64話 黒き進軍と新たな仲間と
「サラ、準備はできたのか?」
「リンネ様はもう大丈夫、仕込みは順調なようね。ネディ」
見晴らしのいい、帝都城壁の上に二人は立っていた。
目下には、千人程の黒ずくめの兵士が綺麗に整列してはいるのだが……
皆、目が充血し、虚ろな表情をしている。
涎を垂らしている者すらいるのだ。
最早、普通ではない。
「適正がなくても"あれ"を扱えるのは大きいな。元は一般の兵士だったとしても、狂ったように闘ってくれるだろうよ」
ネディは眼帯を擦りながら、黒い兵士達を一瞥する。
「ネディ、見えるのに何故か眼帯をしているその左目が疼くの? 昔はよく言ってたものね」
ネディの顔が真っ赤になっていく。
「お、おまっ、それは言わない約束だろう! 昔は病気だったんだ! これは……癖だ! そう、癖なんだよ!」
サラは微笑を浮かべながら、兵士達に視線を戻す。
どうやらロッドマンの実験は上手くいっている様だ。
いずれは帝都にいる者全てに、"種"は仕込まれるだろう。
(リンネ様に逆らう者は皆、死ねばいいのよ)
サラはリンネを心酔している。
故に逆らう者には容赦しないつもりだ。
例えそれが仲間だったとしても……
ドシンッ! ドシンッ!
三つ目の背丈が十五メートルを越える大型の巨人が十体。
地響きを鳴らしながら、こちらに歩いてきた。
巨人は兵士達の後ろへと並んでいく。
その手には、黒い大型のハンマーが握られていた。
「あれが種仕込みのサザンジャイアントか。それにしても大きいな。あれならば、高く、硬い城壁といえども、ひとたまりもないだろうな」
今回の戦では保持者が五人も投入される。
過剰ともいえる戦力だ。
勇者は死んだ。
負ける要素など、全くないはずなのだが、サラは砂漠で闘った男が妙に気にかかるのだ。
「はぁ、考えすぎかしら。ストレスが溜まるわ。そうだ、捕虜を数人捕らえて拷問しましょう。どんな声で泣いてくれるのか楽しみね」
ネディは後ずさる。
「お前の趣味は本当によくわからんな。仲間だけど引くわ! はぁ、まったく、ほどほどにしろよ。よし、あいつらも準備はできたみたいだな。では出陣する!」
こうして混合部隊は、地響きをあげながら、ゆっくりとクロイツへ向け、歩き出した。
ファーデンを灰塵させる為に……
その頃、修平は商店の待合室にいた。
約束の四日が経ち、例の腕輪を受け取りに来たのだ。
他の皆は、初心者冒険者用のお試しダンジョンに挑戦してくると言って別行動なのだ。
初心者用なのに、あの戦力で行くとは……
あいつらが施設を壊さないかが、とても心配なのだが……
「お待たせして申し訳ありません。こちらが約束の品です」
中央に埋め込まれた宝石の色が、前は赤だったのが、青に変わっている。
腕輪の表面には、びっしりと文字が刻まれている。
これは修理というよりは、最早別物だ。
「このシールドは魔力の量によって、前よりも強固に展開できます。更にシールドを二つ合体させると、かなり広い範囲をカバーできます」
が、合体だと……
なんてロマン溢れる逸品へと生まれ変わったのだ。
これがタダなんて、なんて素晴らしいのだ。
「持っている武器も研ぎましょうか。手にいれてから短期間で、かなり使い込んでいるご様子。ここには大型の研磨機がありますので」
至れり尽くせりだな。
何も買わないというのは悪いので、消耗品でも買っていこう。
そういえば、ルミルはあの後どうなったのか……
「あの子なら、ぐるぐる巻きにして、ドランの街へ送還しました。一からやり直して性根が少しでも直るといいのですが……」
無理だろうな。
あいつは性根が腐っている。
どうしてああなったのか……
「あの子は小さい頃に、この商店へと引き取られてきたのですが、その時に色々ありまして。申し訳ないのですが、あんな感じになってしまったのです」
人生、生きていれば色々な事が起きるからね。
石ころに躓く事の方が多いんだよ。
我が人生は石ころどころか、大岩なんだけどな!
リッケルトに礼を言い、商店を後にした。
そういえば、寝ている間に、また魔石が幾つか紛失したのだ。
ダニエウ達を問い詰めたが、全く見に覚えがないと言う。
謎だ……
この世界にも名探偵コ○ン君はいないものだろうか……
パスモンも南の里から戻ってきた。
前回よりも効果が高い、対闇仕様の薬品を、多々持ってきてくれたのだ。
グリーフの研究は順調な様だが、時折、部屋からエルフ達の呻き声が聞こえてくるそうだ。
怖い、ちょっとしたホラーだな。
衛星都市群も、以前の襲撃からの立て直しが、各地で急ピッチで行われている。
だが、ドラッドの復興だけ、あまり進んでいないらしい。
あの街には、アンデッドがいまだ徘徊しており、苦戦しているとの事。
本部にも応援要請がきているらしく、近々向かうそうだ。
順調に進んでいるのだろうか?
しかし、この金額をどうすれば返せるだろう。どこかに宝の山でも落ちてないものか……
「助けて、ゴルえも〜ん!」
情報を貰いに、冒険者ギルドへと駆け込んだのだが、ゴルドには、"こっちは忙しいからあっち行け"って顔をされてしまった。
受付の方を見ると、ヴァニラちゃんの人気が徐々に上がっており、彼女のいる受付には行列ができている。
誰も構ってくれない……寂しいね……
「修平さんは相変わらず、平常運転ですね」
え、この声は……
「リリアじゃないか! どうしてここに?」
「こちらの本部が大変なので、西側にも要請がはいりました。なので、私達も応援に駆けつけました。私の他にも百名程いますね。あと彼なんですが……」
「でかいニャ! 西とは大違いニャ! テンションあげあげニャ!」
黒猫だ……いや、猫の獣人か?
黒って、やつらの仲間じゃないだろうな?
「山本さん、落ち着いて下さい。ほら、マタタビですよ〜」
「ゴロゴロ、ニャァァン〜!」
リリアもなにやら疲れた顔をしている。
それにしても、落ち着きのない猫だな。
うーん、猫だからしょうがないのだろうか?
「彼が山本さんです。まぁ、こんな感じですが、実力は相当ですので……」
海の魔物も一掃してくれたそうだ。
そういえば、前にレオニアルが、自分の後釜になったって言っていた人物が山本さんだったな。
「一応、共和国の代表みたいなんですが、窮屈になったんで抜け出してきたそうです。海を渡る船に隠れていた所を冒険者の方が発見しました」
密入国かい!
しかし、代表を放り出すなんて、共和国は大丈夫なのか?
「普段はくつろいでいるだけで、あまり仕事はしないそうなので、おそらく問題はないかと思われます」
そんなんでいいのか代表、自由だな!
「そういえば、山本さんが連れてきたそうなんですが、一人の女の子が修平さんの名前を言っていたそうです。別の世界がどうとか、ちょっとよくはわからないのですが……」
へ、女の子で世界が別だと……
「何歳くらいで、どんな子だった?」
「歳は十五。身長は私くらいだそうで、名前が月形美緒さん、ですね」
な、なんだって〜!
「ど、どこにいるの? 怪我は? 変な魔物とかに襲われていないか?」
「し、修平さん、落ち着いて下さい。怪我はしてないそうです。魔物に襲われていた所を山本さんが保護したそうです。今は西の王都で山本さんの仲間と一緒にいるみたいなので……」
山本さん、グッジョブ!
そうか、無事なのか。本当に良かった。
しかし、返済が終わらないと帰れないのだ。
美緒の受験には間に合わないかもしれない……
駄目なお父さんでごめんよ……
しかも、浮気までしてしまっているし。
後悔はしていないが、弁明の余地もない……
「西の冒険者達は、復興が必要な各街に配置されます。私はここで仕事をします。すみませんが修平さん。山本さんをお願いしますね」
娘の命の恩猫だからね。任された。
まだゴロゴロ言って、寝転んでいるが……
こうして、新たな仲間を引き連れて、宿へと戻る修平なのであった。
浮気。
リアルではすることはありませんが、己の命がかかる異世界では、それも仕方ないのかな〜と(言い訳っぽいですが、異世界では多重婚もオッケーなので)。
イラっとしても、軽くスルーをしてくれると助かります。