卒業の告白
卒業式に相応しく、空は清々しいほどよく晴れていた。
校庭に植えられた桜は、紅色の大きなつぼみをつけている。あと何日かしたら、咲くだろう。
卒業式が終わり、生徒の大半は帰ってしまった。恩師や友達との別れを惜しむ生徒がいくらか残っている。校庭にちらほらと生徒の姿が見られるし、どこかの教室にも生徒が残っているようだ。
笑い声や足音が聞こえる。それでいて、泣き声はしないから不思議だ。
校舎が悲しみや寂しさを吸い込んでいるようだ。残った笑い声や人の気配は、現実から遠く離れて、自分とは関係のない世界のよう。
寂しいほどの静けさに包まれながら、わたしは廊下を歩いた。自分の足音だけが、現実のものとして、反響している。
わたしは逍遥するように、卒業式やそれまでのことを反芻しながら歩いた。遠足や修学旅行やたあいのない日常のこと。色々なことがあって、大変だと思うこともたくさんあったが、今となってはいい思い出だ。
階段を駆け上がる音がする。誰かが忘れ物でもしたのだろうか。
鈴木君の姿が見えた。彼はわたしに気付くと、足を止めた。
誰もいないと思っていたのに、わたしがいたから驚いたのかもしれない。
鈴木君は一呼吸置いて、ゆっくりと歩き出した。
彼は陸上部で、ハードルの選手だった。練習している姿はなかなかカッコイイ。普段から、ジャージでいることが多かった。
さすがに卒業式なので、制服を着ている。
廊下に二人の足音が響いた。
わたしは眼を逸らして、すれ違った。本当なら、最後のあいさつをするべきなのに。
不意に、鈴木君がわたしの腕を掴む。驚いて振り返ると、鈴木君は手を放した。
「好きだったんだ」
前置きも何もなかった。あまりにも突然の告白。
真摯な眼差しが向けられている。わたしは何も考えられず、その眼差しから目も逸らせなかった。
鈴木君が、わたしを好きだという噂はあった。誰かがそんなことを言っていたけれど、夏に恋人ができて、同じ大学に進学すると聞いていた。噂は噂にすぎなかったと、思っていた。
別れたという話は、聞いていない。
わたしが何も言わないで、じっと彼を見ていたので、彼は自分が口にしたことを急に恥じるように赤面した。
「言っておきたかったんだ」
鈴木君はそういうと、逃げるように駆け出した。
反射的に追った。
彼は素早く階段を駆け下りた。
わたしが手すりから身を乗り出したとき、すでに下の階へ到達していた。
「鈴木君!」
わたしは上階から、彼を呼んだ。まだ、鈴木君の顔は赤かった。
「わたしが結婚しているの知ってた?」
「知ってた」
そういうと、彼はまた走り出した。
わたしはもう追わなかった。
ポイントは「わたし」が先生ってところで……
えへへへ……
それではまた、どこかでお会いしましょう。