけつ)。その正体は、ラウラの魔法によって翔の口元に出現したフック状の氷の粒。それが呼吸と共に彼の喉や気管を傷つけ、(せき)と出血を()いていたのだ。


 そして、翔が(せき)込みのカラクリに気が付いたことで、彼女の魔法の正体も明るみに出ることになった。


「ラウラさん。俺はあなたの魔法が冷気を操り、凍らせた物体を自由自在に操る魔法だと思っていた。

 ......けど違った。あなたの魔法は凍らせる魔法。ありとあらゆる物を、あらゆる法則を無視して氷に変える変化魔法なんだ!」


 そう、ラウラの魔法は冷気を放出することで何かを凍らせているわけでは無い。指定した物を問答無用で氷に変化させる魔法だったのだ。


 問答無用であらゆる物を凍らせられるのだから、空気中の魔素を凍らせ、氷球を生み出すことも出来る。翔の口元を狙って氷の粒を生み出すことができる。


 相手を誘導するのはラウラの得意技だ。最初の翔の攻撃に合わせたカウンター、地面を一瞬で凍らせた震脚。あれらによって、自分の魔法を冷気を操る魔法であると、翔の思考を誘導していたのである。


「はぁ......バレてしまったなら仕方が無いわ」


 ラウラが溜息を吐き、手元の氷球を消失させた。


「えっ?どうして?」


「攻撃のタネが割れているのよ。当然でしょう?

 これまではあなたを混乱させて思考の(おり)に閉じ込めることで、窮地(きゅうち)から脱する突破力を判断しようと思ってたけど、プラン変更よ」


 パキ、パキパキパキ。翔の背後で、頭上で、前方で、あらゆる方角から異音が響く。


「なっ、なあぁぁぁ!!!?」


 原因はすぐに分かった。氷球を手元に生み出した時と同じように、今度はツララを生成したのだ。しかし、驚くべきはその規模だ。


 右を見ても自分に尖った先端を向けるツララ、左を見てもツララ、上も下も、全ての方角に翔を狙うツララが生成されていたのだ。


「タネが割れて、余裕が生まれてしまったのなら仕方がない。技も華も無い単純な力押しをさせてもらうわ」


「くっ!」


 あらゆる方角から同時にツララを飛ばされては、どれだけ剣の腕があろうと関係ない。必ず(さば)き切れない攻撃が生まれることになる。それを防ぐためにも、彼は擬翼(ぎよく)を用いてどこかの方向に突撃し、包囲から抜け出そうとした。


 しかし彼はラウラの攻撃の規模に圧倒され、肝心なことを失念していた。ラウラの魔法があらゆる物を凍らせる、または氷に変える変化魔法だということを。そして、窮地に落とすと宣言した彼女が、彼の飛行能力を認めるわけが無いということを。


()()ももう使用禁止よ」


 パキンと(かわ)いた音を立てて、遅れてとある物が凍り付いた。


 それは、翔の機動能力の要。背中に生えた擬翼(ぎよく)だった。

次回更新は4/14の予定です。

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