『転生』前の日常
「今日も疲れたなぁ…」
男はいつものようにつぶやいた。
「おっ、今日も出たな。和希のぼやき。」
別の男が反応しながら呆れたように笑っている。
「うっさいっすよ先輩。なるだけミスしないようにやってんすから、疲れるに決まってるじゃないですか」
「何度も言ってるけど別にミスしてもいいんだって。むしろお前みたいな新人くらいの奴はどんなミスをしたかで叱られたほうが後々伸びるんだっての」
「だってあのハゲ、半年経ってんだからできて当然だよな?て圧飛ばしてくるんすもん。んで、ミスしたら激怒。どんなミスしたかとか関係なくキレたいだけとしか思えないですよ」
「別に上にお前の口が悪すぎるって報告するつもりはないけど、あんまりそういうこと言うなよ。あれにだってお前みたいな頃があったんだからよ。」
「じゃあ戸部さん、あのハゲと変わってくださいよ」
そう言い合いながらお互いにビールを飲み、つまみをつついている。
二人はここ数週間、仕事の後に飲みに出ていた。動きまわる学生生活を送っていた和希にとってデスクワークが慣れないらしく、毎日苦戦しているらしい。
俺もそんなころがあったんだっけか?と内心で苦笑しつつ、戸部はビールを流しこんた。
この二人にとってはこれが日常であり、それぞれが最近どんなゲームをしたかとか、この映画は見所が多かったとか、あそこで美人さんがいたとか、そういったくだらない会話で盛り上がっている。たまに今日みたいなぼやきや愚痴が入るが、これからもこのような毎日が続くはずだった。
飲み終わってマンションに戻ってきた戸部は、シャワーを浴び、翌日の準備を終わらせた後、テレビをつけながらパソコンでゲームをしていた。どうせ明日は夜勤だ。すこし趣味に走っても問題ないだろう。
(お?スキルポイント余ってるな。まぁ今やりたい事思い浮かばないし、このアカ戦闘職じゃないから保留でいいか…っとと、流石に酒飲んだ後にゲームは無理か)
昔なら多少無理しても出来たんだがなぁ…とか思いながら、今日はもう休むためにベッドに移動した。
いくらやりたくても40後半になってしまうと長く遊ぶことができなくなっているらしく、新人の前ではなんてことないように振舞っていたものの、流石に疲れた。
また明日昼間にすこし触ればいいだろうと思い、床に着いた。
それが戸部という男の、最期の思考だった。
異世界に順応し、だけどなるだけ戦わないようにして生きていこうとする転生主人公のお話です。
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