72話 ファーデン防衛最終局面(後編)
修平側は軍艦に向け、ガリオン側はクロイツにむけ進みます……
「そろそろ見えてくるか……」
修平達三人は、敵がいるであろうノンノの街方向に向け、走っていた。
すると、巨人を筆頭に、黒い小さな粒が遠目に見える。
「遠くから見ると、ゴキブリに追われているみたいだな……」
黒い大量の粒、おそらくは兵士なのだろうが、あれだけいると流石に気持ち悪い。
「儂は先に行くぞ。後は任せた!」
レオニアルは、更にスピードを上げ、巨人に向かって行く。
あれが、リーダー格の巨人だろうか?
もう一体の巨人はどうしたのだろう?
気にしてもしょうがないか……
こちらはこちらでやる事をやるだけだ。
「山本さん! 作戦通りに、ボックスオープン!」
修平は自分の後ろに、返済ボックスを召喚する。
そして、修平と山本さんは、そのまま黒い軍団へと突っ込む。
それと同時にレオニアルも巨人と激突した。
「ニャ、ニャ、ニャ、もひとつニャ!」
山本さんは体を上手く使い、次々と黒い兵士をボックスに放り込んでいく。
修平も剣の腹を使い、足で蹴り上げ、ラリアットをかまして薙ぎ倒し、はたまた落とし穴の様にして、次々とボックスの中に兵士を入れていく。
修平の作戦とは、ボックスの力を使って、"黒い武具の能力を消す"というものだった。
魔武具も消せたのだ。ならば、可能であろうと……
ボックスは修平の意思がないと、取り出せない。
人とて、同じ事だ。
これならば、大量虐殺もしなくていい筈だ。
操られているだけで、中にはまともな人もいるかもしれない。
全て殺すだけが正解ではないのだ。
甘い考えなのかもしれないが……
とはいえ、戦力差は千対二。
数は圧倒的に敵が有利だが、負けるわけにはいかない。
黒い兵士は鎧から闇を放出し、こちらへと向かってくるが、修平や山本さんに、その力は通用しない。
敵もこちらも、無傷とはいかないが、上手くやれている。
問題は、強力な魔武具の保持者が現れると、このバランスが一気に崩れるということか……
だが、今のところ出てくる気配がない。
様子見でもしているのだろうか?
修平はチラリとレオニアルの方を見ると、巨人のハンマーを上手く避けながら、攻撃をしている。
巨人から見れば、小さく、素早いレオニアルはやりにくいのだろう。
あちらの心配はしなくてもよさそうだ。
《ガリオン帝国side》
サラ達はクロイツに向かう最中、三人の人影がこちらに向かって進んでいる事には気づいていた。
しかし、たかが三人で何が出来るのか? と、舐めていたのだが……
ネディは驚愕していた。
遠目では何をしているかよくわからないが、兵士の数が減っていっている。
「サラ、なんだあれは? 兵士が次々と何処かに消えていく……」
サラは望遠のスキルを使い、三人の姿を目視する。
すると、サラの表情が徐々に険しくなっていく。
「なんで、なんであの男がまだ生きているの? 奈落に落ちていった筈。あれで死なないなんて……チッ」
だが、サラは自分を落ち着かせる。
例え、あの男が生きていたとしても、所詮は三人なのだ。
殺した後に、クロイツを落とせばいい、と。
「ネディ、スケア、ナキュレイ。皆で加勢して一気に決めるわよ!」
「おう! 私は先に行くぞ!」
ネディが自身に闇を纏い、一足先に戦場へと駆けていく。
「スケア、あなたも力を使って……スケア?」
スケアがいつも言う、無愛想な返事がない事を不信に思い、サラは振り替える。
だが、そこには既にスケアが倒れていた。
「どういうつもりなの、ナキュレイ?」
ナキュレイの手には黒い鎚が握られている。
スケアの血だろうか、先端には、赤い液体がヌラヌラと付いていた。
いったい何が起きたのか?
サラは思考を巡らせる。
その最中、ふと、違和感に気づく。
スケアの指から指輪が外されていることを……
「悪いわね。ずっとチャンスを伺っていたの。スケアの指輪は貰って行くわね」
「裏切り者を、そう簡単に逃がすと思うの?」
サラは黒い鞭をしならせ、ナキュレイに向け放つ。
ナキュレイは鞭の一撃を打ち払いながら、一歩後退する。
「私に構ってていいの? あちらも大変そうだけど?」
ナキュレイは視線をネディが向かった先に向ける。
「あちらの方は、あなたを始末してからでも遅くはないでしょう。ただでは殺さないわ。精神が壊れるまで遊んだ後、囚人の慰み物にしてあげる♪」
だが、言葉に反し、サラは苛立ちを隠せない。
ナキュレイはいつから隠していた?
確かに、昔はこんな感じではなかったかもしれない……
サラは追撃をしようと、ナキュレイへと迫る。
だが、そこに三人組が割ってはいった。
「ナキュレイ様、お逃げ下さい!」
「我らが盾になります。その間に……」
「我が命、ナキュレイ様の為に……」
ナキュレイの親衛隊だ。
この進軍が始まる前。
この三人に、ナキュレイは真実を話していた。
本当のナキュレイが何をしたかったのか、本当の自分が何者かを。
信じてくれるかは、賭けであった。
もしかしたら、"殺されるかもしれない"とまで思っていた。
だが、三人は何処の誰でも関係ない。
命を救ってくれた事に代わりはないと……
ナキュレイに命の限り、尽くすと誓ってくれたのだ。
「駄目よ。死んじゃ駄目。皆で生き残るわよ!」
サラとナキュレイは互いに睨み合い、付かず離れずの距離を保っている。
だがその時、巨人が倒れる地響きにより、地面が激しく揺れ、サラの体勢が崩れた。
「何? くっ!」
その隙をナキュレイは見逃さなかった。
黒い鎚でサラの持っていた盾をおもいっきり殴る。
サラはよろめき、次の動きに入ろうとするが、統制のとれた親衛隊三人のシールドバッシュが悉く命中し、サラは体ごと吹っ飛ばされる。
サラはすぐに立ち上がるが、額からは流血していた。
「私の顔が! 殺す、殺す、殺す!」
「女のヒステリックは醜いわよ」
ナキュレイは煽る。
このままいける、とナキュレイは思っていた。
「ふぅ〜、もういいわ。もう我慢しない。全て終わらせる……」
そして、サラは黒い腕輪の力を解放するのだった。
《修平side》
「はぁ、はぁ、半数は越えたか? 殺さないって疲れるな。でも自分で決めた事だ。やるしかない!」
連続での戦闘、更にはポーション酔い、修平の体は既に悲鳴をあげていた。
だが、修平は止まらない。
大事な物を守る為、信念、これだけは譲れないのだ。
「ニャフ、なんかくるニャ! あれは……」
あの眼帯の女は……
「山本さん! 眼帯をしている方の目は、特殊なスキルを使う……」
しかし、修平が最後まで言い終わる前に、山本さんは眼帯の女に向かって走って行った。
「やったニャ! オナゴニャ! もうおっさんはこりごりなのニャ!」
あのスケベ猫……
しかし、今はあちらを山本さんに任せ、こちらは兵士に集中しよう。
レオニアルが巨人は倒してくれた。
暫くすれば、こちらに加勢してくれる筈だ。
「なんだ?」
今、修平達がいる場所、そこより少し離れた所から、黒い闇が広がっていく。
「誰かが魔武具の解放をしたのか?」
気にはなる。が、こちらにくる気配が無い。
ならば、集中するのみ。
「待たせたな、修平よ。その箱に入れていけばいいのだな」
「流石はレオニアル、よし、こっちも終わらせるぞ!」
修平とレオニアルはラストスパートをかけるのだった。
一方、山本さんはというと……
「なんだ、この化け猫は? ええぃ、鬱陶しい」
「そんなこと言わニャいで。吾輩とランデブーしようニャ!」
ネディはとても苛立っていた。
戦場に着くなり、いきなり、この黒い猫に襲われた。
槍の一撃も、この猫にはなんなく避けられる。
しかも、ニャフフ、ニャフフと絡んでくるのだ。
鬱陶しい事この上ない。
「ん、あれは……解放だと! サラにいったい何があった?」
自分達が元いた場所、その場所から闇の力が解放される。
「もしや、伏兵か?」
だが、ネディは目の前にいる猫が、そんな賢い事をするとは思えなかった。
このまま時間がかかるのは良策ではない。
そうネディは判断し、自身も闇の力を解放させる。
闇の広がりは小さく纏まっているが、闇の色が濃い。
山本さんも闇に呑まれてしまった。
山本さんが闇の中に入った事を確認すると、ネディは眼帯を外し、目に魔力を通す。
「これで終わりだ。グラビレイ!」
闇の中に重力の波が広がる。
常人なら、立ってもいられないほどの衝撃が、上から下へとかかる。
だが、ネディの耳に、どこからか声が聞こえてくる。
「秘技、黒い世界に紛れ込むと、黒猫はみえなくな〜るの術ニャ」
秘技の名前がシンプルに長い!
それって普通っぽいのだが、秘技なのだろうか?
と、修平がツッコミそうだが、今、ここにはいないので……
「ふざけるな! なんなんだお前は!」
「ふっ、お嬢さん。続きはベッドの上で、ニャフフ」
ストンッ!
ネディの首もとに、スッと山本さんの手刀が振り下ろされる。
「ば、馬鹿な……シラー様、すいません……」
ネディは気を失った。
そこに修平達も合流する。
「こっちも終わったニャ、え、このままオナゴもこの箱に入れる。わかったニャ」
これでここにいる全ての兵士は、返済ボックスの中だ。
「後はあの闇の主だけか……」
修平達三人は急いで、その場所へと向かう。
そこでは、黒い者達が仲間割れをしていた。
以前も見た事があるS女が優勢の様だ。
名前はサラと言ってたか……
「ナキュレイ様、我らはもう駄目です。あなただけでもどうか……ゴフッ!」
サラは一人の黒い鎧を着た男、その胸に自身の手を沈め、心臓を握り潰す。
修平は暗闇の中、目を凝らして見てみる。
サラの足下には、首が変な方向に曲がった死体が一体、転がっていた。
「そう、その顔よ、ナキュレイ。もっと、もっと絶望してちょうだい」
一人の男に守られ、ナキュレイは涙を流しながら抵抗しているが、一瞬の隙にサラの鞭がナキュレイの足に絡み付く。
「しまっ……!」
そこに、修平達が割り込んだ。
ツヴァイフェンダーの刃がサラの鞭を裁ち切る。
だが、鞭は直ぐに再生する。
「本当に……しつこい男は嫌われるわよ?」
この様なS女には、嫌われてもいいのだが……
修平はナキュレイに向かって目線を送る。
「あんた達は敵じゃないのか? どうして仲間割れしているんだ?」
ナキュレイと話している間は、レオニアルと山本さんがサラを押さえてくれている。
そこを確認しておかないと、最悪、敵に挟まれてしまう。
「私は敵じゃありません。あの女を……」
そこでナキュレイは倒れた。
ナキュレイの口からは、血が流れ出ている。
「裏切り者には死を。私の鞭は毒を産み出せる。ゆっくりと死になさい、ナキュレイ」
レオニアルと山本さんの動きが、離れた場所で止まった。
何故だ? 何があった?
「あなたに効かないだけで、この二人には効くようね。すぐに殺してもいいけど、動けなくなった、あなたの前がいいかしら?」
これが、"忘却"か!
「あなたには邪魔をされてばかり、王都でも、砂漠でも、そして今でも! もういいでしょ、死んでくれない?」
サラはジリジリと修平との距離を詰める。
「お人好しそうな顔をしてるもの。どうせ女性を殺したことなど無いのでしょう? もしかして、人もないのかしら?」
覚悟はできている。もう決めたのだ。
修平は一瞬でサラとの間合いを詰め、ツヴァイフェンダーを力の限り振り下ろす。
サラは咄嗟に盾と鞭の両手で防ぐ、だが修平の刃がサラの肩に食い込み、徐々に心臓に向け、刃は下がっていく。
「くっ、なんで、なんでよ! リンネ様助け……」
刃が届こうか、その瞬間だった。
空から、細長くも巨大な黒い竜が落ちてきた。
修平は咄嗟にサラから離れた為、潰されはしなかったが……
黒い竜には一人の青年が乗っている。
青年は魔法でサラの傷を癒す。
「サラ、危ないところだったね。もう大丈夫。僕が来たからね」
「ああ、リンネ様」
リンネ様? サラの話から察するに敵の親玉か?
「サラ、君の力はまだ必要だ。君をこんな風にした奴を殺したいが、まだ僕の力も完全には制御しきれなくてね。帰ろう、民が待っている」
「ま、待てっ!」
修平の制止を無視し、リンネとサラは飛びさっていった。
「……駄目だな、追い付けない」
修平は自分の手を見る。
その手は微かに震えていた。
「覚悟はしていても、か。あっ、そうだ! ナキュレイって人は大丈夫か?」
修平は急いでナキュレイの元に駆けつけるが、しかし、ナキュレイは虫の息だった。
護衛だろうか? ナキュレイの手を握り、涙を流している。
「毒か、確かこの中に……あった、キュアオール」
エリクシールと並び伝説級の薬。
全ての状態異常を回復し、体力も全快にするという物。
エリクシール程ではないが、これも売れば相応の金額になる。
だが、人の命には変えられない。
金の為に人の命を見捨てるなど、修平にはできないのだ。
「ほら、飲んでっていっても飲めないか。おいっ、そこのあんた。口移しで飲ませて、早く! え、恐れ多くて無理。馬鹿言ってるんじゃない! 助かるものも助からなくなるぞ! あぁ、もう仕方ない、これは人命救助だからな!」
修平は自分の口にキュアオールを含み、ナキュレイの口へと流し込む。
役得と思ってはいけない。
言い訳ではなく、これは人命救助なのだ!
ナキュレイの体が光りだし、彼女は目をゆっくりと開く。
「あれ? 私は……毒で……」
良かった。なんとか間に合った。
「あれ、キス……私、初めてで……」
ナキュレイの顔が、徐々に真っ赤になっていく。
「あの、責任、とってくれますか?」
「いや、じ、人命救助だからねー!」
修平の必死な叫びが周囲に木霊した。
こうしてファーデン防衛戦は、終わりを告げたのだった。