ヒロインなんてお断り
「なんで」
ここが所謂乙女ゲームっぽい世界だと気が付いた瞬間から、フラグが立ちそうなものは全て排除してきた。
なぜなら、私の立ち位置が途轍もなくヒロインぽかったからだ。
学園に通わないことも考えたが、それは無理。生活的な意味で老後が死ぬ。いや、老後に辿り着く前に死ぬ。
資格って必要だよね。色んな意味で。
だから、片隅でそっと息を潜め、きらきらしい人間には近付かず、生きてきたのに。
「ずっと君を見ていたんだ」
キラキラ一号が、頬を染めてそう言った。
ずっと見てたとか、ストーカーですか? 私に存在を気付かせていない時点でアウトです。
だいたい私、あなたの名前もご存じないですよ?
何であたかも私があなたを好きだったように話が進んでるんですか?
「オレはアンタしか要らないっ」
キラキラ二号が一号を押しのけて話し出しました。
そうですか。でも、私はあなたを欲しいと思わないので、ご退場願えますか?
だいたい、私とあなたの間になにもなかったはずですよね。どうして、今まで交友を暖め、いつしかそれが恋に変わったていで話してるんです?
どんな幻を見て生きてきたんです? え? もしや本当にこの世界にはドッペルゲンガーが居るんですか? それはちょっと他人のなら見てみたい。
「僕には君だけなんだ」
キラキラ三号は転げるように飛び出して、そんなことをのたまった。
えっと、ごめんなさい。初対面です。なんか私が劇的にあなたの何かを変えたように縋ってきますが、私はなにも変えていないので、よそを当たってください。
「ちょっと、何でアンタなのよっ」
最後に話し出したのはちょっと離れたところで呆然としていた女の子。
むしろ私の方がお聞きしたい所存。何で私にすげ変わってんの? あんたなにやってくれたの? どんなフラグ管理したら、最後の最後で、鳶に油揚げさらわれるの? すっごい迷惑。
「あたしのせいじゃないわよっ。何でかあたしのやったことは全部アンタに頼まれたことになってんのよっ」
面倒という視線で見ていたのが分かったらしく、女の子は言い訳を始めた。
えー。
途中であきらめようよ。むしろゲーム期間終わってから本番にすればよかったじゃん。半月くらいで諦めてればここまで手遅れになんなかったろうに。
「どうして頑張っちゃったのかしらねえ」
「あたしだけじゃないんだから仕方ないじゃない」
複数居たのか。みんな、早めに諦めればゲーム期間終わってからの再チャレンジもあったろうに。
複数人で攻略してたから、驚きの逆ハーレムできあがってんの?
すっごい迷惑。あ。二度目だ。
しかし、ゲームの強制力にしても酷すぎないか? ヒロインしか攻略できないとか制限でもかかってんの?
「あ」
あー。
いやな結論に達した。ありえる、か? ありえる、かも?
もしかして、攻略に乗り出してた子達が好みじゃなかったから、ヒロインにすげ替えて、話を無理矢理進めたのか?
えー。
ずさん過ぎない?
手抜きじゃない?
そこは頑張った子にご褒美あげようよ。
おや、なんか今視線そらしたなこの子。ほかにもなんかあったんじゃないか? さすがにご都合主義がすぎるだろう。
「だって、あたしから何かしてもらう義理はないとか言われて」
適当に架空のキャラをでっち上げたもんだから、キラキラ三人衆は、その架空の人物に自分が好ましいと思った人間を当てはめたと。
自業自得じゃん。私被害者じゃん。
すっごい迷惑。とうとう三回目だよっ。
「後であたしでしたって言えば済むと思ったのにーっ」
いや、そんなところでぶち切れられてもなあ。
「残念ですが、その人物は私ではございません。きっとあなた方の思われる人はどこか身近にいらっしゃいますわ」
そことかな。特にそことかな。
「ああ。なんて奥ゆかしいんだ」
えー。そこ感動しちゃうの? 確実にお前なんざお断りだよって言ってる気がするんだけど。脳内お花畑栽培しすぎて、戻って来れないの? ちょっと生活に支障出るから少し除草剤まいとこうよ。
なにより、今現在、進行形で、私がものっすごい迷惑なので、早急な対応を望む。
しかし、この人達って確か嫡男で、優良物件な人たちだったよな。
優良物件なのに、何故か恋愛推奨のご両親で、婚約者を作らないという謎設定が存在しているのは、漏れ聞こえた噂で知ってたけど、恋愛脳って、地味に迷惑だったんだね。今知った。
とはいえ、脳内で罵っても事態は進展しないし、嫡男だから子供が欲しいだろうし、実は男だとか言ってみるか? いや、性別関係ないとか言われると、逆に詰むな。
さて、そろそろ私も切り札を切るときが来たようだな。
あら、悪役っぽい。
「実は、既に私は、純潔ではないのです」
よし、これいけんだろ。嘘だけど。傷物にされたって言っても、ちょっとかすり傷作ったくらいで、今や跡形もないけど。
それがあったという事実は存在する。そして、主犯も実在している。うん、いけるな。
「穢れを受けた私は、せめてもと、学園に通わせて頂いていたのです。卒業と同時に領地に戻りひっそりと生きていくつもりなのです」
すごい。上辺だけ話すと悲劇のヒロインに聞こえるな。言ってて薄ら寒いけど、ここは我慢だ。
「そんな」
よっしゃ、乗ってきたな。しめしめこのまま悲劇のヒロインぶって、退場しよう。
「その男を亡き者にしてしまいましょう。そうすれば後は皆口を噤めば良いのです」
うっそりと笑いながら、犯罪教唆してきます。誰が亡き者にするんですか? 私ですか? 冗談じゃないです。
「それは出来ません。あの男を怒らせれば、私の住む領地も大変なことになります。どうか私のことはお忘れになってください」
だいたい、知り合ってないしな。忘れなきゃならない思い出なんて、今この瞬間しか存在してないよ。
どんだけ、脳内で幸せなことが繰り広げられていたとしても、所詮脳内だからね。現実を侵食するのはちょっと無理かな。
されたらそれはそれで恐ろしいけど、さすがにそんな物の存在は聞いたことはない。
穢れた血を持つ者って言われている人たちはいるけれどね。
まあ、私に怪我をさせたのは、所謂そこの一人なので。うちの領地に迷い込んできて、暴れたのは本当だし。実際記録にも残ってる。そこで私が怪我を負ったことも。
あいつには貸し一個って言ってあるから、これで取り立てたってことで、良いよな。
「お前はオレをそんな凶悪な人物にしてどうするつもりだっ」
あ。見付かっちゃった。
「その方が、もっともらしく聞こえて良いかと。事実ですし」
嘘は言ってない。色々と加減が違ったり誤解を招いたりしただけです。
「確かに何一つ嘘はなかったけどな」
渋い顔をして言う犯人は、事実なだけに否定が出来ないようだ。
「え。嘘。隠しキャラ」
えー。うそー。いやでも、恋愛のれの字も発生してないぞ。
「ヒロインが惚れ込んで押して押して押しまくらないと落ちないのに」
あー。うん。それはちょっと記憶にあるかな。
押して、押して、押しまくったな。確かに。まあ、言葉として正しいのは、脅してだけど。
まあ、ここに愛とか恋とか挟まったら、サイコパスだよね。怖いわ。普通に。
近しい手順を踏んだから、隠しキャラは落とせたと。落としたのか? いや、落としたっていうことにしないと、話が進まないな。まあもういいや。落としたってことで。
「どうぞ、私のことはいい思い出としてください。それでは皆様ごきげんよう」
まあ、良いも悪いも、私との思い出なんてないはずだけどな。あったら怖い。あるのかな。いや、考えちゃダメだ。怖い考えにしかならない。
よよと泣き真似をしつつ去る私を胡散臭げに見るのは止めろ。胡散臭いのは分かってるんだから、他人の視線で更に思い知らされるのは勘弁してほしい。
とりあえず煙に巻いて退散は出来た。
追ってくるかな。いや、さすがにそれはないだろう。穢れた者に純潔を奪われたって言う話になっているだろうし。
きっと今頃騙されたとかそう言う話になっていると予想した。がんばれ、今まで頑張っていた子達。なんか、血みどろの争いになりそうだけど。人数によって。
まあ、それはもう私の関係ないところでがんばって貰うってことで、健闘を祈る。
いやもう絶対に噂とか仕入れないから。本気で血みどろの争いになってたりしたらいやだからねっ。
私は私で幸せになるので、そっちはそっちでがんばって貰いたい。私を巻き込まないで欲しい。いやこれなんかの伏線じゃないからね。
今度こそ自力でなんとかして。