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言葉で遊ぶ、弄ぶ

 翔達が暮らす町の市民会館。正式名称を市民文化交流センターと呼ぶ二階建ての施設では現在、落語の公演会が開催されていた。


 元々は有名な落語家の出身地であるこの町で、その落語家に続く人材が育ってほしいという思いから開催されていた公演会であったが、現在では地方で落語家を目指す新人にとっての数少ない大舞台として利用されるようになっていた。


 そして今また一人の新人の公演が終わり、次の人間へと順番を移すために黒子がめくり台の紙をめくったのだが、なぜかそこに書かれていた名前には二重線が引かれている。


 首を傾げた観客だが、紙をめくった黒子が座布団に座ったことでその顔がさらに困惑へと変わった。そんな観客の表情をものともせず、黒子は語りだした。


「皆々様、現在の状況に大変困惑されていると存じます。どうも手違いで、演者の一人が参加できなくなってしまったようでして。そこで彼の公演時間を私の方でお繋ぎし、次の方へと回したいと思います。勿論この時間はご退席していただいてかまいません。本日は大変なご迷惑をおかけしました」


 黒子の説明によって観客の困惑はいくらか薄れたようだった。それどころか黒子が演目を行うという珍事、話のタネにはちょうどいいとばかりに拍手する観客までいる。


 その好意的な観客の態度によって、残った観客も退席することなく楽しむ姿勢へと移っていく。


「やや、皆々様ご退席はなさらぬようで、(まっこと)感謝の極みにございます。それでは時間が押してしまっては繋ぎの意味がございませんし、演目の方へと移らせていただきます。それではお聞きください「疝気(せんき)の虫」」


 黒子が(ふところ)からどうやっても収まらないサイズの拡声器を取り出し演目を語り始める。


 落語の舞台で目にすることの無いそれを見たことで、観客たちはこれ以上ないほどの違和感に襲われるが、席を立つにはやはり遅すぎた。


__________________________________________________________


「こっちよ」


 翔と姫野は商店街を走り抜け、市民公園や集会場等が集まるエリアへと向かっていた。


 時折(ときおり)姫野の魔法を確認して方向の調整を行っているが、走り続けるにつれて波紋の崩れ方が大きくなっていっていることに気付く。


 どれだけ目標に近いかは分からないが、このままでは波紋の大部分が発生と共に崩れて、方向確認が出来なくなるんじゃないかと翔は思った。


「天原君、こっちの方角で人が多く集まったりする集会場なんかはある?」


「人が集まる場所? 市民会館に、集会場、イベントなんかをやってりゃ市民公園とかも候補に入ると思う。なんでいきなりそんなことを.......もしかしてその波紋のせいか?」


「えぇ。今までは眷属(けんぞく)捕捉(ほそく)にしか使ってなかったせいで、悪魔の力を甘く見てたわ。大規模魔法を使ったせいもあるけど、その余波で染まってない魔素が全くないの。そのせいで波紋が崩れて、これ以上の補足が出来ないわ。でも、これほどの魔法を使う必要があるくらい多くの人がいる場所が、目的地だと思うの」


「そういうことか! なら自分で考えるくらいなら、文明の利器に頼った方が早え」


 そう言って翔はスマートフォンを取り出すと、今日行われるイベントについて検索を始める。


「私は今のうちに大熊さんに連絡するわ。もうこの魔法は必要ない。御力(おちから)お返しいたします」


 翔が検索をしている間に、姫野は波紋を止め、指先にグルグルと無造作に包帯を巻いて止血を行う。それが終わるとスマートフォンを取り出し大熊に電話をかけ始めた。


「これだ! 市民文化交流センターで行われてる落語公演。これのはずだ!」


「......はい、やはりそっちでも。はい、たった今天原君が見つけてくれました。市民文化交流センターです。そこへ応援をお願いします」


 姫野は電話が大熊へと繋がったのか、さっきから会話を繰り返している。


 たった今、悪魔の潜伏場所の報告も終えたようなので、あとは出来るだけ早く駆けつけることが何よりも大切だ。


 先導者を姫野から土地勘のある翔へと切り替え、走る速度を上げながら目的地を目指す。


「こっちだ、この角を曲がればもう見えて...」


 翔が曲がり角を曲がり、最後の直線へと入ろうとした瞬間だった。


()()()()()()()()()


 聞き覚えのある気の抜けたような、いや、人を小馬鹿にしたような女性の声が聞こえた。


(駄洒落(だじゃれ)?)


 翔が突然聞こえた声と言葉に疑問を覚えながら目線を前へと向けると、ゴトンという(にぶ)い音と共に公園で遊具として使われるような大型の土管が降ってきた。


 土管はただ落っこちてきただけなら絶対にありえないキィィィンという甲高い音を立てながら、所々にヒビが入り光が漏れ始める。


 聞こえてきた駄洒落(だじゃれ)と目の前の状況、翔にはこの後起こることが容易に想像できた。


「まずい!」


「天原君、どうし...」


追いついた姫野が突然足を止めた翔を不思議に思い、こちらに近づいてくる。もはや一刻の猶予(ゆうよ)もなかった。


「ごめん神崎さん!」


「えっ?」


翔は曲がり角へと戻るように、姫野の身体を無理やり押し倒した。そして翔達が曲がり角へと身体を隠した次の瞬間。


 すさまじい破砕音と共に、物陰に隠れた翔達を大きな衝撃が襲う。


「うっ......」


「ぐううぅぅぅ!!!ごはっ!?っ痛ぇ、っくそ!」


姫野を(かか)えた体勢のまま何度かごろごろと転がり、電柱に強かに背中を打ち付けた所で衝撃は収まった。


「んー? はぁ、ま~たあなたですかイレギュラー......」


 その声が聞こえた上空へと翔が目を向けると、十二単にヒビ一つ無いオカメ面。右手には拡声器を持った、忘れたくても忘れられない相手が宙に浮かんでいた。


「二言! 今のはてめぇの仕業(しわざ)か!」


 翔は背部の鈍痛(どんつう)を歯を食いしばることでなんとか我慢し、姫野に手を貸しながら起き上がると恨みを込めて相手の名前を叫ぶ。


「おや、名前を覚えていただけたようで何より。しかし裏を返せば他に何一つ良いことがありませんねぇ。この先ではわが主によって盛大な儀式が行われています。あなた方を通してしまうと、全てをぶち壊される恐れがある。それを阻止するための、いわゆる足止めというやつですよ」


 拡声器を持ってない方の手で口元を隠しつつ静かに笑う二言の姿は、仕草だけを見れば上品にさえ思える。だが、先ほど不意打ちを貰った翔にとっては地面を無様に転がる者達への嘲笑(ちょうしょう)にしか感じられなかった。


「降りてきやがれ!そのふざけた面にもう一度ヒビを入れてやる!」


 翔は右手に木刀を生み出し、その切っ先を空中の二言に向けて叫ぶ。


「ふっ、ふふふ、それはなんとも恐ろしい。そんな台詞(せりふ)を吐かれて降りてくる阿呆(あほう)がいるとでも? 先ほども言ったように私の役目は足止め。このまま膠着(こうちゃく)状態を続けているだけで、利はこちらに転がってくるのです」


 しかし二言には翔の威嚇も難なく受け流し、皮肉を返してくるほど余裕があった。


「くそっ!」


 翔は悪態を吐きながらも、突如始まってしまった膠着(こうちゃく)状態をどうにか打開するために思考する。


(簡単なのは無理やり走り抜けちまうことだ。けど、さっきみたいに駄洒落を言うだけでそれが実体化するなら、近づいた瞬間に土管がドッカンでお陀仏だ。かといって神崎さんはどうだかわかんねぇけど、手から離れたら消えちまう俺の木刀じゃ、空中にいるあいつは倒せない。どうすれば......)


「天原君、そのまま振り返らずに聞いて」


 解決法を探す翔の真後ろから突如姫野の声が聞こえてきた。


 驚いて振り返りそうになるが、続く姫野の言葉と自分を壁にして奴から見えない位置に立っていることに気付き、どうにか振り返らず二言をにらむ演技を続ける。


「このままだと言葉の悪魔の思うつぼよ。だから一度逃げ出して二手に分かれることで、どちらかが囮になってもう一方が目的地に向かうことにしましょう」


 姫野の提案は単純だが、それゆえとても理にかなっているように思える。


 そのため姫野の提案へ了承の意を返すために、上空の二言から市民会館へと頭を動かし、また二言へと戻すことによる動作によって、頷きを作った。


「分かった。それじゃあ、一二の三で後ろに走り出しましょう。一二の三」


 姫野の掛け声を聞くと同時に翔は走り出した。二人の行動が予想外だったのか、二言はまだ動き出すことも、何らかの魔法で二人の妨害をすることもしなかった。


(よし、これならどっちが追いつかれても、もう一人は市民会館に向かえる!)


 翔が作戦の成功を確信した瞬間だった。


竹藪(たけやぶ)焼けた」


 不意に背後から聞こえてきた年老いた男の声によって形勢は大きくひっくり返った。


 二人の眼前に燃え盛る竹林が現れたのだ。竹林を燃やす炎の勢いは強く、向こう側を見通すこともできない状況では走る勢いのまま突っ切ることも出来ない。


 そのため二人は立ち止まることしか出来なかった。


「いかん、いかんなぁ。仕事を終わらせて合流してみれば、小賢(こざか)しい悪魔殺しが二匹もおるではないか。二言だけでは荷が重かろうて。かっかっか! ワシも参加させてもらおうかの?」


「良く間に合いました。助かりましたよ」


 翔が振り返ると二言の隣に見覚えのない(おきな)面に安っぽく色あせた麻の服を身に着けた老人が浮かんでいた。


 立ち位置からして、こちら側の味方ということはあるまい。


 せめて二手に分かれることが成功していればと歯噛みするが、背後に燃え盛る竹藪という障害物が生まれてしまったことでどうすることも出来なかった。


「ここで援軍かよ......」


「いかにも。おお、そういえば名乗っておらなんだ。ワシの名は言葉の悪魔、音踏(ねぶ)みの眷属一一(ひひ)。ここからは二言共々足止めをさせてもらおうかの」


(わかっちゃいたがあいつも音踏(ねぶ)みとかいう悪魔の眷属か。どいつもこいつも当たり前のように空を飛びやがって、二言だけでも手に余ってるってのにどうすれば......)


 宙に浮かんでいる時点で翔側には有効打が無くなってしまっているのだ。


 一体であれば逃げ回って時間を稼ぐことくらいは出来ただろうが、相手が二体になってしまうと挟み込まれてなぶり殺しにされる危険が常に付きまとう。


 翔は自分が出来ることの少なさに無力感を感じながらも、どうにかこの場を打開する方法は考えていた。しかしその方法を思いついたのはまたしても姫野だった。


「天原君、この場は私が何とかするわ。危険な方を任せてしまうことになるけど、あなたは市民会館に急いで」


「何とかって......神崎さんだって二体の眷属を一人で相手にすることになるんだぞ! そもそも普通に走ったんじゃいい的になって_」


「大丈夫。私を信じて」


 その言葉で翔は二言達から姫野へと視線を移した。


 姫野の(ひとみ)は、これが場当たり的な提案ではなく、はっきりと勝算を持った作戦があることを物語っていた。


 そういうことなら翔に文句などあるはずがない。心は決まった。


「わかった。神崎さんも十分気を付けてくれ。あいつらを頼んだぞ!」


 翔も覚悟が決まった。市民会館を目指し、眷属達には脇目も振らずに走り出す。


「おや、ご乱心ですか? そんなことをしたらいい的でしょうに」


「万策尽きたといったところじゃろうて。なればその命、一息にて吹き消してやろうかの」


 眷属達はそんな翔の行動を無策の特攻と判断し、わざと下をくぐらせる。そして嘲笑(ちょうしょう)しながら翔の無防備な背中へ痛打を与えるための魔法を用意しようとした。


「ふとんが...」


「磨かぬか...」


天太(あめのふと)玉命(だまのみこと)様、御力をお貸しください!」


 眷属達の魔法が発動する瞬間、姫野と眷属達の周りを囲むように突如として注連縄(しめなわ)が現れた。


 そして出現と共に二体の魔法が完成し、炎をまとった掛布団(かけぶとん)とくすみきった鏡が翔の背中に襲い掛かろうとする。


 しかし、注連縄(しめなわ)の上を通ろうとするとまるで頑丈な壁にでもぶつかったかのような音を立てて地面に落ちた。


 同時に姫野の髪が一房千切れ、風に舞ってどこかへと飛び去っていく。


「なんです? まさかこれは......結界?」


「んーむ? ......かー! してやられたわ! ずいぶんとやっかいな結界を張られてしまっとるぞい。外の景色は見えとるが向こうを走る小僧の魔力どころか主殿の魔力すら感じられん! おそらく限定的な異界を作り出す結界じゃ!」


「えぇ、その通りよ。これであなた達は彼を追いかけられない」


 そう強気に言い放つも、結界の性質を一瞬で見抜かれたことで、そう遠くないうちに並行して他の魔法が使えないことにも感づかれるだろうと姫野は判断した。


 そして翔が悪魔を抑えられるかは、自分がどれだけ時間を稼げるかにかかってくることも理解していた。


「まったく、あの悪魔殺しを生み出してしまったのも大誤算でしたが、あなたの力量を見誤ってしまったのも大きな失態です。この煮えくり返る(はらわた)、いったいどうやって冷ましてやるのが適切でしょうねぇ」


「普段ならおぬしの無様を笑い倒してやるところじゃが、主殿に万が一が迫っているとなっては笑えんのう。笑えん笑えん、つまらんことこの上なし。じゃから......さっさと殺すか」


 そう話すと眷属達の雰囲気が大きく変わった。


 相手を嘲笑するような態度は一切の鳴りを潜め、はち切れんばかりのどす黒い殺気が漏れ始める。


 苦しい戦いになる。そう思いながらも姫野は手に持てるだけのありったけの護符を握りしめ、始まろうとする死闘に備えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 悪魔との迫力ある戦闘シーンや練り込まれた設定など惹かれる部分が多々ありました。主人公のありふれた日常シーンから、悪魔襲撃によって悪魔殺しとして覚醒してしまう非日常の切り替わりがとてもよかっ…
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