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アイスクリエイトオブジェクト

「はぁっ!」


 ラウラとの押し問答が終わると同時に、翔は背中の擬翼(ぎよく)を用いて空へと飛び上がった。


(あのまま地面にいたら、同じように動きを止められて、同じようにぶっとばされるだけだ。動きの自由だけは確保しとかねぇと!)


 始まりにラウラが見せた震脚(しんきゃく)。あのたった一度の動きによって、地面の水分がたちまち氷へと変化し、翔の足は地面に()い留められたのだ。


 そして現在翔は、少量とはいえ所々を出血してしまっている。地面までジワリジワリと伝う出血を。


 こんな状態の自分が先ほどの震脚(しんきゃく)を受けてしまったらどうなるか、答えは言うまでもない。


 そんな詰みの状態から抜け出すための苦肉の策。それが飛び上がった理由だった。


(ここまでは仕方ない。問題はここからだ)


 先ほどラウラは、足が()い留められ、身動きが出来なかった翔の行動を完璧に読み解き、痛打を与えてきた。


 そして今回の翔の行動も、自分の意志による行動ではなく、ラウラの行動によってその選択肢しか残されていなかった半強制された動きだ。


 動いたのではなく、動かされた。そんな翔を待っているのは、予測を当てたラウラによる痛烈なカウンターである。


「当然空へと飛び出すわよね。だからこうしてやるわ」


 ラウラは開いた手の平に魔力を集める。するとパキパキパキと氷が形成され、手のひらの上でサッカーボール大の球体が出来上がった。


「せいぜい必死に耐えることね!」


 そうして出来上がった氷の球体を、彼女は翔に向けて蹴り上げたのだ。


 寸分の狂いもなく翔に飛来する氷球。()けられないスピードではない。けれど、翔は彼女がここまで自分に(いきどお)る理由を思い出す。


(ラウラさんは、俺がニナを守り切れるか心配で、そのせいで俺を試しているんだ。

 ラウラさんの攻撃を耐えきれずに撃ち落されるんならまだいい。もし、また避けるようなら、今度こそあの人は俺を許さない(はず)だ)


 ラウラが身内を何よりも大切に思っているのは周知の事実だ。そして身内を守るためなら、世界すら平気で敵に回そうともかまわないと本人が言っている。 


 なら翔に出来ることは、ここでも一つしかない。彼女の攻撃を受け止めきり、その上で彼女に一太刀浴びせること。


 決断した翔は、擬翼(ぎよく)の出力を上昇させた。そして手にする木刀で、迫る氷球とぶつかる。


「ぐうっ!ぐぐぐぐっ!がぁっ!」


 ただの氷の塊。けれども魔力を込められ、高速で蹴りだされたそれは、生身の人間を簡単に殺せるほどの威力があった。翔はそれを何とか横へと弾き飛ばす。


(よし!次に何が来るにせよ、何とかこの場は_)


 翔が達成感で一瞬全身の力を抜いた時だった。


「なに終わったつもりでいるのよ。ほら、次が来るわよ!」


「えっ?なっ!?ぐうぅっ!!!」


 横へと弾き飛ばしたはずの氷球、それが反対の方向から、再度翔へと飛来したのだ。


「ぎぎぎ!はあっ!」


 油断した分、歯を極限まで噛みしめ、身体に力を込めることで何とか氷球を弾き返す。だが、翔の頭は疑問で埋め尽くされた。


(何だ!?何が起きた!?氷球を操ったのか?けど、ラウラさんは自分の魔法を変化魔法だって_)


「ぐうぅぅぅぅ!!!」


 答えの出ない翔に、三度氷球が飛来する。絶え間ない連撃。重く身体にのしかかる衝突の衝撃によって、此度の氷球は弾き返すことができず、受け止めるのが精いっぱいだった。


 ある程度勢いは殺したとはいえ、氷球はまだ翔の近くにある。さらに連撃の間隔(かんかく)(せば)まることを予想し、身構える翔。


(なんだ?攻撃が来ない?)


 しかし、予想した高速の衝撃はいつまで経っても飛来しなかった。それどころか、ドンっと鈍い音が聞こえ、慌てて氷球に目を向けると、翔を苦しめた氷球が地面に転がっていたのだ。


 今までの連撃ではありえない光景だった。


「気付いたのかと思ったけど、その顔じゃ、どうやら偶然のようね」


 落胆した様子を見せるラウラ。そんな彼女が片手を引くと、ジャラジャラと音を立てて氷球は彼女の下に高速で舞い戻り、おとなしくその手に収まった。


「あっ!?」


 そこまでされたことでようやく翔も気が付いた。彼女の手には氷球だけでなく、限りなく透明に近い鎖が握られているということに。その鎖が、氷球に繋がっているということに。


「あの鎖で氷球を操っていたのか!」


 そう、彼女が空中の翔への対策に用意した武器は、氷球という一発限りの弾丸ではなく、鎖で繋がれた超大型のフレイルだったのだ。


 そして、それが明らかになったからこそ、一連の連撃にも納得がいく。


 翔ははじめ、ラウラから何度も聞かされた盾という役割を遂行するために、飛ばされた氷球を勢いよく弾き飛ばし、ニナに間違っても流れ弾がいかなないことを重視していた。


 しかし、そのせいで勢いを失わなかったフレイルは、ラウラを軸に回転が加わったことで、再度翔へと飛来したのだ。


 そして三度目の攻撃で翔がフレイルをただ受け止めたことで、フレイル自体の勢いもゼロになり、地面へと落下していったのだ。


 翔が気持ちを改め、役割を完全に遂行しようとした使命感。それをラウラが利用したことで、彼は必要以上の消耗を味わうことになったのだった。


「自分の役割を自覚したことは褒めてあげる。けど、完璧に役割を遂行するために必要以上の力を使うことは余裕を失くし、最悪の事態を招くことになる。覚えておきなさい」


「......はい」


 元はと言えば、翔が空中へと飛び上がるところまでは、ラウラによって誘導された行動だったのだ。


 翔の動きを予測していた彼女にとって、その後の一連の作戦を組み上げるのは、容易だったに違いない。


 攻撃を防ぐという意識に(とら)われすぎた事、それによって周囲を観察する余裕を失くしたことが、翔の失敗だった。


「それにしても攻撃は一辺倒、役割は放棄する、動きは感覚頼り、感情の昂ぶりで回りが見えなくなる。少し動きを見ただけで、これだけの欠点が見つかった。

 ......あなたのこと、本当に始末してやろうかしら?」


「っ!?」


 ゾクリと翔の身体を悪寒が走る。もちろん原因は、ラウラが翔に向けた怒りのせいだ。


 しかし、今までの彼女とのやり取りでは、背筋に悪寒が走るほどのプレッシャーを感じたことは無かった。ならば、今回の彼女の言葉は、それだけ本気の発言だということだ。


 今まさにラウラは翔を一方的に見限ろうとしているのだ。


「お師匠様!」


 ラウラの豹変(ひょうへん)を察知し、ニナが声を荒げた。


「ニナ、分かっているでしょう?あなたはこれから、この悪魔殺しとたった二人で血の魔王と戦うことになる。

 こんな、足を引っ張り続ける、足手まといと、一緒に!それであなたの命が失われるのを私が納得できると思う!?

 出来るわけないじゃない!私は家族が死ぬのはもうまっぴらなのよ!」


 ラウラという少女を形作った根源が、彼女の口から感情となって吐き出される。


 喪失(そうしつ)を味わう恐怖、怒り、絶望。そしてそれを二度と体験しないために、条理から外れた行動を取ろうとする姿は見た目相応、幼子の行動そのものだった。


「違います!翔は一度目の失敗で反省して動きを改めた。二度目の失敗でも反省し、次の動きに活かそうとしていた。

 彼はこの訓練を通して学んでいるんです!見限るのはまだ早い!」


 対するニナも、ラウラに負けじと感情を爆発させた。


 彼女の心の内側を占めるものは翔にはわからない。けれど、彼女の言葉が咄嗟に翔を守ろうとするための出まかせなどではなく、本心からの言葉であることは感じられた。


 出会ってからの時間は数時間足らず、けれども翔へと寄せてくれる信頼や期待はとても大きく。


 理由はわからずとも、こうして自分のためにラウラの言葉にはっきりと否を突き付けてくれるニナに、翔は心の中で深く感謝した。


「ニナ、もう一度聞くわ。こんな足手まといと一緒でも、血の魔王を討伐できるとあなたは言うのね?」


「足手まといなんかじゃありません!翔になら安心して背中を預けられる、ボク達なら血の魔王を討伐できます!」


「......そう。そこまで言うなら、いいわ。

 結局のところ、役割だの動きだのってのは、弱者が強者に抗うための小細工に過ぎないわ。

 圧倒的な強さの前では、どれだけ連携を磨こうと無残に踏みつぶされるし、どれだけ大きな失敗をしようとも力ずくで成功に導くことができる......」


 ラウラの手の中の氷球が巨大化していく。サッカーボールからビーチボールサイズへ、そして人一人が余裕をもって乗ることが出来そうなバランスボールサイズへ。


「力さえあれば、技術の未熟さなんて容易にカバーできる。欠点だって、容易に押しつぶせる。

 私が目を(つぶ)ってあげるほどの力が、あなたにあるのかしら?」


 これまでのラウラの動きは、どれだけ乱暴でありながらも師匠であった。教え子を導く先生だった。


 けれど、今の翔とニナでは血の魔王の討伐、そして根本的な血の魔王との戦いからの生還は難しいかもしれないと彼女は考えた。


 そのためラウラは師匠ではなく、ただの敵となることを決めた。何も考えずに、ただ打倒すればいいだけの敵に。目の前に現れた敵を倒せるだけの強さ、それを翔に求めているのだ。


「......」


 ラウラの質問に、翔はただ無言で木刀を構えた。彼の覚悟を語るには、それで十分だった。


「いいわ。それじゃあ始めましょうか。敵と敵、ただの殺し合いを」


 ラウラもフレイルを片手に身構える。いよいよぶつかり合いが始まるかと思えたその時。


「ケホッ、っ!?」


 翔の口から、軽い咳が漏れた。


 冷却され、乾燥した空気を吸い込んだことによる、何てことは無い軽い咳のはずだった。


 咳と一緒に真っ赤な血が吐き出されることが無ければ。


「お師匠様!?」


「敵同士なら当然でしょう?さぁ、本気の殺し合いを始めるわよ!」


 翔へ向けて、フレイルが放たれた。

次回更新は4/10の予定です。

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