68話 過去の因縁に終結を…
時は少しだけ、さかのぼる。
ガリオン帝国の軍隊が、砦を壊滅させる前の出来事である。
ジューレイド城の一室には、保持者達が集まっていた。
「ロッドマン、一緒に行けないって、どういう事なの?」
サラは苛立ちを隠せないでいる。
ロッドマンの気まぐれはいつもの事なのかもしれないが、今回の作戦は重要度が違うのだ。
簡単に変えてもらっては困る。
「野暮用だよ。それに、君達ならば、今の戦力でも充分過ぎるだろう」
ロッドマンは笑みを浮かべながら、サラを宥める。
「野暮用とはなんだ? 返答次第では許さんぞ!」
ネディも怒りを隠さない。それはそうだろう。
今回の作戦はシラーが立案し、リンネの号令により行われているのだ。
ネディはサラと違い、リンネではなく、シラーを心酔しているが……
「やれやれ、君達も昔は可愛げがあったものだがね。シラーには私から許可をとっておく。大丈夫、シラーは私には寛容だからな」
話は終わりとばかりに、ロッドマンは部屋を後にする。
サラはロッドマンの方を見ると、彼の直属の部下が、なにやら話をしている。
「仕方ない。基本、あの爺は人の言うことは聞かない」
スケアは冷めた様子で、サラへと向き合う。
「はぁ、そうね。でもムカつくわ……あの爺はいつか殺す。ああ、イライラする。とっとと私達は国境の砦を潰し、クロイツへと向かうわよ。ふぅ、早く砦で捕虜を捕まえないと、私の精神がもたないわ……」
こうして、保持者四人と部隊は、砦へと進軍したのだが……
ロッドマンは研究室の奥にある、隠し部屋に入ると、そこにあった椅子に腰かける。
その場所には、中身が真っ暗で、何が入っているかよくわからないカプセルや、体が黒く染まり、元は何かわからない物、細かく解体された人体などが置いてある。
「クックックッ、あちらからやって来るとは。こちらも歓迎してあげないといけないな」
その頃、エネル達は小高い丘から、ジューレイド城を眺めていた。
エネル達はラギアの娘の救出の為、ガリオン帝国に向かう最中だった。
その途中、進軍している部隊を見つけ、その中にラギアの娘がいたのを確認すると、見失わない程度に、空からついてきたのだ。
それぞれがアメリアとラギアを担ぎ、今はこの場所で待機しているところだ。
現在、エネルとアキュレーの背中には、飛行ユニットが填められている。
だが、飛行ユニットは暫く休ませないといけない。
あまり長時間使うと、壊れてしまうのだ。
「スッゴいね、何、アレ? もしかして、あの男も一緒に行っちゃうんじゃないかな〜」
アキュレーは首を降る。
「多分、あの城に残るよ。最近、あの男の部下らしき奴が、周りをうろちょろしていたからね。あの男からしても、あたしらは喉から手が出る程欲しいはずさ。研究材料としてだけどね」
アキュレーとロッドマンは三百年程前に一度、あの城で会っている。
アキュレーはその当時、冒険者として雇われ、あの城にいたのだ。
だが、ガリオン帝国に攻められ、敗走を余儀なくされた。
その時、一番先頭に立ち、城の人間や、仲間を笑いながら切りつけていたロッドマンの顔が、アキュレーの脳裏に焼き付いている。
話には魔武具の存在を聞いていたが、あの男が持っていた長剣がそうだったとは……
「人間だったあの男が、今もどうやって生きているのかは分からないが……ラギア、あんたの話から察するに魔武具が関わっているのは間違いない。あの時、あたしに凄く興味を持っていた。それが今近くに、わざわざこちらからやって来ているんだ。あの男なら簡単に釣れるさ」
ラギアは信じられないといった顔だ。
それはそうだろう。
人間の寿命は長く生きたとしても、おおよそ百年程だ。
他の種族の寿命は長いが、ロッドマンは多種族とのハーフでも無かった筈なのだ。
「あの爺、三百年も生きているのか? マジかよ。それならあの狂気もおかしくねぇのか。俺としては娘を先に救出したいのだが……」
保持者であるラギアも、何度かロッドマンの人体実験に付き合わされた。
先代の槍の持ち主は、ラギアの同期だった。
だが、その時の実験で精神が崩壊して死んでしまった。
一歩間違えば、自分も死んでいたかもしれないのだ。
あの時は深く考えてなかったが、今、思い出すと恐ろしい。
娘も同じ目に合わされないか、親として心配なのだ。
「ここまで来たら、こっちが優先さ。"アレ"が出た後、あたしが知る隠し通路から城の中へと入るよ。あの男とケリをつけてから、娘を追えばいい。問題はあれから三百年も経ってるからね、通路が今でも使えるかどうか……」
アメリアがおどおどと、一言申し出る。
どうやらアメリアは、エネルの前だと大人しくなる様だ。
「あの〜、ガリオン帝国の進軍を、ファーデン側に報せなくていいの〜?」
アキュレーは軍艦を指差し、アメリアの顔を見る。
「物事には優先順位ってのがあるのさ。確かにアレを放っておけば、人は沢山死ぬかもしれない。だけど、あの男を放置しておけば、その何十倍も人が死ぬ。確実にね。だから……」
アキュレーは拳をギュッと握りしめる。
アキュレーもこうは言っているが、本当は報せたいのだ。
だが、軍艦に部隊を引き連れる為、その分城が手薄になるのだ。
今、このチャンスを逃すわけにはいかない。
暫くすると、巨人が土煙と地響きを轟かせながら、軍艦を引っ張って行った。
「行ったね。さぁ、こっちだよ。エネル、魔法で息を頼む」
城の近くにある、人の手によって作られた小さな湖。
城の水源でもあるこの湖は、底の一部が城の中の井戸へと繋がっている。
更に井戸から、王の寝室奥にある、隠し部屋へと繋がっているのだ。
懐かしい。
三百年前の戦争では、王より、王女だけを託され、アキュレーはこの通路を使い、城から逃げだした。
そして王女は、西の大陸の辺境まで連れていき、ある男に託したのだ。
彼女はあの後、どうなっただろうか……
今は余計な事を考えている場合ではないと、アキュレーは頭を振り、雑念を吹き飛ばす。
「この隠し部屋に入るには、世界に一つしかない、これが必要なのさ」
アキュレーが手に持っていたのは、王印の付いた、一つの指輪だった。
アキュレーは指輪を壁の窪みにはめる。
すると、一部の壁が軽く発光した後、静かな音をたて、横へとずれていく。
「保存の魔法がかかっているからか……まったく……あの当時のままだね」
隠し部屋から寝室だった場所に出る。
目指すは、元は王の執務室があった場所。
寝室近くの秘密の通路を使い、玉座の間があった場所へ抜ける。
だが、そこには一人の男が待ち構えていた。
「やあ、待っていたよ。久しぶりと初めましてかな。ラギア、まさか君が裏切るとは、保持者の検体は貴重だ。ああ、心配しなくていい。娘共々、研究に役立ててあげよう」
ラギアは今にもロッドマンに飛びかかりそうになるが、エネルに止められる。
「君は一人? ちょっと舐めすぎじゃないの〜」
ロッドマンは薄ら笑いを浮かべると、指をパチンと鳴らす。
すると、ロッドマンの足元の影から、形にならない物が沸き出てくる。
「被検体、ナンバー6。闇に蠢く物。こいつはゆっくりと溶かしながら吸収する。失敗した実験の後始末に便利でね、よく働いてくれるのだよ。しかも……」
更に、蠢いている物体、その中から十名程の黒い鎧を着た兵士が出てくる。
その内の何名かは、かなりの重装備をしている。
「空間収納もできるんだ。どうだ、凄いだろう。彼等は直属の部下でね。私の実験に耐えれた者だけで構成されている。問題は精神が壊れてしまい、人形みたいになってしまう事なのだが。まぁ、私の言うことだけ聞いてくれればいいのだから、あまり関係ないか」
アキュレーが、一歩前へ出る。
「ラギアも注射は打ったね。この男はあたしが殺る。あんた達は他を頼むよ!」
それだけ言うと、アキュレーはロッドマンに飛びかかった。
バトルアクスを振り上げ、上段から袈裟斬りに振り下ろす。
その攻撃をロッドマンはヒラリと軽くかわす。
とても三百歳を越えているとは思えない動きだ。
「相変わらず、凄い力だな。そうそう、聞いてくれるかい。君が妹の王女と逃げた後、姉の王女の方は酷い有り様だった。兵士達に散々犯された後、四肢を切り落とされ、暫くの間、王共々、広場に晒されていたよ」
「黙れ!」
「それに近衛騎士だったあの男は、最後まで抵抗したが、最後は生きたまま、獣に食わせられていたな。流石の私も同情したものだよ。なかなかいい声では鳴いてくれたがね」
「黙れと言っている!」
ロッドマンはアキュレーの鋭い攻撃を悉くかわしながら、避け様にアキュレーの左足を長剣で軽く傷つける。
傷自体はたいした傷ではない。
だが、ロッドマンは笑みを浮かべている。
ロッドマンは何度も、何度も、アキュレーに軽い傷をつけていく。
「はんっ! ちまちまと鬱陶しいね。こんな傷じゃあたしは殺れないよ!」
だがおかしな事に、アキュレーはふらつき、片膝をつく。
「何? これは……?」
ロッドマンは誇らしげに語る。
「なかなかにもった方だな。君達に直接闇の力は通用しないからな。だが長年を経て、幾つかの魔武具は進化を遂げているのだよ。これもその一つだ。別名魂喰らい、生気を吸いとり我が物にする。おかげで私は若々しいままでいられ、研究を続けられる。どうだ、最高だろう!」
ロッドマンがアキュレーにゆっくりと近づいてくる。
「すぐに殺しはしない。文献に書いてある事が本当の事か、確認をしないといけないからな。さぁ、我が糧となれ」
そして、ロッドマンの長剣が、アキュレーの胸へと吸い込まれる様に、体を貫いたのだった。
一方、アキュレーの戦闘が始まった直後。
エネル達も苦戦していた。
エネルはラジルドを呼び出し、兵士達に雷をぶつける。
しかし、兵士達は隊列を組み、盾で雷を防ぐ。
更に、隙のないフォーメーションで、エネル達の行動を阻害するのだ。
しかも、蠢く物から触手の様なものが伸びてくる。
ロッドマンが作った繋がりなのか、コンビネーションで攻めてくる。
「いやらしいね〜」
エネルはチラリとアキュレーの方を見てみるが、あちらも苦戦している様だ。
「ふぅ、僕も覚悟を決めないといけないかな〜」
アメリアとラギアも必死で闘っているのだが、多勢に無勢なのもあり、攻略の糸口を見つけられないでいる。
エネルは隙をみて、懐から一粒の錠剤を出すと、口に入れ噛み砕く。
「もってくれよ〜、僕の体と愛剣。アメリア、ラギア、ラジルドもちょっとだけお願い〜」
直後、エネルの動きが止まる。
蠢く物も触手を伸ばすが、ラジルドが雷を放ち、触手を消し飛ばす。
あまりダメージにはなっていない様だが……
「早くしてくれよ! こいつら強いぞ! くそっ、短剣じゃキツい!」
ラギアも防戦一方だが、なんとかこなしている。
「エアリアル! 駄目、魔法があまり効かない〜!」
黒い鎧は魔法防御も高いのか、体が少しよろめくだけで、兵士達はまったく気にせず襲いかかってくる。
「ごめん、待たせたね〜」
時間にしたら数分経っただろうか……
エネルの目が、真っ赤に染まっていく。
体からは湯気が出ており、口からは血が垂れ始めている。
エネルは荒い息を吐きながら、特殊な液体を自身のエストックにかけていく。
「はぁ、はぁ、はぁ、時間固定魔法」
刹那、兵士達はその場に倒れていく。
蠢く物も原型を留めていない程、ぐちゃぐちゃに崩れている。
アメリアもラギアも、一瞬すぎて、何が起きたか分からなかった。
拍子、エネルが倒れた。
「な、何が起きたんだ? なんでエネルまで倒れてるんだ?」
「お祖父さん!」
アメリアはエネルに駆け寄り、体を起こす。
「ゴホッ!」
突如、エネルは口から大量の血を吐き出した。
「はぁ、はぁ、やっぱり無理があるね〜、一応、僕の奥の手だからね〜」
「お祖父さん、あの薬は……」
エネルの口から語られたのは、あの薬は魔素を強制的に固めた物らしく、体内に摂取すると、一時的に魔力が増強される。
一時的とはいえ、限界を越える魔力を体に取り入れる為、副作用で、体に凄まじい反動が返ってくる。
あの魔法を使うには、そうしなければなかったそうだ。
「お祖父さんの魔力でも足りない、それほどの魔力量が必要な魔法なんて……」
アメリアは今まで聞いたことがない。
「おいっ! アキュレーがヤバいぞ!」
アメリアはラギアの声で、急いでアキュレーを見た。
だが、今まさに、ロッドマンの長剣により、アキュレーの体が貫かれているところだった。
「おや、部下達もやられたか。まあいい、代わりはいくらでも作れる。ほう、その女のエルフは紋様持ちか。そういえばラギアに頼んでいたな。他に楽しみがあって、今まで忘れていたが、む……」
ロッドマンは剣を抜こうとするのだが、剣がアキュレーの体から抜けない。
アキュレーは苦しみながらも、笑っている。
「は、は、はは。油断したねぇ。殴り合いでは勝負にならないことは……三百年前のあの時から……わかっていたさ……あたし達の心臓の近くにはねぇ、あんたらでいう……闇を無効化する物が埋め込まれているのさ……ゴホッ!」
ロッドマンの顔には徐々にシワが増えていく。
「本当に……生気はお前が……取り込んでいるのかねぇ……」
ロッドマンの手が細くなっていき、足は震え、立ち続けることも難しくなってきた。
そして遂には、ロッドマンはその場に両膝をついてしまう。
「ば、馬鹿な……わ、私は……」
アキュレーは刺さったままの剣を、自身にそのまま、更に深くへと突き刺す。
すると、甲高い、割れたような音がアキュレーの体の中から聞こえ、アキュレーもその場に倒れた。
「私はぁ―――――――!」
その言葉を最後に、ロッドマンは骨となり、崩れていった。
アキュレーに刺さっている長剣が、元の黒い色から、鈍い銀色へと変わっている。
「ルキア……ジグルド、仇はとったよ……これで、許してくれるかねぇ……ば、か、むす、こ、強く生きるだ、よ……」
ロッドマンの最後を見届けた後、アキュレーの瞼がゆっくりと閉じていく。
「アキュレーさん!」
アメリアはエネルをラギアに任せ、急いでアキュレーに駆け寄るが、アキュレーは既に事切れていた。
「みんな、僕より先に死んでいく。悲しい〜、僕はまた死ねないのか〜」
エネルの小さな呟きが、静まった周囲へと響きわたるのであった。