閑話 鎚の適正者、ナキュレイ(リズム)の話
誤字報告、どうもありがとうございます。
いや〜、助かります。
もっと確認しろ!と言われそうですが……
(暗い、それに頭が痛い……ここはどこ?)
(あれ? 確か私はトラックにはねられて……)
(それに、手が、体もなま暖かい……これは……濡れている?)
(それに、この匂いは……)
「おめでとう、ナキュレイ。君が鎚の保持者だ。誇りなさい。歴史を省みても、使えた者は君を含め、三人しかいないのだから」
(保持者? 言っている意味がよくわからない)
(それに、ナキュレイ? 私の名前は響よ)
響は思う。
両親はいったい何を考えていたのだろう。
音感もなく、運動もできない自分に、このキラキラネームは止めてほしかったと……
響はようやく意識がはっきりしてくる。
すると、その手に持っていた鎚を足下に落としてしまった。
改めて自らの手を見ると、両手とも血まみれだった。
体にも返り血が降りかかり、服を赤黒く染めている。
「〜〜〜〜〜〜ん、おぇぇぇ!」
思わず、響はうずくまり、その場に吐いてしまった。
だが吐きかけた場所をよく見てみると、頭部が半分砕けた死体が横たわっていたのだ。
「ひいっ!」
響は腰が抜けて、立てない。
「最後の一撃は見事だった。鎚の鋭い部分を使い、頸動脈を切りさき、頭部への追撃。流れるような動きだったぞ、ナキュレイ。お前が私の教え子であることを誇りに思う……ん、どうした?」
(わ、私が殺したの? この人を……)
理解が追い付かない。
そもそも、いったいここは何処なのだ?
「殺した事を今更後悔しているのか? 確かにお前達は仲が良かったものな。だが、そんな感情はとうの昔になくしただろう」
(この人は何を言っているの? 震えが止まらない。でも、このままだと私も殺されるかもしれない)
響は落ちていた鎚を拾いあげ、鎚を杖がわりにしながら、どうにかして立ち上がる。
「ふむ、傷の影響かもしれないな。どうやら自身で回復する魔力は残ってないか……おいっ! そこのお前! ヒーラーを呼んでこい!」
それから私は医務室へと運ばれ、治療を受けた。
頭部には大きな傷が残ってしまった。
だが、そんなことよりも私を絶望させたのは……
「異世界転生したのに、いくらなんでも、これはあんまりでしょ〜〜〜〜〜が!」
ばれるのが怖いので、小声で叫んでみる。
ようやくではあるが、徐々に理解が追い付いてきた。
おそらく、私は地球であのままトラックに轢かれ、そのまま死んだのだろう。
しかし、生まれかわって転生したのが、黒ずくめの怪しい集団の本部がある所みたいだ。
今までは記憶が甦らず、マッドでデンジャーな環境で育てられてきた様だ。
ふと見ると、机の上に一つの黒い鎚が置かれている。
あの男は保持者と言っていた。
私がそれに選ばれたとも。
おそるおそる、その鎚に手を触れてみる。
ジリッ!
手にはしっくりと馴染む。
だが、なんだろう。凄く嫌な感じがする……
これはなんなのだ?
(ようやく、話せそうな人に出会いました)
ビクッ!
何処からか声が聞こえてきた。
聞こえる? いや、頭の中に直接響く様な……
「混乱しすぎて、幻聴まで聞こえてくるなんてね〜」
(幻聴ではありませんよ)
「ほえっ!」
流石、異世界。鎚まで喋るの?
なんだか、頭がまた痛くなってきた……
(長年かけ、ようやく元に戻れそうなのです。あなたは彼らとは違い普通の感覚の持ち主みたいなので……)
普通ってなんだろう……
鎚が喋っているのをまともに聞いているだけで、既に普通ではない気がするのだけど。
(逃げるのは無理です。従っている振りをしながらチャンスを伺いましょう)
鎚に提案をされている。恐るべし異世界。
私は右も左もわからないので、鎚の言うことに従うことにした。
それから数日が経った。
どうやらここは、ガリオン帝国の帝都という所らしい。
鎚が言うには、私はチルドレンと呼ばれ、小さい頃から訓練をさせられていたそうだ。
他にも何人かチルドレンの保持者がいる。
このおかしな鎚は、そこら辺にある他の武器とは違い、武器自体に意識が存在する珍しい武器なんだとか。
だけど、千年前の戦いで意識が闇に呑み込まれ、今になってようやく復活を果たしたそうだ。
(まだ、せめぎあっています。油断するとまた意識が呑まれそうになります)
そう言っていたが、千年前の事なんてどうでもいい。
大事なのは、今、どうするかなのだ。
この前に会った保持者の女など、恐ろしい事を言っていた。
確か、名前はサラと言ってたかな……
「ねぇ、あなたは長く苦しめて殺すのか、それともいきなりあっさりと殺すのか、どっちが好きかしら?」
殺す事が好きじゃありません! とは言えなかったので、適当に答えておいた。
なんなの、あの女は。
そもそもおかしいでしょ!
殺す以外の選択肢はないの?
違う日に会ったネディという女など……
「くっ! 私の左目のルビーアイが疼く。神はまたもや私に試練を課そうというのか! また私の右手の封印を解き放ち、栄光の右腕を使わねばならないのか!」
中2病か!
本当にここには普通の人間がいないのだ。
武器の意識だが、この鎚が一番まともってどうなのかしら?
父親という男にも会うことができた。
名前はラギアと言っていた。
彼は細剣の保持者の様だ。
だが、彼は複雑な表情をしていた。
「お前、もしかして……いや、俺の勘違いかもな……」
などと、よくわからない事を呟いていた。
ナキュレイの記憶も勿論残っている。
しかし、胸糞の悪くなる記憶ばかりで、同情してしまう。
私が死んだのは二十五歳だったが、この子はまだ十五歳なのだ。
それがこんな記憶ばかりなんて……
それから五年が経った。
この鎚は魔武具と呼ばれる物らしい。
武器に慣れる名目で、遠征にもよく連れて行かれた。
助かったのは、戦闘を前面でしなくても良かった事だった。
親衛隊? みたいな三人が私の代わりに闘ってくれる。
三人ともかなりの実力者だ。
私は三人が傷ついたら、魔法で回復をする。
それの繰り返しだ。
三人とも私のことを"女神様"とか言って崇めているのだが、彼らの目が怖い。
宗教に嵌まった人ってこんな感じなのかな……
(近々、大きな戦いが起こりそうです。逃げ出すチャンスがありそうですね)
鎚とのコミュニケーションもスムーズになってきた。
この鎚が無かったら、今の自分はここにいなかっただろう。
「大きな戦いか、嫌だな……」
親衛隊が言うには、今、帝都では黒い兵士を量産しているらしい。
黒い鎧で力を与え、従順な戦闘員になるのだとか。
最早、なんとかレンジャーの怪人の様だ。
あれから、ラギアとも何度か会っている。
彼には本当の事を話そうかとも思ったが、結局は怖くて言えなかった。
彼は遠征に出て、しばらくは戻らないと言っていた。
元の人生では、父親は物心つく前に蒸発していなかった。
父親ってのも悪くない、今はそう思えてきたのだ。
彼の表情も穏やかになってきている。
どうか無事に帰ってきてほしい。
これから私はどうなっていくのだろう……
上手く逃げ出せても、もし追手がきたら逃げ切れるだろうか?
それに、この三人は私に付いてきてくれるだろうか?
もしかしたら、裏切り者として、私の事を殺すかもしれない。
(大丈夫、私がいますよ)
「そうね、どうせ一度は死んだのだから……やりたいことをしないとね。できるなら、ナキュレイの願いも叶えてあげたいのだけど……うーん、私には無理ね」
ナキュレイの願いは、このガリオン帝国を滅ぼす事だった。
母親を殺し、友達と闘わされ、悲しみを沢山産み出すこの国を、もう終わらせたいと。
強く、強く、最後の記憶に残っていたのだ……
「どこかの王子様でも助けに来てくれないかしら?」
そう呟く事しかできない響なのであった。
ブックマークが五十に届きました。
ありがとうございます。
2ヶ月くらいはかかっているので、これが速いのか遅いのか、いまいちよくわかりませんが。
ありがたいことです。
頑張って、だいたいの毎日更新を続けていこうと思いますので(日曜はおやすみですが)、引き続き、応援よろしくお願いいたします。