66話 空の散歩と絶望と
ガリオン帝国によって、ファーデン側の砦がおとされました。
「悪いね、君の方から来てもらって……」
場所はクロイツ評議会の議長室。
一人の男が、高そうな椅子に座っている。
彼の名はデミウス。
この都市の評議会の議長を長年、務めている。
そこへ呼ばれてやって来たのは、険しい顔をした男、ゴルドだった。
「気にしなくていい、お前は何かと忙しいからな……お前の所から来た兵士、中々にいい馬に乗ってたからよ、そのまま使わせてもらったぜ」
ゴルドも置いてあったソファに腰をかける。
「それは構わない。君も聞いたと思うが、砦からの一報はガリオン帝国側から攻めて来たということと、巨人が、そこで切れている。何が起きたかはわからないが……ふぅ、何かあってからでは遅いのでね。打てる手は打っておきたいのだよ」
ゴルドは頷く。
「ドレッドの通信はまだ使える。それは確認済みだ。今、あそこには例の男がアンデッド退治をしているんでな……兵士にはそのまま行動を一緒にしてもらい、こっちに連絡するように頼んだ」
デミウスは立ち上がり、机の引き出しから取り出した一本の巻かれた紙をゴルドに渡す。
「……まともに起動するかはわからないがね。そもそも使った事がないのだよ。最終判断は君に任せる。その後の責任は、私が全て負う」
ゴルドの顔が更に険しくなる。
「マジかよ……住民の避難はどうなっている?」
デミウスは首を降る。
「まだ動かせない。今連絡したとしてもパニックになるからね。収納の準備事態は前の襲撃時にできている。それは問題が無いのだが……」
デミウスは長いため息をつくのだった。
場面は修平達に戻る。
駆けつけた兵士は地面に地図を広げる。
「国境の砦はここです。救援の通信があったのですが、一瞬で途切れてしまった為、詳しい事はまだよくわかっていません。このまま真っ直ぐは進めないと思います。ここには奈落がありますので……」
指を指された場所を見ると、砦よりこの街に近いところに黒いラインが引いてある。
奈落。国境ライン近くにある、深さ千メートル越え、幅も二十メートルはある、地の裂け目。
その裂け目は大陸の下、三分の一程まで伸びている。
分割して通れない事もないが、大規模な軍隊が通るならば、おそらくは奈落を迂回するという。
「しかし、情報が無いのはキツいな」
部隊の規模、構成が分かるだけでも、かなり違ってくる。
「あの〜、いいですか?」
ファンケルがもじもじと手を上げる。
「風神様に頼んで、空から偵察してはどうでしょうか? 僕と、もう一人くらいなら運べると思いますけど……」
その手があったか!
この世界ではドローンも飛行機も飛んでいない。
飛行する上で安全で、空なら余計な障害物も無い。
移動も速いだろう。
精霊石からファンケルは風の聖霊を呼びだした。
鷹の姿を改めて近くで見ると、大きく、神々しい。
風の聖霊はファンケルと修平を足の爪で掴んだのだが……
なんだろう。見た目が、このまま巣へと運ばれそうな感じである。
「ファンケルも行かないといけないのか?」
「細かい指示をするには、直接行かないと無理なので……」
安全の為には待っててもらった方がいいのだが、それならば仕方ない。
「それじゃあ行ってくる。レオニアル、後は頼んだぞ!」
風の聖霊は空に高く舞い上がると、砦がある方角へと飛ぶ。
風の聖霊は凄いスピードで進んでいる。
振り返ってレオニアル達を見ると、もう豆粒の様だ。
聖霊が周りに結界を張ってくれている。
これがなければ、顔とかが大変な事になっていそうだ。
暫くして、奈落の上も通る。
「当たり前だけど、底が見えないな……」
「凄いですね。どうやってこんな地形ができたんでしょう……」
下に広がるのは、まるで地獄へとそのまま吸い込まれていくような深い闇。
もしも落ちたとしたら、確実に助からないだろう。
よく見ると、所々に橋が架かっている。
だが、大きい橋でも馬車がギリギリ通れるくらいだろうか……
これならば軍隊が通るとしても、かなり時間がかかりそうだ。
「修平さん! あれを見てください!」
「なんだ、あれは?」
ファンケルが見つめる先には、山の様な巨人の群れが凄まじい土煙をあげながら進んでいるのだ。
巨人の体には、大きな鎖が繋がれている。
その鎖の先を見てみると……
「あれは……軍艦なのか?」
巨人達は巨大な船を運んでいた。
全長百メートルくらいだろうか、船には車輪がついており、甲板には沢山の黒い兵士らしきものが乗っている。
「しかし、あれでは奈落を越えれないだろう。いったいどうするつもりなんだ?」
《ガリオンside》
「ガアッ! 頼む、頼むから、もう殺してくれ……」
鎖に繋がれたまま、死なない程度に痛めつけらている男。
男の腹からは、内臓が少しはみ出ている深い傷もある。
だが光が男に降り注ぐと、傷がみるみる治っていく。
「あなたは丈夫ね。他の人は精神がもたなくて直ぐに壊れちゃったけど。ふふっ、あなたの言う事なんて聞かないわ。嫌よ。着くまであなたは殺さないわ♪」
この場所は軍艦の船底。
サラは砦で捕まえてきた男を使い、拷問を楽しんでいた。
既に殺した男の数は十を越える。
それでもサラの欲望は収まらない。
コンコンッ!
サラは振り返り、音の方を見る。
そこにはスケアが無表情で立っていた。
「お楽しみのところ悪い。サラ、上空に何かいる」
楽しみを中断されたことに、サラは少しムッとするが、気を取り直し、衣服を整える。
「何って、何なの?」
「わからない、鳥に見えるけど大きい気がする。サラの望遠のスキルで見て欲しい」
二人は甲板へと出てくる。
「砂煙が酷いわね。もう、髪が汚れそうじゃないの」
「アレを見て」
確かに、普通に見ると遠すぎてはっきりとはわからない。
サラはスキルを使い、自身の目に魔力を通す。
「あれは、あの男は……ふふっ、向こうから来てくれるなんて嬉しいわ♪ スケア、"力"を使ってアレを落とせないかしら?」
スケアは少し考える。
「私だけだと火力が足りない。ネディとなら落とせるかも」
暫くして、ネディが部屋から出てきたのだが、顔色が悪い。
「ウプッ! お前ら、よくこの揺れに耐えれるな……」
「ねぇスケア、今のこの子で大丈夫かしら?」
「問題ない。ネディ、今から私があそこまで運ぶ。だからその目を使って」
スケアは闇の力を使い、自身を鳥の姿に変える。
ネディを鉤爪で掴み、上空にいる鳥に向け羽ばたく。
「私は了承してなぁぁぁぁ!」
ネディの叫び声が小さくなっていく。
上空のアレは離れていくようだが、これならば、すぐに追い付けるだろう。
「ふぅ、ロッドマンの勝手な行動といい、色々と予想外の事が起きるわね。でもいいわ、これで気にしていた事が一つ片付くのだから……」
サラは小さくなっていく仲間の姿を見て、そう呟くのだった。
《修平side》
「ファンケル、早く皆の所に戻って、この事を報せないと……」
修平達は踵を返し、仲間達の元へ戻ろうとする。
だが黒い何かが凄いスピードで突っ込んでくる。
「修平さん! 何かがきます!」
「え?」
ファンケルの発言の直後、重い衝撃が修平達を襲う。
「キャァァァ!」
「な、なんだ? 何が起きた? あれは……」
風の聖霊はなんとか体勢を立て直すが、そこに更に衝撃が加えられようとする。
「させるかよ! シールド!」
修平は咄嗟に見えざる盾で防ぐ。
黒い何かをよく見ると、砂漠で見たことがある、あの黒い鳥だった。
自分達と同じ様に、鉤爪には誰かが掴まっている。
それは、一人の女だった。
女は右目の眼帯を外したのだが、目の色が左右で違う。
あれはオッドアイか、でも何で今、眼帯を……
「沈め、グラビレイ」
女の右目が薄く光った気がした。
その瞬間、修平達の周りに凄まじい重力がかかる。
風の聖霊も必死に堪えようとするのだが、そこにオッドアイの女の持っていた黒い槍が伸びた。
槍の先端は、修平の張っていたシールドを軽々と突き破ると、そのまま聖霊の体を貫き、槍は元の長さへと戻っていく。
「マジか!」
風の聖霊はファンケルの持っていた精霊石に戻ってしまった。
その為、修平とファンケルは空中に投げ出される。
上空二千メートル、下は奈落の裂け目。
このままでは、まっ逆さまに落ちていってしまう。
何かないか? このままでは……
ファンケルは最初の衝撃で、既に気を失ってしまっている。
「ウプッ、グラビレイ」
だが、何故か吐きそうな女により、修平達は更に重力がかけられた。
どうにかして、修平はファンケルを手繰り寄せる。
「ダァァァァァァ!」
修平は叫びながら凄いスピードで、奈落へと落ちていったのだった。